まるで獣のような少年だ、と丸眼鏡をかけた女性は思う。眼光はギラギラと炭のように輝き、まだ真新しいガリア軍服を身に纏う彼からは、年相応の無邪気さや溌剌さは感じられない。

 その代わりに、体からは殺意と火薬の臭いが溢れている。少年は右手をゆっくりと掲げ、敬礼を作る。

「本日よりカールスラント陸軍情報部に配属される俺少尉です。よろしくお願いします」

 まだ声変わりも済んではいないのだろうか、掠れた高音で、少年は言う。かつては艶のあったであろう金色の短髪は色あせ、少年では考えられないような渋い色になっている。金色の絵の具に灰を混ぜたような色である。

「ええ、よろしく少尉」

 なぜこんな場所に少年がいるのだろう、と彼女は考えをめぐらせる。二人が向かい合っているのは、狭い執務室の中であった。壁はベニヤ板が剥き出しで、部屋は十人も入れば圧死するだろう。ただその部屋に置かれた、立派な木の机と黒い革張りの椅子が、この場所を山小屋のような空間から遠ざけていた。

 ここはカールスラント本国の最前線、ネウロイの瘴気の眼と鼻の先、地獄に一番近い場所である。ここに残っているのはわずかの整備兵と、ウィッチだけなのだ。捨て奸の最前線の異名を持つこの場所にこんな少年がいる理由が、彼女は分からなかった。

 部屋には現在三人だけがいる。一人は、革張りの椅子に腰掛ける小柄な女性、もう一人は、その女性に相対する少年、そして、もう一人は小柄な女性の脇で背筋を伸ばして男と書類を交互に見つめる、長身の女性であった。身長はおそらく180㎝以上はあるだろう、女性には似つかわしくない多重レンズ付きの眼鏡をかけている、スレンダーな女性だ。

 女性二人は軽く眼を合わせると、同時に頷く。長身の女性が、息を吸い込んだ。

「はじめまして、俺少尉。彼女のことは『少佐』、私のことは『博士』と呼んでくれれば良い。簡単にだが、先方からの書類に眼を通させてもらった。君は相当な問題児らしいな、『エクスキャリバー』?」

 ギリ、と、少年は歯を食いしばると長身の女性、博士を見つめる。その反応に特段の感情を示す事は無く、博士は言葉を続けた。

「士官学校での成績はトップだが、素行に粗相が目立つ。特に君の処罰回数も学年トップじゃないか。一体どういう事だ?」

「十七回は昇進拒否、一回は作戦中の命令不服従です」

 さらりと、悪びれた様子も無く男は言う。その言葉に、鉄の仮面をつけていた博士も、眉を吊り上げる。だが少佐は心底楽しそうに口元を吊り上げた。

「君は一人で戦争をするつもりか?」

「否、そうではありません。私は私の義務を果たしているだけです。もともとウィッチの階級が軍曹から始まるのは女性隊員のためと聞きました。しかし、私は男です。ですから、私は本来昇進するはずだった分を留まり、適正な階級で職務を全うするだけです」

「ほう、では君は本来ならば今の階級は何だ?」

「士官学校を出てはいますが、何分急場しのぎの詰め込み教育です。本来ならばまだ軍曹といったところでしょうか」

 顔色を変える様子は無く、少年はそれだけを呟く。その言葉に、少佐は顔をゆがめて手を叩く。それはどこか老成した笑い方だった。

「あっははは! 面白い! 君は面白いな、エクスキャリバー! 宜しい、結構! 私の部下でいる間は、君の階級は軍曹にしよう! だが私の部下でいる限り昇進辞令は受け取ってもらう」

「少佐、しかしそれは――」

「構うものか、私はこういう考えは嫌いではない。私も君も、彼女達も皆女性だ、だが彼は、この少年だけは男だ。すばらしいぞ、ヘルシェン(小僧)!」

 小柄な女性は心底楽しそうにからからと笑う。目元には笑いすぎたのか、涙が溜まっている。

「ああ、すまない、見苦しいところを見せた。後で君に隊員との顔合わせをさせよう。皆クセの強い人物だから、注意をしておくように」

 女性は立ち上がり、右掌を肩の高さほどまで挙げる。どうやら、彼女特有の挨拶のようだ。

 同時に、がちゃりと扉が開かれ、一人の女性が部屋に駆け込むと同時に男にぶつかった。男は苦悶の表情で切ない悲鳴を上げ、床に転がる。部屋に侵入したのは、女性だ。

「ほ、本当ですか!? 新入りが来るって!? 何で言ってくれないんですか少佐殿!」

「ああ、すまない。ところで、君の下にいるのがその新入りだよ」

 褐色の肌をウェーブのかかった白い髪で覆う少女は、視線を下げ、そして慌てて飛びのいた。男はよろよろと立ち上がり、不機嫌な表情で少女を見つめる。

「失礼しました! 私はトバルフィーネ・アルハンブラ。近しい者からは『撫子』と呼ばれております。って、男!? 何で!? ウィッチでしょ!?」

 矢継ぎ早に言葉を繰り出す彼女に、男は面食らったようだ。そして、同時に少佐と博士に救援を求める視線を放つが、二人とも薄く笑みを浮かべるだけだ。なるほど、クセの強いというのは本当らしい。

「とにかく自己紹介しなきゃよね!? 少佐殿! この男ちょっと借ります! っていうか結構長い間借ります!」

 トバルフィーネは男の手を引きながら、扉を開けて廊下を走る。二人残されたた部屋で、少佐と博士は言葉を交わした。

「ガリアはどういうつもりでしょうか? 他国に援軍を出すなんて。ましてやここは『厄介払い』の戦場ですよ?」

「何、あの小僧も私達と同じと言う事だよ。『死んでも上に痛みは無し、あわよくばネウロイを一機でも落としてくれれば良い』ということだ。命が惜しくなったかね?」

「まさか。私は戦禍があればそれだけで幸せです」

「ああ、すばらしい。君はまさに大博士(グランドプロフェッツォル)だ」

 少佐は立ち上がり、歩き出す。そして、勢い良く前方へ転んだ。博士はそれも慣れたように、冷ややかな眼で見つめていた。

「君は案外薄情だな」

「何もない場所で転ぶ事が出来る貴女に感心していました」

 ふふ、と笑みを浮かべ、二人は再び歩き出す。名ばかりのブリーフィングルームへ向けて。

「ところで、この基地はあとどれくらい持つだろうか?」

「持って2ヶ月と言ったところでしょう、それまでに市民が撤退できれば良いのですが」

「ふむ、君がそういうのならばそうなのだろうね。もとよりわれわれは戦力外の戦力だ。死ぬまで戦えれば何も求めないとも」

 二人はブリーフィングルームの扉に手をかける。薄い笑みを浮かべた二人は、いつもと変わらないように時間をすごして行く。

 たとえそれが、死への時間であろうとも。
最終更新:2013年02月07日 15:26