「エイラ・イルマタル・ユーティライネン大尉、貴官の殊勲を称え、これを賞する」

厳かな空気の中、マンネルハイム十字章が私の首にかけられた。周りからは、感嘆の声と拍手の音。

エイラ「……」

マンネルハイム十字章。これを貰うのは3回目だ。話によると、全軍初らしい。わざわざスオムスの将校達が直接渡しに来たのだから、どうやら結構な偉業を成し遂げたと言えるらしい。
それはとても誇らしいし、嬉しくないと言えば嘘になる。けれど、私の心は晴れなかった。

狐(……どうした、浮かない顔じゃの)

エイラ(別にそんなコトねーヨ)

狐(どうじゃかの。前に貰った時は、もっと嬉しそうな顔をしてたと思うのじゃが)

エイラ「……」

記者「ユーティライネン大尉、写真よろしいでしょうか」

エイラ「……ハイ。大丈夫です」キリッ

パシャパシャと、何度もフラッシュが瞬く。
そう。別に嬉しくわけじゃない。ただ、それを共有したい人が近くにいないだけなのだ。サーニャも、俺も今はいない。
あれから、もう2年が経とうとしていた。





授与式を終え、帰路に着く。
小煩い記者や馴れ馴れしい将校達に愛想を振りまきながら逃げるようにその場を離れ、私は一人車に乗った。

狐「早いものじゃのぅ。ぬしと契約してからもう2年か」

エイラ「……ソウダナ」

狐「じゃというのに、ぬしは未だ妾の力を使いこなせておらん。まったく、俺はすぐに妾と同調したというのに……」

エイラ「ウルサイナー。今日ぐらい小言は控えてくれヨ」

狐「いいや、言わせてもらう。ぬしはこの重要性がわかっとらん。妾の魔力を制御しきれんということは、危険と隣り合わせということなのじゃぞ? ぬしの黒狐がいるから今はなんとかなっているものの、このままでは」

エイラ「……」プイ

狐「……いい加減、機嫌を直したらどうじゃ?」

エイラ「別に怒ってナイ」

狐「怒っておるではないか。ぬしは不満なのじゃろう? ぬしの誕生日に、俺が何も祝ってくれなかったことが」

エイラ「……」ムスッ

図星だった。先日、私は誕生日を迎えていた。元501メンバーは元より、いろんな人から祝福の手紙やプレゼントが届いた。
それなのに、俺は手紙が一通。それだけだ。

狐「あれだけたくさんの人から祝ってもらったというのに、俺がそっけないだけでそのざまとはの。まったく、ぬしも大概じゃな」ヤレヤレ

エイラ「……ベツニソンナンジャネーヨ」






実は、その手紙も半分ほどしか読めていない。というのも、てっきり祝福の言葉が綴られているのだろうとおもっていた手紙が

俺『もっさんが~』

俺『生徒達が~』

といった、俺と他の女性の交流のことばかり書いてあったからだ。
ウィッチの教官という立場上、女性と触れ合うことが多いのは仕方ない。それに、俺の手紙は普段からそういった同僚や生徒との話が多かったから、それを鑑みればそれほど気に病むことでもないはずだった。
そう、"普段"なら。

けど、あの日は違った。あの日は私の誕生日だったのだ。それなのに、少佐や他の女とイチャイチャした話ばかり……!
気づいたら、手紙を壁に投げつけてふて寝していた。

狐「俺と最後に会ったのはいつじゃったかのぅ……寂しいものじゃ」

エイラ「……」

2年前、501の解散とともに私たちは各々の国に帰国した。私やサーニャは変わらず飛び続けているし、他のみんなも戦い続けていると聞く。だが、魔力を失った俺にウィッチを続けることは不可能だった。

当初は『隠居する! 働きたくないでござる!』などと騒いでいたらしいが、その功績と卓越した戦闘技術を持った俺を軍は手放したくなかったらしい。
数少ない男性ウィッチ、それもロマーニャ開放の立役者とあっては軍の宣伝塔には最適だし、その戦闘技術を少しでも他のウィッチに伝える事ができれば、ウィッチの被害は減るだろう。
結局は、坂本少佐にも説得され、今では教官として次の世代の育成に真骨を注いでいる。とのことだった。

そんな如何にも今が充実していると言わんばかりの手紙の内容を読む度に、私は複雑な気持ちになるのだった。俺が元気なのは嬉しい。でも、彼は会いたいとも寂しいとも言ってくれない。好きの一言すら、手紙に書いてくれないのだ。
正直私は寂しいし、彼と触れ合える少佐やその生徒達が妬ましくて仕方がない。俺は、そうは思ってくれないのだろうか。

エイラ「……もうずっと、声も聞いてないのに」ボソッ

狐「うん?」

エイラ「……ナンデモネーヨ」






―― ウィッチ宿舎

少女「あ、大尉! マンネルハイム十字章おめでとうございます!」

エイラ「うん、アリガトナ」ニコッ

少女「いえ……///」

少女「それから、また手紙来てますよ。彼女さんと彼氏さんから」ニシシ

エイラ「かのっ……だから、サーニャはそういうんじゃ」

少女「あら、彼氏さんの方は否定しないんですね?」

エイラ「なっ」カァァァ

少女「ふふ、モテモテですね、大尉?」つ手紙

エイラ「フン……ソンナンジャネーヨ」

手紙をひったくよるようにして受け取りながら、少しにやけてしまう

狐「怒ったりにやけたり忙しい奴じゃのぅ」

エイラ「う、ううるさいナ!」

自分でもつくづく単純だと思う。でも、これで胸の燻りが消えたわけではない。
私と俺が"そういう関係"であることが他の人に認知されて嬉しかったのは事実だが、だからといって、今までの悲しさが帳消しになるほど簡単ではないのだ。





――自室

エイラ「……ったく、何のためらいもなくまた送ってきやがっッテ」

手に握られた手紙を見てため息をつく。
俺にとって、私の誕生日はその程度のことだったということなのだろうか。でも、去年はきちんと祝ってくれたのに……。

エイラ「……」グヌヌ

それとももしかして、この手紙で改めてお祝いしてくれたりするのだろうか。だとすれば、少しは許してやらないこともない。でも、もしそのことに触れてもらえなかったら……

エイラ「……」ハァ

俺の手紙をベッドの上へと放り投げる。
俺のことでいちいち一喜一憂する自分が凄く煩わしい。サーニャに関してもそうだったし、この性格だけは、もう治らないのかもしれない……。
大きなため息と共に椅子に座り、私はサーニャの手紙を広げた。

エイラ「……」フフッ

サーニャはいつだって、私の天使だ。彼女の手紙なら、私のこの荒んだ心を癒してくれることだろう。

サーニャとは501解散後も頻繁に連絡を取り合っている。一時期は同じ部隊で戦ったりもした。だが、国籍も所属している軍も違う私達がずっと一緒にいることは不可能だった。

エイラ「サーニャ、どうしてるかな……」

手紙でやり取りしてるとは言っても、最後に会ったのは随分前だ。2年前の私なら、サーニャ分が足りなくて情緒不安定になっていたことだろう。

狐「そして今は、俺分が足りなくてションボリ……というわけじゃな」

エイラ「っ」





エイラ「……」ショボン

狐「……すまん。冗談が過ぎたの」

エイラ「……」

狐「寂しいのは……妾も一緒じゃ」

最悪だ。今はもう手紙を読む気になれなかった。
狐に見透かされていることが悔しい。そして何よりも、それを言い当てられたことで酷く動揺している自分が嫌だった。

エイラ「……少し出てくる」

狐「……」シュン

エイラ「…………ハァ。お前も付き合えよ」

狐「!」パァァ

―― 街中

最寄りの街を狐と並んで当てもなく歩く。すれ違う人たちは狐を見て驚いていたが、隣の私を見ると納得したように通りすぎていった。見るからにプライベートな私達に気を使ったのか、それともウィッチとだけ認識されたのか……特に声をかけられるようなことはなかった

狐「ぬしも、大分有名になったようじゃのう」

狐に言われて気付いたが、遠巻きに私達を見ている人達もいるようだった

エイラ「……当たり前だろ。私はこれでもダイヤのエースって言われてて、スオムスではトップエースなんだぞ」

狐「くくっ、妾に言わせればまだまだじゃがの」





エイラ「……」ムッ

狐「!」ピクン

言い返そうと口を開きかけたところで、狐が不自然に尻尾を逆立てた

エイラ「どうした?」

「おーい!」

エイラ「えっ……」

あり得ない声が聞こえた。
そんなわけ無い。だって、彼は今も扶桑で教官をして……。
不意に、視界の隅に寄り添いながら歩くカップルが見えた。普段ならあまり気にしないそれも、今の私には毒だ。私だって本当は……

「おい! 無視すんなよ! 流石に傷付くぞ!?」

エイラ「え?」

振り向くと、そこには俺がいた。あり得ないと思った。でも、私が彼を見間違うわけがない。

エイラ「俺……?」

何で? どうしてここに?

狐「俺!」ダッ

俺「おー陽子ちゃん、久しぶり」ヨシヨシ





エイラ「オマエ……どうしてここに」

俺「何でって……お前、俺のこと迎えに来てくれたんじゃないのかよ?」

エイラ「え……?」

俺「お前の誕生日に間に合うように送った手紙に書いといたと思うんだけど……」

エイラ「え……」

俺「もしかして、読んでない?」

エイラ「あぅ……えっと、その……」ワタワタ

俺「マジかよ……地味にヘコむわ」

エイラ「むっ、元はと言えばなー! オマエが!」

俺「へ?」

ザワザワ

思わず上げてしまった大声に、注目を集めてしまっていた。

エイラ「〜っ、ちょっとこっち来い!」グイッ





―― 路地裏

エイラ「……」キョロキョロ

私達の他に人はいないな……

俺「おい、どうしたんだよこんなところに連れてきて……」

エイラ「……」ギュッ

首を傾げる俺になにも言わず抱きつく

俺「あわっ!? エイラ!?」

明らかに狼狽しているが、そんな事は関係ない。何せ久しぶりに会ったのだ。触れたいと思うのは仕方ない。そう、仕方ない事なのだ

エイラ「……」ギューッ

俺の匂い。俺の体温。俺の声……こうして触れ合うのは、いったいいつぶりだろう

エイラ「……オイ、何してんだよ」

俺「へ?」ワタワタ

エイラ「早く私を抱きしめろ」

おずおずと、彼の腕が私の背中に回る。体を包む温もりに身を委ねながら私は大きく息を吐いた

エイラ「オイ、俺。オマエホントふざけるなよ」ギューッ





俺「え?」

エイラ「あの手紙なんだよ。どうして私が手紙を読んでないかわかるか?」ギューッ

俺「えっと……?」

エイラ「……」イラッ

エイラ「オマエが! 他の女の話ばかりするからだよ!」ギューッ

俺「他の女って……」

エイラ「オマエに"そういうつもり"がないのはわかる。周りに女の子が多いのも仕方ない。でも、あの日は私の誕生日だったんだぞ!」ジワ

エイラ「その日の手紙でくらい、私だけの、話を……」ポロポロ

俺が来てくれた安心感、手紙の内容に対する不満、離れて暮らしてることに対する不安……そういった感情がごちゃまぜになっていく。そんなつもりじゃなかったのに、気付いたら涙が溢れていた

俺「……」フム

俺の手が私の頭を優しく撫でる。その心地よい感触に包まれながら、私は俺をより強く抱きしめた

俺「悪かった。ごめんな……」

エイラ「……」ギューッ

俺「でも今日はほら、オマエの誕生日を祝いに来たわけだしさ。その、エイラ」

俺「誕生日おめでとう」ニコッ





エイラ「遅いんだよ、このバカ……」

俺「プレゼントは俺です!」ナンチャッテ

エイラ「……ホントか?」

俺「えっ……」ソノカエシハヨウソウガイ

俺「その、ちゃんとしたプレゼントもあるぞ」

エイラ「じゃあそれも貰う」

俺「ふふ。うん、わかった。プレゼントとそれから俺も、ちゃんとお前のものだよ」

エイラ「ウン……」

俺「だから、そろそろ離して欲しいなーなんて……」

エイラ「……」ムー

名残惜しいが、確かにずっとこうしてるわけにはいかない。私は渋々体を離した

エイラ「オイ、俺」グイッ

俺「うん?」

彼の体を引き寄せるのと合わせて、私は踵を浮かせる。そのまま私は彼の唇にそっと口付けた

俺「なっ、おまっ……」コンナトコロデ





エイラ「……」モジモジ

エイラ「お、オマエは私のものなんだろ?」

言いながら、私は視線をそらした。顔が一気に火照る。今更ながら恥ずかしくなってきた。そもそも、さっきだって急に抱きついたり……ウワァァアァアア、私は何をしているんだ

エイラ「……あ」

エイラ「オマエ、いつまでこっちにいられるんだ?」

俺「あー、その……」

俺「明日の朝一で帰らなきゃならないんだけど……」

エイラ「そうか……」シュン

俺「いや、そもそも、本当は今日休みじゃないんだよね」

エイラ「は?」

俺「もっさんに丸投げしてこっそり抜け出してきたというか……」

―― その頃のもっさん

手紙『エイラのところに行ってくる。上手く誤魔化してくれるとそれはとっても嬉しいなって。どうかよろしくお願いします。烈風斬☆
―― 俺より』

坂本「」プルプル

グシャッ






俺「そんなわけだからさ、悪い……」

エイラ「……」ショボン

エイラ「あのさ、俺……私……」

オマエと一緒にいたい、と言いたい。だけど、私達の立場がそうさせることを許さない。私はまだウィッチとして戦える。なら、飛ばなければ。何より、サーニャだけを空に残したまま戦場から逃げるわけにはいかない。それがたとえ、同じ戦場じゃないとしても。
俺だって、必要とされている。なのに、私の我儘だけで『ここにいろ』なんて言えるわけない。でも、一緒にいたい。離れ離れはどうしようもなく辛いのだ

俺「……エイラ」

俺「俺さ、お前のことが凄く好きだよ」

エイラ「なっ」

エイラ「きゅ、急になんだよ」カァァァ

俺「できるならお前と一緒にいたいと思ってる」

エイラ「私だって、でも……」

俺「だからさ、今指導してる奴らが一人前になったら……俺がお前のところに来るよ」

エイラ「え……?」

俺「全部辞めて、お前と一緒にいる」

エイラ「良いのか? だって、オマエ……」

俺「元々辞めようと思ってたんだ。もっさんもいるし、俺がいなくても大丈夫だろ。簡単にはいかないかもしれないが、何とかする」




エイラ「ホントか……?」ジワ

エイラ「ホントに私と一緒に……」ポロポロ

くそ、また……でも今度の涙は少し心地良い。

俺「本当だよ」

俺は私を抱き寄せながら優しく微笑んだ

俺「まだ俺達が501にいた頃はさ、お前がいつもそばに居てくれて、支えてくれて……軽口を叩き合って、笑顔を見せてくれて……それが、凄く嬉しかった。いや、今だってそうさ。俺は、お前が笑ってくれることが凄く嬉しい」

俺「今、俺達は離れて暮らしてる。お互い軍にいるんだ。それは仕方ないと思う。少なくとも、お前がウィッチでいる間は……このままでいるしかないかなって、そう考えてた」

エイラ「っ」

俺「でもさ……思ったんだ」

俺「辛いことも楽しい事も全部二人で分かち合って、支えあって……お前の隣に居る未来がすぐにでも得られたら、それは凄く幸せな事だなって」

俺「お前はまだウィッチとして戦える。たくさんの期待とそれに答えられるだけの実力も持ってる。お前はまだ多くの人を救える……たくさんの人の希望になれるんだ」

俺「それに……サーニャを置いて戦うのを辞めることは嫌だろう?」

エイラ「……うん」

俺「だから、俺がオマエのところに行く」

俺「嫌か……?」





エイラ「イヤなわけ、ないだろ……」ギューッ

俺「うん……良かった」

エイラ「待ってるからな。オマエが来るの……」

俺「ありがとう。絶対来るよ。約束だ」

俺「よし、じゃあそろそろ移動しようぜ。これからお前の誕生日とそれから、マンネルハイム十字章の受賞を祝わないといけないんだからさ」

エイラ「うん」

私達はそっと体を離した。お互い照れくさそうに微笑みながら、寄り添うようにして歩き出す。

エイラ「俺」

俺「うん?」

エイラ「その、手繋いでくれよ……」

私は顔を背けながら手をつき出した。返事の代わりに帰ってきたのは、ゴツゴツした男の手とその温もり。

エイラ「俺」

絡めた指にそっと力を込めながら私は最愛の人の名前を呼ぶ

俺「何だ?」

エイラ「何でもない。呼んだだけ」

首を傾げる彼に私はそっと微笑んだ。不思議なものだ。名前を呼ぶだけ、彼が返事をしてくれるだけで、私の心は満たされる。それだけで、私は確かに幸せなのだ。
絡めた指から伝わる温もりを感じながら、私はまた小さく微笑むのだった。



[おわり]
最終更新:2013年02月15日 12:32