オレ「……さて、部屋に戻って何するか……」
基地へと戻ったオレは、自室へと歩いていた
「おい」
オレ「……ん?」
そしてその彼に、声をかける人物が――
オレ「……なんだ、バルクホルン大尉か」
――ゲルトルート・バルクホルンである
彼女は俺を彼女らしいむすっとした仏頂面で睨んでいた
バルクホルン「なんだとはなんだ。貴様、上官に対して――いや、その話は後だ……お前、何故この時間帯に室外にいる?自室謹慎中のはずだぞ」
オレ「……坂本少佐との手合わせに付き合わされていた」
バルクホルン「はぁ?」
オレ「部屋にこもりっぱなしじゃ腕が落ちるだろうと言われてな。
今日はミーナ中佐もいないし、鬼の居ぬ間に選択と言うヤツだ。はっはっはっ!……とも言ってたな」
バルクホルン「……………………」
バルクホルンは片手で額を押さえ、何かうんうんと唸っている
オレ「どうした?急に頭を抱えて」
バルクホルン「いや、なんでもない……そうだ」
はっ、と何かを思い出したかのように彼女は頭を上げた
オレ「?」
バルクホルン「お前、ハルトマンを見てないか?」
オレ「いや、見てないが」
つい先ほど食堂の方を通ったが彼女の姿は無かった。聞くところによるとバルクホルンは彼女と相室の様なので、どうやらその部屋にもいない様だ
バルクホルン「そうか……」
オレ「何か彼女に用事でもあるのか?」
バルクホルン「ああ、いや……少し、な」
オレ「オレに何か手伝えることがあれば協力するが」
彼女らしくないどこか落ち着かない様子を案じて、オレはバルクホルンに提案する
……このオレ、顔つきは恐いが結構な世話焼きだったりする
バルクホルン「馬鹿を言うな、お前は謹慎中だと言っているだろう」
オレ「ああそうかい……それで?一体彼女に何の用なんだ?」
バルクホルン「それは……私は車の運転が出来ないんだ」
オレ「ああ、成る程。それで彼女に頼む、と」
バルクホルン「……くっ!私も車の運転さえできれば……!
いつもいつも『しょうがないなーもーっ』とにやけ面で言うあいつに頼らなくて済むと言うのに……!」
唇を噛み締め、悔しそうな表情を浮かべる
……きっとその脳裏には黒い悪魔が浮かんでいるのだろう
オレ「……オレはまだアンタのことをよく知らねェけど……アンタは車を運転しない方がいいと思うぞ」
バルクホルン「なんだと?……それは何故だ?」
オレ「さあな、オレのカンさ」
バルクホルン「勘だと!?……まぁいい、『喰狼』と呼ばれるお前の勘だ……覚えておこう」
オレ「喰狼……ね」
バルクホルン「しかし……噂には聞いていたがまさかお前が『あの』喰狼だとはな……」
オレ「ミーナ中佐から聞いたのか」
バルクホルン「ああ、聞かせてもらった。隊員について何も知らないというのも変な話だしな」
オレ「………………」
バルクホルン「そ、そうだ、こうしている場合では無い!ハルトマンを探さなければっ!」
オレ「……そんなに慌ててどこに行くんだ?」
バルクホルン「……貴様には関係の無いことだろう?」
オレ「上司の動向を把握しておくのも部下の務めじゃないのか?」
バルクホルン「………………妹に、会いに行くんだ」
オレ「っ!……へ、へえ、アンタ、妹がいたのか」
バルクホルン「ああ、カールスラント一……いや、世界一可愛い私の妹だ!」
オレ「……姉馬鹿だな」
バルクホルン「ありがとう、最高の褒め言葉だ……そういうお前はどうなんだ?」
オレ「?」
バルクホルン「見たところお前は兄気質の様だし……妹はいるのか?」
オレ「……………………ああ」
ずいぶんと間を空けて、喉から絞り出された様にか細い肯定の言葉が、彼の口から発せられた
バルクホルン「ふっ、やはりか……どうやら私の妹レーダーもまだまだ捨てたものじゃ……っておい、お前!どこに行く!?まだ話は――」
オレ「自室に戻る、外をいつまでもうろついている訳にはいかないからな……昼食が出来たら呼んでくれ」
そう言うと、オレは去って行った。
その彼の背中をバルクホルンはただじっと見ることしか出来ない――
ひどく悲しげな、彼の背中を見て――彼女は黙ることしかできなかったのだ
…………………………
ちゃぷん……
オレ「……ふぅ」
時は過ぎ、時間は夜。オレは風呂に入っていた
隊員と鉢合わせしない様にしたおかげで夜はすでにかなり深まっている
空には月が浮かんでいて、薄暗い海面に歪んだ形で映っていた
オレ「やはり、風呂はいいな……身体の疲れが和らぐ」
風呂というものをオレは彼の剣の師匠から教えてもらった
オレ(師匠からは色々教えてもらったが……その中でも風呂ほど素晴らしいものはないな)
足を伸ばし、天を仰ぎ見る……そして彼の脳裏に、師匠との思い出の日々が蘇える
オレ(そういえば、彼は娘がいると言っていたな……名前は確か……)
オレ(アヤカ……と言ったか?…………そのうち会えるといいが……)
師匠はよくオレに故郷――扶桑の話を聞かせてくれた
その中でも、彼の娘の話はしょっちゅう出ていた
やれ三羽鳥だのアイツの剣の実力は俺様の訓練の賜物だー!だのアイツがガキの頃よく釣りに連れて行ったもんだ!だのと……毎回毎回娘の話を聞かされてオレもうんざりしていたが
彼は楽しそうに話す師に亡くした父の姿を重ねてもいた
オレ(結局、一度も勝てなかったな……)
彼の小太刀の技術は師の教えの賜物なのだが
固有魔法を使わない己の素の実力では師を倒すことは出来なかった
師は一刀流を得意としていたが、小太刀を使った剣術もめっぽう強かった……要するに神がかった技量だったのだ
他にも師は心を塞いで部屋に引きこもりがちだった自分を無理矢理釣りに連れてってくれたりもした……おかげで、釣りは彼の貴重な趣味になった
雨が強くて外に出れない日はどこからか映写機を持ち出して来て、映画を見せられた……そういえばどうして主役が娘じゃねぇんだと扶桑酒を片手に愚痴っていたっけ
オレ(本当に、荒っぽいというか――そう、破天荒な人だったな…………っ!)
師との思い出が蘇ると同時に……思い出したくもない、苦しみの――いや、忘れてはいけない、あの時の記憶が、駆け巡った
オレ(…………………………オレは)
オレ(……オレは、アンタみたいに)
オレ(強く……なれたのだろうか……)
オレ(……………………………………)
オレ(なあ……もし貴方が今、俺を見ているのなら……教えてくれ……)
そして彼は呟く
オレ(………………黒江、師匠)
……彼の、師の名を
…………………………
自室禁固四日目
先日と同じように、宮藤の作った朝食―昨日とは違うメニュー―を食べ終えたオレは、
これまた昨日と同じように自室へと続く廊下を歩いていた
オレ「ううむ……」
彼は口元に手を当て、何か考え事をしている
オレ(ここに来て
四日目だが……ネウロイの襲撃がまだ一度しかないとは……)
彼は、501基地のネウロイ出現率の低さに頭を捻らせていたのだ
宮藤からここ最近は出現回数が減っていると聞いていた彼だが――まさか本当だとは思っていなかった
ここに来る前の彼は一日に複数回の出撃が当たり前の地にいたのだ
オレ(……確かに、ネウロイが現れないことはいいコトだと思うが――それでも)
それでも、彼の心は、魂は、望んでいる
オレ(……オレは、一体でも多くの奴らを破壊したいと願っている――奴らとの戦いを、願っている)
オレ(……………………)
オレ(ああ……もう、オレは――)
ひどく、歪んでしまっている
そう彼が呟き――――全く同時に、彼のすぐ近くへ雷が落ちた
「ハルトマンッ!!!!いい加減に起きろ!お前ッ!一体今何時だと思っているんだ!!!!!」
開け放たれていたある部屋の扉から耳を劈くような女の声――バルクホルンの声が聞こえてきたのだ
オレ(はぁ……大尉も毎日毎日大変だな)
ここに来てわずか数日の彼だが、すでにあのコ――エーリカとバルクホルンの関係は大方理解していた
オレ「おい、アンタ達、また一体何を騒いで――――うっ!?」
ひょい、とオレは彼女たちの部屋を覗いて――その顔をしかめる
オレ「な、なんだよこの部屋は……」
オレは彼女達の部屋の左半分―右半分にも少々侵食しているが―が、汚いだとか乱雑だとかそんなチャチなモンじゃあ断じてねぇもっと恐ろしいもの――要するにゴミの山と化しているのを見てしまったのだ
バルクホルン「オレか……見ての通りコイツを起こしているんだ」
<あと三十ぷーん……
オレ「そいつは大変だな……ところで大尉」
バルクホルン「?なんだ?」
オレ「掃除用具の場所を知らないか?」
バルクホルン「掃除用具?掃除用具なら確か――ってお前まさかこの部屋を掃除するつもりなのか!?」
何か信じられないものを見るかのような目でバルクホルンはオレを見ている
オレ「ああ、別に今日も部屋にいたって何もすることがないからな」
「っ!……ダメダメダメダメーっ!それはだめーっ!!!」
がばっ!とバルクホルンの怒号の中でも惰眠を貪っていた少女――エーリカが飛び起きる
オレ「?なんでだ?こんな――女の子の部屋に使う言葉じゃないが―散らかった部屋、片付けちまった方がいいだろ?」
手をぱたぱたと振りながら慌てふためくエーリカを不思議に思ったのか、オレが尋ねる
エーリカ「そ、それは……その……恥ずかしいじゃん!オレに部屋を片付けてもらうなんてさ!」
バルクホルン「この鳥の巣そのものな部屋の方が恥ずかしいだろう……」
もじもじと―彼女にしては珍しく―頬を染めるエーリカに、バルクホルンがため息混じりの突っ込みをいれる
オレ「……とりあえず掃除用具取ってくるぞ」
何故か居心地の悪さを感じた彼は、そさくさと部屋を出た……掃除用具の場所がわからなかったが道すがら誰かに聞けばいい、オレはそう判断した
エーリカ「あうー……オレ行っちゃったよ……」
バルクホルン「……ハルトマン、今日お前は訓練の代わりにオレを手伝え。わかったな?」
エーリカ「ぐぬぬ……」
……………………………………
部屋の掃除を2人で始めて、すでに数時間が経過した
途中昼食―宮藤の作ったおにぎり―を挟んで、今エーリカ達の部屋はようやく『ちらかっている』というレベルまで達したのだ
……まだまだ先は長い
オレ「うおっと」
ドサドサドサッ!
不意に、積み重ねられた本の山が崩れた。
医学書や童謡など様々な本達が積み重なっていて、その中の一冊がパラパラとめくれ上がる
そして、床を掃除していたオレは、その偶然にも開かれたページを――――瞳に、映した
オレ「ッ!!!!!」
「……?」
エーリカ「オレ?どうしたの?」
開かれた一冊の本を凝視するオレを不思議に思い、エーリカが声をかける
オレ「い、いや、なんでもない……気にしないでくれ……」
オレはその本をパタンと閉じる――プルプルと、震える手で……
エーリカ「……………………」
彼女はオレを、ただじっと見つめていた――
…………………………………………
オレ「ようやく……終わった……」
ぐでん、と大の字になってオレが床に――チリ一つない――に寝転がる
窓からはオレンジ色の夕日が差し込み、一日の終わりを告げていた
……結局、丸一日かけて彼女の部屋を掃除したのだ
エーリカ「お、お疲れ様~っ」
エーリカもベッドの上に寝転がり、疲れきった両足を投げ出していた
オレ「フラウ、体が汚れているからあまりベッドの上に寝転がるな……」
エーリカ「はーい……」
エーリカはむくりとベッドから這い上がり、床の上にぺたんと座る――――彼女は掃除の間にオレにフラウと呼んでもらうようにしたのだ
……子供扱いされているのを感じた彼女のささやかなお願いである
オレ「しかしこの汚れた身体をどうにかしたいな……水浴びでもしてくるか」
起き上がったオレは汗で汚れた自分の身体に顔をしかめ――先日ほんの少し出来た時間に見つけた水場で水浴びでもしようかと考え、部屋のドアノブに手をかける
エーリカ「お風呂じゃなくて水浴びなの?」
オレ「ああ、この時間帯だと訓練が終わった他の奴らと鉢合わせするかもしれねェからな
エーリカ「ふーん…………ねぇ、オレ」
オレ「?なんだ?」
オレは、じっとこちらを見つめるエーリカの方へと振り返った
エーリカ「あのさ、俺って…………嫌いなの?」
オレ「嫌い?何がだ」
エーリカ「えっと、その――――ジャッカルが」
オレ「……………………っ」
ジャッカル。オオカミの様な耳を持ち、死骸を漁るイヌ科の動物だ
オレが掃除の途中で見た本……動物の図鑑には、ちょうどジャッカルの絵が書かれていたのだ
オレ「……ああ」
しばらくの沈黙のあと、彼はぼそりと呟いた
エーリカ「……それは、どーして?」
オレ「…………………………」
オレ「……お前には関係のない話だ」
彼の答えは、拒絶
エーリカ「え……」
オレ「……じゃあな。今度からちゃんと整理整頓しろよ」
そう言うと彼は部屋の外へと出て行ってしまった
エーリカはまだオレに聞きたいことがあったが……彼のただならない様子を見て、その小さな喉から声が出なかったのだ
エーリカ「オレ…………」
エーリカ(今のオレの顔……すっごく怖かった……)
エーリカ(……オレは……何を経験してきたの?)
エーリカ(…………………………)
エーリカ(……頑張らなくちゃ)
彼を、笑顔にするために
エーリカ「…………………………」
エーリカ(………………あれ?)
エーリカ(どうして私は、こんなにも頑張ろうとしてるんだろう?)
オレが仲間だから?――――いや、違う
エーリカ(ああ、そっか。私は――――)
エーリカ「っ!!!!!!!」
がばっ!と彼女はオレが彼女の部屋を掃除すると言った時と同じように飛び起き――――そのままベッドの上へとダイブし、顔を枕にうずめた
……その顔を、真っ赤に染めて
最終更新:2013年02月15日 13:26