――昼、自宅――
両親から縁を切られ、祖父母にかくまってもらい、二人の家に住み始めて3年以上が経過した。
今日は俺の誕生日。自宅代わりの祖父の家で誕生日を迎えるのは3回目、歳は20歳になった。
――実家を出て行く切欠になったのは、俺が高校を中退して学生からニートへと変化を遂げた為だ。
3年前、パソコンと向き合っている俺の部屋に突然入って来た母親は、怒り狂って金きり声を挙げながら棚にディスプレイされているストパンのフィギュアを掴んで地面に叩き付けた。
「面倒臭くなった」「他人との会話が嫌いだから」と明瞭でない退学理由を告げた俺に対して遂に限界が来たのだろう。
まぁ、当然だ。そして模型のストライカーユニットの折れた主翼を踏みながら、涙を浮かべた母親はその時こう言った。
『いい加減にしろ。なんで学校を辞めた。なら働け。訳の分からない軍隊アニメが好きなら、自衛隊でも入りなさい。現実を見てくれ』
俺はうんうんと頷きながら、えへらえへらしていた。フィギュアはまた買ってくればいいとか何とか考えていただろう。
母親の話を耳から反対側の耳へと通り抜けるように聞き流していた。
何故なら何を言っているのかも分からない程の絶叫であったし、反省を忘れた俺は聞き入れる必要も無いと思っていた為だ。
ただ、「自衛隊に入れ」と言った母親の意見だけは唯一受け取り、心の中で反発した。
確かに興味はある。自衛隊はカッコ良いし、俺ストSSを書いている時も反戦をテーマにした展開は描写したし、人を守るための自己犠牲も表現した。
だが妄想内なら仲間の為、人の為、守る為と書けるが、現実の俺が本当にそんなことを思っている筈が無い。
俺のような作者からしては、物語内で語った反戦や自己犠牲や綺麗事など所詮話を盛り上げる演出の為の材料にしかならない。
作者は別として、原作がそうであると同じように。
『可愛い女のキャラクターが存在する軍隊なら入りたいと思える、だってイチャイチャしたいし』
『別に現実の平和なんて望んじゃねぇし、自分が一番好きだし、運動するの辛いし、死にたくないし、妄想が一番、パソコンがあるって素晴らしい』
母親が散らかった部屋を出た後も、俺は黙々とパソコンでSSを書き続けていた。
『本心から平和だの他人の防衛の為だの憧れるだの思ってるならもう既に自衛隊に入って行動してんだろ。こんなの書いてる前にさ』
『別にいいだろ。フィクションとか嘘の感動で満足してっから。楽しめば良いんだよ。それでいいから。人の人生に口突っ込むんじゃねぇよ』
現実よりも架空の世界に心酔し、加えて俺ストSSという自己完結世界への浸透を望んでいた。
『俺はストパンからジーンとくるような感動を貰ったんだよ、映画でも何でも。現実じゃ絶対に味わえ無い…どう考えたって二次元の方がいいじゃねぇか』
『現実なんて、何も良いことねぇ。リアルは辛いことばっかりだ、俺みたいな人間は特に』
『二次元や、ストライクウィッチーズは俺の唯一の心の救いなんだ、だからハマッちまったんだ。しかたねぇんだ』
そんなことを言い訳のように呟きながら、カタカタと正統派な純愛SSを書いていた。
その社会性と人間性を疑われる呟きは、部屋の外のドアから耳をすませていた母親にも聞こえていただろう。
そして2日後、反省の余地が無い俺は家を追い出された――
『素直に謝るべきだったわ。じーちゃん家だとネット環境も悪ぃし、部屋も狭いし。グッズが置けねぇし』
孫に甘かった祖父母は俺を引き取った。両親は当然抗議をしたが、その件についての音沙汰はすぐに無くなった。
祖母が考案した「社会復帰の為、今は休養が必要」という都合の良い理由に、両働きだった親は溜息を吐きながら渋々納得した。
いや、諦めたと言った方が良いだろう。もう抗議をする気も起きない。俺はもはや邪魔者になったのだから。
多少の後悔はありつつも、家の外に、社会に出なくてよいという現状へと変化したことに俺は満足していた。
それに加え、後日
初めて体験した金縛りとストライクウィッチーズ世界への体外離脱。
不適合だと認識した場所を避け、居心地の良い場所を望む俺の自己概念。
全てが相まって「現実の人生を捨てて、彼女達への愛に尽くそう」という信念を樹立させた。
例えそれが、嘘、妄想の世界だとしてもだ――
俺『あぁー夜まで暇だな』
体外離脱中の再現用SSを書きながら、俺は思い出していた。
完全に吹っ切れた、あの日のことを。
――
――朝、「ストライクウィッチーズ」ロマーニャ基地、執務室――
ミーナ「昨晩の夜間飛行の件について、ですか?」
俺「…はい」
俺中尉は引き締まった身体を若干前に傾けており、その軽い猫背からは眼で見ても不安が伝わってくる程だ。
俺「本当に俺は昨夜、ミーナ中佐から許可を頂いたのですか?」
ミーナ「え、えぇ。サーニャさんが疲れてて危険を伴うから僚機を務めたいって、あなた本人が申請したはずよ?」
俺「そう…ですか」
ミーナ「何かあったの?」
俺「いえ、最近記憶が途切れ途切れになるもので…実を言うと昨晩の夜間飛行時の状況を憶えていないのです。申請して、許可を頂いたことさえも」
ミーナ「…全て、憶えていないと?」
俺「はい」
ミーナ「…もしかしたら、まだ環境に慣れていないのかもしれないわ。ホラ、俺さんはまだこの基地に配属になってから日も浅いし…」
俺「……」
ミーナ「緊張して余計な疲れが溜まっているかもしれない、一度この基地の医師に診てもらったらどうかしら?」
俺「…了解です、お気遣い感謝します。この事は他言無用にしていただけないでしょうか。部隊の足を引っ張りたくはないので」
ミーナ「…分かったわ、あまり無理はしないでね」
俺は彼女へ向けて敬礼し、不安を隠せないまま振り返り、出口のドアに向かって歩き出した。
ミーナ「待って俺さん、今日はやっぱり…休みを取ってもらえない?」
俺の不安を極度に感じとったのか、彼女は椅子から立ち上がって、ドアノブに手を掛けた俺に再度提案した。
俺「はっ?」
ミーナ「ネウロイの予想周期行動もまだ先だから、一息吐くには良い頃よ?」
俺「しかし、予想は予想です!訓練の回数や俺自身の実力も不足していますし、一日だけだとしても緊急時の出撃に備える必要が……」
ミーナ「……俺さん?」
俺の言葉が途中で止まった。
俺「いえ、失礼しました…上官命令は絶対です。本日は休暇を…頂きます」
ミーナ「そうね…今日は自分の身体と相談してみて?」
軽く拳を握り締めながらも、俺は執務室を後にした。
ミーナ(憶えていない、か…俺さんはトゥルーデと同じ力み過ぎるタイプだから、頻繁に気分転換が必要なのかもしれないわね)
ミーナ「それとも、何か他に理由が…」
――昼、基地内食堂――
休暇の提案を受諾したものの、納得のいかない俺は取り合えず腹ごしらえを済まそうと急かしていた。
午後は医師との相談や身体検査を行う予定が発生し、自らを鍛える時間が削られてしまった。その時間を少しでも増やさなければならない。
ミーナの俺を心配してくれる意図は汲んだものの、日々の鍛錬を一日でも怠ることは自機や部隊の壊滅に繋がる。
宮藤「あっ、俺さん!」
リーネ「こんにちわ」
ペリーヌ「あら、貴方もお食事時でして?」
午前中の訓練を終えた3人が先に昼食を食べていた。
リーネ「俺さんは今日休暇を頂いたんですか?」
俺「あ、あぁ。頂いたといっても、受け取らずにはいられなかったようなものだが」
宮藤「どういうことですか?」
俺「いや、大したことじゃない。俺も食事をいただこうか」
言葉を濁し、鍋や食缶から食事を装って運び、宮藤達と近くの席に座った。
リーネ「あの…これもどうぞ」
するとリーネは俺の前に透き通った淡いピンク色の飲み物が入ったカップをそっと差し出した。
俺「これはリネット曹長が入れたのか?」
リーネ「はっはい!ローズレッドとレモンバームをブレンドしたハーブティです。ペリーヌさんに教えてもらいました…」
ペリーヌ「ふふん、リーネさんが俺さんに美味しいティーをどうしてもって言うものだから、教えてあげたのよ」
リーネ「ぺゅ、ペリーヌさん!?」
宮藤「そういえばリーネちゃん、今日はお茶入れる時すごい頑張ってたもんね」
リーネ「もう芳佳ちゃんまで!」
リーネはそう言いながら頬を赤らめていた。満更でもなさそうだ。
俺「そうか、ありがたくいただくよ」
カップを手にとって息で冷まさずにスッと飲み込んだ。
リーネ「ど…どうですか?」
俺「美味い……あまりハーブティというものは飲んだことがなかったが、これ程のものとは」
リーネ「ほんとですか!?」
俺「あぁ、リネット曹長はウィッチを引退したらきっと良いお嫁さんになれるだろうな」
リーネ「へっ!?ええええええっ!?」
さらに頬が赤くなった。
しかし、俺は普通に発言したはずなのだが、それ程驚かれるとは予想もしていなかった。
俺「…どうしたんだ、リネット曹長?」
リーネ「お、俺さんがそんなことおっしゃるから…」
俺「は?」
彼女は俺を「上官」ではなく「男」として見ているのであろうか。
確かに俺は体格や顔立ちもよろしく、異性からは一目置かれる存在でもあるが、
ウィッチとの恋愛や男女間の馴れ合いを考えたことなど無い。考えるわけが無い。
誇張して言えば、戦争中に、男が現役ウィッチである女性と恋に落ちるなどこの世界の人間として失格としか言いようがない。
戦いに支障が生じ、何より無力な男がウィッチの清純を奪い魔法力を消失させる可能性がある。
誰もが平和を望み戦っているというのに、それでも交際しようとするなど猿以下だ。
交際を始めるのならば、ネウロイを全滅させ世界を平和にするか、せめてエクスウィッチと化した女性を対象にすべきだ。
上記の思想を持ち、男のウィッチとして戦う使命を抱いた俺にとって身持ちの堅さは当然のことであった。
そして、20歳にも至らないウィッチである少女達に手を出そうとする主にロマーニャの馬鹿共を忌み嫌っていた。
奴らはこの世界の平和よりも自らの性欲を優先しているのだ、と。
俺「おい、そんなに驚くことでもないだろ?」
リーネ「は…はい」
俺「それにそろそろ午後の訓練の開始時間じゃないのか?」
宮藤「あっホントだ!リーネちゃんペリーヌさん急がなきゃ」
3人が食堂を走って出て行く。リーネだけが一瞬振り返って視線を流した。
しかし俺は何も気にせず黙々と食事を食べ続ける――
午後になり、俺は医務室に向かい数多くの検査を受けた。しかし異常は何処にも見当たらない。
検査が終了し結果が告げられた頃には、日も落ち、夕焼けが基地を染め上げていた。
そして、夜がやってくる。
――夜、基地内、俺中尉の自室――
時刻は9時過ぎを回った。
俺「原因は不明、か……どうしてなんだ?」
汗をタオルで拭き、頭の後ろで手を組んでベッドに横たわり、天井に向かってそう呟いた。
俺「悩んでいても仕方がない…取り合えず、今日はもう休むとしよう」
原因は不明であるが、記憶の一部消失という症状は自分の自己管理不足に他ならないだろう。
尚且つミーナに心配を掛け、日々続けてきた訓練を一時でも欠いてしまった。
その戒めを含め先程までこの部屋で懸垂等の筋力強化を行っていたが、中断し今日だけはじっくり身体を休める為早めに就寝しようと腹を決めた。
明日の早朝から再度頑張ればよい。後悔や悩みなど無駄だ。
それに記憶の消失など、自我を保てばどうと言うことは無い筈。
部屋の明かりを消して布団を首の辺りまで被せ、良い姿勢のまま眼を瞑った――
――
――深夜、自宅――
酷い耳鳴りがする。何だ、これは。
眼が開かない。身体も動かない。
ふざけるな、動け。
俺『………!」
眼を開け。
俺『うぉっ…」
眼が開いた。
しかし、石製ではなく木製の天井が目に映る。
俺『!?」
どういうことだ、何処だここは?
俺『…また…なのか?」
いや、此処には見覚えがある。
「昨日」のと同じだ。
基地の自室にいた筈の俺が次に眼を覚ました時、又もや昨晩と同様の光景が映っていた。
そういえば、ミーナ中佐への許可の申請やリトヴャク中尉との夜間飛行中の記憶を失った時も、俺はこの暗い部屋の中に居たんだ。
くそ、何だ、これは悪い夢だ。早く覚めろ。
俺『覚めろ…覚めろ…覚めろ!』
駄目だ、全く夢から覚める気配が無い。
それに俺の全身は動かない。首と眼球と口のみが動く。
俺『動け…えぇあっ!」
だが身体を思いっ切り捻った時、その呪縛は解かれた。
俺『!?…動ける?」
身体の不自由が解除され、俺は布団からのそりと立ち上がる。
次第に目が部屋の暗さに慣れ始め、周りの様子が伺えるようになった。
布団?ここは、扶桑の家か?しかし見たことの無い物ばかりだ。
どうしてこんなに書物や絵が散乱しているんだ。そして異臭もする。荒らされた後なのだろうか。
それよりも何故、俺の身体はこんなにも重いんだ。
俺『どうなっているんだ?」
昨日と同じ夢、同じ部屋。
だが昨日は一瞬だったのだが、今日の夢の継続時間は格段と長い。
俺は恐る恐る部屋の中をもう一度見渡した。
そして、部屋の隅の棚に置いてある何かに目が留まった。
俺『これは…扶桑人形か?」
しかもリネット曹長の?
俺『ユニットの主翼が欠けている…」
俺は扶桑人形を手にとって確認する。
そしてその扶桑人形を手に取ったとき、窓ガラスの外に黒い人影がチラッと映った。
俺『誰だ!」
だが目の前にいるのは人影ではなく、それはガラス戸に映り込んでいた自分自身であった。
扶桑人形を片手に持ち、弛んだ体付きをした不潔な男がそこにいた。
俺『こ……これは……」
その男が自分の身体だと判断するまでにそう時間は掛からなかった。
口を動かすに連れて、その男も口を同じく動かす。
俺『お…俺の…身体なのか……?」
その男と同じように、俺も扶桑人形を床に落とした。
心臓が痛くなり始める。これは最悪の悪夢だ。
俺『あ…あぁ!!…覚めろ!!…覚めろ!…さめ――
――
――明け方、基地内ハンガー――
俺「…………」
ここは、ハンガーか?
外から日の光が差し込んでいる、俺の夢は終わった。
しかし、何故か俺は今ハンガーにいる。
そして移動した記憶も無い。またあの現象が起きてしまった。そしてあの夢は一体何なんなのだろうか。
サーニャ「あっ…あのっ…」
俺「!?」
サーニャ「やっ…やめてください…俺さん…」
声を聞いて気が付いた。少女独特の匂いがし、俺の胸辺りには小さな頭がある。
そして俺の両腕は小さな身体を抱きかかえている。それに手は彼女の下半身のズボン付近にまで伸びているではないか。
俺はサーニャを抱きかかえていた。
もっと正確に言うのならば、彼女の身体を弄ろうとさえしていたのだ。
俺「うわぁ!!」
俺は頬が真っ赤になっていたサーニャを突き飛ばし、身体を彼女から引き離した。
サーニャ「きゃっ…」
俺「!すっすまない…」
呼吸が止まるような衝撃だった。
なんだ、一体何がどうなっている?俺がウィッチに手を出そうとしていた?
それにあの夢は何なんだ?なぜ、こんなことになっている?
俺は狂ってしまったのか?
今の現状に理解が出来ない。
夢を見ている内に身体が勝手に動いており、自分の忌み嫌うものを自らが行おうとしていた。
サーニャ「…あ…あの…?」
混乱は俺の身体にも現れてくる。冷汗が止まらず、膝がガクガクする。
俺「く……くっそ…!」
その混乱に抵抗するため、俺は屈んで両膝の振動を手で無理矢理押さえつけようとした。
俺「っ!!?」
だが押さえつける前に、俺は自らの股間が勃起していることに気が付き、脳裏に扶桑人形を持って佇む男の幻影が浮かんだ。
俺「…っ…」
サーニャ「……?」
俺「なんだ…どうなっている……」
サーニャ「お、俺…さん……?」
俺「…っ……本当に…申し訳ない…リトヴャク中尉…っ」
疑問だけでなく、恐怖さえ俺を苦しめた。
記憶の消失、この生理的現象とあの男が示すもの。
解明は不可能だが、それは全て「欲」そのものだと俺は感じずにはいられなかった。
―つづく―
『俺』という男の「俺」へという侵食により、「ストライクウィッチーズ」の世界の歪みが増してゆく。
高度33333m上空で、「俺』が見たものとは。
しかし、『俺』が手に入れるものは快楽だけではない。
快楽には必ずしも、痛みが伴う。
最終更新:2013年02月15日 13:32