――1945年、2月13日
――第502統合戦闘航空団基地、第三格納庫
――そこには使用頻度の低い装備、機体が押し込められていた
厚いシートを被せられ、いつ来るのか分からない出番を機材達はじっと待ち続ける。
その静寂の中、「俺」は眠る機体達の整備を黙々としている。
つなぎの上から羽織る防寒用の真っ黒なコート。白い髪に細く垂れ気味の灰色の眼はオラーシャ人特有のものだ。
オラーシャ人の中でも特に大柄な体躯に反して、彼にはおよそ戦闘の才能が無かった。
本人もそれを自覚しており、だからこそ軍に入隊した時から
整備士になることを決めていた。
頭をボリボリと掻きながら一日中作業している姿は、時に同僚のカールスラント人達からも感心されるものだった。
ふと、機体を磨いていた俺の手が止まる。漂ってきた香ばしい匂いのせいだ。
格納庫の外では俺の同僚である「僕」が空のオイル缶に金網を乗せた簡素なストーブでソーセージを焼いていた。豚の脂の溶ける匂いがあたりを包む。
同じく網に乗せられたポットからは白い湯気が噴き出していた。
俺「おい僕、何本焼いてる?」
僕「三本と、カハヴィ用の湯がちょうどカップ二杯分。休憩しようよ」
俺と同じつなぎを着た僕が答える。
金髪碧眼、小柄な体格に童顔と、俺とは正反対な容姿。二人は並び立つとまるで子供と大人のように見え、同僚たちからは親子のようだとからかわれた。
俺「そうだな。毎度毎度どこからくすねてくるんだ?そのソーセージ」
僕「へへん、いつだって重要な作戦は秘密裏に展開されるんだ」
俺「今度ヴォトカも手に入れてくれないか?」
僕「チャンスがあればね」
二人の他に人足はまず向かないこの第三格納庫では、こんな会話が日常だった。
ぱちぱちと薪の爆ぜるオイル缶の近くに俺が木箱を置く。大きな体がそれにどっしりとのしかかると、箱はミシッと鳴った。
オイル缶を挟んで向かいに座る僕が顔をしかめる。
僕「空箱だからってそう何個も無いんだから大事に扱ったらどう?」
俺「俺はそのつもりなんだが」
僕「もう少し痩せたら?」
僕がカップに湯を注ぎながら言う。湯気が立ち上り、消えていく。
俺はコートの上から自分の腹を撫でる。柔らかな感触はなく、板をなぞっているようだと思った。
俺「痩せろといっても脂肪なんてこれっぽっちもついてないぞ」
僕「ははは、それもそうだね。僕たち下っ端には脂肪は手の届かない贅沢品だ」
僕は淹れたてのコーヒーを俺に手渡すと、作業着のポケットからリコリスキャンディーを取り出す。
これを舐めながら飲むカハヴィは最高なんだ、と僕は言う。
過去に一度経験している俺が、その味の記憶を思い出してげぇ、と唸る。
俺「スオムス人というのはみんなそれを飲むのか?」
僕「どうだろ。僕以外でこれをやってるのは見たことないかな」
俺「カタヤイネン曹長はどうだ?」
僕「僕が知ってるわけないだろ。顔だって二回見た事あるだけだよ」
俺「そうか。俺もポクルイーシキン大尉の顔を一度しか見た事がない」
僕「そんなもんだよ」
俺「そんなもん、だな。ソーセージ食っていいか?」
僕「一本だけだよ」
俺「分かってる」
雪のちらつく屋外で、二人は湯気をあげるソーセージにかぶりついた。
休憩を終えた二人が格納庫に戻ってきた。俺が途中まで整備していた機体を見て僕が首を傾げる。
僕「ねえ俺、これ何て言うんだっけ」
俺「以前言っただろ。これは”アエロサン”だ。風のソリだ」
僕「そうそう、アエロサン。変わった形してるよね、これ」
僕の言うとおり、それは独特の風体をしていた。銃座と操縦席のために上部に二つの穴が空いた長細い箱。
その底から細いパイプが四方に伸び、その先にはスキー板のようなものが取り付けられている。
そして箱の後方には大きなプロペラ。
それはプロペラで推力を生み雪上を滑る、オラーシャ軍の雪上艇だった。
俺「これは面白いんだ。雪原を何より早く駆け抜ける」
僕「へー。一度見てみたいよ俺」
俺「じゃあ誰かが雪原に落し物でもして、これが出動する時を待っててくれ」
僕「なんだよそれ」
俺「これは俺が無理やり本国から持ってきた。だからこの基地のどの部隊もこれを使うことはない。今言ったような時以外はまず使われない」
僕「変わった人だね俺は」
俺「良く言われるよ。お前はまるでヴォトカを飲むカールスラント人みたいだ、とか」
僕「それには同意。ヴォトカが無くなっても真面目に働くオラーシャ人なんて
初めて見たよ」
休憩を終え、俺と僕はアエロサンの整備をしていた。
稼働する予定が無いとはいえ、必要な時にはしっかり動けるようにしておかなければならないのだ。
僕「そういえば」
アエロサンのオイル交換をしていた手を止め、僕が俺に話しかける。
僕「最近この基地に来たあの501のウィッチって知ってる?」
操縦席の計器の数字を記録しながら俺が答える。
俺「当たり前だ。ここ最近は兵たちがみんなその話題で盛り上がっている」
僕「二人ともかなりの美人さんらしいよ。見た事あったりする?」
俺「あると思ってるのか?」
僕「思ってないよ。そりゃそうだよね、僕たちじゃあ会う理由が無いもん」
俺「どんな人か気になるか?」
僕「そりゃ、ね。僕だって男だから」
俺「そうか。なら、挨拶してくればいい」
僕「あはは、挨拶か。俺も時々面白いこと言うよね」
俺「今のはジョークじゃない。外を見てみろ」
俺に言われて格納庫の外を見る僕。そこにいたのは色白な一人の少女だった。真っ白な世界に映える空色の服。スオムス軍の軍服だ。
僕「え?うそ、あれってもしかして」
俺「この基地では見た事ない顔。そしてスオムスのウィッチ。間違いないだろ」
僕「エイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉!?」
格納庫に反響したその叫びは、外を歩いていたその少女にも届いた。
エイラ「ん?今誰か呼んだかー?」
エイラ「へー、おまえもスオムス出身かー。よろしくなー」
差し出された真っ白な手を、慌てて握り返す僕。俺は無表情のままエイラの顔をじっと見ていた。
その視線に気が付きエイラが顔をしかめる。見上げるような大男にじっと睨まれるなど気持ち良いものではない。
エイラ「な、なんだよ。不気味だなあ」
僕「ちょっと俺ってば、どうしたんだよ」
僕につなぎの裾を引っ張られ、俺の大きな肩がビクっと跳ねた。それにつられて二人も驚く。俺が、しまった、と呟いた。
俺「失礼しました中尉殿。お噂には聞いておりましたが、お姉様と似た雰囲気をお持ちですね」
エイラ「そうかー?姉ちゃんと似てるってあんまり言われたこと無いんだよなー」
俺「いえ、容姿ではなく雰囲気が似ています」
エイラ「んー?よくわかんないなー」
俺「その、雰囲気がですね」
エイラ「雰囲気ってなんだよー」
俺「つまりお二人の纏う雰囲気が似ておられるということでして」
まるで子犬が自分の尾を追いかけるような終わりのない会話。もどかしそうに二人を見ていた僕だったが、たまらず止めに入った。
僕「ちょっと俺、俺ってば!会話が成り立ってないよ!」
俺「しまった。どうも申し訳ありませんでしたユーティライネン中尉」
頭を下げる俺に手をヒラヒラと振りながらエイラは答える。
エイラ「気にすんな。ところでさ、ニパ見なかったか?」
エイラの質問の意味を理解できず、首を傾げる二人。それを見ててエイラがおっと、と呟き、言い直す。
エイラ「悪い悪い。えっと、ニパってのはカタヤイネン曹長の事なんだ。どっかで見なかったか?」
僕「あの、僕たちは一日中ここに籠っているのでわかりません。お役に立てなくてすみません……」
エイラ「あー、いや。別にそんなに大した用事じゃないんだ」
俺「見かけたらユーティライネン中尉がお探ししていた、とお伝えしておきましょう」
エイラ「いいっていいって。あとユーティライネン中尉って姉ちゃんと一緒になっちゃうだろ?だからエイラでいいよ」
僕「え、でもファーストネームでお呼びするなんてそんな」
俺「了解です、エイラ中尉」
僕「あっさり言ったね俺」
俺「中尉殿がそうしろと言われただろ」
僕「そ、そうですか……。よし、わかりましたエイラ中尉!」
エイラは満足そうにうんうんと頷いた。その後しばらくエイラと俺達は再び火を灯されたオイル缶を囲んで雑談をしていた。
第三格納庫にある物。第501統合戦闘航空団のウィッチ達。美味しいソーセージの焼き方。
扶桑の腐った豆やサメの油。好きなリコリス菓子のフレーバー。扶桑のウィッチの特殊性。その内容はまさに雑談の字のごとく様々だった。
ふと、エイラは格納庫内に不思議な形状の機体があることに気がついた。
エイラ「なあ、あの複座式飛行機の胴体の後ろにプロペラくっつけたような奴、なんだ?」
その問いに、コーヒーを啜っていた俺が答える。
俺「あいつですか。あれはアエロサンと言います」
エイラ「あえ、あえりおさん?なんだそれ」
俺「アエロサンです。こいつは雪が無いと走れないが、雪の上ならこんなに速い物はありません」
エイラ「へー。ああ、良く見たらスキー板みたいなのが脚みたいなのの先に付いてるなー。そっか、あれソリか?」
僕「変な形ですよねー。俺はあれがお気に入りなんですよ」
俺「いいだろ、別に」
エイラの前だからか、珍しく照れた様子が新鮮で面白くて、僕は俺の普段の行いがどれだけ良いかをエイラに説明した。
その度に頬を僅かに赤くする俺を見て、エイラのいたずら心が疼く。エイラも僕のいたずらに乗ってしきりに俺を褒めはじめた。
普段は時が凍ったように静かな第三格納庫に、この時は温かな時間が流れていた。
アエロサンのボディがキュッと鳴った。それはまるで、アエロサンの笑い声のようだった。
数日後、502基地に緊張が走った。哨戒任務中のサーニャ・V・リトヴャク中尉が墜ちたとの連絡が入ったのだ。
エイラ「サーニャが墜落!?そんな、嘘だろ!?」
エイラの声がブリーフィングルームに響いた。
吹雪が窓をガタガタと鳴らす。普段なら外出を躊躇う天候だ。
大きな机に肘をつき、手を組みながら502統合戦闘航空団隊長のグンドュラ・ラル少佐が口を開く。
ラル「まずい事に真実だ。そして事態は一刻を争う。ロスマン曹長、状況の説明を」
ラルに指示され、ロスマン曹長が説明を始める。パニックになりかけてる頭をなんとか働かせながら、エイラはそれを理解していく。
簡潔に説明するとこういうことらしい。
- サーニャ中尉は基地に帰投中に地上ネウロイ群に遭遇。
- 不意打ち気味に対空砲火を浴び、雪原に不時着。インカムへの応答要請には答えるも、意識レベルは低いと判断される。
- 急に飛行が困難な程の吹雪が発生し始めた為、現在は空からの捜索は不可能。
- アウロラ率いる地上部隊が既に出動したが、柔らかい新雪に四輪車は脚を取られている。また、無限軌道車は走行に支障は生じていないが脚が遅く捜索地点到達までに時間が掛かることが予想される。
エイラ「私も探しに行ってくる!」
そう叫び、部屋から退出しようとしたエイラをポクルイーシキン大尉が制止する。同郷であるサーニャの緊急事態ということもあり、大尉も内心は気が気ではなかった。
しかし経験から、このような時にこそ冷静な判断が大切であることを理解していたのだ。
ポクルイーシキン「空から探すのは不可能です。あなたもこの天候じゃまともに飛べないことが分かるでしょう?」
エイラ「何言ってんだ、そんなの関係ないだろ!サーニャが、サーニャが助けを待ってるんだ!」
クルピンスキー「それじゃあ百歩譲って飛行出来たとしよう。けど、こんな天気じゃ空から地面を眺めようとしても雪で何も見えないだろうね」
壁にもたれながらクルピンスキー中尉がエイラを諭す。いつものようにおどけたような口調だが、その表情は真剣そのものだ。
エイラはクルピンスキーを睨み付ける。
エイラ「じゃあ低空で飛べば良いだろ!地面すれすれで飛べば見つけられる!」
クルピンスキー「こんな天候で低空飛行をすれば、不意の突風で地面に叩きつけられるのが目に見えてるよ。冷静になるんだ、今君が焦ってもサーニャ君が見つかるわけじゃない」
クルピンスキーの言葉をエイラは理解していた。しかし、脳裏をよぎる最悪の未来の想像図がエイラの心をひたすらに襲い続ける。
エイラの目からは涙がこぼれ始めていた。
それを見て、ラル達は何も出来ない自身に苛立ちを覚えずにはいられなかった。
今すぐに飛んで助けに行きたい。そう思ってない者などこの場にはただの一人もいなかった。
ニパ「アウロラ姉さんを信じて待とう。ね、イッル?」
カタヤイネン曹長が親友であるエイラをそっと抱きしめる。肩の震えはエイラから伝わるものか、それともカタヤイネン自身のものか。
あるいは、その両方か。
菅野少尉は状況から来る緊張と不安感からか、無意識に隣に座っている下原少尉の服の裾をキュッと握っている。
普段は男勝りな言動をしていても、彼女はまだ子供だ。親しい人の生死の境目という状況に心を落ち着かせられる豪胆さなど無かった。
そんな菅野の心の内を知ってか知らずか、下原は菅野の肩を抱きよせながら事態の展開を見つめていた。
エイラは必死に考えていた。サーニャを救う方法を。生まれ落ちてから今に至るまでのありとあらゆる知識を総動員しようと必死になって思考した。
空は飛べない。トラックと無限軌道車は脚が遅くて間に合わないかもしれない。何か、何かそれらの代わりになるものは無いか。エイラは涙を拭いながら必死に考えた。
天候に左右されなくて、新雪でも移動できる物。
その時、エイラの脳裏に数日前のある会話が蘇った。
俺『アエロサンです。こいつは雪が無いと走れないが、雪の上ならこんなに速い物はありません』
エイラ「……そうだ。アレなら!」
ポクルイーキシン「ちょっと、エイラさん!?」
ニパ「イッル!?」
二人の声も耳に入らない。サーニャを助けるための可能性を頭に浮かべながらエイラは第三格納庫へと走った。
エイラ「頼む、サーニャを、サーニャを助けに行かなくちゃ……。私は、サーニャを助けに行きたいんだ!」
僕「エイラ中尉……」
突然飛び込んできたエイラに驚く二人だった。だが、事態は基地内に響く兵達の声から察していた。
おろおろする僕とは対照的に、俺は何かを考えるように目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。
俺「我々にそのような指令は出ておりません。エイラ中尉、ですからあなたの頼みを聞くことはできません」
抑揚の無い声で答える俺。眉ひとつ動かさず、直立したままエイラをじっと見る。
エイラの顔から血の気が引いていく。僕は驚きの声を上げた。
僕「俺!?」
エイラ「そんな、頼む、お前達しかいないんだ!」
二人の声を聞き、俺はもう一度目を閉じる。少し間を置いてゆっくりと目を開き、そしてやはりゆっくりと口を開く。
俺「中尉の命令で動く事はできません」
僕が俺に駆け寄り、胸倉を掴む。身長差を無理やり埋めるように胸倉をグイッと引き下ろし、自身の額を叩きつけるように俺を睨みつけ、怒鳴る。
僕「俺が真面目なのは知ってるさ!だけど、だけどこれは違うだろ!こんなに間違った真面目なんてするぐらいなら飲んだくれた酔っ払いのほうが何倍もまともな人間さ!」
俺は僕に掴まれながら、しかしそれに抗おうとはしない。表情を変えずに僕に答える。
俺「俺達が中尉の頼みを聞いたとしよう。そしてもし俺達が死んだとする。死因は凍死か、あるいはネウロイに遭遇して焼死か」
僕「なんだよ。命が惜しいだけなのかよ俺!」
心底失望したように僕が罵倒を吐き捨てる。それでも俺の表情は変わらない。
俺「少なくとも俺が死ぬ分には俺は、まあ特に問題ないと考えてる。だが、俺達を死なせた責任を中尉は取らされる事になるだろう」
エイラ「!?」
エイラが思わず顔を上げ、そして気付く。自分は彼らに死にに行ってくれと頼んでいるようなものなんだ、と。
俺「もし、と言ったがこんな吹雪に操縦席が剥き出しの乗り物で雪原を滑走したらどうなるか。おそらくは一時間ももたないだろう」
僕「……それがどうした!軍に入った時から死ぬことは覚悟しているさ!」
エイラ「お、おい……」
俺「なら俺はお前の覚悟を駄目にしてしまっている。お前を死なせたくは無いからな」
僕「……え?」
俺の手が僕の手をゆっくりとほどく。格納庫の冷たい地面にペタリと座り込んだままのエイラの腕を掴む。エイラを立ちあがらせながら俺が言う。
俺「俺は、雪原に落した落し物を探しに勝手に飛び出した。そう報告しておいてください」
何のことなのか意味が分からないエイラと僕に背を向け、アエロサンの方へ歩いていく。
俺の手がアエロサンのボディを撫でる。その表情は少し嬉しそうだった。操縦席に跨ぎ乗り、エンジンをかける。
数秒置いてやっと俺の言葉と行動の意味を理解した僕が、慌ててアエロサンの銃座に飛び乗った。
俺「何してる。降りるんだ」
防寒帽を被りゴーグルを装着しながら俺が言う。しかし、僕は座席にしがみつき降りる気は無い様子だった。
俺がしばらくじっと見ていたが、やがて小さくため息をこぼした。
俺「……もうソーセージが食えなくなるかもしれないんだぞ?」
俺の言葉に、僕はいつもの人懐っこい笑顔で答える。
僕「死後の世界にもソーセージ好きはきっといるよ」
観念したのか、俺は微笑んだ。
俺「……なるほど、その可能性は高いな」
俺がアクセルを踏む。時間が止まったように静かだった格納庫に、アエロサンの咆哮が響き渡った。
俺「発進する」
僕「了解!」
飛行機のようなエンジン音も高らかに、アエロサンがゆっくりと動き出す。二人の顔に後悔の色は無い。
ところが、突然その行き先をエイラが立ち塞いだ。
エイラ「待てよ!」
俺が驚き、瞬時にアクセルから脚を離す。
エイラはアエロサンの銃座、僕が座ってほぼ隙間が無い空間に無理やり乗り込んだ。エイラの胸が僕の体を刺激する。
僕「ちゅちゅちゅ中尉!?なななな」
俺「中尉、何をなさっているんです。俺達は」
エイラ「バカ!!」
エイラは銃座後ろの操舵席に座る俺を睨みながら叫ぶ。その目には涙が溜まり始めた。
エイラ「お前達が死んだらサーニャを助けても意味が無いんだ!私が絶対にお前達を死なせたりなんかするもんか!私は、私はサーニャもお前達もみんな助けるんだ!」
僕「中尉……」
俺「しかし、俺達を助けると言われても」
エイラが俺の言葉を無視して、機体進行方向に腕を伸ばしシールドを展開する。それは、急ごしらえの風除けだった。
エイラ「こうすれば直接受ける風や雪を少なくできる。剥き出しよりずっとマシだろ?」
なるほど、たしかに剥き出しよりかは良いかもしれない。だが、どう見ても乗員オーバーだ。
エイラに密着された僕は全く身動きせず、ただただ耐えるしかない、といった様子だ。
俺「確かにそうですが、しかし銃座に二人が座るなど」
エイラ「ああもうっ、じゃあこうすればいいだろ!」
叫びながらエイラは僕の膝に無理やり座った。ひゃあ!と僕が叫んだ。その顔は真っ赤になり、両手は空中でプルプルと震えている。
僕「ちゅ、中尉、えっと、その、あの」
エイラ「なんだよ、男なら少しくらい重くても我慢しろよ!」
膝に座ったままエイラが振り向くので、僕との顔の距離はほんの数センチしかない。僕の表情は見えない、その表情を真っ赤になった耳を見て推測した俺が僅かに口角を上げた。
俺「僕、防寒帽を被らないと耳が凍傷になるぞ」
僕「わ、分かってるよ。そうだ、これは緊急措置なんだ、落ちつくんだ僕……」
エイラ「おい、早く行くぞ!」
僕「中尉、お願いですからあんまり動かないでください……」
俺「こらえるんだ僕。これより雪原に落した白百合を見つけに出発する」
一人のウィッチと二人の整備士を乗せ、アエロサンは雪を舞いあげながら格納庫を飛び出した。
目的はただ一つ、雪原に落とされた一輪の白百合を探すために。
アウロラ「急げぇ!ウィッチとはいえ、この吹雪きだ。どれだけ持つかわからんぞ!」
兵達と共に雪に埋もれたタイヤを掘り返すアウロラ中尉が檄を飛ばす。落ちたウィッチとストライカーは必ず回収する。それがアウロラに与えられた使命であり、それを成し遂げてきた事が彼女の誇りだった。
今回の条件は最悪。だが、アウロラが諦める事は無い。間に合わないようならスキーを履いて、自身一人ででもサーニャの救出に向かおう、などと考えていた。
ジョゼ「あのー」
トラックの荷台からジョーゼット少尉がアウロラに呼び掛ける。アウロラが出動する際に、半ば拉致するようにトラックに乗せてきたのだ。最初は驚いていたが、アウロラが事態を説明するとジョゼのほうがアウロラを急かすようになった。
アウロラ「どうした、サーニャが心配か?」
ジョゼ「えっと、それはもちろんそうなんですけど。さっきのあれって、やっぱり……」
ジョゼの問いに肯定を意味するうなずきで答え、アウロラは大きくため息をついた。
十分ほど前、無限軌道車で雪を押し固めながらのろのろと進む一団の脇を、見た事の無い形のビークルがウィッチのシールドを展開し、粉雪をまき散らしながら猛列な速さで駆け抜けていくのをアウロラとジョゼは見ていた。
ほんの一瞬だったが、アウロラには直感的に分かった。あれに乗っているのは愛する妹、エイラであると。
アウロラ「まったく、我が妹ながら無茶をする」
スコップを肩に担ぎ、謎のビークルの駆けて行った方を見る。既にその走行跡は降り積もる雪に覆い隠されていた。雪上にサーニャが伏せていた場合、これと同じ現象が起きているはずだ。
アウロラ「こりゃあ、かなりの正念場だぞ。妹よ」
兵士から作業完了の報告を受け、アウロラがトラックに戻る。一団は、可能な限り迅速な速度で進行を再開した。
エイラ「さああああああああにゃああああああああああああああ!」
僕「リトヴャク中尉ー!」
俺「この降り方なら、まだ完全には埋まってないはず。ほんのわずかな残骸や雪の膨らみも見逃さないようにしてください」
サーニャが墜落した雪原に到着した三人は、アエロサンの速度を落としながら必死に叫んで回る。
シールドを解除し、エイラはひたすらに、涙を拭いながらひたすらに最愛の少女の名を呼び続ける。軍服の袖は涙で濡れたせいでぱりぱりと凍りついている。
エイラの声に負けないように、僕と俺も腹の底から叫ぶ。俺の大声を初めて聞いた僕は一瞬驚いたが、すぐに頭を切り替えると精一杯サーニャの名を呼んだ。
エイラ「ぐずん、さーにゃあああああああああ!さあああにゃあああああああああああ!!」
エイラは願った。願わずにはいられなかった。どうかサーニャが無事でいますように。サーニャがこの声に気付いてくれますように。どうかもう一度、サーニャの笑顔が見られますように。
エイラにはサーニャのいない世界など考えられなかった。
無理に考えようとしても、想像の中の自分が振り返ると、必ずそこにサーニャが優しい笑顔を浮かべて立っている。そして、エイラ、と。自分の名前を呼ぶのだ。
エイラ・イルマタル・ユーティライネンの世界には、サーニャ・V・リトヴャクが必要不可欠になっていた。
エイラ「サーニャ、サーニャ……」
ひっく、ひっくとすすり泣くエイラの震えが、その感情と共に僕に嫌と言うほど伝わってくる。
いつからか僕はエイラを抱きしめていた。そうしなければエイラが風に吹き飛ばされてしまうのではないかと思うほどに、今の彼女は失うことを恐れて震える一人の少女だった。
エイラは僕の腕にしがみつきながら、絞り出すように、サーニャ、サーニャ、と呼びかけ続けている。
僕はエイラをぎゅっと抱きしめながら、エイラの代役のように力の限りの声でサーニャの名を叫んだ。
俺は冷静に状況把握に努めていた。現状の捜索方法、天候の移り替わり、捜索範囲の面積。それらから俺は一つの結論を導く。それは、捜索対象を生存状態で見つけられる可能性は数値化するのならば、せいぜい数%、と言うことだった。
ふう、と息を吐く。白い息は瞬時に大気にかき混ぜられ、散っていく。
俺は大きく息を吸い、喉を張り裂くような轟声を放つ。
俺「リトヴャク中尉!聞こえておられますか、リトヴャク中尉!」
可能性があるなら迷うことなく進む。例えそれがどんなに僅かな可能性でも、答が出るまでは愚直に、真っすぐ進み続ける。俺とはそういう男なのだ。
真っ白なもやがどこまでも広がる世界、サーニャはその中をストライカーユニットを履いて飛行していた。
サーニャにその場所の見覚えが無く、しかし不思議とそれを変だと感じる事も無かった。
いつもの真っ暗な夜空が白く変わっただけ、大して違いは無いとサーニャは思っていた。
ただ一つ感じる違和感、それが何なのか分からず、サーニャは漠然と飛び続けた。
いつもと大して変わらないはず、それなのに何かが足りないという思いがサーニャの中で大きくなっていく。いつも傍らにあった何か。眠る時も、食事の時も、うれしい時も淋しい時も、いつも一緒にいてくれた誰か。
不意に淋しさが込み上げてきた。あの人がいない、いつもそばにいてくれた大切な人がいない。
それがこんなにも淋しく、悲しく感じることだったなんて。サーニャは今まで飛んで来た道を急いで引き返し始めた。
あの人がいないと、彼女がいないと私はもうどうしようもなく耐えられなくなってしまっている。
淋しさから、涙が溢れて止まらない。速く、速く戻らないと。淋しさにもう心が耐えられなくなってる。涙をこぼしながら、サーニャは何かを掴むように両手を伸ばす。それは空を切るが、サーニャは何度も、何度も手を伸ばしてそれを掴もうとする。
まって、私はここにいるの。あなたがいないと私はもう耐えられないの。サーニャは叫ぶ。待って、お願い、この手を掴んで――――
「エイラ―――――――――――――――――――!!」
その瞬間、伸ばした手はしっかりと掴まれた。もやが弾けるように晴れ、サーニャを光が包んだ。
それを見た瞬間、俺はそれをサーニャの発した物だと確信した。吹雪の中、明減する薄緑色の光。
ナイトウィッチの用いる魔道針の放つ輝きだった。
俺「エイラ中尉!三時の方向、リトヴャク中尉の物と思われる魔道針の光を発見!」
その声に、エイラはバネのような勢いで顔を上げる。言われた方向をじっと見る、そして次第にその顔に喜びが浮かび上がっていく。
エイラ「サーニャ――――――――――――――――!!」
エイラが叫ぶと、薄緑の光は一際大きく輝いた。
僕「俺、早く!」
俺「分かってる!掴まってろ!」
アクセルを力一杯に踏みこみ、光の瞬く方へとアエロサンを走らせた。
サーニャは無事、とは言えないが発見され、急いで後方のアウロラ率いるサーニャ捜索隊の元まで運ばれた。
無意識の内に魔法力による生命維持を行っていたらしく、奇跡的に軽度の凍傷のみで済んだ。
泣きながら抱き合うエイラとサーニャの姿は、多くの兵士の涙腺を刺激した。
その様子を横目に見ながら、俺と僕はジョゼによる治療を受けていた。
シールドを風除けにしていたとはいえ、顔や腕などに凍傷を負い、体温も低くなっていた。
二人は兵士の一人から手渡されたウォッカを飲みながらジョゼに包帯を巻かれていく。
僕「ウィッチに手当てして貰えるなんて、一生に一度あるかないかだね俺」
顔に包帯を巻かれた僕はすでに酔い始めているようだった。ジョゼがあまり多く飲まないように注意するも、飲む手は止まらない。
俺「ほどほどにしておくんだ。飲みすぎは体に良くない」
僕を注意する俺だが、自身は既に二本目に手をつけ始めていた。少しも酔った様子を見せない。それとも見た目は平常だが実際は酔いが回っているのか。
それを見て面白がった兵士が飲み比べ勝負を持ちかけたが、ジョゼに睨まれてそそくさと退散していった。
治療が一段落した頃、二人の元にエイラがやってきた。目は潤んでいるが、その表情は少し前とは違って頬笑みを浮かべていた。
エイラ「本当に、本当にありがとうな。お前らのおかげだ」
エイラにお礼を言われ、二人は笑みを浮かべた。ただの整備兵の、しかもウィッチと全くと言っていいほど関わりの無い二人がウィッチを救い、ウィッチにお礼を言われるなど誰が想像できただろう。
頭に手をやりながら俺が嬉しそうに言う。
僕「いやあ、僕こそ思えばすごく良い経験をさせてもらいましたよー?ウィッチを抱きしめるなんて人生を三回
繰り返しても出来るか出来ないかわかんないですもん」
エイラ「ん?……あっ、いや!あれはだな、ちがう、ちがうぞ。そういうんじゃないかんな!」
顔を真っ赤にしながら慌てるエイラを見て、俺とジョゼが声をあげて笑う。
僕は完全に酔いが回ったようで、エイラを抱きしめた感触を表現豊かに説明し始めた。
僕の口を手で塞ぎながら、ああもう、とエイラが叫んだ。
エイラ「本題を言うぞ!私はお前たちに何か礼をしたいんだ。私から誰かにお願いしてもいいんだぞ?」
その言葉に、俺と僕は横目で互いの顔を見合う。それじゃあ、と二人が答えた。
俺「それなら、ヴォトカを」
僕「サルミアッキとソーセージも」
アエロサンの使い方~白百合を捜索する場合~
コメントとか
- 綺麗な雰囲気の小説だなぁ・・・こういうの大好き。 -- 名無しさん (2012-04-29 11:28:04)
- 何だかじーんときた・・・いいね -- 名無しさん (2012-05-04 07:46:45)
- エイラはやっぱり可愛い -- 名無しさん (2012-05-04 09:50:25)
- あ行age -- 名無しさん (2014-01-30 03:58:22)
カウンタとか
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