―小島 アンナ宅前―






翌朝。再び三人の特訓が開始された。…のだが。

「きゃあぁあぁあああ!!」

「と、止めてえぇぇえぇええぇ!!」

昨日上手くいったのは、別次元のお話だったのか。ペリーヌはともかく、リーネと宮藤は変わらず箒のコントロールに苦心していた。

宮藤は大陸と繋がる橋の上を、シールドを器用に使ってまで、さながらピンボールのように駆けて行く。
リーネはと言えば、急上昇した後に箒から振り落とされ、橋の縁に必死でしがみ付いている始末。

その上を悠々と飛ぶペリーヌと、家の前でその様を見ている俺とアンナは揃って溜息を吐いた。

「…昨日のあれはなんだったんだい?」

「…同感です」

こめかみを押さえるアンナと、苦笑を浮かべる俺。

「ペリーヌ! ちょっと来てくれ!」

しばらくは様子を見ようと思っていた俺だが、二人の散々な様に、滞空していたペリーヌを呼んだ。

「今行きます!」

振り返りながら答えたペリーヌが、もう思いのままに箒を動かせると言った様子で、俺とアンナの前に滑らかに飛んでくる。

「…あの二人をどうにかしてやってくれ」

「…難しいですわね…やってみますわ」

やや難しい顔をして、ペリーヌが飛び立っていく。俺はその背中を見送って、ふと視線に気付く。

「…アンナさん?」

俺が振り返れば、アンナはじっと俺を見据えていた。昨日と同じ、いや、それ以上に深く俺を見据えるように。
ふと、自分の全てが掌握されているような錯覚に陥りかけ、俺は目を逸らす。

「アンタ…なんで戦ってるんだい?」

突き刺すような口調で、アンナは問う。

「…戦う理由、ですか」

「立場かい? それとも、ありきたりな使命かい?」

嘲笑うように、アンナは言葉を継ぐ。お前はその程度の男なのかと、言外に尋ねてくる。
俺は黙ってアンナに背を向け、必死に二人に箒のコントロールを指導しているペリーヌを見やる。

「立場とか使命とか、そんなもんじゃない」

ゆっくり振り返った俺の目は、アンナの視線に負けない力を湛えている。

「護りたいものがあるから、俺は銃を取る」

それは、確信と意思。今と昔、二人の少女の笑顔に後押しされる、俺の翼の根源。

今度こそ、愛した少女を護り抜きたい。俺の願いは、ワタリガラス達の誓いと共にある。

「…ふん。いいじゃないか。あんたは、合格だよ」

ふ、と。突然アンナが眼光を緩めたと思うと、予想外の言葉を口走った。俺の横を通り抜けざま、大きく手を上げて、俺の肩をぽんと叩いた。

「悪かったね、若いの。せいぜい、頑張るこったね」

くつくつと笑いながら、そのまま俺の傍を離れて宮藤達の元へ向かうアンナ。その背中を、呆然と見送る俺。

(もしかして…これが、俺に対する『特訓』だったのか?)

表層ではなく、内面。小手先の技術だけではなく、それを操る心。
アンナは、それを試したのかもしれない。全身の力を抜き、ここに来て何度目かの溜息を吐く俺。

「全く…人の悪い婆さんだ」

苦笑しながら、呟く俺。
昨日の夜、俺は見たのだ。ペリーヌを寝かしつけようとベッドに近づいた際に、

『クソババァ』

とベッドに彫られていたのを。あれは、見間違いでなければ確かに坂本の字だった。

(あの少佐を泣かせた程の婆さんだったとは…)

僅かに俺は嘆息すると共に、坂本の意外な過去を知ったことにほくそ笑む。

「…アンタ達! いつまで遊んでんだい!!」

橋のほうから、アンナの威勢のいい声が響いてくる。

俺も行くとしようか。と決めた俺は、ゆっくりと歩き出した。
一体何時になったら三人揃って合格を貰い、基地に着くことができるのかと思案しながら。






―小島 橋―






「今日も疲れたねー…」

宮藤が寝巻き姿で橋の欄干に寄りかかる。
リーネとペリーヌも同じく寝巻き姿で、俺はいつもと変わらぬ服装で同じく橋に集まっていた。

なんとか前日と同じように飛べるようにまで落ち着いた二人とペリーヌは、タライを活用して多くの水を集めてきた。
その結果、十分な夕食と風呂を与えられた三人は、夕涼みのために橋に出ていた。

「涼しいね…」

リーネが綺麗に結い直した亜麻色の髪を夜風に遊ばせながら、暗い海を眺める。

「お前ら、風邪ひくなよ?」

俺がペリーヌの様子を気遣いつつ、二人に声をかける。

ふと、宮藤が星空を見上げる。

「静かだね…今も戦いが何処かで起こってるなんて、信じられない…」

独り言ともつかぬその言葉に、ペリーヌとリーネもそっと目を伏せる。
俺は、すっと目を細めてそんな三人を見やる。

「…宮藤。お前、確かかなり無茶して少佐に付いてきたらしいな?」

え? えへへ…と困ったように笑う宮藤。そんな宮藤に俺は苦笑しつつ、続ける。

「診療所を、扶桑を飛び出してまで、また空を飛ぶ理由はなんだ?」

戦いを嫌う彼女の、銃を取る理由の根底を問いかける俺。それ対して、宮藤は躊躇うことなく答えた。

「…守りたいんです。友達を、皆を」

きっぱりと放たれたその言葉に、俺だけでなく、リーネとペリーヌも彼女に目を奪われる。

宮藤芳佳という子は、強い。

空戦技術の上達だけでない。そもそもの、心が強いのだ。
真っ直ぐな目に当てられ、俺はつい、無意識のうちに口を動かしていた。

「…なら、よく聞け」

そう言ってから、何様のつもりだと俺は内心で自嘲する。が、俺にはどうしても言っておきたいことがあった。

「戦いとは、おおよそ二種類に大別出来る。自分を護る戦い。そして…誰かを護る戦い」

三人は、黙って俺の言葉に耳を傾ける。

「宮藤、お前が望む戦いは後者だな。だが…誰かを護る戦いは、自分を護る戦いより何倍も難しいぞ」

冷えた空気に響く俺の声が、夜風によって波間へと連れ去られていく。

「だから、自身の戦う理由を失くすな。大事なものを、失いたくない物を抱えていたいなら…な」

そう締めくくった後、俺は内心の苦笑を抑えられなかった。

(…この子達とそう年齢も変わらない俺が、偉そうに説教か…全く…)

俺の自嘲など露知らず、宮藤は何かを考え込むように目を伏せ、リーネも先程の俺の言葉を自分なりに考え始めたようだった。

その中で、ペリーヌが悲しげな視線を俺に向ける。
俺が今までどのような道を歩いてきたかをこの場で唯一知るペリーヌは、俺の言葉に込められた想いを誰よりも汲み取れてしまった。

そんなペリーヌに俺は苦笑を向け、胸中に渦巻く感傷をひた隠しにしようとする。

と、そこへ、四人に近づく影があった。

「…いつまで駄弁ってるんだい? もういい時間だよ」

さっさと寝な、という雰囲気を全身に纏わせて近づいてきたのは、当然ながらアンナだった。

「あ…すみません。…って、あれ…?」

宮藤が悪戯がばれた子どものような表情を浮かべた後、橋とアンナを交互に見やる。

「…何だい?」

その視線に怪訝な表情を浮かべたアンナに、宮藤は首を傾げて口を開いた。

「アンナさんって、橋が無くても箒であっちまで行けるんじゃないかなって…」

夜闇に沈む大陸を指し示し、宮藤が口にした疑問に、他の三人もああ、といった表情でアンナを見る。
四人の視線を一身に受けたアンナは、険しい顔を崩さずに橋を見る。

「…娘達が、ここを通って時々会いに来てくれんのさ。その為に、この橋は必要なんだよ」

へぇ、と言った様子で頷く四人。

「あの、娘さんはどちらに…?」

不意に、といった様子でペリーヌが口にした疑問に、アンナは大陸を睨みながら答えた。

「…前までは、ヴェネツィアに住んでたよ」

その言葉に、四人の表情に鋭い色が走った。

「じ、じゃあ、アンナさんの娘さんって…」

リーネが口元を押さえて呟く。彼女の内では、最悪の想像が広がっているのだろう。
そんなリーネに、アンナはふと表情を緩めて言った。

「ちゃんと避難したって連絡があったよ。子ども共々無事だそうだ」

その言葉を聞いてリーネがほっとした表情を見せ、それは宮藤とペリーヌも同様だった。

「ほら、話は終わりだ! さっさと寝な!」

改めて険しい表情を作り直し、アンナは再び言い放った。その言葉に従い、家へと足を向ける面々。

(…本当に、いつになったら帰れるんだろう…)

先行きに些かの不安を感じつつ、俺も一同の後に続いた。






―小島 アンナ宅―






「…三人とも、考えたものですね」

俺はアンナが淹れたコーヒーを飲みつつ、テーブルの向かいに座るアンナに言う。

「ふん。まあ、その知恵は褒めてやろうかね」

二人が話している三人の知恵とは、縄を使って箒とタライを括り付けて水を運ぶ方法だった。
突然、「縄を貸して欲しい」と三人がアンナに言っていた時は、俺も頭に疑問符を浮かべたものだが。

「もう、二人とも箒のコントロールに苦心することも無いようですね。そろそろ、合格をもらえそうですか?」

ようやく箒のコツを掴んだらしい宮藤とリーネが、何の抵抗も不自由も無く空に上がっていった様を思い出しつつ、俺はそう聞いた。
アンナは黙って、腕を組んで考え込む。俺は苦笑しつつ、コーヒーをもう一口啜る。

ふと、俺は窓から外を見やる。今日も、いい天気だ。

(平穏、だな…こんな時が、できるだけ長く続いてくれればな…)

だが、その望みが叶わないことは、俺は今までの経験から重々承知している。

そして、今回もまた、その望みは叶わない。

部屋の隅に置かれていた電話が、突然けたたましい音を吐き出す。
アンナは表情を一息に硬化させると、素早く立ち上がり電話に向かう。

受話器を取るや否や、険しい顔で何かを立て続けにまくし立てる。その言葉の中に、俺も聞き覚えのある、忌むべき単語が現れた。

―――ネウロイ。

俺が椅子から腰を浮かせたその時、慌しい足音が複数近づいてくるのを俺の耳が捉えた。
扉が荒々しく開かれ、その先には今しがた急ぎで帰ってきたと思われる、緊迫した面持ちのペリーヌ達がいた。

「アンナさん! ネウロイが…!」

恐らくネウロイを視認し、慌てて戻ってきたのであろう宮藤がそう告げるのと、アンナが受話器を置くのは同時だった。

「今、あんた達の基地から連絡があったよ」

元ウィッチの緊迫した、貫禄を窺わせる表情で返すアンナ。

「じゃ、じゃあ誰か来てくれるんですか…?」

宮藤の言葉に、アンナは黙って首を横に振る。

「…基地からの増援は間に合わないそうだ。ここは放棄して、避難するよ」

その言葉に、三人の顔色が青ざめる。

「でも…あの橋は!? 娘さんたちが会いに来てくれる為の、大事な橋なのに…」

「諦めるしかないさね…あんた達、早く動きな。避難だよ」

リーネの言葉に、冷静な判断を下したアンナの言葉が被さる。
三人は一瞬だけ俯くと、すぐに顔を上げる。一瞬前までは無かった、強い意志をその目に携えて。

「私達が…ネウロイを倒します。アンナさんの娘さん達の為にも、橋を守ってみせます!」

宮藤はそう言い放つと、真っ先に踵を返して外へ…ストライカーを纏めて置いてある場所へ向かう。ペリーヌとリーネも、その後に続く。

「あんた達!!」

アンナが制止を呼びかけるも、三人はもう出て行った後だった。溜息を吐くアンナ。

「…許してやってください。ああいう奴らなんです」

俺が苦笑交じりにアンナの前に出て、続けた。

「俺も出撃します。一応、指揮権は俺にあるものでして」

言うだけ言うと、俺も部屋を飛び出す。

(…やれやれ。仕方ない…信じようじゃないか…)

アンナは避難という選択肢を切り捨て、見守るという行動思考に切り替える。些かの不安と、それに匹敵する期待を抱えて。






―小島近郊 洋上―






「敵は直線移動しかできないタイプのようだ。島まであまり距離も無い。短期撃破を念頭に置け」

ダイヤモンド編隊の先頭を飛ぶ俺が、三人に指示を出す。

「前衛は俺とペリーヌ。中衛に宮藤。バックアップにリーネ。コアを発見次第、即座に仕留める。各員やれるな?」

「了解ですわ」

「や…やります!」

「は、はい!」

ペリーヌが普段と変わらぬ様子で答え、宮藤とリーネはそれぞれ得物を構え直し、緊張の面持ちで答える。

「…あまり気負うなよ。力の入れすぎは、飛行の妨げになるぞ」

表情を緩めて二人にそう告げた後、再び表情を切り替える俺。

「行くぞ。全機、ブレイク!」

俺がナイトレーベンから加速エーテルの粒子を撒き散らしながら先陣を斬り、それにペリーヌが追従する。
宮藤とリーネは得物を構えつつ、距離を置いて二人の支援に入る。

接近する敵対物に反応したネウロイが、率先して接近する二つの飛行体にビームを放つ。
ビームが隣接して飛行する二人に襲い掛かるが、俺とペリーヌの反応の方が早かった。

ビームの発射の兆候を察知した時点で二人は上下に大きくブレイクする。俺は上へ、ペリーヌは下へ。

一気にネウロイを俯瞰する位置につけた俺は、二挺のMG42を構え、引き金を絞る。
銃弾がマズルフラッシュと共に迸る度に、僅かに銃口をずらす俺。放たれた弾丸は集弾せず、だからこそ広範囲の装甲を抉る。

その攻撃に腹を立てたのか、ネウロイが上方の装甲を赤く発光させ、俺に向けてビームを放とうとする。

だが、その瞬間を狙って、ネウロイの下方からペリーヌが急上昇して迫っていた。

「…トネールっ!!」

叫ぶと同時に、彼女の魔法力が雷撃となって放出される。それを纏い、ペリーヌは速度を殺さずに直進する。
電撃を纏った体当たりとネウロイの装甲がぶつかり合い、そして、ペリーヌがネウロイの装甲を大きく削ぎながら突き抜けた。

俺を狙ったビームを発射することさえ叶わず、そればかりか、ペリーヌが直撃した際に流された電流によって表面装甲を広範囲に渡って剥がされるネウロイ。

再生が始まるものの、防御が手薄になった装甲へ、二人のやや後ろから飛び込んだ宮藤が放った銃弾が襲い掛かる。

ダメ押しとばかりに、リーネの狙撃もネウロイに突き刺さった。

だが、コアを見つけ出さない限り撃破は不可能だ。
被害が薄かった装甲の再生を終えつつ、ネウロイは怒り狂ったようにビームを撃ち捲くる。

「…宮藤!!」

闇雲に放っているように見えて、実は宮藤を狙う軌道のビームに、俺が警戒を促して支援に向かおうとする。

が、俺の心配は杞憂に終わった。以前とは別人のような機動でビームを回避していく宮藤。
合間に挟まれるリーネの的確な狙撃支援と重なり、宮藤は苦も無くネウロイから一時距離を取る。

「ビームが避けられる!」

「皆の動きが見えるよ!」

宮藤とリーネが、今までとは全く違う感覚に、思わず高揚した口調で言う。
これが、箒での特訓の成果。今まで機械に頼っていた分ではなく、自力で飛行をコントロールする術を手にしたことで、視野が格段に広がったようだ。

二人の成長の成果に俺は一瞬ほくそ笑み、すぐに表情を切り替えて再生を終えつつあるネウロイを睨む。
先程の攻撃では、コアを発見することは出来なかった。しかも、リミットは刻一刻と迫っているのだ。

「ペリーヌ!」

「分かりましたわ!」

一瞬のアイコンタクトで意思疎通を果たすと、俺とペリーヌはネウロイに牽制の銃弾を放ちつつその頭上をパス。
俺が後方につけると、ペリーヌが俺の後方から突出してかく乱行動に移る。

ペリーヌに集中するビームを視界に入れつつ、俺が構えたMG42から再び銃弾が次々と放たれる。
次々と削られていく装甲の奥に、禍々しく光る赤い物体が見えた。

(コア…ここか!)

俺は露見したコアの場所を伝えるべく、インカムに注意を向けた。
…が、その時、左手に構えたMG42から、銃弾の発射が止まる。

「!?」

慌てて俺が銃を検めると、エジェクションポートに薬莢が詰まっていた。

「ジャムったか…!」

最近、銃の整備を怠っていたことが仇となったか。俺がその事を悔いる前に、赤い閃光が俺を襲った。
咄嗟に俺は使い物にならなくなったMG42を手放し、加速エーテル粒子を下方に急速噴射してそれを回避。残されたMG42が綺麗に分断されるのを見、俺は舌打ちする。

だが、コアは発見済みだ。

空いた左手でショルダーホルスターからM1911カスタムを抜き、歯でスライドを強引に引いて初弾を装填。インカムに指示を飛ばす。

「コアを発見! 敵後部だ! 集結して落とすぞ!」

「了解!」

俺の号令に、ビームを避けつつ全員が後部に集結し、全員でネウロイを追跡する形となる。

「リーネ、狙撃出来るか?」

「や…やってみます!」

俺の言葉に、リーネがボーイズライフルを構え、発砲。その全てが後部に着弾するが、コアの周りの装甲を抉るのみ。

「当たらないよ!」

島に近づきつつあることに焦りを感じ、照準の定まらないリーネ。三人も攻撃を加えるが、中々コアを捉えることが出来ない。

その時、ネウロイのビームがカウンター気味に放たれた。とっさに全員が回避行動に移るが、狙撃に集中していたリーネの回避が遅れた。

「きゃぁああぁあああ!!!!」

右のストライカーを撃ち抜かれ、悲鳴と共に落下していくリーネ。

「リーネちゃん!!」

宮藤が慌ててリーネに追い縋るが、追い討ちとばかりにネウロイが装甲を赤く輝かせる。

「ペリーヌ! 二人のフォローを!」

「はい!」

ペリーヌはすぐさま二人とネウロイの間に割って入り、シールドを張る。俺はMG42とM1911カスタムを構えてネウロイに突っ込んだ。

ビームが放たれる直前、発射口の装甲にありったけの弾丸が叩き込まれる。
発射を阻止した俺はそのまま後方に滑り込み、コアを守る装甲に至近距離からの銃撃を浴びせる。

コアが露出する寸前、右手のMG42の弾が切れた。

「まだだ!!」

弾切れを起こしたMG42を力一杯頭上に放り投げ、間髪入れずに抜いたM1911カスタムを構え、両手の銃からありったけの強装弾を撃ち込む。
左の銃のスライドがストップし、右の銃も後一発と残したところで、再びコアが露出した。

(これで…!!)

俺が勝利を確信したのと、背筋を冷たい何かが走ったのは同時だった。
逸る勝利への焦りを押さえつけ、直感に従って思い切り上体を後ろに逸らす俺。

その眼前を、カウンターのビームが通り過ぎた。あのまま攻撃を続行していれば、俺の上半身は消し飛んでいただろう。

だが、これで再び攻撃のチャンスを逃した。舌打ちしながら姿勢を戻そうとする俺の視界に、奇妙な影が入り込んだ。

(っ!?…なるほど!!)

それは、宮藤とリーネだった。
より正確に言うならば、飛行能力を失ったリーネを宮藤が肩車し、同時に確かな土台を得てしっかりと狙いを付けるリーネの姿だった。

それをはっきりと捉えた俺は、姿勢を戻すのを忘れて叫んだ。

「リーネ!! 最後だ、お前が喰え!!」

「はい!!」

俺の声に応え、リーネが引き金を引く。
放たれた銃弾は、ネウロイのコアに正確に飛び込んで行き、そして、それを粉々に噛み砕いた。

拠り所を失い、断末魔の金属音を響かせながら光の破片と化して崩れ去っていくネウロイ。

四人は暫しそれを呆然と眺めた後、

「や…やったよリーネちゃん!!」

「わっ、わっ、芳佳ちゃん!」

歓喜のあまりに急に動いた宮藤から振り落とされそうになり、悲鳴を上げるリーネ。

「やれやれ…おっと」

俺がM1911カスタムのスライドを戻してホルスターに仕舞い込むと、思い出したように降ってきたMG42のグリップを器用にキャッチする。

「なんとか、終わりましたわね…」

俺に並び立ち、ペリーヌが乱れた髪を直しながら言う。

「まあ、存外悪くなかったぞ。ペリーヌも、あいつらもな」

MG42を肩に担ぎ、俺が空いた手でペリーヌを撫でると、ペリーヌは嬉しそうに目を細める。

「な、何だかんだで…あの特訓も、少しは役に立ったということですわね」

ペリーヌが満足げな顔で言うと、俺はやや苦笑してペリーヌから手を離して言う。

「まだだぞ。…まだ、お前らは合格を貰ってないだろ?」

「あ…そうでしたわね」

ペリーヌが思い出したように言うと、宮藤とリーネも二人に合流した。

「ペリーヌさん、いいなぁ…撫でてもらえて…」

「特権、ってやつだよね…」

宮藤が羨ましそうにペリーヌを見て言い、リーネがくすくすと笑いながら言う。

「あ、貴女達…っ!」

ペリーヌがいつものように顔を真っ赤にするのを苦笑して見た後、俺は三人に向けて言った。

「任務完了だな。じゃ、帰投しようか」

俺の言葉に、三人は満面の笑みで答えた。

「はい!!」





―アンナ宅―






《そうですか。大変お世話になりました》

「ああ、全然手のかからない子達だったよ」

アンナと受話器を隔てた向こうで会話しているのは、彼女の元弟子である坂本美緒その人だ。

四人が無事帰還した後、アンナが下した判断は、

―――全員、合格。

それを聞いて安心したのか、今までの疲れが押し寄せたのか、宮藤とリーネはベッドに倒れこむように沈み、今なお爆睡している。

「夜な夜な泣いてた何処かの誰かさんとは、大違いだったよ」

そう言って意地の悪い笑い声を上げるアンナに、受話器の向こうの坂本は慌てた様子で、

《なっ、私は、泣いてなどいません!!》

その口調に、昔の弟子の様子を思い出しながら更に畳み掛けようとしたアンナの耳に、バタバタと走り回る音が飛び込んできた。
彼女が振り返ると、先程橋を渡って到着したアンナの孫達が元気に部屋中を走り回っている。

「静かにおし! 聞こえないじゃないか!」

注意するが、全く聞き入れない孫達にアンナは溜息を吐くと、

「とにかく、明日にはそっちに帰すよ」

言いたいことは言ったと言わんばかりに受話器を置くと、孫達の方に向かおうとし、その前に、ふとアンナは外を見る。

すっかり日の落ちた窓の外に、並んで夜空を見上げる男女の姿が見えた。
アンナはその背中に、届かないと知りつつ言葉を投げかける。

「…その手を、離すんじゃないよ」

窓の外から視線を外し、今度こそアンナは孫達の方に向かっていった。






―アンナ宅前―






「…終わってみると、あっという間でしたわね」

ペリーヌが夜空を見上げながら言う。雲一つ無い空は、星達が綺麗に瞬いている。

「まあ、三人とも必死だったけどな」

俺も同じく夜空を見上げながら、当初の三人の様子を思い出してくつくつと笑う。

「…何か、失礼なこと思い出してません?」

「気のせいだよ」

目を細めて聞くペリーヌにそう誤魔化してから、再び空と、静かに凪ぐ海を見る。

「…この景色も見納めか」

「そうですわね…あ」

同じくペリーヌが空に目を移した時、何かを見つけたように声を上げた。

「どうした?」

俺が聞くと、ペリーヌは空を指差し、言った。

「今、流れ星が…」

俺もペリーヌの指先を追って空に目を凝らすが、既に流れ星は消え去った後だった。
ふと、俺の脳裏にある言い伝えが喚起された。

「なあピエレッテ、扶桑に伝わる流れ星の話、知ってるか?」

きょとんとした顔で俺を見返すペリーヌに、俺は美雪から聞いた話を思い出しながら言う。

「流れ星が消える前に三回願い事を言い終えれば、その願いが叶うらしい」

「初耳ですわ。でも…」

ペリーヌは先程まで流れ星があった空を見上げると、残念そうに呟く。

「あんなに一瞬で消えてしまうんですもの…そんなに何度も、言えませんわね」

そのまま暫し無言で空を見上げる二人。流れ星は、もうどこにも見えなかった。

「…ピエレッテは、流れ星に何を願う?」

ふと、俺はそんなことが聞きたくなって聞いてみた。
ペリーヌは少し考えて、やがて、俺の顔を下から覗き込むように見る。思わず俺が見惚れる程穏やかで、綺麗な笑顔で。

「内緒、ですわ」

なんだそれ、といって笑う俺の隣で、ペリーヌは笑顔のまま右腕を持ち上げる。

人差し指で、流れ星の軌跡を辿り、微笑むペリーヌ。

(願い事、なんて決まってますわ…)

ペリーヌが俺を見ると、穏やかな表情の俺と目が合う。

(この先も、ずっと…そしていつか、貴方と一緒に…)

星達の見守る下で、二人は、そっと笑いあう。


その頭上で、流れ星が一つ、瞬いて消えた。






次回予告


補給の必要性から、宮藤とリーネ、シャーリーとルッキーニの四名にローマの町での補給任務が言い渡される。

ふとしたことで不機嫌になったペリーヌの機嫌を何とか直そうと、俺がこんな事を口走った。

「なあ、ピエレッテ。たまの機会だし、デートでもしないか?」

それを、彼女達が見逃すはずも無く…


次回、レイヴンウィッチーズ2  『初めてのデート、ついでに買い物』

「もう…ばか…」
最終更新:2013年02月16日 23:02