『 Never Ending Glory Days 』
【1935年 ロマーニャ公国 首都ローマ】
「ワァ!!」と思わず耳を塞ぎたくなりそうな程大きな歓声がスタジアムを揺らした。
スタジアムの半分を埋めている赤と橙色に近い黄の色を纏った無数のサポーター……ロマニスタ達の狂乱に近い熱狂の雄叫びだった。
その歓声に負けないくらいの大きさで、スタジアムの反対側から発せられたのは「Boooo!!!」というブーイング。揃って水色を纏ったラツィオの熱狂的なサポーターであるラツィアーレ達の重低音が大地を揺らした。
フェデリカ「Go!!!俺ぇーいっけぇー!!」
そのブーイングに負けないように、私、フェデリカ・N・ドッリオはフィールドでボールを受けて、ラツィオユースのゴールへと駆けあがる彼へと精一杯声を絞り出した。
今日はロマーニャ公国の首都ローマに本拠地を置く2大フットボールクラブであるASローマとSSラツィオのジュニアユースチーム同士の大一番の日だった。
ローマとラツィオの2クラブはクラブ、サポーター共にとてもライバル意識が高く、この2チームの対戦は“ローマ・ダービー”としてロマーニャのフットボールファン達の注目の的なのだ。
それは、今フィールドで歓声を受けている私の幼馴染である「俺」が所属しているユースチームの対戦でも例外ではい。熱狂的な両チームのサポーター達を見て貰えば理解していただけるだろう。
フェデリカ「ラツィオをやっつけろぉー!!」
友人である俺が出場しているという理由ももちろんあるが、私自信も立派なロマニストであるため、自然と応援に熱が籠ってしまう。
フィールドの彼等のユニフォームのレプリカを身に着けて、立ち上がり、拳を振り上げ、ピョンピョン跳ねまわりながら力の限り叫ぶのだ。
現在、後半40分過ぎ、0‐0。
ローマもラツィオも今年のユースは当たり年であったようで、両チームとも非常にハイレベルで纏まったチームだったので拮抗状態に陥っていた。
前半から両チームとも相手のゴールまで迫る物の、決定打は無くこの時間までもつれこんでしまっていたのだった。
このまま延長戦までもつれこむとスタジアムの誰もが思っていた。当然、私もそう思っていた。
そんな際の出来事だった。ASローマのFWである俺が泥臭くも必死プレイによって前線でボールをインターセプトして、無人のラツィオ陣地まで駆けだしたのだ。
そして、状況は冒頭へと戻る。
訪れたのは絶好のチャンス。当然熱狂に湧くロマニスタ達。
皆が俺の名を叫び、私と同じように立ち上がっていた。
パン屋のエンリコは禿げあがった頭を真っ赤にして言葉になっていない叫びを発しているし、私と同じクラスのアドリアなんて涙して手を組んで祈っている。
私だけでなく、多くのロマニスタ達の期待と祈りを受けた背番号11、扶桑系ロマーニャ人である俺は、汗に濡らした額に黒髪を張り付けて脇目もふらず駆け抜ける。
必死の形相で追いすがるラツィオの選手を振り切って、まるで撃ち放たれた銃弾のようにぶっちぎる。
『おおぉぉおおぉおおお!!!!』
再び歓声に揺れるスタジアム。
ついにゴール正面、ゴールキーパーと1対1、相手のキーパーはラツィオでも守護神と名高いアントニオ。噂通りの非常に思いきりのよい判断で飛び出して、俺のシュートの射角を塞いでしまった。
『あぁ……』
と、ロマニスタ達の溜息があちらこちらで零れて、失意が伝染していった。
でも。私には伝染しない。
周りの人の声が消えても、力が抜けて座りこんでしまっても、私はまだ信じていたからだ。
私は知っていたのだ。
誰もがダメだと思う状況でも、あの男は絶対諦めないという事を。
彼の、俺の背中に生えた翼ならどんな困難な状況だってひとっ飛びで飛び越えてしまうのだ。
いつだって、私を置いて……
フェデリカ「おぉれぇぇ―――!!!いっけぇ―――――!!!!!」
拳を突き出し、叫んだ。
周りのロマニスタ達が私を凝視する。皆揃いも揃って不思議そうな顔をしていた。
私の声が聞こえたのかは解からないが、俺はグッと前を見ていた。目前のアントニオでは無く、その後ろにあるもっと先。
スライディングに似た形でボール目がけて滑りこんできたアントニオをボールと一緒に飛び越えて、かわす。
着地したがボールごとゴールになだれ込む。ネットが俺の小柄な体を受け止めて、揺れた。
次いで、スタジアムも文字通り揺れた。
ロマニスタ達の歓声と、ラツィアーレ達の悲鳴によってである。
当然私も歓声を上げていたので、揺れに貢献していたのは言うまでもないだろう。
隣の席の、ジェラート屋のジョルジョと抱きしめ合って喜びを分かち合っていた。
そして、スタジアムに目を向ければ、俺がローマユースのチームメイト達にもみくちゃにされているのが見えた。
艶やかな黒髪をわしゃわしゃと掻きむしられ、MFのマルコには頬にキスまでされていた。
フェデリカ「かっこよかったぞぉー!!俺ぇー!!」
両手を口元にあてて叫んだら、俺と目があった。
彼は私を真っ直ぐ見つめると、拳で胸を2回トン、トン、と叩き、私に向けて拳を突き出した。
俺「へへっ」
フェデリカ「ふふっ」
私も、彼と同じように拳で胸を叩いて、同じポーズを返した。
昔からの、2人だけの合図。
彼はいつも通り、昔と変わらない悪戯っぽい笑みで、私に微笑みかけていた。
* * *
ローマ・ダービーの後には、熱狂したサポーター同士の暴力沙汰や器物破損なども珍しくは無い。
なにせロマーニャにおける4大ダービーの中でもミラノ・ダービーやトリノ・ダービーを凌いで最も激しい戦いと呼ばれる大一番なのだ。
だが、幸いにも今日の試合はユース同士の物。試合自体は大いに盛り上がったが試合後に暴動が起こるほどの熱狂は無かったのだろう。
フェデリカ「おっそいなぁ~」
入場口付近の壁に背を預けて、腕時計に目を落とした。
もう試合終了から随分と経っているのに、待人は現れない。俺に試合の後に買い物に付き合って貰う約束をしていたのに。
彼を待っている間に、沢山の人に声をかけられた。
熱狂的なロマニスタであるパン屋のエンリコには「しかしフェデリカは綺麗になったな、今度デートしないか?」と言われた。
フェデリカ「ええ、おばさんのOKが出たらね」
と言ったら顔を青くし、禿げあがった頭をツルリと一撫で、「あいつには内緒だぜ?」と笑っていた。
ローマユースの赤と黄色のジャージに身を包んだ俺のチームメイトであるマルコは、私を人目見るなり寄って来た。
そしていきなり私の手を取って、「待っててくれてありがとう、君のために勝ったよ」なーんて歯の浮くような台詞をキザなポーズを決めて投げかけてきたのだ。
フェデリカ「ごめんなさい、人待ってるの」
こんな感じであしらい続けて早30分、そろそろイライラしてきたので、壁から背を離しこちらから彼を迎えに行って文句の1つでも言ってやる事にした。
裏口の選手用の入り口に向けて足を動かしたその時だった。
俺「おすっ!」
いきなり後ろから肩を押されて前につんのめってしまった。「誰?」と声をかけたい所だったが、こんな真似をする男が私には1人しか思い浮かばなかった。
俺「おす、おす、なんだよ無視すんなよ~」
振り返れば、案の定予想通りの男が扶桑の国技スモーレスリングのツッパリを宙に向けて
繰り返していた。
ローマユースのジャージの上下を着ている年の割に少しだけ背が低い少年は、ロマーニャでは珍しい扶桑人だった。
彼との出会いは正直覚えていない。物心ついた時には既に一緒に遊んでいたから。
彼の父親は優秀なビジネスマンで、彼の両親夫婦は産まれたばかりの俺を連れてロマーニャにやってきたらしい。
俺「おす、おす!今日のMVP様だぜ俺」
フェデリカ「もう、うるさいなー。何?”押忍”と”押す”をかけてるの?全然上手くないから」
ずい、と顔を近づけて彼のユーモアセンスを全否定してあげた。
フェデリカ「それより言う事あるでしょ?MVP様?」
俺「あ、うん……遅れてゴメンナサイ」
フェデリカ「よしよし」
昔から素直な所は彼のイイ所だ。鼻と鼻が接触してしまいそうな程ズイと顔を寄せ、至近距離でニッコリと微笑むと、俺はそれとなく目を逸らしてしまった。
若干顔を赤くし、頬を朱に染めた俺はゴホンと誤魔化す様に咳払いを1つした。
フェデリカ「大丈夫?風邪?休んでいく?俺の奢り?」
最初は労りを込めて、次に優しさを、最後に遠慮なく私はドームの前にあるジェラートの屋台を指さした。店先の看板には『新メニュー登場』と書かれていた。
ちなみにローマでも有名なお店で、この辺りの女子的には絶対に外せない一軒だった。
俺「奢るか!!」
にべもなく、彼はこう言った。
* * *
フェデリカ「んっ――――!!おいち!!」
戦利品の新作ジェラート、ピスタチオ味をパクつきながら私は俺と並んで往く。古くローマ帝国から続く、石畳の上を、連れだって歩く。
カラカラと俺が手押しするボロチャリの錆付いた車輪の音がする。この不協和音も私にとっては聞き慣れた音だ。
春を目前に控えたローマの街は、生命の躍動に満ち溢れていた。
並木の樹木は蕾が開花を控え、その小さな体をパンパンにしている。通りにあるドーラおばさんのお菓子屋さんの前には、飼い犬のフィードが柔らかな陽光を浴びて、寝そべって大欠伸をしていた。
そんな長閑な日曜日の昼下がり。
フェデリカ「奢って貰っちゃってごめんね」
わざとらしくウィンクしたら俺はイライラとした面持ちでカァー、ペッと、どこぞの不良のように唾を吐いた。
美しいローマの街並みを穢すとは、許せない男だ。
俺「勝手にじゃんけん仕掛けてきて負けた挙句、『勝った方の奢りだから』は無ぇーだろ流石に」
フェデリカ「それでも奢ってくれちゃう俺君イケメン!」
俺「悪く思ってんならちょっとくれよ」
フェデリカ「ねぇ、そこのボク。将来、女の子からジェラートを奪おうとするような小さな男にだけはなっちゃダメよ」
と、通りすがりのサッカーボールを抱えた少年に声をかけた。当然、と言うべきだろうか?少年は目を白黒させて驚いて「は、はいぃ!」なんて声を裏返していた。
どこか、昔の俺に似た子な気がした。
俺「あー、ごめんごめん。このお姉ちゃんちょっと頭おかしい人だから、忘れていいよ」
俺が気持ち悪い程に爽やかにはにかんで、少年に戯言をふきこんだ。
再び目を白黒させた少年だったが、俺がローマユースのジャージを着ている事を確認した後は、目を輝かせて、俺の言葉に「ウンウン」と激しく頷いていた。
きっとこの少年もロマニスタであり、ひいては未来のローマユース候補なのだろう。
フェデリカ「なによ、頭おかしいって」
俺「なんだよ」
フェデリカ「ふん、付き合ってらんないし」
俺「買い物付き合えって言ったのお前だろ?」
フェデリカ「もういい、帰る」
俺「あっそ、俺も帰ろ」
フェデリカ「ふん」
俺「ふん」
スタスタ、カラカラ、と足音と軋む車輪の音が、途絶えた会話の間を埋めた。
少しだけきまずい雰囲気が流れた。
俺「ついてくんなよ」
フェデリカ「しょうがないじゃない、家が向かいなんだから」
なんて事を口では言いながらも、チャリに乗って去っていかずに歩幅を合わせてくれているのがどうにも彼らしい。
昔からそうだったっけ、他愛も無い事でこうやって意地張って言い合って、口喧嘩。
フェデリカ「ふふっ」
俺「何がおかしいんだよ」
フェデリカ「なんでもない」
私は足を止めて俺の口元にジェラートを差しだした。
俺も足を止めて、怪訝な表情で私を見上げた。
フェデリカ「はい、仲直りの証。一口あげる」
俺「ん」
俺が、何も言わずにジェラードをパクリ。
口喧嘩しても、すぐ仲直り。昔からずっとそうだ。
フェデリカ「おいしいでしょ?」
俺「うん」
少し恥ずかしそうにはにかんで、彼がまた歩き出した。そういえば彼の身長を追い抜かしてしまったのはいつからだっただろうか?昔は彼の事いつも見上げていた気がしたのに。
いつも私の前を元気に走っていた背中は随分と大きく感じた事を思い出した。
成長期は女子の方が早いと言うし、何より彼は東洋人。人種の違いもあるので小柄なのは仕方が無い事なのかもしれないが、少しだけ寂しい気がした。
俺「何してんだよ、置いてくぞ?」
フェデリカ「何?わざわざ気にしてくれるなんて俺君やっさしぃー」
俺「茶化すなよ。女の子置いてくとか、なんつーか、男としてどうかと思うじゃん」
フェデリカ「『男らしさ』って奴?」
俺「そうそう、それそれ」
そして私が背を追い抜かしてしまった頃から、やけに彼はこの『男らしさ』みたいな物に拘るようになった。
そんな彼が嫌な訳では無いが、私が大きくなってしまったせいで、彼にムリをさせてしまっているのだろうか?
フェデリカ「あ~、甘い物食べると喉かわくなぁ~。フレッシュジュース飲みたいなぁ~」
俺「え?まだたかる気?」
フェデリカ「男らしい人は、女の子のお願いをさり気なく叶えてくれるらしいよ?」
俺「それは都合のいい男だろ」
フフッと2人とも笑みを溢した。
フェデリカ「小さいなぁー、そんなんだから彼女いない歴イコール年齢なんだよ」
俺「うるさいぞ、彼氏いない歴年齢」
フェデリカ「あ、本当だ」
俺「ブーメランに気をつけろよ」
フェデリカ「うん」
彼が「ははは」と楽しそうに笑うと、私も「ふふふ」と笑うのを堪えられなかった。
彼とのこんな何気ないやりとりが私は大好きだった。打てば響くというか、心地よい返しをいつもしてくれる。
次はどんな言葉のキャッチボールを楽しもうか?なんて考えながら、ふと目を横に向けてみれば道端の一軒家の玄関前に大きく茂ったブルーニャの木が生えていた。
きっと4月になれば綺麗な花を咲かせるのだろう。その頃、また俺と一緒にこの花を見にこよう。
フェデリカ「ねぇ俺、おごってくれてありがとう」
俺「は?」
びゅう、と風が吹いて私の前髪を揺らした。
顔をよそに向けて髪を直しながら、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ熱くなった顔を俺から隠した。
裸の心を見せるのは、仲が良いからこそ恥ずかしいのだ。
俺「そうやって、急に素直になるのズルイよな」
俺もそっぽ向いてしまった。
カラカラと回るペダルにゲシゲシと足をぶつけている。さっきまでそんな事無かったし、運動神経はいいはずなのに。
フェデリカ「ねぇ」
俺「なんだよ」
フェデリカ「俺は別に男らしくなんてなくてもいいと思うよ」
俺「そうか?だって男らしく無いと、守ってあげたりできないじゃん」
フェデリカ「いいの、俺は男らしくなくても、俺らしくいてくれれば、いいの」
俺「……」
右耳にかかった髪をかき上げて、俺を見つめる。俺は「俺らしく……か」と呟いて、笑っていた。
この居心地の良い距離感を噛みしめながら、私達は家路を辿る。
世は第一次世界大戦の終了から15年、世界経済恐慌から5年が過ぎ、怪異の発生も少なく穏やかな時代が続いていた。
しかし、私達きっとこのままではいられないだろう。俺も私も12歳。何も考えずにいられる“子供”の時代はもう終わりなのかもしれない。
私の隣で、前を真っ直ぐ見て歩く少年、俺は危険な存在である怪異に対抗できる力、「魔力」を持った貴重な存在だった。望まずとも、周囲は彼の未来に勝手な希望を抱く事は私にも解かっていた。
私が大好きな、優しいサッカーが好きな少年は生まれ持った才能をどう考えているのだろうか?「未来」を彼はどう選ぶのだろうか。
そして、私もそろそろ真剣に考えなければならないのだろう。
ポカポカとした陽気と、美しい街並み。居心地の良い距離感と、大好きな人。
不満なんて無い世界だから、「未来」を選んで変わらなければならないのが不安だった。怖かったのだ。
* * *
時刻は18時を過ぎて、キャンバスに朱色をぶち撒けたかのような、鮮やかな夕焼けを経て漆黒の夜が帳を降ろした。
私、フェデリカ・N・ドッリオが家族と暮らす家と、その向かいに建つ幼馴染の少年、俺の家もローマの日が落ちるのとほぼ同時に、窓に光が灯った。
私達の家はローマの一角の住宅街にあって、目前の通りには3月の柔らかな風にのって各家庭のマーマが愛する家族のために腕を振るっているであろう、美味しそう晩御飯の匂いが漂っていた。
フェデリカ「Il sole mio♪sta in fronte a te!♪♪」
お互いの家の向かい、両家の狭間の道路で私は俺がサッカーの練習をしているのを体育座りで眺めていた。街灯の明かりに照らされて、俺はまるで踊るようにボールをリフティングしている。
私はボールが跳ねるリズムに合わせて、歌を唄う
俺「ほっ、ほっ」
トン、トン、と小粋なリズムを刻んで、俺の体の上をボールがポンポンと跳ねている。
私は昔から楽しそうにサッカーボールで遊ぶ俺の姿を見るのが好きで、今でも偶に俺がこうしているのを眺めていた。
眺めながら、考える。最近ずっと考えている「未来」について。
フェデリカ「II sole,il sole mio♪sta in fronte a te!♪♪」
陽気に歌を歌いながらも、頭は結構と悩んでいた。
やりたい事はある。機械が好きな私は、空飛ぶ魔女の現代の箒であるストライカーユニットに関する道に進みたいと思ってはいる。……のだが、どうにも漠然としすぎていけない。
やはり理想は技術職だろうか?そのためには従軍しなければならない?そして技術学校へ?
そんな「未来」を選択すれば、今のような居心地の良い時間は捨てなければならないのだろうか?
何かを選ぶためには何かを捨てなければならない?
人生は取捨選択の連続?初恋は実らない?
フェデリカ「はぁ」
溜息を1つ、モヤモヤとした頭の中の物と一緒に吐きだした。
考えた所で答えなど簡単に出ない事など解かり切きっているのに、考えずにはいられない、思春期とはなんとも因果な物だ。
フェデリカ「わっ!わわっ!」
突然の事に驚いて、思わず素っ頓狂で間抜けな声を上げてしまった。
将来への不安という少年少女永遠の課題に悩む私の頭めがけて、フワリとボールが飛んで来たのだ。
危なげなくキャッチできたものの、なんて酷い事をするのだろうと犯人をジト目で睨みつけた。
フェデリカ「ちょっと、俺!何するのよ、危ないじゃない」
俺「いや、なんか悩んでるみたいだったから」
フェデリカ「悩んでる人にボールをぶつけるなんて文化が扶桑にはあるのかしら?」
俺「んー、どうだろ?文明開化前ならあったかもね?」
フェデリカ「へぇ、早くペリーが来て常識という文明開化ができたらいいですね!」
最後の「ね!」で語気を強めて、ボールを俺に投げ返してあげた。
よく使い込まれたサッカーボールは、ノーバウンドで俺の胸元へふわりと飛んで、俺がガッチリとキャッチした。
フェデリカ「あー、もうバカらし!」
あまりにアホらしいやり取りに思わず脱力して笑ってしまった。
そんな私を見て、彼が運動してほんのりと朱に染まった頬を綻ばせ、誰にでも伝わる爽やかな笑みを浮かべた。
俺「なにを悩んでるの?」
私の目前まで歩み寄って、サッカーボールを椅子代わりに彼が座る。
体育座りの私とは、彼の頭の方が一段ほど上にあって見上げる形になった。
少し離れた繁華街の方から聞こえる喧騒は遠く、静かな住宅街は私達だけの国のように感じられた。
フェデリカ「んー、悩みっていうか不安?」
両脚を抱くように組んだ腕に顎を乗せて、伏し目がちに答えた。
そういえば、俺は不安になったりはしないのだろうか?
フェデリカ「俺はさ、将来の事とか、もう決めてるの?」
俺「うん」
フェデリカ「不安とかは感じない?これでいいのかな?とか、自分にできるかな?とか」
不意に物悲しくなって、脚を抱く腕にギュッと力が籠った。
私はどんな答えを望んでいたのだろう。同調して欲しかったのか?それとも叱咤激励して欲しかったのだろうか?
そんなふうに答えを他人に頼るのが、自分の至らなさの全てのような気がしたのだ。
目の前で柔らかに微笑む彼はそんな想いを見抜いたのだろうか、極々自然な所作で私の頭に手を伸ばし、ポンポンと頭を撫でつけた。
そういえば昔は何かあって泣く度にこうして彼に慰めてもらっていたっけ。
これも私の身長が彼を追い越してしまってからはご無沙汰だった気がする。
頭に触れる彼の掌から感じるのは優しさと労り。どこか懐かしいものだった。
俺「不安な事があった時はさ、思い切って一歩足を踏み出してみればいいんじゃないかな?」
聞き慣れた声から、抽象的な提案が投げかけられた。
伏し目がちだった目線を上げ、昔のように、子供の頃のように彼を見上げた。ジッと彼の瞳を見つめる。黒く濁りの無い真っ直ぐな瞳は、私を真っ直ぐに射抜いていた。
俺「そしたらその先はきっとまだ誰も見た事無い景色だからさ、誰も見た事無い物なら、それ全部自分のもんじゃん。自分の世界じゃん?」
人生、一寸先は闇。闇だけどそこに道が無いとは限らない。見えないだけでどこまでも道が続いているのかもしれない。その先は未知の世界。
ならばその世界は辿りついた者だけの無限の可能性。彼はそう言いたいのだろうか?
フェデリカ「私の……世界」
彼の言葉を受けて答えを探す私に対し、彼はおもむろに立ち上がって私に手を差しだした。まるでダンスに誘うかのように、ゆっくりと。
俺「へへっ、んじゃあ一歩踏み出すために、古い世界を見降ろしにいきますか」
俺「いこうぜ、新世界」
歌うように口調を弾ませた俺は、いつでも前向きな「俺らしい俺」だった。
フェデリカ「うん」
グッと彼の手を掴むと、彼が私を起こしてくれた。
ピコン、と音がして俺の頭に鳥の羽が2対生えた。俺の使役する鷹の使い魔の物だ。
間髪入れず、彼の体全体を青い、柔らかくも暖かい光が包み込んだ。そしてまず俺の体が……続いて私の体がフワリと地面から離れて宙に浮きあがった。
繋いだ手から伝わるのは、彼の体温と、しなやかな感触。
フェデリカ「そう言えば久しぶりだね、2人で飛ぶの」
俺「うん」
これは俺の所持する固有魔法「飛翔」による効果だった。
重力というこの世の法則すら無視して宙に文字通り「浮く」物だ。それも自身の体だけでは無く、彼の触れている物は無機物、有機物、重量を問わずだ。
そのストライカーユニットの最高到達高度すら軽々と凌駕してしまう揚力は彼が与えられた才能であり、ウィッチへとなる事を周囲から迫られる理由の一つだった。
俺「ガキの頃は毎日みたいに一緒に飛んでたのにな」
フェデリカ「ふふっ」
3月の風を頬に浴びて、夜空を裂いてグングンと高度を上げて行く。
足元に見下ろす街が少しずつ小さくなっていくのと同時に、星が輝く夜空が近づいてきた。
雲が無い夜空にはまん丸いお月様と、黒い布にビーズを散りばめたかのような満天の星。
ローマの空の上は俺と私、2人だけのためのプラネタリウムだった。
ローマを一望できる高度まで達して、俺が飛翔を止めて制止する。
手を繋いだ私達は同じ目線で並んで、フワフワと宙に漂う形となった。
足元ではたくさんの光が輝いて、夜を彩っている。
フェデリカ「綺麗だね」
俺「うん」
フェデリカ「『君のほうが綺麗だよ』くらい言えないの?」
俺「君の方が綺麗だよ」
まったくの棒読み。びっくりするくらい感情が籠っていなかった。
ローマの街を見下ろせば、何処を向いても思い出の場所ばかりだった。大きなスタジアムには、何度も俺の応援をしに行った。
トレビの泉に飛び込もうとする俺を制止した事もあった。コロッセオでは空を飛んで不法侵入する俺をハラハラして見ていた事もあった。
思い返せば思い返す程、彼との想い出ばかりだ。
俺の手を握る手に、少しだけ力を込めた。
俺「どうよ、これまで俺達が暮らしてた世界は」
フェデリカ「綺麗で、暖かくて、優しくて、大好き」
俺「俺も……そう思う」
俺も、私の手をギュッと握り返してくれた。
2人だけの世界で互いに感じ合う力は心強い。
俺「だから俺、4月からウィッチの養成学校に行こうと思ってるんだ。この大好きな世界を守るために」
フェデリカ「学校は?」
俺「転校って事になんのかな?」
フェデリカ「サッカーは?」
俺「クラブは辞めるけど、練習は続けるよ。平和になったらまたやりたいしさ」
俺は未来への一歩を踏み出そうとしている。置いていかれてしまう。
そんな彼に対し、私は何も言えなかった。
ただ、更に彼の手を握る手に力を込めた。「私はここにいるよ」って俺の体に刻みこむように。
俺「フェデリカは、将来どうしたいの?」
フェデリカ「卒業したら、技術学校に行こうと思うの。ストライカーユニットの技術者になりたくて」
また、俺も握り返してくれた。「大丈夫。解かってるよ」って答えてくれるように。
そして、体ごと私の方へ振り向いて、いつも通り微笑んだ。
俺「実は、ウィッチになるって決めたのさ、今日なんだ」
フェデリカ「え?」
俺「言ってくれただろ?『俺らしくいればいい』って」
フェデリカ「うん」
そう、私が好きな彼は誰よりも自由で……いつも前だけ見てて……
きっと、彼にとって未来は「どうするべきか」では無くて「どうしたいか」なのだろう。
そして、「どうして?」なのでは無くて、「誰の、何の為に?」なのだろう。
未来を選択する事に、何よりも必要な事は個人の『意思』なのだから。
俺「だから俺は俺らしく、俺のしたい事、するよ」
フェデリカ「うん」
私はきっとそんな彼に憧れていたんだろう。
そっと、彼との距離をつめて、俺の肩に自分の頭を乗せて体ごと彼にもたれかかった。私が勝手に小さく感じていた彼の体は、昔と変わらずとても力強くて、頼もしかった。
フェデリカ「私も、私のしたい事する。私らしくね」
頭を彼の肩からゆっくりと、名残惜しむように離して、俺と向き合った。
見つめ合った2人の顔の距離は驚く程近くって、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。
当たり前のように感じていた彼の温もりを、尊い物のように感じる。
これからも、彼と一緒に世界を、未来を生きたいと心から思った。
だから……
フェデリカ「ちょっとだけ、未来で待ってて。すぐに……追いついちゃうんだから」
俺「うん。ずっと、待ってる」
私も自分の『意思』で未来を選ぼう、思い切って一歩を踏み出してみよう。
未知の可能性の世界が私の望んだ世界になるように、大きな一歩を踏み出そう。
いつか未来で、彼の隣に並んだ時に「これが今の私だよ」って胸を張って言えるように。
* * *
俺と一緒に空を飛んで、自分の『意思』と『存在』を知った日から1年と少しが経った。
私は古い建物の廊下を、これから私の教官となる人の後ろについて歩く。
コツコツと几帳面な靴音を鳴らして歩く彼女の背はピンと張っていて、いかにも軍人らしかった。
季節は夏を目前に控えた6月の始まり。窓越しに照りつける太陽が強烈で、着慣れない士官候補生の制服は少し暑く、鬱陶しかった。
そんな不快感を感じながらも、気分は非常に軽やかだった。
なぜなら、今日から私はウィッチになるのだから。
私がウキウキとした足取りで歩む現在地は、ローマにあるウィッチ養成学校だった。
未来へと踏み出した私の一歩は、思わぬ可能性を示したのだ。
当初の予定通り軍の技術学校へと進学した私は、気紛れで受けた魔力検査でいつの間にか魔法力が発現していた事が発覚し、試験的に受けた適正検査で高い空戦適正が判明したのだった。
後から聞いた話では、魔力の発現には大きく個人差がある物らしく、それが私は非常に遅かったという事らしい。
そこからはもうトントン拍子に事が進んだ。技術学校からウィッチ養成学校へと転校する事へとなったのは魔力発現から1カ月も経たぬ内の出来事であった。
目の前で教官が立ち止まり、小さめの教室へとドアをスライドさせて入って行く。
その後に、私も続く。
黒板に向かって並んだ机には、未来のウィッチ達が着席していた。
みんな揃いも揃って美少女、内なる魔力が外見にも影響を与えると言う噂は本当のようだ。
そんな中、私は見知った、懐かしい顔を探す。
フェデリカ「あ……」
教官がこれから私の仲間となるクラスメート達に私の紹介をし始めた時、彼を見つけた。
窓際の一番後ろ、1人だけ混じった男の子。
彼は、1年前にスタジアムでそうしたように拳で己の胸をトン、トン、と2回叩き、そのまま私に向けて拳を突き出した。
あの頃と……ううん、ずっと昔から変わらない、青空のような笑顔で。
それに私も同じように胸を叩いて拳を俺に突き出した。
何事かと驚いて、教官と同級生達は皆ポカンとした顔で私と俺を代わる代わる眺めていた。
俺「待ってたぜ」
フェデリカ「待たせたな」
互いにニッと笑いあった。
なんの巡り合わせか、私が「私らしく」、私の「意思」で選択した未来はまたしても彼と同じだった。
それは私にとって幸運な事で、非常にかけがえの無い事だ。
だが私の人生はまだまだ続く、これからも何度も未来を選ぶ事があるだろう。でももう未来を恐れない。
勇気を出して、自分の可能性を信じるのだ。未来はきっと素敵であると。
突き抜けるように高いロマーニャの青空の下、私と俺の人生と言う物語は続いて行く。
私達の青春はまだまだ始まったばかりだ。
俺&フェデリカ「続く!!!」
次回予告
【1944年 第504統合戦闘航空団基地】
俺「なぁフェデリカ、訓練生時代の夏の日の事覚えてる?夜に校舎で2人で話した日」
フェデリカ「えー……そんなん4回くらいあるじゃない。どれ?」
俺「卒業の年。あの俺が停学になった時の奴」
フェデリカ「あはは!あの覗き事件の奴ね!」
俺「いや、何度も言うけどあれ覗きじゃないからね」
フェデリカ「はいはい。で、それがどうしたの?」
俺「あの日、俺が本当に言おうと思ってた言葉、今君に伝えようと思うんだ」
フェデリカ「なになに?気になるじゃない?」
俺「俺さ、昔からお前の事が好……」
天姫「フェデリカ少佐!ここに居ましたか!竹井大尉が『またサボってる!』って怒ってますよ~」
フェデリカ「うげっ、しまった。って訳でごめんね俺、また後で」 スタスタ
俺「……」
天姫「……」
天姫「……あの……私またドジしちゃいました?」
俺「いや、アマキは何も悪く無いよ。アハハハハハハハ……」
天姫「俺大尉、目が笑ってなくて怖いです……」
俺「じゃあアマキ!気を取り直して
次回予告行こうか!」
天姫「は、はい!!私にちゃんとできるかな……」
俺「大丈夫大丈夫。3!、2!、1!、ドン!!」
俺&天姫『 I LOVE YOU OK ? 』
フェデリカ「おっけー☆」
錦「軽っ!!!!!」
最終更新:2013年03月30日 01:49