その夢はベラが出てきた。
 俺の夢の中で彼女は裸で、細かい描写は割愛するが、とんでもなく卑猥な夢だった。
 吹雪が消え、医務室に月明かりが入る頃、俺は目を覚ました。
 夢の余韻で溶けた頭はぼんやりと。次第にはっきりとする意識の中で、俺は急いで鼻に手をやる。
 良かった、大丈夫。
 ふと、俺は体が温かいことに気付いた。ついでに服も来ていない。ニパがいなくて安心する。
 代わりに、ベッドにはベラが。それも裸で隣に寝ていた。目が合う。
 俺はまだ夢を見ているらしかった。


クルピンスキー「やあ、おはよう」


 ベラは俺の髪をおもむろに撫でて言う。
 ふにゃりと笑った彼女を見て、にべもなく、俺の胸はよく分からない良い香りでいっぱいになった気がした。
 俺は夢でもそうしたように、おもむろに彼女の上になる。


クルピンスキー「ずいぶんと気が早いね、君は」


 ベラはやっぱり、笑っていた。
 だってこれは夢だから。好きな事を言えて、好きなように生きられる。
 どこまでも自分で、何もかもが自分。
 だから何を言ったって、自分勝手な思い込みに過ぎないんだ。


俺「ヴァルトルート…俺はここにいるんだ。ずっと、君の傍にいたいんだよ」

俺「祈って助かるなら、願って救われるなら……俺はもう、裏切られたくないんだ」


 「だからもう見捨てないでくれ」そう言って、俺はシーツを握りしめる。
 ベラは少し驚いた顔をした後、ふっと笑って俺の頬に手をやった。


クルピンスキー「私の全部、君にあげるよ」


 細められた琥珀色。
 頬に触れるあたたかい指。
 クルピンスキーに抵抗する意思は無かったが、肩は少し震えていた。
 俺は泣き崩れたのを誤魔化すように、彼女の首元に唇を寄せる。
 その時だった。


「何やってんのあんた達は!」


 がつりと後頭部に衝撃が走る。
 はっきりとした痛みに思わず振り向くと、
 顔を真っ赤にしたロスマンとすました顔のラルが立っていた。


ラル「少し顔色が悪いようだが、まあこんな事をする位なら大丈夫だな」

ロスマン「何を呑気な……ったく、久しぶりに良いことしたと思ったらこれか!」


 訳が分からず、俺はもう一度クルピンスキーを見た。
 彼女はいつものすました笑顔で俺を見上げる。


クルピンスキー「もしかして、寝ぼけてたりする?」

 驚きすぎて意識が飛ぶかと思った。

                                     ◇◇


 二人とも服を着ろ、とロスマンは籠を投げてよこす。
 とりあえず言われた通りにしながらも、「な、なんで俺の隣にベラが」と当然の疑問を反す。
 ロスマンは「ベラ?」と首をかしげると、すぐに呆れたような顔に戻り、実に簡潔な答えを寄こした。


ロスマン「ニパさんを背負って帰る途中に倒れたのよ。覚えてない?
     あんたが出て行ってすぐ位に、そこの伯爵が助けに行ったの」


 俺は恐る恐るクルピンスキーを見やった。
 彼女は俺の視線を流し見て、当たり障りなく会話を続ける。


クルピンスキー「いやあ、大切な雑用番がいなくなると大変じゃない?」

俺「そりゃそうかもしれませんけど…」


 俺は口ごもりながら先刻の事態を思い出す。
 クルピンスキーは俺に押し倒されたのに抵抗しなかった。
 もし二人が来なかったら、もし俺が勘違いしていたままだったら……。
 いや、それよりも俺はとんでもないことを口走ってしまっている。


俺「もう、限界です」


 そう言って、俺はベッドに座りこむ。


ラル「すぐに働けとは言わない。明日は休みにするからしっかり休むといい」

ロスマン「まったく、いい?あんた達の説教は明日にしてあげるわ」

クルピンスキー「…え、いいのかい?」


 少し間をおいて、クルピンスキーが聞き返すと、ラルは言う。


ラル「今回ばかりは特例だ。よくニパを助けてくれたな、俺。
   そしてよく俺を助けに行ってくれた、クルピンスキー」

俺「ニパ……そうだニパは、あの子はどうなったんです」

ロスマン「自室で寝かせてるわ。思ったよりひどくなかったみたいだったから」

俺「そうですか……よかった」


 俺はベッドに倒れ込み、深く息を吐いた。
 上司の前でこんな事、とは思ったがさすがにもう力が入らない。
 そんな俺を一撫でして、ラルはロスマンを連れだって歩き出した。


クルピンスキー「今日はえらく優しいんじゃないの?先生、隊長」

ロスマン「それが分かってればいいのよ」

ラル「まあ安心するといい。書類はしっかり作っておくから」


 優秀な副官がね。
 その言葉にロスマンは、苦笑はするも反論はしなかった。
 ラルはそんな彼女を見て口元を緩めると、ノブに掛けた手をわざとらしく放し、くるりと体の向きを変えた。


ラル「そうだクルピンスキー。今さらだと思うが、体は大切にするように」


 色々と含んでそうな笑みを向けられて
クルピンスキーは一瞬キョトンとした顔をすると、にやりと笑った。


クルピンスキー「ん、考えとくよ」

ロスマン「こら伯爵!」

ラル「ほらエディータ、早く戻らないと寝る時間が無くなるぞ?」


 振り返ったロスマンの肩を素早く引っ掴み、ラルは医務室の戸を閉めた。
 また、医務室は静かになる。
 俺とクルピンスキーと月明かりだけ。窓から覗く青い光がやけに綺麗だった。


俺「隣に来てくれませんか?」


 横になったまま、俺は手を伸ばす。
 見えない中を探るような覚束ない手は空を彷徨う。


クルピンスキー「急にどうしたんだい?」

俺「貴女に言いたいことがある」


 ちょうど月の光をさえぎって、クルピンスキーは俺の手を取った。
 俺はそのまま手をひいて、彼女をベッドに引きずりこむ。やっぱり彼女は抵抗しなかった。
 それが嬉しくて、毛布の中で抱きしめる。
 溶けるような温かさを確かめていたかった。


クルピンスキー「やっぱりまだ冷たいね」

俺「いえ、もう充分です。もう充分貰いました」

クルピンスキー「…また隠し事かい?」


 その言葉につい黙ってしまった。
 何も言わない俺に、クルピンスキーは溜息を吐いた。


俺「これが…きっとこれが、最後ですから」

クルピンスキー「ん、信じてるよ」

俺「だからもう少しだけ、こうさせて貰えませんか?」


 彼女は小さくいいよ言って、俺の首に手をまわす。
 その温かさに俺は唇を噛み締めた。

                               ◇◇◇


俺「俺はもう長くないんです」


 しばらくして、いきなり聞こえた声に息が詰まる。


クルピンスキー「…なんでそう、急なのかなぁ」

俺「だから言ったじゃないですか。今日で終わりです、って」

クルピンスキー「君はさ、考える時間もくれないよね」

俺「俺にも無かったんです。これ位二人で感じましょうよ」

クルピンスキー「バカだよ、本当に」


 震える体を抑えるように、クルピンスキーは俺を抱きしめる力を強める。
 俺は耳も聞こえなくなってきているようで、本当に距離が近かった。
 それなのに果てが無いようで、胸がしくりと痛む。
 しばらくそうしているうちに、俺はゆっくりと喋り出す。


俺「素晴らしい再生力、観察力、戦闘力を手に入れたのに、人の体は脆過ぎた」


 再生力。その言葉にクルピンスキーは口を開く。
 いつも己に牙を剥くその力が、妙に輝いて聞こえた。


クルピンスキー「その力があるなら君は…」


 言いかけの言葉を、俺は強く抱きしめて封じ込める。
 俺が頭を振ると、首筋に髪の毛があたってくすぐったい。


俺「限界があります」


 俺は続ける。


俺「もう、限界なんですよ」


 そう言って吐き出すように笑った。


俺「すぐに血が上って鼻血がでるし、半日も動けないんですよ、この体」


 そんな、とクルピンスキーが言うのを聞いて、俺は胸が締め付けられるようだった。
 始めから見えていた事を見過ごした己を攻めているのだろうか。そんな事しなくていいのに。
 貴女には笑っていて欲しいのに。


俺「あの子を救えて、貴女を愛せた。
  俺は充分生きました。後はもう、終わるだけです」


 だから、最期にひとつだけ。
 紛い物の俺が唯一使える魔法を――――



俺「       」


 囁くような声にハッとする。
 それは少しだけクルピンスキーに響くと、泡のように溶けてしまった。


クルピンスキー「嘘つき」


 そう言って、眠る彼に口づけを落として。
 眠りに落ちた彼を少し憎んでベッドから降りる。
 塩辛い味の残る舌に「へたくそだね」と呟いて、彼女は医務室を後にした。











 To be concluded…






最終更新:2013年03月30日 02:34