1943年。扶桑のリバウ撤退後、俺は女と共にオラーシャに送られ、扶桑が駐屯している基地のウィッチ隊に配属された。
オラーシャは東部戦線を担う主戦力であり、扶桑は支援として大量の物資と人員を送っていたからだ。
そしてその頃、俺は大尉に昇進し、飛行中隊を預かる身となっていた。

部下A「俺大尉、この書類なんですが……」

俺「ああ、これは……」

部下B「俺大尉、こっちもお願いします」

俺「え?」

部下C「大尉、今度搬入される機材の資料についてですけど……」

俺「いや、あの」

女「はいはい、それは整備課に回してちょうだい。こっちの書類は担当に判子を貰ってきてからよ。資料は機材と一緒に来るから、その時に確認して」

部下から次々と仕事を回された俺が混乱しているのを見兼ね、女が横から口を出した。
女は俺と違ってテキパキと案件を片付けた後、呆れたように俺を見遣った。

女「まったく……。大尉になっても事務仕事が苦手なのは昔から変わらないわね」

俺「優秀な副官がいるんだから問題ないだろ?」

女は既に前線を退き、俺の副官を務めていた。
二十歳を過ぎ、魔法力の減退期を迎えていたからだ。
俺は女と同じ年齢ではあったが、魔法力の減退が始まっていなかったため、まだ空で戦うことができた。

女「もう……。そんなことで教官が務まると思っているの? 今度の職場には私はいないのよ?」

俺は先日、本国で新人ウィッチ達の育成を担当する部署への転属を申請していた。
女はそれに合わせて軍を辞めることになっており、二人揃って扶桑へ帰ることになっていたのだ。

女「大体、部隊の引き継ぎ用のための資料だってまだ作っていないでしょう?」

俺「後任がくるのは二週間後だし、まだ余裕があるさ。それより、お前は自分の体の──」

俺の言葉を遮ったのは、大音量のサイレンだった。
直後、遠方から連続で爆発音が響き、振動が部屋の窓を小さく震わせる。

女「敵襲!?」

俺「近い……! ハンガーへ行くぞ!」

女が非戦闘員達と共に避難していくのを横目で確認し、俺はハンガーへ急いだ。
突然攻撃が始まったことにより、基地中が浮き足立っていたが、ハンガーでは既に発進準備が整っていた。
俺は即座に上空に舞い上がり、部隊を展開させながら状況を確認する。

俺「敵は小型のみか……。数は少ないがかなり接近されているな。各機、敵をこれ以上基地へ近づけるなよ!」

混乱の最中、俺とその部下達は冷静に対処し、敵部隊の撃退に成功する。
だが、ただ一発だけ、基地への攻撃を許してしまった。
攻撃を受けたのは俺達のいた事務室。
先程まで、女と一緒にいた場所だった。

俺(あいつは避難したはずなんだ。大丈夫さ)

そう自分に言い聞かせ、俺は不安をかき消した。
だが、戦闘を終えて帰投した後、いくら探しても女の姿が見えない。
一緒にいたはずの同僚に聞けば、戦闘が始まってしばらく経ってから『指輪を忘れてきた』と言って急に避難場所から出ていったのだと言う。

俺「指輪……?」

真面目な性格の女は、いつも俺から送られた結婚指輪を外してから仕事を始めていた。
そして、その指輪は事務室の女の机の引き出しに納められている。

俺「まさか……!?」

攻撃を受けた事務室へ走る。
見慣れたはずのその場所は、天井に大きな穴が空き、瓦礫が散乱する廃墟へと姿を変えていた。

部下A「大尉……!? 来ないで下さい! 大尉!」

俺「どけ!」

制止しようとする部下を押し退け、奥へと進む。
瓦礫の中には、女が指輪を入れていた小箱と、それを握りしめた右腕だけが転がっていた。


          ●


竹井「……勝手ながら、俺さんの過去のことは調べさせてもらいました。俺さんがネウロイを激しく憎むようになったのは、女さんを失ったことが原因だったんですね」

俺は答えない。
ただ、俺の纏う雰囲気が竹井の言葉を肯定していた。

竹井「……気持ちはわかります。でもあんな──」

突然の衝撃が言葉を遮る。
気がつくと、竹井は俺によって壁に押し付けられていた。

俺「気持ちはわかるだと……! お前に俺の何がわかるって言うんだ!」

竹井「っ……」

肩を掴んだ俺の指が強く食い込み、竹井が顔を痛みで歪ませる。

俺「あの時! 女は俺の子供を身篭っていたんだぞ!」

竹井「そんな……。赤ちゃんが……?」

竹井が読んだ報告書には、女が妊娠していたことまでは記載されていなかった。

俺「お前にわかるのか!? あるはずだった未来を……愛する者を奪われた苦しみが!」

竹井「わ、私は……」

俺「今でも夢に見るんだ。女が生きてた頃のことを……!」

籍は入れたけど式は挙げていないから、帰ったらささやかな式を挙げよう。
小さな庭付きの家を買って、家庭菜園を作りたい。
子供が生まれたらどんな名前を付けようか。
だが、女と語り合った二人の未来は、今や俺を苦しめる悪夢へと成り果てていた。

竹井「か、軽々しいことを言ったことは謝ります。でも、私は俺さんに立ち直ってほしいんです!」

迂闊なことを言ってしまったと今さらになって後悔したが、それでも竹井は俺を説得しようとした。
このまま放っておけば、きっと俺は壊れてしまう。
そんな思いに突き動かされ、竹井は縋るように言葉を続けた。

竹井「それに、今のまま復讐だけに囚われ続けていたらいずれ俺さん自身だって……」

俺「そんなことはどうだっていい。俺はただ、ネウロイを皆殺しにしてやりたいだけだ」

だが、俺は言い捨てるように拒絶しただけだった。
女を失ったあの時から、自分の中にはどうしようもない虚無感と衰えることの無い憎しみだけが渦巻いている。
生きる目的はネウロイを倒すこと。
そんな自分に、未来の心配など必要ない。

竹井「俺さん……」

竹井はなおも何か言いたげな顔で俯いている。
それを見ていた俺は、いきなり竹井の顎に指を添えて上を向かせ、自分の顔を近づけた。

俺「それとも、お前が自分の体で俺を慰めてくれるって言うのか?」

竹井「っ……!?」

驚きのあまり竹井が目を見張る。
乙女とはいえ、竹井もそれなりの歳だ。
この言葉がどういったものかわかっているはず。

俺(こんなものか……)

適当に脅したら、後は部屋から追い出せばいい。
これで今後はうるさく説教してくることもなくなるだろう。

俺「無理だろう? わかったらさっさと──」

竹井「……わかりました」

俺「……?」

竹井「私を抱いて、あなたが少しでも癒されるなら……」

そう言って竹井は瞳を閉じ、唇を差し出した。

俺「なっ……!?」

どうやって竹井を追い返そうか考えていた俺は、予想外の出来事で頭が真っ白になった。
まるで魅入られたかのように、竹井の艶やかな唇から目を離すことができなくなる。

俺(このまま……)

このまま、溺れてしまおうか。
一瞬、そんなことを考えた俺だったが、竹井の腕から伝わる違和感が俺の意識を呼び戻した。
その違和感の正体が震えであると気が付いた瞬間、何かが落ちた音がした。
反射的に振り向き、何が落ちたかを確認する。
落ちたのは、女の形見の銃だった。

竹井「あっ……」

俺が竹井から離れ、銃を拾う。
冷たい金属の感触が肌に鋭く突き刺さってくる。
なんとなく、女に怒られているような気がした。

俺「……今日は呑み過ぎたみたいだ」

竹井「俺さん……?」

俺「もう遅い、部屋に戻れ」

有無を言わせず、俺は竹井を強引に部屋から追い出した。
竹井を追い出した後、ドアの前で立ったまま、俺は静かに銃を額に触れさせる。
そのまま祈るように目を閉じると、怒ったような表情をした女の姿が目に浮かんできた。

俺「……最低だな。俺は」


          ●


フェデリカ「なんだか最近俺も丸くなってきたわねぇ……」

竹井「ええ……」

紅茶を啜りながらフェデリカがのんびりと呟く。
複雑な心境を隠しつつ、竹井は曖昧な相槌を返した。
数日前のあの夜の一件以降、俺は以前より態度が少し軟化してきている。
とは言っても、ぶっきらぼうなのは相変わらずだが。

フェデリカ「頼んだら訓練の指揮も引き受けてくれたし、これも竹井のおかげかしら? いったいどうやって説得したの?」

竹井「いえ、特に何も……」

竹井は曖昧な返事をして誤魔化した。
言えるわけがない。
自分がやったことと言えば、女のことを確かめに行って説得に失敗して俺を怒らせ、挑発に乗って抱かれようとして拒否されて帰ってきただけだ。

竹井(私ったら何てことを……。何度思い出しても恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだわ……)

フェデリカ「あら、早速やってるみたいよ」

フェデリカが執務室の窓から空を見上げる。
その先には空を横切る四つの影があった。

フェルナンディア「頼んでおいて言うのもあれだけど、俺って意外と人に教えるのが得意なのね」

竹井「隊を率いていたこともありますし、俺さんは元々面倒見のいい方ですから……」

フェデリカ「元々、ね……」

俺を変えた過去を思い、フェデリカは一瞬顔を曇らせる。

フェデリカ「これを機会に、みんなと打ち解けていってくれればいいんだけど……」


          ●


俺「四番機、遅れているぞ。注意しろ」

マルチナ「り、了解!」

挙動の遅れているマルチナを叱り、俺はさらにスピードを上げた。
飛んでいるのは、一番機に俺、二番機にフェルナンディア、三番機にルチアナ、そして四番機のマルチナの四人だ。

俺(まったく、面倒な……)

内心でため息を吐きながら、俺はなぜこんな目になったのかを考える。
最初はただ、自分の訓練をしようとハンガーで準備していただけだった。
だが、いつの間にやらハンガーに来ていたフェデリカに、

フェデリカ『あら、ちょうど良かったわ。今からフェル達が編隊飛行の訓練をやるんだけど、訓練の指揮を引き受けてくれる?』

と、軽い調子で頼まれてしまった。
今までならそんなものは無視していたのだが、先日の竹井の件もあって付き合ってやることにしたのだ。

俺(竹井にまたあんなことをされたらかなわんからな……)

フェルナンディア「ちょっとティナ、また遅れてるわよ」

マルチナ「ご、ごめん」

動きのぎこちないマルチナを見て、俺はあることを思い出した。

俺(……そういえば、この間あの子を怒鳴り付けたんだったか)

あれからなんとなくしこりのようなものを感じていたが、だからと言って何かしようとするつもりは無かった。

俺(別にどうだっていい。この訓練に付き合ってやるのも、口うるさく干渉されないようにするためにやっているだけだ)

だから、別に心配してやる必要などない。
気遣ってやるつもりもない。

俺「……次は二組に別れてロッテを組め。オフェンス役とディフェンス役を交代しながら模擬戦をやるぞ」

できる限りフェルナンディア達の顔を見ないようにして言い放つ。
なぜか、彼女達の顔を正面から見ることに抵抗を感じる。
その理由が何なのか考えようとした瞬間、敵襲を告げるサイレンが鳴り響いてきた。
最終更新:2013年03月30日 02:43