何処かでヒグラシが鳴いている――――ざわり、と俺の身体を吹き抜ける秋風が、その季節の訪れを告げていた
俺「…………」スッ
閉じていたまぶたを上げる
その瞳に映ったのは――――灰色の、墓石
見慣れた自分の苗字が刻まれた、ただの……いや、『妻が眠っている』墓石だ
「もうすぐ……5年、か」
彼女がこの世を去って、もう5年――――
「……早いもんだ」
ぼつり、と呟く
……悲しいものだが、5年と言う歳月も過ぎてしまえばそれは一瞬にすぎない
……だがその一瞬のうちに、人々は大きく変わってゆく
俺が住んでいる街も、俺自身も――――『俺の娘』も
赤子だった娘も、何時の間にか幼稚園生になっていた
「ああ、そうだ。今日娘は友達の所に泊まりに行ってるよ」
「悪かったな連れてきてやれなくて……でも近いうちまた来るよ」
「あいつの誕生日の日にまた、な」
娘の誕生日は――――妻の命日でもあった
……妻は娘を産んで直ぐ、亡くなったのだ
……その時のことはあまりよく覚えていない
ただ、『娘を育て抜く』と言う意思だけが存在していた
確かに全てを投げ捨ててしまおうと思った時もあった
逃げ出してしまいたいと思った時もあった
だがその度に、記憶の中の妻の笑顔が俺を救ってくれたのだ
……だから俺はここに居る
……ここに居るんだ
「………………」
「そうそう、ついこの前の話なんだけどな――――」
それからしばらくの間、俺は彼女に様々なことを話した
家の事、娘が通う幼稚園のコト、娘の自慢の友達のコト、幼稚園であった運動会のコト……話出せば、キリが無い物語の数々
……瞳を閉じれば、ありありと思い出せる、俺と彼女との記憶
「…………っ」
そして同時に――――涙が、零れ落ちた
「…………ぅ!」
……考えて、しまった
……もしお前が生きていたら、もしお前が逝かなかったら、もしお前がここに居たら
――そんな幻想を、愚かな夢を……頭によぎらせて、しまった
「は……は……」
「……まだまだ俺も……女々しいな……っ!」
「これじゃあ娘にも笑われちまう」
そう、呟いてみるけれど、とめどなく流れ落ちる涙は、止まってはくれな――――
――――ヒュゥッ
「……あ」
不意に、俺の涙で濡れる頬を、一陣の風が撫でた
優しく吹き抜けたその風はまるで――――手のひらの感触のようだった
「……ありがとな、もう大丈夫だ」
袖で涙を拭う
「…………」
そうだな……いつでもお前は、俺を支えてくれる……
ありがとう
瞳を閉じて、もう一度お祈りをする
「……さて、そろそろ帰るよ」
空を見上げてみれば、オレンジ色の空は既に薄暗い闇に染まっていた
そろそろ夕食時だ
今日は娘が家にいないし、久しぶりにどこかに飲みに行こうか……なんてコトを、考えてみる
「じゃあな」
俺は踵を返し、下り坂を降りてゆく
彼女が眠る霊園は、街を見渡せる丘の上にあるのだ
家々の明かりが暗闇の中に光り、そこには現代の社会が生み出した一種の芸術的な光景が存在していた
「……綺麗なモンだな」
人口が多いと言う訳では無いこの街だが、それでも眼下の夜景は美しかった
東京やニューヨークみたいな都会の夜景を、百万ドルの夜景だかなんだか言うが、そんなもの我が故郷には劣る
妻との、家族との思い出が詰まったこの街は、俺にとってかけがえのないものなのだ
「……ん?」
……そう言えば、今は何時だろうか?
ふと気になった俺は携帯を取り出し――――電池が切れていることを思い出した
「…………」
はてさてどうするか
別に時間などそこまで重要ではないが、一度気になりだしたコトを止めるのは難しい
昨日まで腕に巻いていた腕時計は今朝方その役目を終えていた
さてどうするべきかと考えていた俺の脳裏に、一つの考えが浮かぶ……成る程、そう言えばこの手があったか
思い立ったが先、すぐさま上着の内ポケットに手を突っ込み、中に入っていたそれ――ホワイトカラーの携帯電話だ――を取り出す
先日買い替えた携帯電話、その先代を適当に突っ込んでいたのだ(ちなみに今使っている新型はブラックカラーのスライド式。中々スタイリッシュ(笑)なデザインと使いやすさを気に入り買った)
……それはともかくまずは時間だ
電源を入れ、少し後点灯した画面に時刻が表示される
18時40分
……中々良い時間だ
「行くか」
パタン、と折りたたみ式のソレを閉じ、ちらちらと星が浮かび始めた夜空を見上げながら坂道を下ってゆく……星座はよく知らないが、これも綺麗だな……俺の星座は浮かんでいるかな――――
ピリリリリリリ……
「……ん?」
この音は……携帯電話?
リリリリリリリ……
……間違いない、この音色には聞き覚えがある
……まぁ早い話、俺の携帯から鳴っているのだ
「よっ……と」
ゴソゴソとポケットを漁り、黒色のフォルムのソレを取り出す
――――しかしどうにもおかしい
確かコレは電池切れだったはずだ
……まぁいい、とにかく今は電話に応えなくては
仕事先だったら大変だ
ちら、とディスプレイに映る発信者の名を見る
そして、困惑した
……本来そこに映っているはずの発信者の電話番号
その11ケタの表示が――――文字化けを起こしていたのだ
……故障か?
だとしたら勘弁して欲しい
つい最近買ったばかりなんだぞ、コレ
「まったく何処の誰だよ電話してきた奴は……」
通話ボタンを押し、右耳に携帯を押し当てる
「はいもしも――――」
ザ……ザザ……ザ……ザザ……
「……ん?」
……なんだ?ノイズ音?
スピーカーからは、途切れ途切れに不快なノイズ音が聞こえてくる
なんだ、ただのイタズラ電――――――ぐっ!?
……ザ
「……うっ……ぐ……!」
ザ……ザザザザ……ザ……
……痛い
ザザ……ザザ……ザ……ザ……
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!
ザ……ザ……ザ……ザザザザザザ……
「頭が……割け……る……っ!」
ザ……ザ……ZAZA……zaZa……Za……ザ……
「ぐ……あ……あ……!」
ZA……ZAzAZa……ZAza……
「あ……あ……あああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!」
――――――ブツン
……
…………
………………
「――――ッ!!!」
意識が、覚醒した
「……う……っ」
……何が起きた?
……そうだ、俺は突然頭痛に――――あれは一体なんだったんだ?
尋常じゃない痛さだった
例えるとすれば脳味噌に針をぶっ刺しそのままシェイクされたような――――要するに、死ぬほど痛い頭痛だ
……いや、それにしたって何か原因があるはずだ
過労か?……違う、健康管理にはかなり気をつけている
それに俺は生まれてこの方病気にかかったコトは無い、その線は薄いだろう…………いや、まさか
まさか俺は――――――重病!?
いやいやいやいやいやいやいやいや
それは不味い、マズ過ぎる!!
俺には娘がいる!彼女を遺して死ぬ訳にはいかないんだ!
……妻と約束したんだ!
「――――っ!!」
飛び起きる
……如何やらここは病室らしい
純白のシーツとベッド、カーテンがソレを物語っている
もし俺がぶっ倒れてここ―恐らく地元の病院だろう―に運び込まれたのなら、大変だ
娘に心配されてしまう
そうだ、とりあえずまずはナースコールを――――って、見た所ベッドの周りにはボタンらしきものが無いな
……仕方が無い
ここは一旦部屋から出てみるか
カーテンが閉じられているので部屋の様子は解らないが、部屋の明るさからして今の時刻は昼
ひとまずは医師を探さなくては
ベッドから這い出し、カーテンに手をかけようと――――した所で
ギイィィィ……ッ
左側から、扉が開く音がした
誰かが部屋に入ってきたのだろう、足音がこちらに近づく
シャーッと小気味良い音と共に閉ざされていたカーテンが開いた
「あら……起きたの?」
「あ、はい。今起きた所です」
入室者は、薄桃色のナース服を着た女性だった
この病院(?)の看護師だろうか
「身体の方は大丈夫?」
「今の所は、特に」
身体に違和感は無い
「そ、良かった良かった」
「あの、貴方は……」
「私?私はフェデリカ・N・ドッリオ。まぁ、宜しくね」
そう、片目を閉じながら女――――フェデリカさんは言った
見た所歳は10代後半で年下のようだが、ここのナースのようだし、
敬語を使う……ちょっと待て、10代後半でナースっておかしくないか?
……まあいい
それに……フェデリカ?
どう見ても外人の名前だ
いや、本人もよく見たら東洋人の顔じゃない
なんとなく名前の響きからしてイタリア人か?
……それにしたって日本語が上手いな
医療の国際化が進んでいると聞くが、どうやら本当みたいだ
……とにかく
まずは自分自身の状況について尋ねなければ
「俺は……どれぐらい眠っていたんですか?」
フェデリカ「んー?君が私の部下に運ばれてきたのが今日の朝だから……6時間ぐらいかな」
6時間も!?
いや待て、確か自分が気を失ったのが昨日の夜だから……ひょっとすると俺は一晩中あの下り坂でぶっ倒れていたのか?
これは……かなり大事になりそうだ
フェデリカ「それで、どうして貴方はあんな所で倒れていたの?」
「墓参りの後坂道を下っていたら急に頭痛がして、そのまま……」
まさか、何かよくないモノでも憑いたのだろうか、霊園だけに
フェデリカ「墓参り?」
「ええ、そうです」
フェデリカ「……妙ね、この辺りに墓所は無いはずだけど」
「……はい?」
フェデリカ「それに、話によると貴方が倒れていたのは坂道じゃなくて私達の基地の真ん前よ?」
「あの、言ってる意味がよく……」
「「………………」」
沈黙
看護師は口元に手を当てて考え事をしている
……何故か嫌な予感がする
フェデリカ「ちょっと、簡単な質問に幾つか答えてくれる?」
「……わかりました」
フェデリカ「ありがと、それじゃあ……名前は?」
「『俺』」
苗字、名前、二文字ずつのよくある名前だ
フェデリカ「歳は?」
俺「26」
フェデリカ「生年月日は?」
俺「1985年6月6日」
フェデリカ「…………え?」
不意に、看護師が素っ頓狂な声を上げる
……どうしてそんな変な目で俺を見るんだ?
今の答えに何もおかしなことはなかったはずだ
フェデリカ「あの、もう一度言ってくれない?」
俺「1985年6月6日!……どうしたんですか?何もおかしなことはないでしょう?」
フェデリカ「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!!」
ぐわしっ!と両肩を掴まれる
……今気づいたがこの女、かなりの美人だ
フェデリカ「き、今日!」
俺「……?」
フェデリカ「今日の日付を教えてくれない!?西暦も含めて!」
何故そんなことを聞くんだ?カレンダーでも見ればわかることだろう
……まあ、別に大したことでも無い
俺「今日は……2011年の9月20日ですよね?」
フェデリカ「――――――っ!!!!」
後ろによろけるフェデリカさん
……ちょっと待ってくれ、あんたのその反応はまるで――――まるで――――いや、まさか、そんなことは……
ある筈が無い
フェデリカ「ね、ねぇ、それ……本気で言ってるの?」
俺「……ええ」
フェデリカ「………っ」
俺「……まさか、今日は2011年9月20日ではない、とでも言うんですか?」
彼女はゆっくりと――――頷いた
それ即ち――――肯定
先程の俺の不安は、的中した
フェデリカ「今日の、今日の日付は――――――1944年10月5日よ」
俺「…………え?」
……聞き間違いか?
俺の耳が狂ってなければこの女は――――今日の日付を、1944年と言ったんだぞ?
そんな馬鹿な、今が50年前だと?
俺「何を、巫山戯たことを――――」
フェデリカ「ふざけてなんて、いないわ」
俺「っ!!」
フェデリカ「今日は、1944年10月5日。この事実に嘘偽りなんて、ないのよ」
俺「……ちょっと待ってくれ!あんたの言ってることが本当だとしたら俺は――――」
未来から、来たことになるんじゃないか
俺はそう吐き捨てようとしたが――――
ボタタタッ
「「――――――え?」」
――――急に俺を襲った違和感で、それは叶わなかった
フェデリカ「あ、あなた…………」
フェデリカさんは、困惑している
恐る恐る視線を降ろすと――――
俺「!?」
そこには――――血に染まるシーツがあった
慌てて鼻に手をあてる
ぬるり、とした感触
驚いて鼻から手を離し、その手のひらを見ると……真っ赤な血で濡れていた
鼻血だ
……そうか、さっきの音は
俺の鼻腔から鮮血が垂れ落ちた音だったのか
俺「……は……は」
……なんだよこれ
ちっとも止まる気がしない
まるで、滝の様に流れ落ちてくる
俺「……んだよこれ……なん……だよ……こ……れ」
ぼふんっ
フェデリカ「ちょ、大丈夫!?」
身体の全身から力が抜け、だらしなくベッドに横たわる
俺「あ……あ……あっ」
がたがたと、身体全身が震え始めた
……ひどく、寒い
鼻からはやはりとめどなく血が流れ、俺の肉体は悪寒に蝕まれる
まるで真冬の寒空に裸で放り出された様な――――異質感
フェデリカ「――――っ!凄い熱!!」
フェデリカさんの柔らかい手のひらが、額に触れる
……何処か、心地いい
フェデリカ「待ってて、今人を呼んで――――――」
……待ってくれ
……今、俺を――――――独りにしないでくれ
フェデリカ「――――っ!」
血濡れた右手で、彼女の細い手首を掴む
俺「独りに……しないで……くれっ!」
何故だろう、凄く心細い
20代も後半と言う歳だと言うのに、まるで子供だ
朦朧とした意識の中で、そんなことを考えるが……一向に体の震えは止まってくれない
フェデリカ「……大丈夫、私がついてる、だから――――安心して』
彼女はそう言うと、俺の右手を両手で握り返した
右手が柔らかい感触に包まれる
…………だが、それでも
体躯を蝕む悪寒はよりいっそう、強くなって――――
俺「……あ」
――――――いかない
フェデリカ「!!震えが……止まった?……だ、大丈夫!?しっかりして!」
身体の震えは、止まった
溢れ出ていた血の流れは、徐々に収まっている
身体を襲っていた悪寒も、何時の間にか消え失せていた
『その代わり』――――――
俺「……熱い」
フェデリカ「え?」
俺「身体……が……熱い……っ!!」
焼け付くような痛みが、体全身に駆け巡っていた
フェデリカ「っ!!」
俺「が……あ……あ……あ゛あ゛……っ!」
たまらず瞳を閉じ、痛みに耐える
身体を燃やすかのような業火の激痛
涙が滲む
俺「ぐ……う……う……っ!」
どうにか薄目を開け、滲んだ視界で俺は――――――見た
フェデリカ「えっ!?」
オオオオオオオオッ……
――――俺の右手に、俺の腕に、俺の肉体に
――――青白く輝く、光を
俺「……ぐあっ!?」
……なんなんだ、この光は
そう考える暇もなく、激痛が続く
フェデリカ「嘘……この光って……まさか……」
フェデリカ「魔力光!?」
驚愕の表情を浮かべるフェデリカ
ランセルノプトだが魔力光だがなんだか知らないが、早く、早くこの痛みを――――消してくれ!!
早く――――早くッ!!!!
ズ……オッ!
俺「う……ぁ……あ゛……あああああああああああっ!!!!!!!!」
最後の、雷が落ちんばかりの痛みと共に――――
ずるり、と
俺の肉体から何かが――――生えた
俺「……あ……あ……あ……っ?」
『生えた』
我ながら、可笑しな表現だと思う
だが、俺が感じた異変を表すには正にその言葉が的確であったのだ
フェデリカ「使い魔の契約……」
ぼつり、と呆然とした彼女が呟いた
俺「……う?」
腰のあたりに、違和感を感じる
朦朧とする意識の中で左手を背中にやり、ソレを掴む
俺「………………」
ぐいと引っ張って、手の内のソレを――――見た
フェデリカ「……この、使い魔は――――まさか」
ソレは白、だった
何かの動物のものだと思われる、白色の――――いや、『白銀』の、尾
手触りは滑らか――まるでこの世の動物のものではない様な、異質さ
だが、この尾には見覚えがあった
犬でも、猫でも、鳥でも、魚でもない
そう――――――『馬』の尾だ
白銀の、馬の尾
俺「…………っ」
恐る恐る片手を頭に持っていき、俺は――――触った
手に残るは毛の感触、そして刺激を感受する、我が脳
そう、俺が触れたのは……本来そこに存在する筈が無い、動物の……耳
人肌にはあり得ない温かみを持つ、耳
恐らくは腰に生えた尾と同じ、馬のものだろう
そして
そして何よりも重大なのは――――――
奇怪な耳を触れた後、虚空を彷徨った左手が掴んだ――――硬い、感触
俺の脳味噌は……石の様なその感触から、その形状から……ソレの正体を叩き出した
それ即ち――――――
『角』
フェデリカ「ユニ……コーン……」
彼女のつぶやきを聞きながら…………俺の意識は闇へと落ちていった
最終更新:2013年03月30日 23:07