月明かりが、薄暗い部屋に差し込んでいる
俺「……ふぅ」
俺は訓練で疲れきった身体を、ベッドに沈ませていた
俺「……」
ちらりと壁のカレンダーを見る
……俺がこの世界に来てから、既に三週間が過ぎていた
我が隊長フェデリカ・N・ドッリオの元で、迫り来るバケモノ共の相手をするのにもようやく慣れて来たところだ
最も、まだまだおっかなびっくりの未熟者だが
……そう言えば
フェデリカにこの部屋をあてがわれた際に、彼女から『せくしーかれんだー』なるものを渡されたっけ
無論、丁重にお返ししておいた
……あんなけったいなものを掛けている部屋を妻に見られた日には、342万4867回――――いや、1億と2000回は死ねる自信がある
俺「……」
……まぁ、とにかく、だ
3週間
……3週間も時は経ってしまったのだ
俺の世界はどうなっているだろう
行方不明者として俺が探されているだろうか
仕事場の皆は俺を心配しているだろうか
あの狭い―けれど、思い出が沢山詰まった―6畳一間のオンボロアパートはどうなっているだろうか
母さんと父さん、義父と義母さんは俺を心配しているだろうか
……娘は、どうしているのだろうか
泣いているだろうか?
笑っているだろうか?
幼稚園に行っているだろうか?
母さん達が面倒を見てくれているだろうか?
風邪を引いていないだろうか?
ご飯をちゃんと食べているだろうか?
夜はぐっすり眠れているだろうか?
父さん母さん達の家で暮らしているのだろうか?
……俺の帰りを、待ってくれているのだろうか?
俺「……ッ!」
数え出せばキリが無い、娘への想いの数々
その想いは日が経つに連れ、俺の心を『焦り』と言う鎖で拘束してゆく
……俺は今、命を掛けて『奴ら』と戦っているのだ
こんな心理状態では不味い事ぐらいわかってる
けれど
この焦りを、心の中に留め続けなければならないのだ
『この手で、娘を守る』
俺の唯一つの望みを忘れてしまわぬように……
俺「……糞っ……」
こうして……
俺の意識はまどろみへと沈んでゆく……
………………
…………
……
俺「……」
瞼を上げる
カーテンから漏れる日差しが、部屋全体を明るく照らしている
寝ぼけた身体で起き上がり、シャッ、とカーテンを開けた
俺「……っ」
さんさんと降り注ぐ太陽の光が顔に差し込み、思わず目を細める
太陽の位置からして……ああ、やっぱりもう10時だ
置かれた置時計はしっかりと俺に時を告げていた
今日は非番の日だからと言って、少し寝過ぎたか
俺「……」
ぼりぼりと寝癖のついた髪を掻きながら寝巻きを脱ぎ、服を着替える
さて、今日は何をして過ごそうか
そんなことを考えながら、俺は部屋を出た
………………
…………
……
取り敢えず昼食の前に何か軽いもの――おにぎりでもひとつ作って腹にいれておこう
そう思って俺は食堂へと足を運んだ
俺「ん?」
長テーブルの椅子に、座る人影がひとつ
「……誰かと思えば、何だ、お前か」
俺「……アンジー」
少女の名を、アンジェラ・サラス・ララサーバル
愛称はアンジー
ヒスパニア空軍「青中隊」指揮官にして、この504部隊のエースの1人だ
アンジー「……今起きたのか?」
俺「まさか、そんな訳ないだろ」
彼女の前の椅子に座りながら、言う
こんな時間まで寝ていました、などと正直に言うのはみっともない
アンジー「……」
俺「?……俺の顔に何か付いてるか?」
怪訝な目でこちらを見つめてくるアンジー
どうかしたのだろうか?
アンジー「……寝ぐせ」
俺「え?」
アンジー「寝ぐせ、ついてるぞ」
ちょいちょいと自分の頭を指差す彼女
慌てて手を当ててみると確かに髪がハネていた
おかしい、ちゃんと直したはずなのに……
俺「は、はははは……」
これには流石の俺も苦笑いだ
アンジー「まったく、いくら非番の日だからって感心しないな」
俺「そう言うお前はどうなんだよ?」
アンジー「もちろんいつもの様に早起きして自主トレーニングをしていたさ」
俺「そりゃ熱心なことで……」
この娘は本当に……努力が似合うお馬さんだ
初めてこのぶっきらぼーな少女に会った時から、俺はどことなく彼女に親近感を湧かせていた
使い魔が同じ馬だと言うのもあるのだろうが、彼女からは何処か放っておけない雰囲気を感じたのだ
これも父親のサガなのだろうか、困った話だ
アンジー「お前も随分頑張っているじゃないか」
俺「……そうか?」
アンジー「ああ、そうさ」
アンジー「ウチの隊長がまた何を訳わからん奴を拾ったんだかと思っていたが、いや、なかなかどうしてお前はやってくれる」
アンジー「たった三週間であそこまで成長するとは驚いたよ」
俺「お褒めに預かり、光栄です」
アンジー「だがな」
俺「?」
打って変わって、神妙な目で俺を見るアンジー
思わず固唾を呑む
アンジー「昨日の戦い、アレは一体何だ?」
昨日の戦い……
俺とアンジー、それとアンジーの親友にして504のメイン盾――もとい、頼れる守護天使の少女、パトリシア・シェイド、パティとケッテ(三機編隊)を組んでネウロイの殲滅をした話か
小型10、中型2を相手した激しい―だがいつも通りの―戦いだった
俺「何のことだ?」
アンジー「わからないのなら、単刀直入に言ってやる」
アンジー「……お前、焦り過ぎだ」
俺「っ!」
アンジー「あんな戦い方をすれば、そのうち死ぬぞ?焦りは人を滅ぼす」
アンジー「……確かに、お前が元の世界に戻りたいのは解る、娘さんを残してるって言ってたからな」
アンジー「でも、それで死んだら元も子もない。よく言うだろ、命あっての物種って」
俺「……解ってる……解ってるさ……!」
アンジー「……なら、いい」
ふぅ、と彼女は小さく一息ついた
アンジー「人は完全な生き物じゃない、だからお前が焦るのも仕方ない……けど、これだけは言わせてくれ」
アンジー「『死ぬな』!」
アンジー「……お前がいなくなったら、娘さんが、部隊の皆が悲しむ」
アンジー「……もちろん、私もな」
そう言って、彼女は俺の手を握った
……この娘達は、本当に20に満たない少女なのか?
その瞳に確固たる―三週間前の、フェデリカと竹井の様な―意思、そう、『黄金の精神』を宿すアンジーを見て、俺はそんなことを考えた
俺「……っ」
視界が、滲む
……まったく、この年になると涙もろくなるから困る
俺「……ありがとな」
心を縛っていた『焦り』が、ほんの少し緩まった気がした
アンジー「別に、気にするな。私とお前は――――」
柔らかな笑みを浮かべながら、彼女は言った
そして
俺「……美しい、な」
アンジー「ふへっ!?」
……俺がそんなことを呟いたのは、至極当然なことだろう
彼女の、彼女達の
……まるで一枚の絵画のような気高さを見てしまえば、そんな言葉を紡ぐことは自然な事だ
俺「……ふふっ」
……なんて、そんなことを言ったら空にいる『アイツ』に怒られちまうな
安心してくれ、俺に取ってお前は――唯一無二の存在だ
……妬かないでくれると、嬉しい
アンジー「…………」
俺「?」
どうしたのだろうか、アンジーの様子がおかしい
アンジー「え、えーっと、その……な、なんだ……その……」
俺「どうかしたか?」
アンジー「そ、そんなことを言われたら照れるじゃないか……」
俺「え?……あ、ああ!悪い、つい!」
俺「口から自然に出たと言うか、故意は無いと言うか……その」
アンジー「だ、だからっ!自然に出たとか!こ、故意はないって言うな!ててて照れるって言っただろ!」
耳まで真っ赤になっている……思わぬところで、彼女の一面を見つけてしまったようだ
俺「……スマナイ」
アンジー「わ、わかればいいんだ、わかれば……」
「「…………」」
……妙な雰囲気になってしまった
だが、彼女のおかげで気が少し楽になったのも事実だ
ああ……本当に
この世界に来て、彼女達に出会えて良かった!
俺「……?」
……ん?
俺「なんだ?」
気づけば彼女がこちらを見ていた
もじもじと、恥ずかしそうに
……ひょっとしてさっきの俺の呟きを気にしているのだろうか
だとしたら悪いことをした
アンジー「そ、その……あー……うー……う、嬉しかった、ぞ?」
俺「え?」
アンジー「な、なんでもない!やっぱり気にするな!」
アンジーは何かを呟いたが、いかんせん声が小さ過ぎて聞き取れなかった
まぁ本人が気にするなと言っているんだ、気にしないでおこう……だが
アンジー「うー……あー……うー……」
頭を抱え込んで何やらぶつぶつ呟いている
俺「お、おい……?」
流石にこれは気にしないと言う訳にはいかない
すると、彼女は……
アンジー「えっ!?あ、あっ!そうだっ!」
ズビシッ!と人差し指を突きつけて来た!
アンジー「お、お前の……」
俺「?俺の?俺の何だ?」
アンジー「お前の娘の話を聞かせてくれないか?」
俺「はぁ?……どうしてまた、そんな」
アンジー「いや、なんだ、お前がそこまで可愛がっているんだ、気にならないはずがないだろう」
俺「成る程」
アンジー「……ダメか?」
俺「いや、別にいいぞ?お前が聞きたいんなら」
アンジー「そ、そうか!ありがとう!」
この世界に来て、娘の話を聞きたがった人はこれで4人目だ
ここに来た日の夜にフェデリカに、いつぞやの夜の酒の席で大将……リベリオンのワンマン・.エアフォースことドミニカ・ジェンタイルと、『大将の女房役』ことジェーン・ゴッドフリーに、そしてこの少女、アンジーに
……さて
俺「そうだな……それじゃあアイツが1歳になった時の話で――……」
話を、始めようか……
――――1時間経過――――
俺「それで、その時我が大天使娘はなんて言ったと思う?」
アンジー「…………」
俺「――――って、言ったんだぜ?いやー流石まいすいーとどーたー、可愛いったら……って、どうした?」
アンジー「え、えーと、あとどれぐらい『俺の娘マジ天使伝説』のストックがあるんだ?」
俺「そうだなー、あと3分の2ってところだな」
アンジー「ええっ!?」
俺「で、次の話なんだが――――」
……ん?今のアンジーの顔どこかで見たことがあるぞ
アンジー「……あっ!そ、そうだ!今日はパトリシアと一緒に昼食を食べる約束をしていたんだ!ち、ちょっと彼女を呼んでくる!」
脱兎のごとく食堂から出てゆくアンジー
……思い出した、さっきの彼女の顔、アレは一緒に酒を飲んだ翌日に大将とジェーンが見せた顔だ
俺「……」
……イカンな、またやってしまった
娘のこととなるとついつい熱くなってしまう
まぁ、治す気は無いがな!
…………ん?
アンジー「…………」
ひょこっ、とアンジーが顔を覗かせていた
壁に体を隠し、顔を半分だけ出してこちらを見ている
俺「どうした?パティを呼んでくるんじゃなかったのか?」
アンジー「い、いや……その……」
俺「?」
アンジー「ま、また今度!話を聞かせてくれないか!?」
俺「……ああ!もちろんだ!」
アンジー「あ、出来れば、その、話を少し短くしてくれるとあり難い……」
俺「解ってるさ……俺も、ちょっと熱くなっちまった、反省してる」
アンジー「は、はははは……でも、本当……お前がどれだけ娘を大切に想っているか解ったよ」
アンジー「……それじゃあな」
ポニーテールを靡かせ、彼女は去っていった
…………さて、と
今日も一日、頑張りますか!
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最終更新:2013年03月30日 23:08