――1941年 横須賀――
「加東!」
九七式飛行艇の横で雑談していた陸軍の軍服に身を包む少女二人を見つけ、少し足早に近寄っていく。
少女二人のうち見慣れた少し茶色がかった猫っ毛の方は、近づいてきたのが俺だとわかると素早く敬礼をする。
俺は傍までやってきてからそれに対して答礼。
加東「俺少佐じゃないですか。お久しぶりです」
加東の言うとおり、こうして話すのは久しぶりであり、できれば旧交を温めたいところであった。
しかし、それよりも気になる話題を先ほど聞いた俺は、挨拶もそこそこに早速本題に入る。
加東「ええ、指導教官として、ですけどね」
指導教官、つまり戦闘に積極的には参加しないということらしいが、それでも前線に赴くことには変わりない。
そのことについて俺が渋い顔をしているのがわかったのか、加東は少しからかうようにして聞いてくる。
加東「少佐、もしかして私が心配ですか?」
俺「……なに、貴様は俺の教え子みたいなものだからな。
それに指導教官とはいえ『あがり』を迎えてるのに前線に行くんだ、心配にもなる」
加東は既に20歳を過ぎており、ウィッチとしての能力はほとんど失っている。
魔力が低下した影響でシールドは張れなくなり、飛行にも少々支障が出てきてるという。
他にも、事故の後遺症がないか気になったが……、こうして見る限りどうやらそれは大丈夫なようだ。
真面目に心配している俺に少し驚く加東であったが、気を取り直すと自分の傍にいた少女を前に押し出してきた。
加東「ご心配ありがとうございます。でも、いざとなればこの子に守ってもらいますから」
押し出された少女を少し観察する。
どこかの貴族の姫のような艶やかな黒髪で、年齢は13か14といったところか。
戦場を知らぬだろう、まだあどけない雰囲気から、この子は士官学校を卒業したてかと推察する。
俺「……君は?」
稲垣「あ、は、はい!稲垣真美軍曹です!お、俺少佐殿のお話はかねがねっ……」
稲垣と名乗った少女は、少佐の階級を持つ俺に対して緊張しているのか、噛みながらも自己紹介をする。
その初々しさに若干頬が緩みそうになるが、それよりも気になる言葉があった。
俺「話、ね。加東、貴様軍曹に変なことは吹き込んでないだろうな」
加東「変な話なんてしてませんって。俺少佐殿の武勇伝を少々聞かせただけです」
俺「武勇伝?」
一体何のことかと考え込むよりも先に、稲垣が口を開く。
稲垣「はい!なんでも、扶桑海事変ではウィッチでもないのにネウロイを6機も落とした、陸軍きっての操縦士だとかっ!」
俺「ああ、その話か。
……なに、君たちに比べれば微々たる戦果に過ぎん。
ネウロイにはウィッチが有効であり、あくまで我々はその補佐。戦果はそのついでだ」
特に、最近はそれが顕著になってきている。
というのも、昔に比べ、今のネウロイ共は速さも装甲も格段に強化されているからだ。
そのため、シールドを持たないウィッチ以外の者が戦うには厳しいものとなっている。
装甲を貫くためにいくら大口径の砲を持とうが、捉えられなければ意味がないのだ。
加東「ま、それでも少佐が凄腕だってことには変わりないんですけどねー。
今となっては全操縦士の憧れですもの」
俺「ふん、上層部はこれ幸いとばかりに俺を宣伝材料にしようと、無駄に地位を与えてくるがな。
……先ほど、中佐への昇進を打診された」
扶桑海事変当時は少尉だったものが、数年で中佐か。
通常では考えられないこの昇進具合は、戦果以外にもそういった裏があるのだろう。
加東「あら、おめでとうございます、中佐殿」
稲垣「お、おめでとうございますっ!」
俺「最早そこまでめでたいものかはわからんがな。
最近は前線で飛ぶよりも、後方で新型機の試験を行うことの方が多い」
通常兵器によるウィッチの支援。
ネウロイが強くなってきている今、支援できるだけの兵器の開発を急いでいるらしい。
俺はその操縦技能を買われ、陸海軍問わずに試験飛行をよく任されるようになってきた。
俺「どうも、上は俺を殺したくないらしい。
……まぁ、試験の重要性もわかってはいるんだがな、軍人たるもの戦ってこそ、という気持ちもある」
と、ここで二人を見やると、二人とも何を言うべきか迷っているようだった。
ふむ、少々愚痴のようになってしまったか。
俺「余計な話だったな、忘れてくれ」
俺の話はこの程度で良いだろう。
それよりも、今は加東のことだ。
ともかく、と一言前置きした上で、加東を改めて見つめる。
俺「既に貴様はウィッチとしての能力をほぼ失っている。
……くれぐれも死に急ぐような行為は慎めよ」
加東「了解です、中佐殿」
まっすぐに俺を見つめ返す加東を見て幾分か安心し、今度は稲垣に向き直る。
俺「稲垣軍曹、こいつをよろしく頼むぞ」
稲垣「はっ!了解しました!」
後は二人を信じるしかないだろう。
加東はブランクがあるとはいえ、歴戦のウィッチだし、稲垣も筋は良さそうである。
これ以上の言葉は不要。
敬礼する俺に対し、二人揃って答礼を返す。
加東「……さーて。真美、出発するわよ!」
稲垣「あ、はい!」
そうして二人は九七式飛行艇に乗りこみ、窓を通してこちらを見たと思ったら、窓越しに軽く手を振ってくる。
――まるで遠足にでも行くかのような気楽な出発だな。
まぁ、気難しく考えるよりはよっぽど良いのかと思いなおし、俺も軽く手を上げて応える。
その後、飛行艇は沖合に向かって徐々に加速していき、やがて大空へと飛び立っていった。
飛行艇が見えなくなるまで空を見上げていた俺は、その後基地の施設に足を向ける。
新型機の開発について、空技廠との話を煮詰めなければならないのだ。
――本来、命を賭して戦うべきは男性なのだ。
――ほんの10や20の女子供だけに戦わせるわけにはいかない。
――我々も、戦わなければならんのだ。
そう決意し、俺は基地へと足を進めていく。
最終更新:2013年03月30日 23:18