――10月 トブルク――




 三将軍の喧嘩が発端で始まった、はぐれネウロイ討伐作戦から2週間ほどが経過。
 北野軍曹の『意見具申』により統合戦闘団への合意が一挙に進みつつあるのを尻目に、俺は着々と彗星の試験項目を消化していた。
 その試験の一つとして、今現在彗星に新たな兵装が装着されているを竹井と共に眺めているわけだが……。


竹井「かなり、不安定そうに見えますが」

俺「ほとんど無理矢理取り付けているような物だからな」


 ホ203、陸軍の37mm航空機関砲。
 急降下爆撃での一撃離脱という役割を持つ彗星には、不釣り合いとしか思えないこの兵装。
 これを今現在、ガンポッド式で彗星の両翼下に取り付けている最中なのである。


俺「機首に組み込むのが最善なんだろうが、今回は急ごしらえでな。
  そんな余裕は無いし、仕方ないので翼下に、だとさ」

竹井「機体の性能と有効性が確認できたら、今度はそれを度外視して兵装の評価ですか」


 これまでの実戦に参加して、制空権を抑えた状況下という制約付きではあるが、
 陸戦型ネウロイに対する急降下爆撃はかなりの有効性が確認できた。
 しかしながら、敵の数が多い、又は小型が相手では爆撃では効率が悪いということもまた確認されたのだ。

 そこで、そういった場合の兵装として、大口径の機関砲による掃射が検討された。
 予測としては、中型までのネウロイに対しては効果あり、とのことらしい。


竹井「攻撃の面はともかく、機体の安定性が心配ですね」

俺「急降下爆撃を想定している分、機体強度は大丈夫だろうが、操縦性や速度の悪化は免れないだろうな。
  ……この兵装での航空型ネウロイとの戦闘は厳禁だろう」


 機体中心軸から遠い箇所に重量を追加し、ガンポッド式による空気抵抗の増加。
 元々装備されていた固定機銃と後部旋回機銃を取り外して機体を軽くしたとはいえ、機体性能が落ちることは確実だ。
 対空戦闘が疎かな陸戦型ネウロイだけが相手であれば効果的かもしれないが、小型の航空ネウロイとの遭遇は考えたくもない。


俺「なに、空には貴様や『アフリカの星』がいる。その護衛の下で飛べばよかろう。
  貴様らにしっかりと守ってもらうことにするよ」

竹井「当然です。今は私が中佐の二番機なんですから」


 ほう、これは頼もしい言葉だ。
 ならば存分に頼らせてもらおうか。


俺「うむ、空では頼りにしているぞ」


 そうして、竹井には整備が終わり次第呼びに来るように言い残し、俺は一度自分の天幕に戻ることにする。
 彗星の性能評価について、本国への報告を纏めておかねばな。




――――


 中佐が天幕に戻っていくのを見届け、整備中の彗星をまた眺めつつ、少し昔のことを思い出す。
 5年前、ウラル方面で、舞鶴の皆や陸軍の人達と、そして中佐と共に戦っていた頃のことを。

 当時の私は、まだまだ航空ウィッチとしては未熟で、よく周りの足を引っ張っており、
 そんな自分を周りの皆と比べては落ち込み、部隊に自分の居場所を見つけられずに悩んでいた。


 ――エースでない自分は、ここに居てはいけないのではないか。


 ある日、そんな風に考えて基地を飛び出し、人知れず泣いていた私を見つけてくれたのが、当時はまだ少佐だった俺中佐。

 少佐は私が泣いていた理由を聞くと、苦笑しながらこんなことを言った。
 「別に、エースになる必要なんてない」と。


俺『エースとは言っても、出来ることは限られている。いや、むしろ出来ないことの方が多いだろう。
  機体の整備、基地の留守、日々の補給、共に飛ぶ仲間……他にもいろんなことがあるが、それを全て一人でやれる人間なんていない。
  そういった時に助けてくれる人がいて、エースは初めてエースとなれるんだよ』


 一人でなんでもできる人なんていない、と。
 皆、誰かの支えがあってこそ、と。


俺『光り輝き、皆の希望となるエースは確かに立派なものだ。
  だがな、そのエースを支えるというのも、これもまた立派なことである、と俺は思う』


 「自分自身が、皆のように強くなる必要はない」なんて、今まで考えもしなかった。
 美緒のように、徹子のように、先生のように強くならなきゃと思っていた私。
 でも、少佐は違うと言った。


俺『エースはエースができることを、俺は俺ができることを、君は君ができることをする。
  ……できないことを無理にしようとしても、転んで怪我をするだけだ』

竹井『私が、できること……』


 ――私には、何ができるんだろう……。

 私が悩んでいるのに気がついたのか、少佐は少し考えた後に一つの提案をしてきた。


俺『……ふむ、これは数ある道の一つにしかすぎないが、指揮官を目指すというのも一つだな。
  エースを含め、皆を纏めることも、また大事な役割だ』

竹井『そ、そんな大事なこと、私に出来るでしょうか……?』

俺『それは、君次第だ』

竹井『私、次第……』


 その言葉に少佐は一つ大きく頷き、私の頭にぽんっと手を置く。
 それから一頻り頭を撫でた後、


俺『君にその気があるのならば、フジあたりにでも話は通しておこう。
  ……さぁ、帰ろう』


 そう言って、少佐は私に手を差し出してくる。
 私はおずおずとその手を取り、やがて二人一緒に基地に向かってゆっくりと歩いて行った。

 その時は、まだはっきりと指揮官を目指すとか、そういうことは考えていなかった。
 ただ、なんとなく、「この人と、もっと一緒に居たい」とだけ。
 私の価値観を一瞬で変えてしまった人に興味が湧いたのか、ただ単にもっといろんなことを教えてくれると思ったのか。

 理由はどうであれ、とにかくその後は少佐の後を付いて回った。
 食事や、訓練、戦闘時であっても可能な限り。
 皆からは「俺少佐の二番機みたいだな」と揶揄されることもあったが、別に嫌な気はしなかった。
 むしろ、自分自身も「この人の二番機になりたい」等と、心のどこかで考えていたのかもしれない。

 こうして、俺少佐から色々なことを教えてもらい、俺少佐と共に色々なことを発見した。
 その度に、俺少佐と一緒にいるに従って、私は新たな「私」となっていったのだ。


 そして、今の私は……――


竹井「……どうやら、こんな風になったのは私だけじゃないみたいだけど」


 現実に戻ってきた私の視界の隅には、中佐の天幕に入りつつある加東大尉の姿があった。

 ……彗星の整備が終わり次第、すぐに中佐の許に行かないと。
 はやる気持ちを抑えて、もう少しで整備が終わりそうな彗星を見やる。





――俺の天幕――


 机に向かって、彗星の各種性能について取り纏めて本国への報告書を作成している時。
 加東がいつもの如く突然やって来ては、自分の天幕にでもいるかのような自然な動作で俺のベッドに腰掛けた。


俺「すまんな、今は手が離せん」

加東「大丈夫です。勝手に寛がせてもらいますから」


 そう言いながら、ベッドに横になる加東。
 それを横目にちらりと見つつ、改めて報告書の作成に取り掛かる。

 単機での、および護衛をつけた状況下での彗星の有効性。
 液冷エンジンの利点と欠点、爆装時の操縦性、速度重視の設計による弊害。
 複数機編隊による再試験の必要性、またそれに伴う戦術の考案……等々。

 それらをようやく取り纏め終えて加東の方を向くと、寝転がりながらこちらを見ていた加東と目が合う。
 何かあるのかと思ってしばらく見返していたが、加東はただ笑顔で見つめてくるだけ。


俺「……なんだ、というか、どうした?」

加東「こうして二人っきりでいると、なんだか昔を思い出しちゃって」


 そう言って懐かしむように目を細める加東。
 昔、ね……。


加東「あっ、もしかして忘れちゃいました?」

俺「いや、よく覚えているよ。……忘れるはずがなかろう」


 扶桑海事変以来、今まで多くのことがあった。
 しかし、あれほど心に残り、心に刻みつけられたことはないだろう。


 ――加東が戦勝記念式典で墜落し、一時は生命の危機にまで瀕した大事故。


 当時、その話を聞いた時、俺は全身から血の気が引くのが自分でもわかるほどに俺は動揺し、自分を責めた。


俺「……俺の馬鹿な教えが貴様を殺しかけたことなど、俺は絶対に忘れない」

加東「だから、あれは私が未熟だったせい……って、このやり取りもなんだか昔を思い出しますね」


 加東は笑いながら、本当に何も気にしていないような調子で言う。
 そうして、二人で今一度あの時のことを思い出す。


加東「もう、あれから4年になるんですね……」



――――


 4年前、扶桑海事変後の戦勝記念式典の曲技飛行に選ばれた時、私はとても嬉しかった。
 選ばれたそのこと自体が光栄だったのもあるけど、それ以上に「主役」となれる、ということが嬉しかった。

 その少し前、国威高揚映画「扶桑海の閃光」が撮影されたんだけど、その主役には智子が抜擢されていた。
 扶桑海事変では私がトップエースだったのに、主役は私ではなく智子。
 後で聞いた話によると、私の中距離からの見越し射撃では映像映えしない、という理由らしかった。

 そうしたこともあり、私は智子が凄く羨ましかった。
 皆の憧れの的。
 私も、そんな存在になってみたかった。

 だから、曲技飛行に選ばれた時は本当に嬉しくて嬉しくて、皆にいい所を見せてやろうと思って俺少佐に相談したんだ。
 教本に縛られないあの戦闘機動を、私に教えてくれって。
 俺少佐は最初は渋っていたけど、私の懇願に負けて、危険ながらも見栄えの良い曲技飛行を教えてくれた。


 ――そして当日、私は墜落した。


 練習ではできていたんだけど、本番では張り切り過ぎて集中が切れたのか、高度と速度の判断を誤って。

 ま、辛うじて一命は取り留めたんだけど、重傷には変わりなく長期の入院を強いられることに。
 そうしてある程度落ち着いてから、俺少佐がお見舞いにやってきた。
 病室に入るなり、いきなり土下座して。


俺『すまなかった』


 数分、いや数十分そのままだっただろうか。
 いきなりのことにびっくりしていて、どのぐらい経ったのかなんてわからなかった。

 そして、私が呆気にとられているのを察したのか、少佐は立ち上がって改めて謝ってきた。


俺『すまなかった、これは俺の責任だ』

加東『や、やめてください少佐!これは、私のがまだまだ未熟だったせいです!』

俺『だが、俺がヒガシにあんな機動を教えなければ、こんなことにはならなかった』


 墜落事故は私の責任であり、少佐は悪くない、と私は本当に思っていた。
 実際、練習では上手くいってたんだし。
 それでも少佐は「そもそも自分が撒いた種である」と主張していたが、強情な私に根負け。


俺『わかった、事故の原因はそれでいい。……だが、俺にも責任を感じるところは確かにある。
  ヒガシはそれで良くても、俺はこれで終わらせたくはない』


 そう言うと、私のベッドの傍までやって来て、私の手をぎゅっと掴む。
 何かと思って少佐の顔を見上げれば、そこにはいつになく真剣な目。


俺『君を、守らせてくれ』


 その言葉に、私は何も返せなかった。
 息が詰まったように、私は声を発することはできない。


俺『俺が君に負わせた傷の分だけ、俺に守らせてくれ』


 私は、それにただ小さく頷くだけ。

 私が復帰したとしても、同じ戦場にいるとは限らない。
 ウィッチではない、ただの戦闘機乗りの少佐が、私をどこまで守れるかもわからない。
 それでも、そう言い放った俺少佐のその目に、その声に、その人に、私は……。




――――



俺「……確かに、今にして思えば懐かしいものだな」


 俺は過去を思い返しながら、ゆっくりと頷く。
 ……守る、か。


俺「……俺は、ヒガシを守れているか?」

加東「ええ、身も心も、十分に守ってもらってます」


 いつの間にか、俺のベッドから起き上がって目の前に来ていた加東は、満面の笑みで続けた。


加東「それこそ、事故の傷なんて目じゃないぐらいに」


 あの日以来、こうしてアフリカに来るまで、俺は何かと事故を思い返していては後悔の念にかられていた。


俺「……そう、か」


 しかし、今その言葉を聞いて、なんだか重荷から解放されたような、心が救われたような、そんな気がした。


俺「俺は、ちゃんと守れているのか……」


 そうして気がつけば、俺の右手は加東の猫っ毛を優しく撫でていた。


加東「えっ、あっ、……中佐……?」


 呼びかけには何も答えず、ただ黙々と。
 その俺の様子を見て、加東も何も言わずにされるがまま。

 ……しばらくこのままで、と思っていたその時。


『警報!警報!ネウロイがアラメイン全域にて進攻中!』


 唐突の警報に、一瞬で意識を切り換える俺と加東。
 そこへ竹井が駆け込んでくる。


竹井「中佐!」


 俺の傍にいた加東を一度鋭く睨みつけた竹井は、すぐに俺の方を向いて指示を待つ。


俺「加東はすぐに自分の隊へ戻れ。竹井は俺と共に出撃、詳細は空で聞く」

加東・竹井「了解!」


 予測ではしばらく敵襲はないとのことだったが……。
 まぁそれを考えるのは後回しだ、今は出撃するのみ。





加東「惜しい、良い雰囲気だったんだけどなぁ」

竹井「まったく、油断も隙もあったもんじゃないわ」
最終更新:2013年03月30日 23:20