――トブルク東300km上空――



 アラメイン全域でのネウロイ進攻開始の報せを聞き、俺は竹井を連れて直ちに出撃した。
 竹井と二機編隊を組みつつ全速力で急行している間に司令部から現在の戦況を聞く。


司令部『ネウロイはアラメイン南北で攻勢をかけてきた。
    ……北部を抜かれるとトブルクが危機に陥る。中佐の隊は北部の支援を優先してくれ』

俺「了解した。加東の――いや、統合戦闘飛行隊の方は?」

司令部『一度全機でマトルーへ進出して補給を済ませた後、
    加東大尉とマルセイユ中尉は北部へ、ペットゲン少尉と稲垣軍曹は南部へ向かった』


 北部にはアフリカの星か。
 ならば上空は心配なさそうだな。


俺「了解。では、我々はこれより北部へ向かう」

司令部『頼んだ。地上部隊はヒーローを心待ちにしている。早く皆を助けてやってくれ!』


 そうして司令部との通信を終え、隣を飛んでいる竹井と目を合わせる。


俺「聞いての通り、我々は北部の支援に向かう。上空は貴様とマルセイユに任せるぞ」

竹井「了解しました」


 竹井の返答を確認し、俺は機体をアラメイン北部へ向け直して加速する。
 この距離であれば、戦域に到着するまであと10分といったところか。
 ……それにしても。


俺「英雄(ヒーロー)、ねぇ……」

竹井「中佐?」


 俺の呟きを聞き取ったのか、竹井が反応する。
 ……というか、近いぞ、貴様。
 まるで彗星に寄り添うように飛ぶ竹井に若干呆れつつも、竹井の問いに答える。


俺「いやなに、英雄(ヒロイン)ならマルセイユ一人で十分だと思っただけだ。
  ……それに、俺は皆が思っているほど強くはないからな」

竹井「中佐……」


 ネウロイの群れに単機で突っ込んで勝てるわけでもなく、シールドを使って仲間を守れるわけでもない。


俺「俺は一人では何もできないし、一人でしようとも思わん。
  仲間が、戦友がいてこそ俺はこうして戦えている。
  そんな、一騎当千でもなんでもない俺が英雄とは、な」


 それどう受け止めたのか、竹井は少し考えるようにして黙る。
 そして、躊躇いがちではあるが、確固たる想いを籠めて口を開いた。


竹井「……少なくとも、私にとっては英雄(ヒーロー)です」


 予想外の言葉に、思わず竹井を見やる。
 すると、竹井はとても真剣な目で俺を見つめて言葉を続けた。


竹井「力の強い人だけが英雄ではありません。
   人を導く人もまた英雄だと、私は思います」

俺「ほう、俺が皆を導いているとでも?」

竹井「ええ。私だけではありません。加東大尉や穴拭中尉、美緒や徹子も中佐に導かれています。
   それ以外でも、中佐のおかげで自分の道を歩んでいる人、感謝している人は大勢います」


 冗談やお世辞ではない、本当の気持ちであることは竹井の目を見ればよくわかる。
 これは、間違いなく竹井の本心であり、事実なのであろう。

 そして竹井の言葉に、出撃前に話していた加東のことを思い出す。


 ――あいつも、なのか。


 加東の場合は俺が道を狂わせてしまったようなものだとばかり思っていたが、そうではないのか。
 「十分に守ってもらった」と言い放った加東の笑顔を思い出す。

 そうして、俺は自分が思っている以上に周りに影響を与えていることをようやく悟った。


俺「……俺が、貴様の、貴様らの英雄だと、そう言うのか」

竹井「はい」


 即答。
 微塵も疑っていないその返答に、俺は小さく溜息をつく。


 ――昔はこんな風には『自分』を持たなかった竹井が、こうも成長するとはな。


 ウラルにいた頃はいつもおどおどしていて他人の目を気にしていた癖に、今ではこうも立派に自分の意見を主張できるとは。
 これも、俺が導いた結果だと言うのか。


俺「……よかろう、貴様が俺を英雄だと言い切るのならば、英雄になってみせようではないか」

竹井「中佐……!」


 道が見えぬ者は、俺が手を引いてやろう。
 道を間違えた者は、俺が連れ戻してやろう。
 道を往く者は、俺が背中を押してやろう。

 人を導く者が英雄だと言うのならば、この俺が英雄になってやろうではないか。


俺「ならば、そのためにもまずはこの戦闘を生き延びなければな」


 気がつくと、遠目にネウロイと地上部隊が砲火を交えているのが見えてきた。
 上空には既にマルセイユが制空権を奪取すべく空戦を繰り広げており、加東は地上部隊に対し空から指示を与えている。

 ビームが味方の陣地を吹き飛ばし、アハトアハトがネウロイを撃ち抜く。
 人が、ネウロイが吹き飛んでいく。
 地獄としか形容のしようがない戦場。


 これを、この戦場を――


俺「生き残るぞ、竹井!」

竹井「はい!」


 その返答を合図に、俺達も戦闘を開始。
 竹井は俺の安全を確保するためにもと、まずはマルセイユと共に小型の航空型ネウロイとの空戦に参加。
 二人が航空型ネウロイを引き付けている間に、俺は味方陣地に近いところを進む陸戦型ネウロイに狙いを定め、降下していく。

 地上部隊に気を取られているネウロイに横から十分に近づき、まずは1斉射。
 37mm航空機関砲の反動に耐えながらも、両翼下から放たれた徹甲弾がネウロイに命中するのを確認して、もう1斉射。
 1斉射目で装甲を食い破られ、2斉射目でコアまで破壊されたネウロイは盛大に爆散。


俺「まずは、1体……!」


 地上部隊が歓声を上げているのを無線機越しに聞きながら、次の標的に狙いを定める。
 手近なところにいた2体目もこちらには気付いていないのをいいことに、先ほどと同様に2斉射で仕留める。


俺「これで4斉射、あとは11斉射分か……」


 出撃前に整備員から武装の簡単な説明を受けたのを思い出しつつ、3体目に狙いを定めようとしたが、
 ここにきてようやく新たな脅威を認知したネウロイがこちらを警戒し始める。
 疎らながらも、上空に向けて放たれるビームは俺にとって脅威であることには変わりなく、一度大きく距離を取って攻撃を回避する。

 そうして空に意識が取られたネウロイへ向けて、今度は地上部隊が攻勢をかける。
 陸戦ウィッチが徹甲弾を浴びせ、アハトアハトが火を吹く。
 その攻勢の前に、ネウロイは更に数を減らしていく。


竹井「中佐!」


 このあたりで再度攻撃に参加しようかと思ったところで、竹井が俺の許に戻ってきた。
 どうやら、航空型ネウロイは全て撃墜したらしい。


俺「来たか。……マルセイユは?」

竹井「航空型を更に叩くと言って、東へ向かっていきました」


 一人での深追いは危険だとは思うが……。
 昔、単独でネウロイに向かっていって手痛い反撃を食らった穴拭のことを思い出す。
 いくらエースとはいっても、油断や慢心は命取りだし、事故等の不測の事態が起こるかもしれない。


竹井「加東大尉が追っています」

俺「一人ではない、か。だが危険であることには変わりは無い。
  地上をある程度掃討したら我々も追うぞ」

竹井「了解しました」


 そうして、今度は2機で陸戦型ネウロイに攻撃を加える。
 彗星の1斉射または2斉射で装甲を剥がし、竹井がコアを破壊する。
 そのパターンで何体かネウロイを撃破していると、ノイズ混じりの通信が耳に入ってきた。





 『――左ユニットが爆発、右ユニットも過熱している。
  基地へ向かうが、コントロールが効かない。右も爆発危険域だ』



 聞こえてきたのは、傲岸不遜の英雄(ヒロイン)には似付かわしくない弱々しい声だった。





――アラメイン北部 戦域東側上空――



 私はあの男が嫌いだ。

 この私を差し置いて、空では最強(のパイロット)だとかなんとか言われてるし、
 ケイに褒めちぎられててどんな人間かと思えば、実際はちょっとのことにも口を出してくる、ただの五月蠅い上官。
 話に聞いていた、「理想の上官」だなんて、冗談じゃない。

 だから、私に説教してきたあいつを見返すためにも、あいつの目が眩むぐらいの戦果を上げてやろうと思った。
 何も文句は言えなくなるぐらいの、華々しい戦果を。
 それなのに……。


マルセイユ「これじゃあ、あいつを見返すどころか、笑い物じゃないか……!」


 新型ユニットの冷却系の欠陥に気付けず、過熱により左ユニットが爆発。


マルセイユ「……右ユニットも、マズいか……くっ」


 悪態をつきながらも、ネウロイの勢力範囲内から逃れるべく、基地へ向かって飛び続ける。
 幸いにも今は周囲にネウロイの姿は見えず、攻撃を受ける心配はない。


マルセイユ「味方の前線は、基地はどこだ……?」


 しかし、自らのユニットが吐く黒煙のおかげで、現在位置も進路もわからない。
 そんな中ついにユニットが限界を迎えたのか、がくりと失速。


 ――落ちる……!


 直感的にそう感じ、地面に向かって加速したと思った瞬間、それを引き止めるような、誰かが自分を力一杯抱き締める感触。
 体が落下する様子はなく、空中に静止したまま。


 「ティナ!」


 聞き慣れた、私を呼ぶ声。
 顔を上げると、そこにはいつもとは違った、今にも泣きそうなケイの顔。


加東「良かった、良かったっ……!」

マルセイユ「ケイ……」


 ケイは私の無事を確認するかのように一度胸に抱えるようにして抱き締めると、今度は今にも爆発しそうな私のユニットを外しにかかる。
 そうして、外されたユニットは地面に向かって落下していく。


マルセイユ「助かった、のか……」


 掠れたような声で確認すると、ケイは何度も頷く。


加東「今、俺中佐と竹井中尉がこちらに向かってるわ。それを待って帰りましょう」


 ……ははっ、こんな時にもあいつの名前を聞くとはな。
 こんな状態の私を見て、あいつは笑うだろうか、それともまた怒るだろうか。
 自分の無様さに嫌気が差し、溜息にしてそれを吐き出す。

 そんな風にして、ケイと二人で空中で待機していると、唐突にビームが二人の脇を掠めていった。
 それは当たりはしなかったものの、シールドが無ければ一撃でやられるような攻撃。


加東「っ!ネウロイ!?」

マルセイユ「航空型……まだ残っていた奴がいたのか!」


 航空型は全て落としたと思っていたが、油断したか……!
 攻撃元へ目を凝らして見れば、1機のみではあるが小型の航空型ネウロイが接近してくるのが見える。
 ネウロイは更に近づくと、2射目を撃つべくエネルギーを集束させ始めた。

 ……マズい。
 私はユニットが爆発した時に武器を落としたし、ケイも今は持ってない。
 それに、今はケイのストライカーユニットに二人で乗っているようなものだ。
 機動力はガタ落ちしているし、シールドを張ろうにもケイの魔力では……!


 その時、ふとあいつの言葉が脳裏をよぎった。


 ――『味方を危機に追いやるような真似は俺が許さん』――


 ……そうか、私のせいでケイまで危険に晒してしまったのか。
 だがな、私はアフリカの星だ。最強のウィッチなんだ。
 私が危険に晒した分は――


マルセイユ「私が、守ってみせるッ!」

加東「ティナ!?あなた、シールドを……!?」


 ストライカーユニットによる魔力増幅は今はない。
 それでも二人共生き残るためなら、ケイを守るためならば、私がやるしかない!


マルセイユ「……ァァァアアアアアアッッッ!!!」

加東「ティナ!!」


 全力で、死力を尽くしてシールドを張る。
 奴のビームを、絶対に通さないような。

 そして放たれたネウロイの2射目。
 どこからか響き渡る雄々しい鳴き声と共に、ビームを受け止める。


マルセイユ「グッ……アアァァッッ!!」


 体の奥が異様に熱くなるのを感じつつも、それでもシールドを張り続ける。
 そうして攻撃を防ぐことに成功すると、ネウロイは一旦攻撃をやめて遠巻きに旋回しながら様子を窺い始めた。


マルセイユ「はぁ、はぁ……」


 それを確認して、私も一度力を抜いて呼吸を整える。
 その瞬間――


マルセイユ「あっ……」


 何かが、弾けるような感覚。
 視界の隅には、私の使い魔の羽根らしきものがひらひらと。


加東「あなた、使い魔が……!?」


 何が起こったのか、直感的に理解した。
 私とケイを助けるために、力を使い果たして……。

 だが、感傷に浸っている暇はないらしい。
 今まで様子を窺っていたネウロイが、再度こちらに接近してくるのが見えた。


マルセイユ「クッ、どうすれば……!」


 先ほどのようなシールドはもう張れない。
 これ以上、打つ手は……!

 そう諦めかけた時、一つの通信が入ってきた。



 『二人とも、まだ生きてるか?』



マルセイユ「――!?」


 いきなりのことに驚く間もなく、私たちとネウロイの間を横切るようにあいつの彗星が現れる。


加東「俺中佐!」


 ケイの歓声を余所に、一度全速力で突っ切ってネウロイの気を引くと、大きく旋回した後にネウロイに向かって突進。
 その突進に対してビームで迎撃しようとするが、俺はバレルロールで回避し、もう一度大きく旋回して距離を取り直す。


俺『貴様らはただちにこの空域を離脱しろ。ここは我々が引き受ける』


 そう言って、俺はネウロイとの熾烈なドッグファイトを開始した。
 ネウロイが突進を避けるようにして横に移動すれば、それを捉え直すべくハイ・ヨー・ヨーで上方から再接近。
 後ろを取られそうになったら、スプリットSで降下しながら速度を稼ぎ、一度距離を取る。

 格闘戦に持ち込もうというわけではなく、高低の移動を中心とした、優速を活かした戦闘機動。
 常に一定以上のスピードを保ち、不利なポジションになったら直ちに離脱、そして再突撃。
 ……いくら新型機といえども、まるで爆撃機の機動とは思えない。


マルセイユ「……これが、あいつの……」

加東「空戦は久しぶりらしいけど、流石の機動でしょう?」


 ケイは、俺とネウロイのダンスを見ることなく、私を抱えて少しずつ空域を離脱していく。
 見ないということは、それだけ俺のことを信頼していると、そういうことか。
 ……ケイにそれだけ信頼されているという事実に、私はまた俺を羨む。

 そうしてもう一度空戦の方を見やると、そこにはネウロイの後ろをもう少しで完全に取りそうな俺の機体があった。
 それに対し、ネウロイは急上昇で逃げ、俺はそれを深追いせずに距離を取って仕切り直す。


マルセイユ「……ん?」


 ……何か、おかしい。

 あいつが凄腕のパイロットだということはわかった。(最強というのはまだ認めていないが)
 下手に深追いしないというのも、生き残ることを第一としていれば、まぁ納得できる。
 だが……


マルセイユ「何故、攻撃しない……?」


 ドッグファイトを開始してから、俺は一度たりともネウロイに対して攻撃をかけていない。
 敵の機動を制限するような、牽制のための射撃すらしない。

 また、よくよく観察してみれば他にも違和感はあった。
 まるで手ぶらであるが如く、機体が妙に機敏であることや、上昇を苦にしないこと。
 そして、完全に後ろを取れるチャンスがあるにも関わらず、「わざと」取ろうとしないこと。

 ……ッ!そういうことか!


マルセイユ「あいつ、武装が無い!」

加東「えっ、何を言って――」


 よく見れば、先ほどの地上攻撃では両翼下に吊り下げていた機関砲が無い。
 当然爆弾なんかも積んではいないだろうし、私の予想が正しければ、他の固定機銃なんかの弾も空だ。


マルセイユ「だから、丸腰なんだ!機銃も何も、あいつは持ってない!」

加東「そんな、まさか……中佐!」


 その言葉を聞いたケイは、先ほどの余裕は消え失せ、顔を青ざめさせながら俺に呼び掛ける。


俺『今は貴様らを逃がすことが最優先だ。それに、別に俺がこいつを落とす必要は……グッ!』

加東「中佐ぁっ!」


 ネウロイのビームが彗星を掠める。
 咄嗟のロールでなんとか回避できたものの、このままでは……。
 窮地を脱した俺は、一度急降下で速度を稼いで距離を取る。
 そして、もう一度ネウロイとのダンスを。


マルセイユ「無理だ!そんな機体では!」


 その言葉通り、俺の戦法に慣れてきたらしいネウロイは、その独特の急制動を以て回り込んでいく。
 ネウロイに完全に後ろを取られ、私はもうダメだと諦めかけた。

 しかし、絶望的な状況下にいるはずのあいつは、どこか余裕を漂わせながら口を開いた。


俺『……マルセイユ中尉、言ったはずだ――』


 ネウロイがエネルギーを集束させる。
 そして今まさに放たれようとした時――


 『はぁぁっ!!』


 掛け声と共に上方からの銃撃。
 白の海軍服を身にまとったウィッチ、ジュンだ。
 その銃撃に体勢を崩されたネウロイに、更にもう一連射。


俺『――ここは、「我々」が引き受ける、と』


 コアを破壊されたネウロイは、力を失ったように落下、爆散した。
 奇襲をしかけたジュンは、緩々と彗星の横につく。


俺『遅かったな、竹井』

竹井『中佐が、速すぎるんですっ!
   ……唯一の武装である機関砲を投棄して駆けつけるなんて、死ぬ気ですか!』

俺『だが、こうでもしなければ間に合わなかった』

竹井『それでも!後少し私が遅かったら、どうするつもりだったんですか!』

俺『ふむ。……そんなこと、考えもしなかったな』


 普段の立ち振る舞いからは考えられないようなジュンの怒りも、あいつはどこ吹く風。
 その態度に、更にジュンの怒りは増す。


竹井『考えもしなかったって……、中佐!あなたは――』

俺『竹井ならかならず来る。と、そう信じていたからな。
  ……あり得ないことは考える必要も無かろう?』

竹井『なっ……!……そういうのは、卑怯です……』


 突然の言葉に、怒りの矛先を失うと共に、顔を赤らめさせて俯くジュン。
 全幅の信頼を寄せていると、そういうことなのか。
 自分の命だって、平気で他人に預けられるのか、こいつは。

 そんな風に、俺に対する評価を改め直していると、2機がこちらに近づいてきてた。
 私とケイと並ぶようにして速度を合わせると、ジュンが彗星の後席の風防を開け、ケイがそこへ私を座らせる。


俺「加東と竹井は地上に落ちたユニットを回収してきてくれ」

加東・竹井「了解」


 俺の指示を受けて二人は地上に降りていき、私のストライカーユニットを回収しに行く。
 そうして、私と俺の二人だけがここに残された。

 しばしの間、気まずい沈黙。
 怒っているのか、呆れているのか。
 その判断がつかずにいると、俺が静かに口を開いた。


俺「……人は一人では戦えん。そのことに例外は無い。……俺も、貴様もだ」


 以前のように、また怒声を浴びせられるのだろうか等と考えていたが、意外にも俺は穏やかな調子だった。


俺「マルセイユ、確かに貴様は優れたウィッチだ。世界最高と言っても過言ではないかもしれん」


 怒られるどころか、褒められた……?
 どういうことなのか理解に苦しんでいるうちに、俺は想いを馳せるようにどこか遠い目をしつつ言葉を続ける。


俺「だがな、一人で戦おうとはするな。全てを一人で抱え込もうとするな。
  一人では、いずれ潰れる」

マルセイユ「……でも、アフリカは私が――」

俺「言ったろう?人は一人では戦えんと。
  腕の数はどう頑張ったって二本だし、自分という存在は一人なんだ。
  故に、守れる範囲や対象には限りがあるし、自分一人で全てを守れるわけがない」


 アフリカは私が守っていると、私に守られていると、そう思っていた。
 でも、それは違うのか、無理なのか。
 私は最強のウィッチじゃないのか、最強でも守りきれないのか!


マルセイユ「じゃあ、どうすればいい!アフリカの皆をこれからも守っていくには!」

俺「簡単なことだ。一人で守れないようなら、皆で守ればいいんだよ」


 皆で、守る……。


俺「貴様がその想いで皆を守っていくように、皆にも守ってもらえばいい。
  貴様はそのまま先頭を進み、皆の道標となれ。そして、その背中は皆に預けろ、皆を信じろ」

マルセイユ「……だが、私はもう飛べない」


 使い魔はさっきの戦闘で無理をさせすぎて、死んでしまった。
 これまでのようには皆を守ることは、もう……。


俺「使い魔のことか?ならば心配ない」

マルセイユ「……どういうことだ?」


 いきなりを言い出すんだ。
 使い魔がいなければウィッチは……。

 そう思っていると、俺は懐から何かを取り出し、空に解き放った。
 何を解き放ったのかと見れば、そこには一羽の鷲が。
 その鷲は、彗星の上空で大きく一回旋回すると、後席にいた私の許に舞い降りた。


俺「こちらに駆けつけてる途中にな、突然現れては彗星に近付いてきたのさ。
  そいつが何を考えているかはわからんが、心で理解したよ。
  ……貴様を助けたい、力になりたい、と」

マルセイユ「……お前……」


 親しげに首を胸元にすりつける鷲を見て、静かに問いかける。


マルセイユ「……本当に、いいのか?」


 その問いに鷲は雄々しく鳴き声を上げ、私は光に包まれる。
 そして、頭からは鷲の羽根が、お尻からは尾羽が生えてきた。


俺「マルセイユ、貴様のその『守りたい』という想いを忘れるな。
  その想いがあれば、皆がそう想えば、アフリカは守れる」


 ……今、やっとわかった。
 俺という人間がここまで称賛される理由が。ケイやジュンが信頼、いや、惚れた理由が。

 この男ほど、共にいて安心できる男はいない。
 道に迷えば手を引いて導き、自分が一歩を踏み出せずにいれば共に歩んでくれる。
 そして、いざ一人で歩き始めれば、温かく見守ってくれるその存在。
 父や兄のような、もしかすると夫のような、そんな安心感がこの男にはある。


俺「……加東と竹井も戻ってきたようだな。さて、基地に帰るぞ」


 ……ケイやジュンのことは言えないな。
 私も、もっと俺と一緒にいたくなってきてしまったじゃないか。


俺「マルセイユ?……ん、寝たか」


 もっと一緒にいたい。もっと頼りにしたい。
 だが……



 ――私をこうも簡単に撃ち落としてみせるなんて、やっぱりこの男は嫌いだ。




――――



加東「中佐、ただいま戻りました。……って、あら?」

俺「ああ、起こしてやるなよ。今日はいろいろあったからな、死ぬほど疲れたんだろう」

竹井「……それはいいんですが、この幸せそうな寝顔が気になります」

俺「幸せそう?」

竹井「ええ、それはもうとっても」

俺「ふむ、ここからじゃよく見えんが、まぁよく眠れているならそれはそれでいいことじゃないか」

加東「……中佐、もしかして『また』ですか」

俺「また?……何を言っているんだ貴様は」

加東・竹井「はぁ……」
最終更新:2013年03月30日 23:20