――翌日 トブルク港――
俺「短い期間ではありましたが、お世話になりました」
ロンメル「うむ。今後も、この
アフリカの地より中佐達の活躍を期待しているよ」
俺「はっ、ありがとうございます」
本国より帰国の命が下ってから約一週間後の朝。
既にエンジンを始動させて離水準備を進めている二式大艇を目の前に、俺と竹井はアフリカの将兵らに見送られていた。
俺「加東、貴様らにも世話になった。感謝している」
加東「いえいえ。むしろ私達が中佐のお世話になったぐらいですよ」
俺「む。……まぁ、な」
意味ありげに口許に手をやりながら笑顔でそう言う加東に、俺は決まりが悪そうに視線を逸らす。
その様子を見た竹井とマルセイユは何かに感づいたようにこちらに鋭い視線を飛ばすが、俺はそれをスルー。
竹井「……中佐、後で少しお話が――」
俺「と、とにかく!……貴様らも体には気をつけるように。特にマルセイユ、タバコはできるだけ控えておけよ」
竹井の言葉から逃げるように他の話題を振る。
しかし、そのことに何かを思いついたマルセイユは、意地悪い笑みと共に口を開いた。
マルセイユ「……そうだなぁ。でも、今日から中佐がいなくなるんじゃ、それは保証できないかもしれないな」
俺「……何が言いたい?」
マルセイユ「なーに、ケイにワッペンをあげたように、私にも中佐のことを思い出させるような物があればなぁ、って思っただけさ」
加東「あら、私そのことについては一言も――」
マルセイユ「今朝起きてからずっと、それを取り出してはニヤニヤしてたら、言わなくたって誰でもわかるぞ。ケイ」
加東「うっ……バレてたのね……」
時間が経ってから思い出すように眺めるのはともかく、昨日の今日でそれはないだろう、まったく……。
加東の行動に呆れ、思わず溜息が出てしまいながらも、話を戻す。
俺「何が欲しいんだ、マルセイユ。
……ああ、隊章ならもう無いぞ?そういくつも持ち歩くような物でもないしな」
マルセイユ「いや、私が欲しいのは写真だ。誰かのことを思い出すには、一番の物だろう?」
俺「写真か。なるほど、確かにそう言われてみればそうか。――加東、頼む」
加東「はいはい、任せてくださいな」
誰かの姿をそのままに収める写真であれば、思い出としては一番の代物か。
また、ちょうど良くここには腕の良い報道班員もいることだ。
そう思って加東に頼めば、俺の頼みに応えて手際よく撮影の準備を整え、カメラをこちらに向ける。
俺「……で、何故貴様も一緒に写ろうとする?」
マルセイユ「私と一緒の写真でなければ意味が無いじゃないか」
俺「まぁ、俺は構わんが……」
俺は構わん。が、加東と竹井の視線が痛い。
加東はどこかしら妥協した、もしくは諦めたような雰囲気があるが、竹井は凄く睨んでる、というか怒ってる……?
……これは、帰りの機内が酷いことになりそうだな。
加東「……はぁ。ま、これぐらいはしょうがないわね」
竹井「…………」
……竹井にも何か遣る物でも考えておいた方が良さそうか。
ところで、二人での写真を撮るということには、それなりの意義があるとは思う。
せっかくの機会であることだし、純粋な思い出にも、記事の良いネタにもなるだろう。
近々、『東西の鷲、海を渡り此処に相見える』とかなんとか、そんな記事でも書かれるのではないだろうか。
俺「……だがな、マルセイユ。これは少々近すぎではないか?」
マルセイユ「何を言っている。ツーショットとなればこのぐらいが普通だぞ」
隙間なく、ぴったりと俺の横に張り付くマルセイユ。
欧州ではこれぐらいが普通なのかと思い、ロンメル将軍や陸戦ウィッチ達の方をちらりと見るが、
将軍はただ微笑み、ウィッチ達は顔を赤らめさせながらこちらを窺うのみ。
俺「……そういうものなのか」
マルセイユ「ああ、こういうものだ」
そう言い切って、加東や竹井の視線をものともせず、俺に寄り添うようにしてカメラに向き直るマルセイユ。
俺も、それに合わせてカメラの方に向けて直立不動の姿勢をとる。
加東「じゃ、撮るわよー。……Say cheese!」
加東がその掛け声と共にシャッターを切ろうとした瞬間。
隣にいたマルセイユが、一瞬で俺の顎に指をかけ、自分の方へ向かせる。
何かと思う間もなく、視界はマルセイユの顔で埋まり、唇には柔らかい感触が。
マルセイユ「んっ……」
そして、シャッターの切る音。
加東「あ……。ちょ、ちょっと、マルセイユ!?」
突然の出来事についていけず、勢いのままシャッターを切ってしまった加東。
竹井「――ッ!?」
これまた、突然のことに驚愕する竹井。
俺「……は……?」
完全に不意を突かれた俺は、何の反応もできずにただされるがまま。
写真が撮られたのを確認し、ゆっくりと顔を離していくマルセイユをただ見つめることしかできない。
満足そうな表情のマルセイユに、慌てたように加東が詰め寄っていく。
加東「マルセイユ!あんた何やってんのよ!」
マルセイユ「何って、ケイだけイイ思いをするのはずるいだろう?」
加東「私だけ……って、あんた、私がキスしたことまで――」
マルセイユ「んー?私はワッペンのことを言ったまでだが。なるほど、ケイは俺にキスをしていたのか」
竹井「キス……中佐と……キス……」
そのまま口論になる加東とマルセイユに、何か思いつめたように呟き続ける竹井。
将軍は混沌と化した兵士達を宥め、ウィッチ達は姦しく騒ぎ立てる。
そんな中、加東と言い合っていたマルセイユが、未だに混乱から抜け切れていない俺の傍まで駆け寄ってきた。
マルセイユ「俺!」
俺「……ああ、なんだ?」
マルセイユ「私はな、アフリカの星で、ウルトラエースで、人類最高のウィッチなんだ」
俺「……そうだな」
マルセイユ「だから、いくらお前が相手でも撃墜されっ放しってワケにはいかない」
俺「……ん、撃墜?いや待て待て、俺は貴様を撃墜した覚えなど……」
身に覚えがないことをいきなり言われ、俺の混乱は更に深まる。
しかし、マルセイユはそんな俺を少しおかしそうに笑い、ぼそっと呟く。
マルセイユ「ふふっ、いつかの上官みたいに頭が固いのも考え物だが、むしろ俺はそれが良いのかもな……」
俺「マルセイユ、さっきから何を言って――」
マルセイユ「俺」
俺の言葉を遮り、マルセイユは俺をまっすぐ見つめる。
マルセイユ「私は、いつかお前を撃ち落としてみせる」
――……これが記事になったら、いったい俺はどうなるのであろうか。
混乱の極みに達した俺は、そんなことを考えるのが精一杯だった。
――――
加東「……行っちゃったわね、俺中佐」
マルセイユ「そうだな」
加東「『今は、日々精進しろ、としか言えん』か。なんだか、はぐらかされちゃった感じね」
マルセイユ「今は別にいいさ。いずれ、な。……ケイは昨夜なんて言われたんだ?」
加東「秘密」
マルセイユ「む、私だけ知られてるというのは不公平だろう」
加東「散々私にカマかけてバラしたあなたに言われたくないわね。
……ま、似たようなことを言われた、とだけ言っておくわ」
マルセイユ「……そうか」
加東「うーん、本気で一線から退くまであの調子を貫くつもりなのかしらね」
マルセイユ「ほう、そんなことも言っていたのか。
だがそうすると、私が有利ということになるな」
加東「……若さだけが全てじゃないわよ」
マルセイユ「それは、これからよくわかることさ」
――トブルク南東数百km 上空――
あの後、呆然としていた竹井の背中を押しつつ、逃げ込むようにして二式大艇に搭乗。
既に機材を搬入し、関係者を乗せた二式大艇は、もはや収拾がつかなくなっていたその場を逃げるように飛び立った。
ネウロイの勢力圏を避けるように、機首を南東に向けたその機内では……
俺「竹井」
竹井「…………」
俺「……竹井」
竹井「……ぷいっ」
完全に拗ねてしまった竹井と、その横で困惑する俺の姿があった。
同乗している彗星の設計整備関係者からは「なんとかしてください」という懇願の視線が俺に突き刺さるが、むしろ貴様らになんとかしてもらいたいぐらいだ。
俺「ううむ……」
竹井「…………」
変なところで子供のように意固地な竹井は、一度こうなると中々口を利いてくれない。
まったく、柔らかい物腰と穏やかな立ち振る舞いで定評のあった「リバウの貴婦人」とはいったい何だったのか。
……まぁ、結局はまだ十代半ばの少女である、ということか。
こうして一向に事態が好転しないことを察した俺は、多少強引ではあるが、昔と同様の方法を採ることにした。
俺「……よ、っと」
竹井「え、――きゃっ!?」
不意に体を引き寄せ、体勢が崩れたのを見計らって竹井の頭を俺の膝に乗せる。
所謂膝枕の構図。
俺「ふむ、こうするのはウラル以来か?」
竹井「あ、あの、その、……中佐……?」
俺「まぁ聞け、竹井」
竹井は俺の言葉を少し訝しみながらも、膝の上から退く様子はない。
どうやら、俺の話を聞いてくれるようである。
俺「……俺自身そこまで阿呆ではないと思っている上、貴様とも長年の付き合いだ。
故に、貴様が何を考えているのかはなんとなくわかる」
竹井(……中佐、何を、というか長年の付き合いって……!?)
先ほどのむくれた表情からは一転、今度は慌てる竹井。
俺「だが、今の俺にはそれついて考える資格も、答える資格もない。
相手が誰であろうと、それは変わらん」
竹井「…………」
しかし、俺の真剣な様子を察し、大人しく俺の言葉に聞き入る。
……ああ、別に責めているわけではないんだ、竹井。
俺「誤解のないように言っておくが、貴様が嫌いなわけではない。
……ただ、今は空を飛ぶことだけしか考えられんのだ」
竹井「……中佐……」
俺「すまんな、竹井」
竹井「……いえ、いいんです。俺さんはそういう人だってわかってますから」
ここにきてようやく機嫌を直してくれたのか、竹井は昔のように俺を呼ぶ。
それに対し、俺も昔していたように、竹井の頭を優しく撫でる。
竹井「……私はもうあの頃みたいな子供じゃありませんよ?」
俺「ほう?では、ここから退くか」
竹井「それはダメです。加東大尉やマルセイユ中尉にあれだけのことをしたんですから、これは罰です」
俺「ふっ、部下が上官に罰を与えるとはな。
……あと一つ言っておくが、俺はした側ではなくされた側だぞ」
竹井「いーえ、俺さんも十分色々としています。それに、されるような俺さんもいけないんです」
昨夜、似たような言葉を聞いたな。
そんな、ふと思ったことを口に出す。
俺「貴様、加東に似てき……ッ!?」
竹井「……こういう時、他の女性の名前を出すのはマナー違反ですよ、俺さん」
俺「……なるほど、勉強になった」
だから、腿を抓るのをやめてくれないか。
結構痛いんだぞ、これ。
そんなこんなで、結局無事に仲直りした二人を乗せて、二式大艇は飛んでいく。
……他の同乗者のなんとも言えない温かな視線と共に。
――――
俺「あぁ、竹井」
竹井「なんですか?」
俺「10年後、もしも俺が独り身のままだったら、指を差して笑ってくれて構わんぞ」
竹井「10年後、ですか」
俺「そうだ。想いを拒絶した挙句、最後まで独りとなった愚かな男を、盛大に笑ってやってくれ」
竹井「……ふふっ。そうですね、その時は美緒や徹子と一緒に思いっきり笑ってあげますから、安心してください」
俺「はっはっは!坂本と若本も一緒にか、それはいいな!」
竹井「その代わり……」
俺「ん、何だ?」
竹井「そんな愚かな男(ひと)を慕うあまり、最後まで独りとなった女を見つけたら、俺さんも笑ってやってくださいね」
――まったく、こいつという奴は……。
1942年 アフリカ編 終
最終更新:2013年03月30日 23:22