「トビウオは夢を見る」
彼がリネットへの想いを自覚してからも何度も、何度も零時間で2人だけの時間を過ごした
そしてある日、彼はリネットに自分の夢を語った
リーネ「世界中の海…ですか?」
トビウオ「そ!知ってるか?海ってさ、場所によって全然違うんだぜ?
色も、深さも、そこに住んでる魚もぜーんぶ!俺はその全てを見たいんだ!!」
嬉しそうに壮大な夢を語るトビウオを眺めて、リネットは笑みを止められなかった
その瞳が、あまりにも綺麗で…
その言葉があまりにも真っ直ぐで…
リーネ「ふふ」
トビウオ「な、なんだよ…おかしいか?」
リーネ「いえ、とても素敵な夢だと思います」
トビウオ「へへっ」
リーネ「とても、かっこいいと思います」
そう呟いてから、リネットは確信する
自分が、このどこまでも純粋で真っ直ぐな少年に恋している事を
【学園都市 零時間 坂本・もさなじみルートE】
港湾地区でミーナ達によるミーティングが行われているこの瞬間に、ここEルートでもまた激しい戦いが繰り広げられていた
怪異共の声が静寂を裂いて
閃く剣閃が闇夜を照らす
道中にはおびただしい数のネウロイの破片が散りアスファルトを白に染める
総数100に届くかと言うほどの大軍勢が背中合わせになって戦う5人を取り囲んでいた
もさなじみ「いやいや、いくらなんでも多すぎるでしょ」
言葉を発しながら、手に装着したメリケンサックを握りこんで前に迫るネウロイを殴り飛ばす
芳佳「すいません、私達のせいで!!」
手にした機銃をネウロイ達に浴びせながら、宮藤は自分達がこのルートに合流したせいで坂本達の港湾地区到着が遅れた事を詫びる
彼女達は魔人によって別ルートを辿らさせられたが、結果としてまたネウロイの大群と遭遇してしまったのだった
サーニャ「!?」
サーニャ「…また…増えました…100です!!」
サーニャが頭から生やした高性能な魔導針が更なる敵の出現を感知する
その声は絶望を感じさせるには充分なものだった
リーネ「そんな!!港湾地区ではあんな事が起こってるのに!!」
当然一番動揺したのはリネット
先刻パシリによって引き起こされた巨大な爆発を視認してから、港湾地区の情景を知る手段の無い彼女はトビウオの安否が心配でしかたがなかったのだ
坂本「うろたえるな!!死中に活あり!!一瞬たりとも生を諦めるな!!」
目前の敵を一刀両断、返す刀でもう一体を横薙ぎに切り裂いて坂本が檄を飛ばす
そう、いつだって彼女の言葉は未熟な後輩達を引っ張ってきた
芳佳・サーニャ「「はい!!」」
当然それは今日も例外では無い
サーニャの報告によって一同の間に流れた「諦観」や「絶望」といった歩みを止める負の想念を一瞬にして塗り替えてしまった
もさなじみ「あっはっは!!さっすが美緒だっ!!!やっぱ最高の女はお前だ!!」
幼馴染のいつも通りかっこいい姿を見て、満足そうに男は笑う
坂本「大声で恥ずかしい事を述べるな馬鹿者!」
言葉とは裏腹に、顔を赤くさせて坂本は剣を振る
若干甘い空気が漂ってはいるものの、2人のその戦いぶりは鬼人と例えても違和感の無いほどの勇ましさだった
幾十のネウロイを斬り裂き、幾百のネウロイを撃ち抜いて戦った5人だが
やがてその物量に押され始める
カチンという渇いた音が、サーニャの機銃の弾切れを告げる
メインウェポンであるロケット弾は既に先の戦いで尽きていた
サーニャ「ッ!!」
もう目と鼻の先に迫る怪異の鋼鉄の爪
彼女の柔肌など絹のように引き裂かれてしまうだろう
サーニャ(お義兄様…)
坂本の言葉に反し、眼をつむり死を覚悟してしまったサーニャ
しかし、痛みはいつまでもやってこない
それどころか体に感じるのは爽やかな風
ネウロイの奇妙な無き声も消えている
芳佳「え!?え!?」
坂本「港湾…地区…か?」
サーニャが目を開けば、目の前には海
少し先…前方にが何をすればそんな大穴が開くのだろうか
大きなクレーターができている
テレポ「はー…マジで危なかった…ダルシムの依頼じゃなきゃブッチしてたぜ…」
声のした方を振り向けば、全員の体に触れて運び屋の片割れが、やれやれと言いたげな表情で立っている
もさなじみ「なんでお前が…」
そこまで発して、言葉が遮られた
何者かが上空からクレーターに超高度から落下して、海水を上空へとまきあげる
海水に続いて、今度は打撃音と共に鯨型の大型ネウロイが宙を舞う
そう、今まさに反撃の“オペレーション・ヘミングウェイ”が開始されたのだった
リーネ「トビウオ君、今行くね!!!」
「トビウオは夢を見る」
いつか見た風景
荒れた海、崩壊した船の残骸が無常にも浮かび漂っている
月をバッグに跳ねる影、その異形は夢を語ったトビウオとリーネが零時間に必ず訪れる場所にある日突然現れた
全身から赤い破壊の光を輝かせ、目に付く物を手当たり次第に破壊する
リネットの両親が、離れて暮らす彼女の元へ訪れた時に家族水いらずで過ごせるように持ちこんだ私用クルーザーもその例外ではなかった
リーネ「あ…」
家族との大事な思い出が蹂躙され、彼女は目に涙を浮かべる
心優しいリネットにとって、その剥き出しで無差別な悪意は衝撃だったのだろう
トビウオ「…」
そんなリネットを見て、少年はある決意をした
眼は海を往く異形を見据え、拳は強く握りしめられている
トビウオの全身を、青い魔力の輝きが満たし
海の水はまるで彼の僕のように従順にトビウオに従う
少年と黒鯨との長い戦いが始まった瞬間であった
【零時間 港湾地区】
坂本達がテレポートしてくる前まで時間は遡る
ミーナから作戦概要を聞いた戦士達が各々配置につく
それぞれがこの瞬間だけは思惑を胸に秘め、目の前の強敵を倒すためだけに力を合わせる
パシリが空けた大きなクレーターの前には、アギト・槍・虎のまさしく学園都市きっての武闘派が並び立ち、その背後にはトリックスターである卿が疲労した身体を押して佇む
虎「ハッハ!てめぇらと一緒に戦う事があるとは思ってもなかったぜ」
槍「…」
アギト「…」
虎「つまんねぇ野郎共だ…」
クレーターから少し離れた倉庫の屋根の上には、銃口が横並びに2つ並んだ大型のライフルを構えて試作が魔力変換を開始する
その前方にはゲルト・エーリカ・無職がまるで盾になるかのように並んでいた
ゲルト「モビーディックの攻撃は、目立つ位置にいる試作に集中する可能性が高い、なんとしてでも死守するぞ!!」
エーリカ「残ってる魔力的にも、チャンスは一回!責任大きいよ!試作!!」
無職「きっとやれるさ!俺達なら!!」
試作(今はあのクソジジイの事は考えるな!こんな俺を信じてくれる奴らのためにも!
今は、ネウロイをブッ殺す!!それだけを考えろ!!)
試作「だーれに物言ってんだよエーリカ!!
魔力変換開始!!さぁ、天国へのカウントダウンだ!!変換率20%!!」
パシリ「マジかよ…あの魔力効率無視のじゃじゃ馬を普通に使ってやがる…」
試作がバスターライフルの魔力変換を開始したのを驚愕の眼で見るパシリ
何年か前に学会を去ったとある天才の顔を思いだす
パシリ(カタログスペックじゃあんなもん机上の空論だったはずだぞ!!
撃ち手の魔法力を破壊力に変換する際にどうしても問題が生じるはずだ…)
逡巡を続ける彼は、その撃ち手である少年を見つめる
バスターライフル自体には改良の痕跡は見られなかった
ならばなおさら実戦に耐えうる代物では無いはずだ、撃ち手が…人間であれば
パシリ「バスターライフル…歴史の表舞台に立てずに消えていった試作品…
あんた一体何をしたんだ?ダム・ダ・ダルシム」
稀代のマッドサイエンティストは、学会を去る際にこう述べたと言う
『このソフトを扱えるハードが無いなら、ハードを作るまでだ』
パシリ「まさか…な…」
最悪の想像を、パシリはそっと胸の奥にしまいこんだ
全員が配置についたのを確認して、ミーナが開戦の狼煙をあげる
ミーナ「さぁそろそろ時間よ!!エイハブ船長は敗北したけれど
ヘミングウェイなら、モビーディックをどう扱うかしら?」
ミーナ「私としては、海に還る事を望みます…
オペーレーション“ヘミングウェイ”アタック!!」
ミーナの声と同時に、遥か上空へと飛び上がる影一つ
両足に込めた魔法力を一気に圧縮解放、驚異的な推進力で天高く舞う
グングンと高度を増していく
雲を突き抜け月明かりを浴びて、騎士は破れたれた雲の隙間から、かって己が忠誠を誓った美しい少女を見る
槍「ミーナ、貴女に捧げる最後の一振り…これが…決別の一撃だ…」
特大のシールドを円錐状に展開・変形
そのまま、今度は地上へ向けて飛び込んでいく
急降下、景色は高速で後方へ流れ、重力の加速が更に加わりその速度は音速に届くかという程
槍「この一撃、貫けぬ物は無い!!!」
超速度の蒼き槍が、空を切り裂いて飛ぶたびにミーナは何度もその美しさに心を揺さぶられる
中学時代から…いつも自分のそばにいてくれて、その名の通り意思を貫く槍となった彼のこの技がミーナは好きだった
ミーナ(空色の槍…何度見ても…綺麗ね…)
海中のネウロイを正確に補足する手立ては無い、しかし敵はクレーター内部に確実にいる
海面に槍が刺さる直前に、彼は体を半回転させて
シールドに渾身の蹴りの一撃を乗せて海面を叩く
ヒンメル・ランツェ
槍『 天槍!!! 』
槍が覚悟と共に放った決別の一撃はネウロイではなく、海面に向けて放たれた物だった
大きくあがる水柱
その高度は数百mにも及ぶだろう
クレーター内部の水がすべて外へと弾きだされる
再び、海水がクレーター内部に流れ込む中で槍は片膝を付き、水が無くなりビチビチと跳ねるモビーディックを見据える
やはり無傷だ
天槍はネウロイを倒すために放った技ではない、クレーター内部の水を数秒間だけでも外へ弾くのが目的だったのだ
槍「さぁ、俺の仕事は終わったぞ」
ミーナ《お見事です!!フェィズ2へ移行!!》
突如、小金色に照らし出されるクレーター内部
徐々に流れ込み始めた海水が光を反射する、その光を放つ金色の虎が強化された敏捷さですかさず体が硬質化する前のモビーディックへと迫っていった
そして喉笛に喰らいつき、動きを封じる
虎「ハッハ!暴れんじゃねぇよ魚野郎!!」
モビーディックは己の鱗をも貫通するその虎の膂力を恐れたのか、赤い光を収束させて彼を滅そうとする
虎「アギトの旦那!!出番だ、ド派手に頼むぜぇ――――――ッ!!!」
己に全てを無に帰す一撃が放たれようとするその瞬間にも、
アフリカの王はその牙を緩めず、獲物を追いつめる
アギト「承知!!!」
震える震脚を大地に叩き込む、極限まで練られた頸によるその踏み込みは大地を割り、遥か遠くから戦況を見守るミーナの足元までアスファルトのヒビ割れを走らせる
虎「ヒュウ」
槍「ふっ」
虎がネウロイの動きを止めながら、彼の力強さに驚き口笛を吹く
槍は「己のライバルなら当然だ」と言わんばかりに満足気に微笑をこぼす
その踏み込んだ足を軸に体を半回転させ、その勢いと最大頸を背と左肩に込めて…
叩きこむ!!
アギト「空氏八極門、小架靠法」
強力な一撃を浴び、鱗型の装甲を撒き散らしながら宙を舞うモビーディック
アギト「鉄山靠」
虎に向けられていたビームはその衝撃により狙いが外れ、明後日の方向の地面を削った
そしてタイムアップ
クレーター内部に海水が再び満ちはじめ、槍・アギト・虎はクレーター外部へと出ざるを得なくなった
では弾きとばされたモビーディックはどうなったのか?
クレーター内部へとは戻らない
卿「いいね~アギトちゃん、その位置
その位置が絶妙だよ」
モデリング
卿「魔力造形」
言葉が引き金となり、彼の股間から大型の旋衝角が形成される
その大きさはまさに天を衝くかというサイズ
卿「俺の!ありったけの魔力をくれてやる!!黒人サイズだ!!!」
その旋衝角が高速で回転、すでに鱗が変化した所では無く
アギトの渾身の一撃によって装甲を剥がされた部分へ突き刺さる
回転する旋衝角が嫌な音を立ててモビーディックを抉り、空中に固定する
卿「がふっ」
己の体が抉られ、モビーディックが苦痛を示す奇声をあげる
しかし、卿も度重なる大技の使用にる魔力の使い過ぎによって、体を激しい虚脱感と痛みに襲われる
卿「まだまだ、死ぬ時は腹上死って決めてんだッ!!!」
最低な叫びと共に、気力を振り絞る
そんな彼の肩を抱き、支えたのは
シャーリー
シャーリー「男にはやらなきゃいけない時がある…か
かっこよかったぜ!」
卿「惚れちゃった?」
シャーリー「さーぁ、どうだろうな?
気力振り絞れよ!!相棒!!!」
卿「いよっしゃぁー!!漲ってきたぁ――――――ッ!!!!」
彼のテンションが上がると同時に、旋衝角はまたサイズを一つあげた
「トビウオは夢を見る」
一週間前から、彼は後にモビーディックと呼ばれるネウロイを追い続けていた
手にしている機関銃と、背負ったロケット砲は学校の兵器開発科から“借りて”きた
あまりに強大な相手に、震えもした、怯えもした
だけど、そんな時に思い出したのはリネットの泣き顔
トビウオ「絶対に許せねぇ!!」
危険だと制止するリネットを振り切って、連日戦いに赴く
彼の水流制御の魔法を持って…更に彼の得意フィールドであるはずの海で戦っても、モビーディックを倒す事は不可能だった
泣いていたリネットの涙を止めてやれなかった
彼女を泣かせた奴をブッ飛ばす事もできなかった
そう、モビーディックの強力な収束ビームによって弾き飛ばされ、今は気を失っているのだ
「…ビ…ン…」
声が、聞こえた気がした
大好きな、あの娘の声が
「ト…オ…ン」
《卿君の限界は近いわ!!第3フェーズへ速やかに移行!!試作君、行けるわね!?》
試作「魔力変換率95%!!いつでもいけるぜェ!!」
パシリ(変換速度が速い!!変換開始から5分…通常の約2倍の速度じゃねぇか!!
あいつ…何者だ!?)
試作の人智を超えた性能に驚きを隠せないパシリ
そんな彼等の居る位置をモビーディックの収束ビームが襲う
ゲルト「さぁせるぅかぁあああああああっ!!!!!」
咆哮と共にゲルト・エーリカ・無職がシールドを展開、すんでの所で攻撃を防ぐ
エーリカ「しっかし、凄い威力…3人いなかったら危なかったね」
無職「これを相手に、トビウオ君は1人で…」
ゲルト「さぁ!!トドメの一撃だ!!!長い夜に終止符を撃て、試作!!!」
試作「へっ!!!変換率100%!!
チャージ…完了!!!」
『チャージ完了』は戦闘終了と同意義
かつて自慢気にダルシムがバスターライフルを皆に披露した時の台詞だ
試作(こうやって、俺を信じてくれた皆のために…
俺のために、いつも体張ってくれる、バルクホルンのために!!!)
試作「くたばりやがれぇぇええええ!!!フルブラストッ!!!!!」
引き金を引く、2つ並んだ銃口から発せられるは夥しい量の魔力と、驚異的な熱量
「人に革新をもたらす」そう開発者が述べた青い閃光は、わずかに逸れてモビーディックの半身を吹き飛ばし、海を切り裂いて往く
無職「え…試作が…外した!!??」
エーリカ「そんな!?」
ゲルト「!?」
驚き、振りかえった3人が見た光景は
苦悶の表情を浮かべ、身を裂かれるような声をあげて、地面を這いずる仲間の姿だった
“時間切れ”彼や、ダルシムがそう呼ぶ症状の発現
ミッドナイトランからの長い戦闘がもたらした結果は、凄惨なものだった
試作「がぁぁあああああ!!!!!!っつはぁああああ!!!!」
パシリ「この症状…シナップスシンドロームじゃねぇかよ!!!!
そうか、あの異常な能力…γ-グリフェプタンを使いやがったな!」
駆け寄るパシリ・エーリカ・無職
懸命に試作の苦痛をやわらげようと努力をする
そんな中、バルクホルンは立ちすくんでいた
妹が傷ついたあの日、あの時を思い出す
大切な人が、また目の前で苦しむ
ゲルト「し・・・試作ぅううううう!!!!」
ミーナ「そん…な…外した!?」
バスターライフルの衝撃によって、モビーディックを空中に固定していた旋衝角が崩壊する
卿「クッ」
今度こそ、体から崩れ落ちてシャーリーに全身を預ける卿
気を失ってしまったようだ
外したといえ、その装甲の半身は吹き飛ばされてコアが少し露出している
スタゲ・ヘイヘ「もらった!!」
すかさず狙いをつけ、モビーディックが海へ戻る前に狙撃を試みる2人
しかし、狙撃手の存在を忘れていなかったモビーディックはそんな事を許すはずもなく、全方位へと針ネズミのようにビームを撃ち出す
スタゲ「チッ!」
ヘイヘ「くっ!」
流石の2人も、隙間なく放たれるビームの中の狙撃は不可能だ
ザブンと水音をあげて、モビーディックが海へ…自分のフィールドへ帰る
それは、オペレーション“ヘミングウェイ”の失敗を示していた
海へ帰ったモビーディックは、もはや反撃の手を緩めはしない
休む間もなく、海中からビームを放ち続ける
再び防戦をさせられる面々
卿を抱きかかえ、シールドを張りながら後退するシャーリーに迫る赤い閃光
あわや、と思った瞬間に強大なシールドが彼女達を包み込んで防ぐ
芳佳「私が盾になります、今のうちに後退を!!」
シャーリー「宮藤ぃ!!!」
シャーリーの顔に希望の色が再び浮かぶ
見渡せば、坂本・もさなじみ・サーニャも危険な者の前に立ちシールドを展開させていた
そう、時はようやく冒頭へと戻るのだ
坂本「まさか、諦めたわけではあるまいな!?」
「トビウオは夢を見ていた」
倉庫の奥、安全な位置で横たわっているトビウオを見つけて、リネットは慌てて駆けだして行く
横に跪いて、トビウオが気を失っていただけだと気がついて一安心
しかし、傷だらけの体を見て、トビウオをそっと抱きしめてまた涙を流す
リーネ「どうして!?どうしてこんなになるまで戦うの!!!
???」
思わず、声を荒げてしまった、それくらい…彼が傷つくのが怖かったのだろう
トビウオ「なんだ、心配かけちまったのか…やっぱ俺ってバカだな」
リーネ「え?」
リーネの頭をそっとトビウオの手が優しく撫でつける
トビウオ「俺さ、バカだから…他のやり方が解からないんだ」
リーネ「いいよ、こんな私のために傷つくなんてそれこそ本当にバカみたいだよ!!
どうして、私の為にここまでしてくれるの!?私は!私はトビウオ君が…」
そこまで喋った時に、トビウオはリーネからそっと離れる
トビウオ「理由…か」
そんな物、決まっている
自分の大切な人を…悲しませた…
トビウオ「お前を泣かせた、それで十分だ!!!」
横に置いてあった、機銃とロケット砲を手にして、再び男は戦場へ走る
今度こそ、決着をつけるため
彼女の笑顔を取り戻すために
トビウオ「今度は絶対に負けねぇ!!!!」
倉庫を駆け抜けて、赤い光が飛び交う戦場へと、飛びだした
しこたまビームを撃ちこみ、モビーディックは多少溜飲を下げたのか
ビームの雨がやむ
坂本「遅れてすまなかった」
ミーナ「いえ、来てくれると信じていたわ」
試作の看病を続ける、パシリ・エーリカ・無職・パシリを覗くメンバーが集う
ミーナの説明を聞き、大まかな状況を理解した宮藤とサーニャは絶望的な状況に下を向く
対して、坂本ともさなじみは悲観的なんて言葉は知らないとばかりに、おもむろに服を脱ぎはじめた
芳佳「えっ!?」
宮藤だけでは無い、全員が驚き眼を丸くしている
坂本「何を驚いている?」
もさなじみ「だって敵は海なんだろ?」
坂本・もさなじみ「「なら海に潜ればいいじゃないか」」
「…」
一同に微妙な空気が流れる
ミーナ「あのね、美緒・・・」
虎「ハッハーッ!!!気にいった、俺も付き合うぜ!」
言葉と同時に虎もタンクトップを脱ぎ捨て、その鍛え上げられた上半身を露わにする
スタゲ「これだから馬鹿野郎は…」
言葉とは裏腹に、嬉しそう目で虎を見るスタゲ
槍「…」
アギト「…」
黙って海へ向かう2人
ミーナ「ちょっと2人まで!!」
ミーナの肩を、誰かが優しく叩く
シャーリー「ミーナ、ああなったらもう止められないさ」
残った者達が見守る中、5人は海へと向かう
正直、勝算など誰も無い
それでも、彼等はやらねばならぬのだ
その手に力があるのだから
坂本「一つだけ言っておく、死にに行くのではないぞ」
もさなじみ「当然」
虎「虎ってのは泳ぎも得意なんだぜ!?」
槍「何度でも、貫くのみだ」
アギト「砕く、拳士の誇りにかけて」
5人が、決死の覚悟で飛び込もうとした瞬間、後方から一陣の風が通り過ぎ、海へ飛び込む
その人物は、海水へ入った瞬間に固有魔法を発現
坂本「!?」
もさなじみ「へぇ…」
虎「ハッ」
槍「ふっ」
アギト「真打ち登場…というわけか…」
海が2つに割れ、モビーディックは姿を現す
対峙するトビウオと、怨敵モビーディック
4人の男と、1人の女が見守る中
トビウオは、人差し指を突き付けて、モビーディックを見据える
そして思いきり啖呵を切った
トビウオ「タイマンだ!!決着つけるぞ!!」
機銃を乱射し、半壊して露出したコアを狙うトビウオの先制攻撃
長かった狂乱の夜
最終決戦がついに幕をあげる
もがき、苦しむ試作は喉を爪で掻きむしる
肉はえぐれ、爪には血がべっとりと付着する
パシリ「γ-グリフェプタンによって引き起こされたシナップスシンドロームの治療にはアラキドノイルが必要不可欠…」
エーリカ「そんな物、あるわけないよ!!」
無職とバルクホルンが、どうする事もできずオロオロしている横で、パシリとエーリカは試作の腕を押さえつけ、手を尽くす
パシリ「運び屋―――――ッ!!!」
パシリの声が港湾地区に轟く
その声に応えて、呼ばれた2人が瞬時にテレポートしてくる
袖「御用ですか?」
のたうち回る試作を見ても、袖は顔色一つ変えようとしない
きっと、動揺した所で何かが変わる訳では無い事を理解しているのだろう
パシリ「アラキドノイル、あるか?」
袖「持ち合わせていませんね」
無情に響く声
だが、パシリは諦めない
パシリ(違う!こんなのは正しい“技術”じゃあない!!
“技術”ってのはいつだって人のために!
結果として争いに使われる事があっても!最初から人を不幸にするために使われちゃいけないんだ!!)
パシリが拳を地面に叩きつけ、叫ぶ
パシリ「ダム・ダ・ダルシム!!てめぇのやり方は絶対に認めねぇ!認めちゃいけねぇ!!
こんなやり方は俺が全て否定する!!」
パシリ「まずは…」
眼の前で、地獄の苦しみを味わっている少年を見つめる
パシリ「こいつを助ける」
パシリ「鎮痛剤と精神安定剤をありったけ出せ、運び屋!!」
エーリカ「パシリ、何する気!?」
パシリ「決まってんだろ、アラキドノイルかそれに準じた薬品を調合する」
エーリカ「そんなのできるの!?だってパシリの専門は…」
エーリカの言う事はもっともだ、パシリの専門は工学
それも彼はいち整備士にすぎない
彼にここまでさせるのは何なのだろうか?
パシリ「それでも!!技術の犠牲で苦しむ人間が眼の前にいるんだ!!
俺の技術屋としての誇りが!魂が!許せねぇって叫んでる!!」
袖「…」
袖が、無言で大量の薬品を取り出す
その中の1つをパシリは握りしめ、宣言する
パシリ「これは俺の戦いだ!!」
まるで紀元前の預言者「モーセ」が同胞を連れてエジプトから脱する時に起こした奇跡のように、真っ二つに割れた海
その中で赤い閃光が煌めき、銃弾が走る
トビウオ「いける!!今日こそいける!!」
ビームをシールドで防ぎながら、トビウオはモビーディックとの距離を詰める
陸にあがったモビーディックの装甲は非常に強固な物へと変化する
しかし試作のバスターライフル…つまり膨大な魔力の奔流によって破壊された装甲は修復に時間がかかる
その部分を狙えばロケット砲でトドメを刺せる
それがトビウオの勝算だった
なお迫りくる激しいビームの雨
その攻撃を歯をくいしばって耐える
トビウオ「こんなもん…リーネが味わった悲しみにくらべたら…」
トビウオ「屁でもねぇ!!」
降り注ぐビームの合間を縫ってロケット砲を発射
ロケット弾を射出した瞬間に、ビームが砲身にカスリロケット砲は大破
しかし弾は確実に塞がり始めた装甲めがけて飛ぶ
しかし、直撃の瞬間に器用にもロケット弾自体をモビーディックのビームが撃ち抜く
コア近辺で広がる爆風
周囲の装甲は衝撃で破壊できたようだが、赤く不気味に光るコアは健在だ
ロケット砲も破壊され、圧倒的に危機的状況のトビウオを見守る5人
この状況でも助けにいかないのはなぜか?
トビウオは“タイマン”だと言ったのだ、それを邪魔する無粋な者達ではない
坂本「ピンチだな」
もさなじみ「ま、大丈夫っしょ」
虎「熱いタイマンじゃねぇかよ」
槍「あの男の目は…」
アギト「まだ死んではいない」
危機的状況の中トビウオは静かに笑う
その笑みの意味は、勝利の確信
トビウオ「てめぇ、牽制のためのビーム止めちまったな…」
彼が右手を突き出す、左右の海水の壁から水が集まる
掌握
握られたのは水流で形成された一本の巨大な銛
モビーディックは、ロケット弾を狙い撃つためにトビウオに降らしていたビームの雨を止めざるをえなかった…
そのせいで彼にこの大技を使わせる時間を与えてしまったのだ
咆哮
トビウオ「こいつは全て!悲しんだリーネの分だ!!!」
投擲
トビウオ「貫けぇぇええ!!!トリアイナァ!!」
ギリシャ神話の海神ポセイドンのトライデントのように、水の槍は飛翔する
少年の少女に向けた純真な想いをのせて
魂を込めた一撃
届かないはずがない
着弾を確認せずに、トビウオは振り返ってモビーディックに背を向ける
トビウオ「俺の…勝ちだ」
後方で、パリンと渇いた破壊音が鳴る
学園都市に産まれた海棲の新型ネウロイ、黒き鯨モビーディックの最期を告げる音だった
戦いを制したトビウオは、5人の戦士が待つ陸へ上がる
彼が上陸すると同時に海は元の姿へと戻っていった
坂本「まだ荒いが、見事な闘志だった」
もさなじみ「やるじゃん小僧」
トビウオ「誰だよ、眼帯女にオッサン」
無礼な言葉に、坂本ともさなじみは笑う
しかし、彼の言う事ももっともだ
前述の2人に、マッチョな大男・風紀委員の腕章を巻いている男・緑色の巨大昆虫…
怪しまれてもしょうがないメンツだ
リーネ「トビウオ君…」
おそるおそる近づいてきたリネットが、戦いを終えた大切な人に声をかける
その表情はどうしたいいのか解からない困惑の表情だ
トビウオ「ごめんな、心配かけちまったみたいで…」
ゆっくりリネットに近づいて行くトビウオ
リーネ「そうだよ…バカ…」
トビウオ「ごめん」
トビウオはそっとリネットの頭を撫でる
リーネ「でも、ありがとう」
ずっとトビウオが見たかった特上の笑顔
トビウオ「へへっ」
ミーナ「ごほん」
ミーナの咳払いに、2人共自分に向けられてる視線の多さに気がつく
祝福の視線を送る者、嫉妬の目で見る物、未だ気を失ったままの者…反応は各々違った
トビウオ・リーネ「////」
いつの間にやら、容態を落ち着かせた試作を連れてゲルトやパシリ達も合流している
なんとかアラキドノイルに準じる効果の物を調合できたようだ
皆が戦闘の緊張感から解放された中で、依然パシリだけは険しい顔をしている
トビウオ「大体お前等誰なんだよ」
トビウオの声が発せられた瞬間に、時は動き始める
怪異達の世界の終わり、夜の終焉
ミーナ「そうね…とりあえず…今日は疲れたわ
明日…もし気になるなら部室棟の3階、特別課外活動部の部室にいらっしゃい」
ミーナの言葉に、異を唱える者は誰もいなかった
こうして、トビウオの孤独な戦いから始まった長い夜は幕を閉じた
学園都市の歴史に名を残す事となる激闘のミッドナイトラン
モビーディックとの死闘
この終わりは新たな戦いのプロローグでしかない
ネウロイの異常発生
新種のネウロイの出現
交差する想い
登場人物はまだ足りていない
物語は始まったばかりだ
パシリ「なぁ虎」
虎「あん」
バイクで疾走しながら、後ろに乗せた虎にパシリは問う
パシリ「どうしても、許せない奴がいたとして…
そいつが、とんでもなく凄ぇ奴だったら…
お前ならどうする?」
虎「ぶちのめす」
パシリ「だよな」
言葉と共に、パシリは滾る想いを込めてスピードをあげる
静かな闘志を燃やして…
【翌日 放課後 私立フミカネ高校 部室棟3階特別課外活動部室】
校庭で部活に励む少年少女達の気合の入った声が響き渡り
校舎内にはブラスバンドの奏でる旋律が青春を感じさせる放課後
そんな中で、特活部の面々は各々の時間を過ごしていた
他に部活動がある者や、委員会に所属している者
シナップスシンドロームを発症してしまった試作は今日は休みだ、バルクホルンと宮藤が看病に行っている
奥の机でいつも通りデスクワークをしているミーナ、横にたたずむアギト
人生ゲームで盛り上がっている他のメンバー達
そんな中、ノックの音が割って入る
ミーナ「どうぞ」
にこやかに、入る事を促すミーナ
待ってましたとばかりに笑みを浮かべる部員達
トビウオ「ども」
リーネ「こんにちは」
ミーナ「ようこそ、501特別課外活動部へ。歓迎するわ」
この日、特別課外活動部に新たな仲間が2人加わった
最終更新:2013年03月30日 23:33