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『――どうよ! 相変わらず冴えてんだろ? 俺様の撃拳はよぉ』

それはかつてブリタニアにおいて共に切り裂き魔を追い詰めた仲間の声だった。
それはかつて部隊内での序列を巡り、幾度も死闘を繰り広げた男の声だった。
相も変わらず不遜の物言い。
あたかも自分こそが世界一の強者であることを信じて疑わない余裕に満ち溢れた言動。
軽口を返してやりたい衝動を抑え込んだ俺は口角を吊り上げる。
事前に仲間Fから作戦に参加してくることは聞かされていたが、こうして久しぶりにこの男の人間離れした膂力を見せ付けられると戦慄を禁じえない。
純粋な身体能力に限定すれば間違いなく自分を凌駕する存在に、凶の光を闇色の双眸に宿しながら口を開いた。

俺「ははは……ったく。随分と派手に暴れ回っているみたいじゃないか。さっき街区消し飛ばしてたろ?」

『――んなこたぁ別にどうだっていんだよ。そんなことより、なぁ俺聞かせてくれや。女子供に囲まれてる内に腐ったか? テメェの砲はいつから豆鉄砲になっちまったんだよォ!?』

言葉から滲み出る感情に――誰が耳にしても明らかな侮蔑の念に俺は苦味を含んだ笑みを零す。
嘲笑っている。遥か眼下の街並みから。これしきの軍勢一撃で屠れない自分を。

俺「一応はまだ術式使えるんだけどな……おぉ、いたいた」

蜘蛛型が打ち上げられてきた方角から声の主の位置を特定。地上から生える半壊した建造物群の一角に視線を落とす。
哄笑の主が握り締めた尾針を振り回し身の丈の倍はあるであろう蠍型を手近の建造物に叩きつけて結晶へと変える情景が視界に入った。

仲間B『――よぉ、砲手。決着つけに来てやったと思えば随分と雑魚ども相手に苦戦してるじゃねぇかよ。前に銀河系一個分砕いたあの衝撃波は出さねぇのか?』

亀裂が走り、戦火によって飾られた大通りに男は――仲間Bは立っていた。
たったいま屠殺した異形が辿った末路など露ほど頓着せずに。
周囲一帯を更地に変え、その整った容貌に不釣合いなほどの下卑た嘲笑を浮かべながら。

俺「……もう大成に到達出来るほどの魔法力残ってないんだよ。良くて秘奥が限界さ」

仲間B『――はっ。老いってのは恐ろしいもんだ。かの重装砲手もいまじゃ只人に近づきつつあるとはなぁ?』

俺「ほっとけ。それでお前ら誰に頼まれた? あの人か? それとも」

仲間B『――前者だ。そもそも薔薇十字の婆様がたかだかネウロイ風情に腰上げるわけねェだろうがよォ』

薔薇十字。名をクリスティアーネ・ローゼンクロイツと云う。
自分をはじめ“部隊”に所属する仲間たちに自ら編み出した術式を授けたウィッチ。
魔を愛し、魔に愛された女。
因果の定律さえ捻じ曲げ、歴史の改竄すら容易にこなす正真正銘の魔女。
なるほど、たしかに。彼女が腰を上げればネウロイが存在したという事実すら消えてなくなるだろう。

ジョゼ「あのっ……俺さん?」

クルピンスキー「会話の途中で悪いけど。彼は君の知り合いかい?」

姿が見えぬ乱入者と語らう男が顎下に手を宛がい、ひとり得心がいった様子で頷くのを見計らったジョゼとクルピンスキーは現状の整理を試みる。
眼下の街並みから吹き飛ばされてきた超重量の陸戦型。
その後を追うかの如く響き渡った哄笑。彼と笑い声の主とのやり取り。
これらの要素から察するに哄笑の主が何らかの手段を駆使して陸戦型を打ち上げたこと。
彼はその主と何らかの関わりを持っていることが推測できる。

俺「フィーネに拾われる前に組んでた連中でね」

ロスマン「陸戦型が、下から飛んできたんですけど……?」

俺「その話は後にしておこう。使える奴が来たとだけ認識してくれればいい」

困惑するロスマンの肩を軽く叩いた俺は上空に鎮座した巨大な暗雲へと目線を移す。
貴重な戦力を削ってまで第二派を送り込み、奪回戦を挑んできたのはこういうことだったか。
全てはこの廃棄都市に巣を張るために。
全ては人類を絶滅へと追い込むための王手に指を掛けるために。

俺「姑息さは変わらない、か。グンドュラ!」

ラル「巣が出てこようが関係ない。我々は眼前の障害を叩き潰すまでだ。全機、攻勢再開!!」

発せられた号令の下、制空圏を拡大せんと航空型の撃滅を再開しようとした矢先のこと。

「俺さぁん! お久しぶりです!!」

聞き覚えのある甲高い声音が戦闘脚の駆動音を伴いながら耳朶を打った直後、何かが激突する衝撃と柔らかな感触が同時に俺の全身に伝わった。
そのよく通る声音には聞き覚えがある。誰それ構わず抱きつく悪癖にも覚えがある。
あれはまだ自分が部隊に属していた以前のこと。まだ独りで欧州の激戦区を流離っていたときのこと。
リベリオンの遣欧部隊と共に数度防衛戦を繰り広げ、そのときに面倒を見た娘が一人。
たしか名前は……

俺「あ、アイリーン!?」

アイリーン「ノンノンノン。今はもうアイリーン“少佐”です。あの後昇格しまして今では部隊長を務めています!!」

当時は泣き虫アイリーンと呼ばれていた少女の身目麗しく成長した姿に俺は視線を逸らす。
後頭部で結わえる長い金髪。最後に顔を見たとき、弱々しい光が宿っていた相貌は今では強い意志の光を弾いている。
街中を歩けば確実に男の目を惹く容姿なのだが自分には心に決めた女性がいるのだ。

俺「そ、そうか……そいつはおめでとう」

アイリーン「むふふ! もっと褒めても構いませんよ!? 俺さんもむしろ褒めたいでしょ!? さぁさぁ! もっとアイリーンを褒めてください!」

俺「おぅふ」

頭を撫でろと言わんばかりに身を乗り出すアイリーン。
しかし俺の注意は彼女の柔らかな長髪よりも腕に押し付けられる年不相応に育った連山に引き寄せられた。
引き締まった自身の二の腕をすっぽり挟み込む大きさの柔房。僅かに身体を動かすたびに二つの双球は柔らかに形を変えていく。
流石は自由の国リベリオン。広大な大地によって育まれた乳肉は圧巻の一言に尽きよう。
乳房がここまでたわわに実っているのだから、尻の果実はさぞボリュームに富んでいる違いない。
雄の本能を忠実に再現するかのように自然と蠢く十指。
銃弾と熱線が飛び交い、遥か頭上には異形の巣が黒々と渦巻いているにも拘わらず、うら若き少女の肢体に意識を奪われている最中、不意にもう片方の腕を掴まれるなり乱暴に引っ張られる。

ラル「んんっ!! アイリーン少佐、だったか? 救援は有り難いがそのような話は司令部からも聞いてないんだが?」

視線を移せば額に青筋を浮かべ、強張った笑みを湛える最愛の女性がいた。
この男は私のものだと言わんばかりに抱き込む二の腕にぐいぐいと乳房を押し付ける恋人の姿に俺は束の間の癒しを味わった。
日ごろ大人びたラルがこうも子供っぽく嫉妬の念を露にするとは。それだけ自分が愛されていることを実感し、俺は彼女への愛しさを更に加速させる。

アイリーン「副大統領からのご指示です。何せ急な指令でしたので」

俺「副大統領? リベリオンのか?」

副大統領。その言葉が耳朶を打った瞬間、ラルの頭の中に何かが嵌め込まれた音が響いた。
いつぞや彼の部屋を訪ねたとき、テーブルの上に置かれたアルバムを目にしたことがある。
ラルの脳裏に蘇ったのはそのときに見つけた一枚の写真。恋人とスーツ姿の男が握手する写真だ。
見覚えはあるものの誰なのか、その時は思い出せなかったスーツ姿の男の正体。しかしアイリーンの言葉でいま漸く思い出した。

ラル「お前のアルバムに納められた写真の男だ! スーツ姿で握手をしているものがあっただろう!」

俺「あいつが……?」

どうやら自分が知らぬ間に随分と出世したらしい。
副大統領に上り詰める
文の一つくらい寄越してくれてもいいじゃないかと胸裏で零す一方、世界各地を転々と渡り歩いているのだから所在を掴めるはずもないかと独りで納得する。

アイリーン「ホワイトハウスの命を受け、我らウィッチ隊並びに機甲兵団。微力ながら助太刀させていただきます! いくわよ、みんな!」

リベリオンウィッチーズ「イエスマム!!」

遠ざかっていくアイリーン率いるリベリオンの航空歩兵部隊。
見渡せば他にも増援として作戦領域に突入してくる別部隊の姿も見える。おそらくはヒスパニアからの援軍だろう。
先陣を切って部下の少女たちに指示を飛ばす人物にも見覚えがあった。

ラル「なぁ……おれ」

俺「え、あ……はい」

不意に真横から投げかけられた言葉に俺の身体が強張った。背筋を駆け抜ける悪寒。
その凍てついた声音に口調、自然と敬語に。

ラル「この戦いが終わったらお前の異性関係を詳しく聞かせてくれないか? 随分と華やかさに富んでいるようだからな。恋人として把握しておきたい」

俺「いや、それは。そのですね」

ラル「…………」

次第に強まっていく恋人の鋭利な眼光。
心臓を鷲掴みにでもされているかのような圧迫感を覚えた俺が選んだのは降伏であった。

俺「はい。お話します」







俺が恋人に対し降伏宣言を出すのと時を同じくして、仲間Bは前方にて歩兵隊を追撃する蜘蛛型に狙いを定めていた。
あの男には色々と言いたいことはあるが、今は目の前の障害を叩き潰すほうが先決だろう。
さて報酬分は働くかとぼやいた瞬間、男は己が輪郭を掻き消し、人体の限界を超える疾走で獲物へと肉薄した。
前方から退却してくる歩兵隊の静止を振り切りながら。進路を塞ぐ邪魔な瓦礫を、その人外めいた膂力で以って砕きながら。
餓獣の眼光を碧眼に宿した仲間Bは敵対象を自身の射程圏内へと引きずり込むなり、右腕を矢の容量で引き絞る。
何ら武装もしていない男の神風特攻。
常軌を逸した判断に誰もが無謀と叫ぶなか、その姿を何の感慨もなく見下ろす俺だけは知っていた。
男が振るう腕の恐ろしさを。その尋常ならざる膂力が叩き出す圧倒的な破壊力を。

胸裏を焦がす闘争本能に唇を吊り上げる仲間B。幾度も味わってきた感情だが、その起源はいつだったか。
思考に慣れぬ脳を回転させた男は幼少時のある記憶に辿り着く。
それは初めてウィッチと相対した記憶だ。それは初めて敗北を刻み付けられた記憶だ。
地面に倒れ伏す自分を見下ろす少女の美貌は今でも思い出せる。
風に弄ばれる黄金色の長髪。優美な意匠の青い服。レンズ越しに姿を覗かせる凛々しげな瞳に宿った侮蔑の色。
あぁそうだ。あのときだ。初めてあの女に会ったときだ。
自分よりも二、三年下の餓鬼の癖に貴族の誇りだが何だか知らんが役にも立たない信念を胸に抱くあの女に打ちのめされたときだ。

仲間B「ッはははは」

あれからだ。己の肉体を徹底的に磨き上げ始めたのは。
摩訶不思議な力を超えるために鍛えるようになったのは。
大空を舞い、地を疾走する魔女たちよりも自身の武を誇示してみせると決意したのは。
脳髄に浸透する喜悦に浸りながら仲間Bは名も知らぬ少女に感謝の念を抱いた。
この身を奈落にも等しい魔道に落とす切欠を与えた少女を礼賛した。
彼女と出会わなければ自分の拳は怪異の装甲を撃砕する域にまで至らなかっただろう。
歴史すら操ってみせる薔薇十字と出会うこともなければ、魔の最奥を植え付けられることもなかっただろう。
幼い自分に進むべき道を示した少女に、パ・ド・カレーの館で出会ったあの少女に全身全霊の感謝を捧げながら仲間Bは引き絞った右腕に力を込めた。

仲間B「エェェェェェェェェアアァァァアァァハッハッハッハァァァァ!!!」

直後、狂した哄笑を伴って射出される魔拳。
人体の限界を超越した速度で繰り出される拳の威力は砲弾のそれに等しい。
事実、男の拳撃は着弾と同時に蜘蛛型の前面装甲を撃砕するにまで至っていた。
破片が飛び散り、自らの身体に突き刺さることへの恐れなど微塵も持ち合わせていないかの如く。
男は尚も突き込んだ拳と腕に力を傾注し、街区一つ軽々と消し飛ばした鬼腕を突き刺す。
右足を一歩前へ踏み出し、上体を小刻みに震える蜘蛛型に密着させ、

仲間B「づぅぅぅぅおぉぉらぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!」

裂帛の怒号と共に折り曲がる右腕を、左足を踏み出すと同時に前面へと突き出した。
拳の先端に伝わる何かが弾け飛んだ手応え。間髪入れず右前腕部を包み込んでいた重量が消え失せる。
刹那、再び周囲一面を震撼させる砲声にも聞き取れる爆音。されど放たれたものは砲弾に非ず。
戦火に焦がされた街灯を次々と巻き込みながら、撃拳によって吹き飛ばされた蜘蛛型が直線的な軌跡を描く。
そのまま歩兵隊を蹂躙せんと自身の後方で跋扈する蠍型の群れへと突き進んで、激突。
次いで咲き散る純白の徒花。どこか粉雪を思わせる光景に、音を置き捨てた拳撃を放った男の口から静かに哄笑が零れ落ちる。
腹の底から搾り出されるそれは耳にする人間によっては不協和音でしかない下卑た哄笑。
燃え上がる炎を背負い、純粋な膂力で以って異形を屠り果たした長躯は魔王と呼ぶに相応しい魔気を纏っていた。

仲間B「――――ッ!!!」

男が天を仰ぐ。
吐き出したのは叫びではなく咆哮。自身の力を盛大に誇示できる喜悦に染まった男は、全身を駆け巡る猛りに身を任せるかのように再び疾走を開始する。
降り注ぐ砲弾を腕の一振りで消し飛ばし、行く手を阻む瓦礫を粉砕し、一心不乱に対象との距離を詰めていく。
あぁ、この肌を焦がす戦火。絶え間なく轟き渡る砲音。
いつ命を絶たれるかも知れぬ震慄。そうだ、これだ。これこそが戦場。
人が生き死にする場所。生命がもっとも強い輝きを放つ宝物庫。そして自分が誰よりも、何よりも強く輝ける大舞台。

仲間B「ハァァァァァァッハァァァァァァァ!!」

間合いに引き込み、腰を落とすと同時に腕を引き絞る。
今正に男は。己が辿り着いた境地を誇示せんと魔の最奥を開かんとしていた。
鍛錬によって磨かれた武こそが男の王道と信ずるだけに、薔薇十字から押し付けられた術式による魔技発動は仲間Bにとって恥辱以外のなにものでもない。
しかしブリタニアで拳を交えたあの切り裂き魔のようにウィッチと敵対する状況も想定すると、この術式ほど対ウィッチ戦に効果があるものもまた存在しない。
古今東西、ありとあらゆる術式が編み出された。けれどもこの術式を突破できる者など、この世にはどこにもいない。いるわけがないのだ。
編み出した存在が伝説に名を刻んだ魔女だけに、習得していないウィッチではそもそも同じ土俵で勝負することすら不可能なのである。
躯の奥底から溢れ出る力を感じつつ、仲間Bはそれら全てを右の拳へと傾注する。
人間の限界を見事超越してみせたその拳に。
堅牢なる怪異の装甲すら砕いてみせるその拳に。

仲間B「顕現ッ」

最奥術式――発動

魔技――解放

仲間B「天昇――」

男が右腕を腰に引きつけると同時に、その拳に注がれた魔法力が青白い光へと変化した。
粗暴で兇悪で。
ひたすらに破壊力のみを追い求めた至高の拳に、ただ輝きを添えるだけにも拘わらず。
その輝きはあたかも万物照らす陽光を髣髴させた。

仲間B「日輪!!」

強靭な踏み込みとともに仲間Bは空を引き千切る勢いで腰に引きつけていた右腕を振り上げる。
刹那、光輝放つ撃拳の直撃を許した蜘蛛型が鈍い衝撃音を置き捨て、遥か大空へと打ち上げられた。
物理法則を破り捨て。重力の楔を容易に引き千切って。
超重量体は速度を落とすことなく進路上に位置する雑兵全てを巻き込みながら、上昇を続け、遂には悠然と大空を泳ぐ大型を道連れに結晶と化した。







――同刻、北地区六番大通り


爆斧翁の異名を取る男がいた。
老いてもなお激戦区へと身を投じ、現地で拵えた戦斧を手に取り、幾多のネウロイを轟沈させる姿からそう名づけられた。
銃器といった類の兵器を一切使わず敵陣へと突入しては異形の群れを自慢の戦斧で悉く切り伏せていく様は伝説を通り越し、ある種の怪談として密かに語り継がれている。
人とは思えぬほどの強靭さと敵を討ち滅ぼす執念の尋常さが彼を何度も死地へと追い込んでは生へと引揚げていった。
どれだけの重傷を負い、障壁を展開することが不可能となった後も男は決して戦うことをやめなかった。
戦場こそが我が理想郷とでもいう生き様に。宿す異質とも取れる戦意に周囲の人間は口々に囁く。

曰く、あんなものが人間であるはずがない。

曰く、あれはネウロイに殺された亡霊が集まって出来上がった怪物である。

爆斧翁。そのような異名で呼ばれるようになって幾年経ったか。それすら老兵の記憶には残っていない。
ただ分かることは自身を本来の名で呼ぶ者はもうこの世を去ったということ。
共に技巧を磨きあった戦友たちは戦塵となって消えていった。
想いを寄せていた女も老いの波に呑まれていった。
魔の最奥を会得し、人であることを放棄した身でありながら。
捨てたはずの過去に自分でも知らぬ内に浸っていることに気がついた老兵は、静かに喉を鳴らして己を嘲笑う。

「……くだらん」

戦火に炙られ、高熱を帯びた愛用の戦斧を操りながら吐き捨てた。
この身は既に修羅と同義。長年の歳月を経て培った技量と会得した魔の最奥を駆使して敵を屠るだけの存在が、女々しくも過去に囚われている。
これを滑稽といわずして何といおう。

爆斧翁「くだらんな」

彼方から届く魔王の哄笑を耳に入れる老兵は迎撃体勢を整えた。
腰を落とし、長年の戦友を腰溜めに。
鼓膜を打つ不快な騒音。徐々に全身へと伝わってくる振動。
並大抵の歩兵ならばそれだけで逃げ出す大音響を前に腰溜めに構えた戦斧を振りかぶる。

爆斧翁「ッ!!」

裂帛の気合を伴って迸る横薙ぎの一閃。
燃え盛る炎を銀光が駆け抜けた直後、鋭い風切り音が光の軌跡に追従する。
鍛え抜かれた戦斧の刃を受け、前脚を切り裂かれた蜘蛛型が音を立てて転倒する様に勝機を見出した老兵はすかさず刺突の構えを取った。

爆斧翁「…………顕現」

頂端に備わった槍部を前のめりに倒れ伏した蜘蛛型のボディに突き立てるなり、重量を感じさせない動作で持ち上げる。
いとも容易く。重力など微塵も感じずに。
戦火の灯りを浴び、鈍い光沢を放つ貫かれた蜘蛛型の装甲。

爆斧翁「黒鎚!!」

自身の身の丈を上回る蜘蛛型を串刺しにした戦斧を。即席の鎚に見立てたそれを。
肉薄する蠍型に向け、戦車をも容易に串刺しにする尾針が伸びるよりも先に真上から叩き落す。
ぶつかり合う二体の異形。
二つの堅牢な装甲が激突し、不可視の衝撃が巨大な土煙と大音響を伴って周囲一帯へと拡散した。
原型を留めぬほどに拉げた蜘蛛型と蠍型が砕け散り、次に衝撃を浴びた周囲の建造物が軒並み倒壊を開始。更なる土煙を巻き起こす。
北地区全域を覆い隠すそれが消え失せると同時に飛来した隕石が激突したかの如く、老兵を中心とした周囲の地面が陥没していた。







――同刻、東地区二番通り

半壊したアパートメントの屋上に一人の少女が立ち尽くしていた。
小柄で華奢な体躯を和装で包んだ少女だ。肌と髪の色、そしてなにより纏っている衣服の意匠から扶桑人であることが見受けられる。
極東の島国に住まう人間特有の艶やかな黒髪から覗かせる黒瞳。黒真珠を思わせる双眸に浮かぶ光は、不安。
よく観察すればその小柄な身体が小刻みに震えていることも見て取れる。

仲間E「だいじょうぶ……きっと、だいじょうぶ……!!」


少女は――仲間Eは笑う膝に力を込めて、自身が展開した魔技の発動時機を計っていた。
整った色白の容貌にうっすらと玉粒の汗が滲み出ている様から少女の精神が如何に緊迫しているが窺える。
速まる心臓の鼓動。息が思うように吸えない、吐けない。悪寒が衣服を通って肌を撫でる。
怖い。怖い。
自分には魔王や翁のような異様なまでに突出した身体能力などない。
ましてや自ら敵との距離を詰めるほどの胆力も持ち合わせていない。
けれども、この場を訪れたのは自分の意思だ。自分で決めて、自分で足を運んだ。

仲間E「怖がっちゃ……だめっ」

だからこそ最後まで成し遂げなければならないと自身を律するように、震えた声を絞り出す。
怖がるな、怖がるな。
そう何度も言い聞かせる少女の耳に近づく戦闘脚の駆動音。

「貴女ここで何をしているの! この東地区に展開されていた部隊は撤退したのよ!?」

恐怖と対峙する少女を見咎めたのは一人の航空歩兵だった。
所々破れ、煤煙で汚れた魔法繊維の軍服が焦燥に駆られた彼女の言葉を裏付ける。
展開されていた部隊は撤退した。だから貴女も後退なさい。
叱り付けるような航空歩兵の言葉に気弱な少女はいつになく安堵した。展開されていた部隊が撤退したのならば何ら気兼ねする必要もない。

仲間E「いきますっ!!」

臆病な自分に言い聞かせるように叫ぶ。
さぁ、変えよう。造り変えよう。創造しよう。
力はこの手にある。思うままに、望むままに、欲するままに。

仲間E「顕現!」

術式発動の言霊を高らかに紡ぐ。
祝詞が発せられた直後、少女の意に応じるかの如く東地区全域に設置された護符が天に向かって黄金色の光を放射した。
太陽の光よりも柔らかく、月の光よりも力強い黄金色の輝きが暗雲へと突き刺さる。
次第に膨れ上がる五つの光。雷電にも似たその光輝は次第に強さを増していき、

仲間E「金剛夜叉明王陣!!」

瞬間、黄金の光によって囲まれた空間が。すなわち、全ての戦力が撤退を終えた東地区が巨大な雷光に埋め尽くされる。
古来より雷はあらゆる障害を貫く神格と看做されてきた。
それ故に、太古の昔から世に顕現し続けてきた怪異が黄金の輝きに成す術も無く調伏されるのは自明といえよう。
気高き光に呑まれた異形の軍勢が砕かれ、四散していった。





東地区の方角から発せられた鮮烈な輝きに俺は片手を翳して日除けを作る。
目が眩むほどの神々しさを帯びた光輝。
その周囲に黄金の雷が纏わりついている様からおそらくは金剛夜叉明王陣だろう。
しばらく顔を合わせぬ内に随分と凶悪な魔技をまた一つ習得したものだ。
十にも満たぬ少女が繰り出すには余りにも強大な術理。
流石は仲間Aと薔薇十字が見込んだだけはある。魔女としての全盛期を迎えればそれこそ“部隊”での主宰を務めるほどの逸材に成長するだろう。

仲間B『――お膳立ては終わったぜ。さっさとアレ殺っちまえよ、砲手!』

俺「言われるまでも――」



十指の先端から繰り出される極細の衝撃波。
それらが織り成す弾幕によって蠢く黒を次々と薙ぎ払う。
火力の低さから中型、大型に対しての効果は期待できないが、小型種程度ならば一発で撃墜に追い込むほどの威力は秘めている。

俺「ねェッ!!」

空気を引き裂く勢いで右手を前へ。同時に轟く大音響。
天へと昇る神獣の咆哮を彷彿させる霹靂を伴って発射された広範囲かつ高威力の衝撃波が小型、中型、大型を問答無用で呑み込んでいく。
数にして百機強。その全てを一撃で滅した俺の視界が前触れも無く歪んだ。手足の痺れに続き、脱力感が全身を包み込む。

ラル「大丈夫かっ!?」

俺「少し……無理しちまったかな」

ラル「もういいっ。退がって魔法力の回復に努めろ。あとは私たちが引き受ける」

体勢が崩れた俺の身体を支えたラルの瞳に不安の光が弾け飛ぶ。ある時を境に彼の魔力は大幅に減衰した。
障壁を展開することが出来なくなっただけではなく、今のような高い威力の衝撃波を放つことも本来なら不可能に近いのだ。

俺「まだ戦える。無茶な機動が出来なくても引き金を引いて……衝撃波を放つくらいは出来るさ」

ラル「もうお前は充分に戦った。早く戻れ……戻って、くれ……」

肩に置かれた手に力が入る。零れ落ちる声音にも悲痛な色が混ざりこむ。
彼女の澄んだ瞳に揺らぐ不安と恐怖の色を見逃さなかった俺は改めて自分が愛する女性に愛されているのだと実感した。胸の奥が満たされていく感覚を味わった。
同時にグリップを握る手に力が戻る。こんなにも自分に対して愛情を注いでくれる彼女を置いて引き退がっては男が廃るというものだ。
無論、彼女だけではない。502のウィッチたちもまた失いたくない存在である。故に彼女たちだけに危険な役目を押し付けるわけにはいかない。
そうとも。自分の女くらい自分の手で守れなくてどうする? 何を成せる? 幸せにしてやれるのか?
否、否――断じて、否。

俺「好きだ。グンドュラ。愛してる」

だからこそ己自身に刻み込むように、俺は彼女への愛を口にする。
そうすることで、胸裏に宿る決意を更に固めることが出来るから。
そうすれば自分の覚悟は揺ぎ無い域にまで達するから。愛する彼女のためならば、自分は力すら捨てられるから。

ラル「何を、いきなり……!?」

俺「グンドュラは……?」

ラル「今ここでそれを聞くか!?」

唐突に囁かれた愛にラルの頬に朱が差し込んだ。
その紅色が真剣な雰囲気を壊されたことによる怒りからくるものなのか、告げられた愛の言葉に対する羞恥からくるものなのか。

俺「グンドュラの気持ちも知りたい。どんな場所にいようとも。何度だって聞きたい」

肩に乗せられた手の強さと一対の黒瞳の奥底に宿る光。
その眼光を前に彼が心の底から自身が囁く愛を求めていることを察したラルは数秒の間黙考し、口を開けては閉じるといった動作を繰り返し

ラル「言わなくても分かるだろう……! 好きだよ……私もお前のことが、お前のことを、誰よりも……何よりも愛している……!!」

いまは戦闘中だというのに。早くこの手を振り払って隊員たちの指揮を再開しなければいけないというのに。
愛しい男に触れられることが。愛を囁かれることが。そして恋人に対する想いを口にすることが。
こんなにも熱くて、柔らかくて、切なくて愛おしいことなのだと実感しながらもラルは想いの丈を吐き出していく。

ラル「だから……だから……!!!」

俺「…………そうか」

その言葉が聞けてよかったと言わんばかりに男は柔和な笑みを零した。ラルへの愛情に至高の幸福を抱いた俺は自身の胸裏に誓いを刻み込む。
いまここに誓おう。
万障が立ちはだかろうとも彼女を守り抜くと。
この命脈朽ち果てるまで彼女を愛し抜くと。
そのために、あの邪魔な暗雲を打ち砕こう。

俺「定子! 巣の付近に航空歩兵隊と戦闘機部隊の数を教えてくれ!! もしも残っている部隊があればそいつらに大至急巣から退避するよう指示してくれ!!!」

定子『――……確認しました! 巣付近に存在する航空歩兵隊並びに戦闘機部隊はありません!!』

俺「そいつは重畳。思う存分撃てるってもんだ。あれは俺が引き受ける。お前ら……手ェ出すなよ?」

喜悦に満ちた声音で“戦友“どもにそう告げる。

仲間B『――ハッ! あぁ良いぜ。特別に譲ってやらァ。テメェらも聞いたな? 我らが主宰代行様がでかい花火打ち上げてくれるとよォ!!!』

仲間E『――俺さん! 御武運を!』

仲間F『――君の一撃を見るのも久しぶりだな。盛大に頼むよ。ジーク・ハイル』

爆斧翁『――さっさと片付けろ。斧を一振りする度に建物が壊れていくのは気分が悪い』

俺「あぁ心配するな。特等席で魅せてやるよ」

喉を鳴らし、俺は右腕を持ち上げる。
楽団の指揮者のように。
断罪の刃を振り下ろす執行者のように。
男は――砲手は目障りと断じた芥を砕かんと残る全ての魔力を引き出した。


推奨BGM:

収斂、収斂、収斂。
全魔法力を右腕に供給。灼熱を帯び始めた“砲身”を旋回。標準を怪異の巣窟へ合わせる。
暗夜より黒く、深い闇色の瞳が突き刺す眼差しの先に佇むは巨大な暗雲。
今日に至るまで叩き墜とし続けてきた怪異のそれとは比にならない極大さ。

ラル「お、おれ? おまえ……何を、するつもりだ?」

意識を集中させる彼の耳朶を打った声音はすぐ傍らで寄り添う恋人のそれであった。
震えた声色に含まれた感情は恐怖か動揺か。あるいはその両方なのかもしれない。
怯えの色を携えた碧眼に映る俺の姿。全身に魔法力を充溢させる様から何か奥の手を叩き込まんとすることは想像に難くない。
にも関わらず頼もしさといった感情が沸いてくることはなかった。
それどころか、まるでこれから繰り出す一撃を境に彼が消え失せてしまいそうな錯覚が、あたかも敵を道連れにするかのような錯覚が胸裏に不安を招き入れる。

――やめろ……やめてくれ。そんな悟った目をしないでくれ

そう言いたくても声を発することができない。
その腕を掴みたくても、その身体にしがみつきたくても身体が思うように動かない。動いてくれない。

俺「静かにしていてくれ。すぐに終わらせる」

少女の心情を知ってか知らずか、残存魔力全てを右の砲身に傾注する俺が返す。
減衰期を迎えたことで弱まり、胸の奥底で燻っていたはずの脆弱な火花が一瞬にして劫火へと変わり、全身を覆い尽くす感覚を抱きながら。
周囲の大気を歪ませる膨大な魔法力を全身に充溢させているにも拘わらず、声色は無風の湖上を彷彿させる穏やかさを帯びていた。
言うなれば嵐の前の静けさ。あるいは蝋燭に灯る火が消える間近に放つ最後の輝きか。

ラル「や、めろ……やめて、くれ……」

全身を雁字搦めにする縛鎖の合間を通るかのように唇から零れ出した掠れ声。
もういいだろう? その身体も、精神も充分過ぎるほどに磨り減らした。
本当は飛び続けていることさえも苦痛でしかないのに、どうして……どうして――

ラル「どうして、お前が……! お前だけが! そんな危険を負う理由は、どこにもないだろう!?」

俺「…………あるさ。理由なら、ある」

応えた俺が“砲口“を開いた。その中央に集束する魔力光粒子。
質量は秒刻みで万倍以上の膨張を続け、遂には恒星規模の輝きを放ち始める。

俺「惚れた女を命懸けで守り抜く。男が身体張る理由なんざ、それぐらいで充分だろう」

己が胸裏に刻み込むかのように返す。その瞬間、凝縮された魔法力が音も立てずに弾け飛んだ。
弾け飛ぶ魔力光粒子。しかしそれらは霧散することなく、あたかも意思を有しているかのように宙を舞い、俺の右手の先端に魔法陣を形成していく。
法陣の表面に刻まれる四重円に囲まれた八芒星。その中央に浮かび上がるのは薔薇が絡み付いた十字の紋様。
障壁とはまた異なる見慣れぬ意匠は魔砲の門たる証。対象を確実に死に至らしめる必滅の理。

俺「さぁ……始めようか」

零れ落ちた言霊に呼応するが如く。
青白い光輝を放つ魔法陣の色彩が鮮やかな紅蓮へと変化すると同時に。
俺の体内に充溢する魔法力が溢れ出し周囲に突風を巻き起こす。
前触れも無く発生した暴風が。彼の地金を象徴するが如く鬼気孕む不可視の鉄槌が。
周辺空域を漂う小型を次々と打ち据えていく。
次いで全身の血液が激しく流動する感覚が男の脳を襲った。一際激しい脈動を放つは右腕。
どうやらブリタニアの一件で切り裂き魔に刻み込まれた傷が再び開き始めたらしい。
おそらく、この一撃を以って自身の右腕は失われるのだと俺はどこか他人事めいた感慨を抱いていた。
右腕一本、全魔法力。それが巣を破壊するために俺が差し出す代償。
不思議と恐怖といった感情は微塵も湧き出ない。
むしろ腕一本と全魔法力で巣を破壊できるのだ。安い買い物である。
ただ心残りがあるとすれば、両の腕で彼女を抱きしめてやることが叶わないことだろうか……

俺「グンドュラ……?」

寂寞の念を振り払うと同時に右腕を掴まれる。
自身の腕に伸びる、カーキ色の軍服に包まれたしなやかな左腕。
目を丸くしつつ視線を向ければ右腕を掴むラルが俯かせていた顔を上げ、

ラル「何を言っても……無駄、なんだろ……っ!?」

零れる大粒の涙に濡れる頬を引き攣らせた。
青い瞳に宿るのは諦念にも似た色。けれど、その奥底には硬質なる覚悟の光が強い輝きを放っていた。
もうお前を独りにはさせない。お前だけには背負わせない。
泣き顔とも笑顔とも取れる美貌の裏に隠された決意を垣間見た俺はただ、涙で濡れる白い頬に空いた左手を伸ばし――

俺「……ごめんよ。また、泣かせちまったな」

ラル「まったくだ……おまえと出会ってから、涙を流す回数が増えたぞ……っっ!!」

俺「……悪い」

こればかりは譲れそうにない。
仲間Bの撃拳も爆斧翁の斬撃も巣には届かない。仲間Eが有する魔技のなかでも最高火力を有する五大明王陣も展開には幾許かの時間を要する。
かといって彼らほどの火力を有するウィッチもまたいない。
無論、彼女らが非力なのではない。ただ彼らが、薔薇十字によって術式を与えられた彼らが異常なまでに突出しているだけなのだ。
その異常者が集う部隊に重装砲手として名を連ねている自分にしか、この大役――超高火力による超広域破壊は務まらないだろう。

ラル「なら、ちゃんと。責任を取ってくれ……」

言うや否や俺の胸倉を掴んだラルが顔を近づけ唇を重ねた。いや、重ねるというよりは押し付けるといった方が正しい。
強引で、力強くて、それでいて愛情がはっきりと伝わる口付け。
脳髄を麻痺させる不意打ちに俺は数瞬の間自分が戦場にいることを忘却した。
背に回された彼女の右腕が、胸板に押し付けられる乳房から伝わってくる心臓の鼓動がいつになく心地良く感じられる。

俺「これじゃ……物足りないみたいだな」

恋人の青い瞳に揺らぐ、物欲しげな光に笑みを零す。

ラル「当たり前だ……ばかっ」

俺「わかったよ……おまえを泣かした分。いや、その数十倍も、数百倍も、数千倍もおまえのことを幸せにしてみせる。約束するよ」

口にするなら、囁くだけなら詐欺師にも出来る誓い。
しかし、その言葉に込められた信念は詐欺師では到底真似出来ようの無い堅さを秘めていた。

ラル「言ったな……? 嘘じゃ、ないな?」

俺「約束するって言っただろう? この戦いが終わったら、足りない分たくさんキスしよう。何回でも何十回でも、それこそ何百回でも」

だから見ていてくれ。
お前が愛した男の輝きを。お前や他の連中を守れるなら、もうここで魔法力を捨てても構わない。
航空歩兵としての生命も投げ捨てて構わない。
お前と飛べなくなるのは寂しいけど、お前を失う方がもっと嫌だから……後悔はしないよ。

ラル「そうだな……そうだったな。お前はそういう、男だったな……」

言外に含まれた情念を察し、静かに笑みを零すラル。もうその瞳に迷いも不安もなかった。
涙を拭い、再び俺の右腕を支える。

俺「……ありがとう。補助、頼めるか?」

ラル「……っぐ……任せろ。しっかりと支えてやる。だからあいつを……叩き潰してやれ!!!」

俺「応ッッ!!!」



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愛しい女性を抱く腕を砲身に変化させ、砲手は天座に佇む異形の巣窟に視線を送る。
繰り出さんとするは必滅の一撃。万象全てを屠る殺戮の覇道。

俺「破ッ!!」

巨大な八芒星から放たれる黒みがかった深紅の衝撃波。
膨大という言葉が霞むほどの魔法量が凝縮された力の奔流が極超音速で突き進む。
周囲の空間歪ませながら。雨粒一つ余さず蒸発させながら。
射線上に位置する雑兵全て呑み込んで。防ぐ術も、躱す術も与えずに。
いや防いだとしても、盾も壁も瞬時に砕かれるだろう。着弾したあらゆる対象を強制的に滅却する力を持つが故に防御という概念が撃砕されている。
端から逃げ込む空間が消去されているのだから躱すにしてもまた然り。
顕現した破壊の権化―――名を覇道轟砲・諸行寂滅。薔薇十字から賜った術式を基に長い歳月を掛けて掴み取った魔技の一つ。
減衰期を迎え、本来有していた必殺性は幾分か削げ落ちているものの徹底的に強化された点と面が織り成す火力は総軍のそれを悠に上回る。
正に全身全霊集大成。この激戦の終幕を飾るに相応しい一閃。

俺「ッおおおおォォォォッ!!!」

ラル「ッあああァァッ!!!」

互いを滅さんと、突き進む紅蓮光と疾走する超魔力体が中間地点で激突した。両者共に繰り出すは至高の一撃。
齎す結果は文字通り天地を揺るがす衝撃を周囲一帯に波及させる。
衝撃波を通して激突時のインパクトが俺の、そして彼を支えるラルの身体に叩きつけられ二人の唇から苦痛に塗れた叫びが迸った。
国一つ焦土へ変えうる一撃との鍔迫り合い。直撃せずとも人体に充分過ぎる負荷が掛かるのは自明である。

ラル「俺! 無事……かっ!?」

全身の骨が軋む感覚を覚えながらも、俺の右腕を支える力だけは緩めない。
朦朧とする意識を持ち前の強靭な精神力で維持しつつ、火砲の照準が乱れないよう更に身体を密着させる。

俺「……あぁ! まだ……まだァッ!!」

発せられた喘鳴。されど戦意は潰える気配を見せていない。
砲身に力を込める俺が前方でぶつかり合う自身の切り札と熱線の凌ぎ合いに、やはりと胸裏で零す。
魔力減衰の影響か、放った魔技からは肝心の必殺性が欠け落ちていた。
着弾した瞬間――現象、物質、物理法則、因果の法則すら強制的に滅却するのがこの魔技の真髄。本来ならばこうした凌ぎ合いすら起きないのだ。
だというのに今では巣から繰り出される熱線と同等の威力しか発揮できていない。
このまま鍔迫り合いを続ければ魔法力切れが起きるのも時間の問題だろう。そうなれば自分はおろか傍らの彼女さえも呑み込まれてしまうのは必至。

俺「っは、は、は、は、ははははははっ」

にも拘わらず、零れ落ちたのは嗤笑だった。
くだらない。あぁ、くだらないぞ。
この程度で俺の愛を砕くだと? こんな生温い熱線如きで彼女への愛を呑み込むだと? 笑わせる。
何が王手だ。何が詰みだ。何が窮地だ。
眼前に迫り来る駒など全て力づくで盤上から叩き落せば良い。わざわざ相手の土俵に立ち、同じ法に従って相手をしてやること自体が馬鹿馬鹿しい。
そうとも、そうだとも。


邪魔な存在は全て消し飛ばしてしまえば良い!!


故に壊れろ。全て壊れろ。死に絶えろ。
俺たちの未来に貴様らなど必要ない。脇役は脇役らしく、せいぜい歌劇に華を添え潔く退場しろ。

俺「……っぐ、がぁ、ァッ――あぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!」

拮抗状態を打破せんと出力を上げた途端、右腕に刻み込まれた傷口が開き鮮血が迸り衣服を濡らしていく。
ブリタニアで消去した切り裂き魔に刻まれた怨嗟が今になって蘇った。
脳を突き刺す激痛に顔を顰めた瞬間、必滅の理が綻びを生み、一気に押し返されてしまう。
速度を上げて迫る紅蓮光。爆音を伴って肉薄する熱線の火力を段々と肌で感じるなか、隊員たちの絶叫がインカムから漏れ出した。

ラル「おれっ!?」

俺「っぐ…………安心、しろ! お前が愛する男は……誰にも、負けはしない!!」

叫ぶ俺がラルの肩を抱く左腕を持ち上げる。
伸ばした中指と人差し指を用いて空中に二つの四角が織り成す八芒星を形成。

俺「お前を――グンドュラ・ラルを愛する男は……」

宙に描かれたそれが眩い光輝を放った瞬間、幾多の法陣が次々と浮かび上がる。
増加の勢いは止まる気配を見せず、遂には天をも埋め尽くす。
その数――

俺「こんな芥風情にッ!」


――総計、十億


俺「負けはしない!!」



魔技昇華

秘奥、覇道轟砲・諸行寂滅



――三千大千世界――



俺「――覇ッ!!!」

号令一陣。空いた左手で砲手が空を切った。
直後一斉に火を吹く十億の砲門。狙いは全て異形の巣に。
黒々とした暗雲はおろか遥か天蓋の彼方に坐する無数の星天を、太陽を軸とした宇宙領域を呑まんとする勢いで、勝利に至る軌跡が突き進む。
轟然たる咆哮を彼方に置き捨てたまま。
雨粒を乱雲ごと消し飛ばし、嵐という現象そのものを滅却し、万象あらゆる存在を無に帰していく。
この一撃を受けるということは一つの杯で地球上の全海洋を受け止めるということに等しく、放たれた以上防御はおろか無力化すら叶わない。
故に極超音速で突き進む十億の暴虐に呑まれた暗雲が残滓も残さず霧消するのは当然の帰結であった。

ロスマン「うそ……」

霧散した空を覆う暗雲と入れ替わりに鮮やかな青が視界を埋め尽くしていく。
次いで結晶化していくネウロイの軍勢。
そもそも巣の消滅という事実に理性が追いつかない。
あの極大の熱線と拮抗する一撃を放ったことも。その一撃を十億にまで増やし、数の暴力によって軽々と異形の巣窟を滅却したことも。
あまりにも現実離れした光景にロスマンはただ呆然と自身の頭上に広がる澄んだ青空を仰ぎ見ることしか出来なかった。

ラル「やった、のか……? おい、俺。見えるか? 巣が! ネウロイの巣が!!」

青空を見上げ、都市全域から湧き上がる勝利の歓声を耳にしつつ傍らの恋人へと語りかける。
圧倒的不利な戦況からの逆転に興奮を隠すこと無く言葉を紡ぐラルであったが、前傾姿勢となったまま返事一つ返さぬ俺の異常を察知し、彼の容貌を覗き込む。
途端に強張る少女の全身。一対の青い瞳に宿る不安、恐怖。

ラル「っ!?」

視界に飛び込んできたものは目を見開いて右腕を押さえ付け、必死に痛みに耐える恋人の苦悶の表情だった。
そして、それを捉えた瞬間ラルは自らの胸に走る激しい痛みに苛まれた。
大切な者が傷つき、痛みに苦しんでいるという事実が彼女の精神に爪を立てる。
出血の量が酷いのか青ざめる俺の表情。
シャツの右腕の部分も溢れだす血液に塗れ、緩やかに紅い雫を垂れ落としている。

ラル「誰か! 治癒魔法が使える者はいないか!!」

ジョゼ「俺さん!!」

ラルの言葉にジョゼを始め作戦領域に展開されていた治癒魔法を扱える航空歩兵が殺到した。

俺「っぁあぁあ!!」

歯を喰いしばって痛みに耐えようとするも、満足に顎を動かすことが出来ず、中途半端に開いた口からは激痛に彩られた叫び声だけが迸る。
傍らの少女に心配をかけぬよう何度も口を閉じようと試みるも右腕から全身へと駆け抜ける灼熱のせいで満足に顎を動かすこともままならない。
痛みに耐える俺の意思に反し、血に塗れた右腕に込み上げる熱は秒刻みで膨れ上がっていく。
どうやら代償を払うときがきたらしいと朦朧とする意識のなか、俺は静かに訪れるであろう瞬間への覚悟を決める。

そして最愛の少女への謝罪の言葉を胸の裡で零した。

ニパ「俺ぇ!!」

下原「俺さん! 俺さん!」

サーシャ「俺さん、しっかりしてください!!」

管野「お、おい! どうしたんだよ!?」

ロスマン「誰か他に治癒魔法を使える人はいないの!?」

クルピンスキー「大丈夫だよ。君はきっと助かる。だからもう少しで良いんだ。頑張って」

自身の名を呼ぶ大切な仲間たちの悲痛な声音。笑みの一つ二つ返して安心させてやりたいが、右腕に宿る灼熱は既に臨界点手前にまで迫っている。
気が付けば右腕に両手を伸ばすウィッチたちが自身を取り囲んでいた。そのなかには同じ部隊に所属するジョゼの姿も見える。
しかし、彼女たちの思いを嘲笑うかのように。俺の右腕に宿る灼熱が、爆ぜた。

ラル「え……?」

まず初めに、何かが千切れる不快な音が耳朶を掠めた。
次いでラルの視界を彩るかのように、血飛沫が彼女の眼前に飛散する。
鼻腔を突き刺す生臭い鉄錆の臭い。
徐に視線を降ろせば自身が身に纏う軍服に付着した夥しい量の紅が目に入る。
この不快な臭いは何だ? 全身に飛び散ったこの真紅の液体は何だ?


そして、何故、愛しい恋人の右腕が自身の視界を横切っているのだ?


一秒一刹那経つ毎に蘇る理性。
聡明であるが故にラルは理解する。否、理解してしまう。散らばったパズルの破片を繋ぎ合わせるかのように。状況が整理されていく。
治癒魔法を会得したウィッチたちの治療も虚しく、右腕の肘から先を喪った俺の姿をラルはただ呆然と見つめることしかできなかった。

続く
最終更新:2013年08月25日 12:30