結局、俺は部屋に夕食が運ばれてくるまで眠っていた。
芳佳とリーネが持ってきた夕食を食べ終え、俺は一日の出来事を反芻する。

俺(やっぱりこれは夢じゃないんだよな)

助かったと思ったら異世界にいて、逃げ出したら殴られ、しかも魔法が存在し、さらに女性は皆パンツ丸出し。

俺「不幸だ……いや、幸せなのか?」

それはともかく今後をどうするか。それが今、俺にとって最大の問題だった。

俺「と言っても、道は二つしかないんだよな」

一つはノーマルスーツを売った金を使い、なんとかこの世界で生きていく道。もしくは、ウィッチになってネウロイとかいう化け物と戦う道。
そのどちらかを選ばなければならない。
前者は確実性が欠けるが、少なくとも命を危険に晒さずに済む。
後者は職業を──この世界で生きていく糧を得ることができる。ネウロイとの戦争中であるこの世界なら、食いっぱぐれることは無いだろう。ただし、命の保証は無いが。

俺「軍人になる、か……」

母と妹を任せると言い残し、二度と帰ってこなかった父。その父が第一次ネオ・ジオン抗争で戦死した後、父の意志を受け継ぐつもりで、俺は連邦軍に入ろうと思っていた時期があった。
そして父が死んでから数年後──第二次ネオ・ジオン抗争が終わった直後、俺の住んでいたコロニーでジオン残党による爆弾テロが起きた。
ターゲットとなったのは、コロニーで一番大きく、交通の要衝となっていた駅だ。
その日、俺は学校の宿題で出されたレポートで忙しく、母と妹だけが買い物に出かけていた。行き先は商業地区の大型ショッピングセンター。
そして、そこに行くには駅を利用する必要があった。

俺(あの日、俺が一緒に行っていれば……)

俺は事件をニュースの速報で知り、急いで現場へと駆けつけた。
連絡のとれない母と妹を探していると、警察関係者に駅の事務所へ連れて行かれ、テロ直前の防犯カメラの映像を見せられた。
モニターの中には確かに母と妹が映っており、その直後に爆発が起きて映像が途切れていた。

俺(あれが最後に見た母さんと妹の無事な姿だったな……)

その後、警察が止めるのを無視し、俺は強引に現場に踏み込んだ。そして、踏み込んだことを後悔することになる。
そこは、一言で言えば地獄だった。
爆発であちこちが焼け焦げ、辺りには血が散乱し、その中には小さな赤黒い固まりが浮いている。
そこから先のことを、俺はよく覚えていない。
辛うじて妹のものと思わしき足が一本見つかった事。数時間後にはテロを起こした残党グループが逮捕された事。
はっきりと覚えているのはそのくらいだ。
事態をある程度落ち着いて受け止められたのは、事件から数日が経ってからだった。
そして事件の後、何もかもどうでもよくなった俺は、軍へ進む道を諦め、学校を卒業した後はそのままアルバイト先へ就職することになる。

俺「そして殺されかけ、今に至る……か」

そこまで考え、俺は自分の思考がマイナスのスパイラルを描いていることに気が付いた。
頭を切り替えるように目を閉じ、大きくため息を吐く。

俺「もうずっと昔の事じゃないか……。今は今後の事を考えないと……」

俺が改めて身の振り方を考えていると、部屋の扉がノックされる音が響いた。

芳佳「俺さーん。お風呂の時間ですよー」

俺「ああ、わかった」

俺は考え事を止め、芳佳について行く。
芳佳に案内された先はこの基地の誇る大浴場だった。
シャワー室のようなものを想像していた俺は、驚きを隠せない様子で辺りを見回す。

俺「軍の基地にこんなものがあるなんて……」

芳佳「ウィッチーズを結成する時に、坂本さんの主導で作ったんだそうですよ」

俺「へえ……」

芳佳に施設の使い方を教えてもらった後、俺は体を洗ってから湯に浸かった。

俺「気持ちいい……」

体の力を抜き、湯船の縁に身を預ける。
そのまま俺は少しの間放心していた。
すると、俺の背後からひたひたと足音が聞こえてくる。

シャーリー「よう、俺。お邪魔するぞー」

ルッキーニ「おじゃまー!」

俺「は? え、何!?」

幸か不幸か、二人とも体にタオルは巻いていたが、何故か二人揃って俺の両隣に入ってくる。

俺「な、何しに来たんだ! 俺は男なんだぞ!?」

シャーリー「分かってるよ。でもルッキーニが行こうってうるさくてさ」

ルッキーニ「俺ともっと話したかったんだもーん!」

俺は目がシャーリーに行かないように上を向く。
そんな俺を気にする様子もなく、ルッキーニは俺に話しかけた。

ルッキーニ「ねえ、俺はウィッチーズに入らないの?」

ルッキーニの言葉に俺は黙り込んだ。
ウィッチになってネウロイと戦う。
そのことに何故か抵抗を感じるのだ。理由は自分でもよく分からない。

俺「……悪いけど、答える前に二人がウィッチになった理由を聞いてもいいか?」

目の前の二人の話を聞けば何か分かるかもしれない。
そう思い、俺は質問を返した。

ルッキーニ「んーとね、あたしは魔力が高いからってスカウトされたの。それに、ロマーニャを守りたかったんだ」

シャーリー「あたしは元々バイク乗りだったんだ。それで、新記録を出した日に聞いたのさ。世界最速の魔女の話をね。んで入隊して今に至るってわけ」

二人の話を聞いて、俺はやっと気が付いた。
自分には何も無いのだ。守りたいものも、目指したい夢も。
ウィッチになる理由が無いから、迷っている。

俺「あれ?」

迷っている?
俺は自分の出した答えに違和感を感じた。
理由が無いなら、ウィッチにならなければいい。それだけの話だ。
なのに、何故迷っているのだろうか。

ルッキーニ「俺どうしたのー?」

俺「俺は……どうしたいんだろう」

シャーリー「いや、あたし達に聞かれても」

訳の分からない事を言い出した俺に、シャーリー達は困惑した。

俺「俺は二人みたいにウィッチとして戦う理由──守りたいものや夢が無いんだ。でも……」

ルッキーニ「でもー?」

俺「ウィッチに興味を持っている……のかな? いい言葉が浮かばないけど」

ルッキーニ「んじゃやってみたらいいじゃん」

俺「でも、こういう事を簡単に決めるのはどうかと思うんだよ」

シャーリー「俺は考え過ぎなんだよ。もっとシンプルに考えたらどうだ?」

俺「シンプルに……か」

結局、俺はシャーリーのアドバイスを活かすことができず、のぼせる直前まで考え込んでいた。


          ●


その後、なんとかシャーリー達との混浴はバレずに済み、俺は火照った体を冷ますために外へ出ていた。
建物の側にある森を歩きながら、ポケットを探って宇宙で拾ったかけらを取り出す。

俺「結局今の持ち物はこれだけか……。まぁ、財布を持ってきたとしても意味は無かったけど」

ただのゴミだが、俺は不思議とこのかけらに愛着を感じていた。
海が見える場所まで歩き、俺は草の上に腰を降ろした。
空には満天の星と月が浮かび、海を明るく照らしている。

俺「コロニーから見る月と違って、地球で見る月は綺麗だなぁ」

しばらく月を眺めていると、背後からガサガサと音がする。俺が振り向くと、そこには一羽のカラスがいた。

俺「なんだよ。餌でも欲しいのか?」

当然カラスは何も言わない。その代わり、何故か俺の隣に落ち着き、海を見つめ始めた。
俺はカラスの変わった行動を不思議に思ったが、見ている先が気になり、視線を海へと向けた。
視線の先には静かに波打つ海が広がっているだけだ。だが、俺は妙に自分の心が穏やかになっていくのを感じていた。
心が落ち着いたせいか、ごちゃごちゃだった頭がスッキリとしていく。そして、心に何かが浮かんできそうな感覚がした瞬間、俺は盛大にくしゃみをかました。

俺「へっくしっ! ……そろそろ寒くなってきたか」

どれくらい海を眺めていたのだろうか。
気が付くと大分体が冷えていたので、俺は部屋へ戻ろうと立ち上がった。
最後に月を見上げ、ぽつりと呟く。

俺「月はいつもそこにある、か……誰の言葉だったかな」

ふと気が付くと、隣にいたカラスはいつの間にかいなくなっていた。


          ●


俺「……しまった」

翌朝、俺は起きた瞬間に後悔に襲われた。
昨晩散歩から帰った後、疲れていたこともあってそのまま寝てしまい、ミーナに対しての返事を考えていなかったのだ。

俺「俺はなんてのんきなことをやってるんだ……」

頭を抱えながらベッドでうずくまっていると、俺は突然、肌が粟立つような何かを感じた。
頭を上げ、その感覚がする方向──窓の外へ目を向ける。

俺「何かが来る……?」

俺が窓の外を見ていた頃、坂本はペリーヌを連れ立って俺の部屋へ向かっていた。
俺を朝食に誘うためだ。
いつもならこういう時は芳佳やリーネが行くのだが、今朝は朝食の準備があるので坂本自身が呼びに行くことになった。

坂本(一緒に食事でもすれば、少しはあいつも皆と打ち解けられるかもしれん)

坂本は純粋に善意で俺のことを心配していた。

ペリーヌ(万が一あの男が坂本少佐に手を出そうとしたら、私が少佐を守りませんと!)

そして、ペリーヌは俺ではなく坂本を心配していた。
坂本達が俺の部屋の近くまで来ると、唐突にドアが開かれた。
すると、部屋の中から俺が焦った様子で飛び出してくる。

俺「坂本さん! 何かが来ます!」

ペリーヌ「俺さん……?」

坂本「何かが来るとはどういうことだ?」

俺「自分でもよくわかりません。でも、何かがここに近づいてくるような気がするんです!」

坂本とペリーヌは不審そうに俺の顔を見つめる。
だが、俺の顔は真剣そのもので、嘘を吐いているようには見えない。
その時、俺の言葉に呼応するように大音量のサイレンが鳴り響いた。

ペリーヌ「ネウロイ!? 予測では今日は襲撃が無いはず……」

坂本「ペリーヌ、ハンガーへ行くぞ! 俺は部屋で待機していろ!」

そう言い残し、坂本はペリーヌと共に駆けていった。
俺はといえば、落ち着かない様子でその場をうろうろとしていた。

俺「待機……だよな。うん、そうするべきだ」

理性は坂本の言葉に従えと告げている。
今の自分にできる事は無い。邪魔にならないよう、部屋で大人しくしているべきだ。
俺は頭の中で自分自身に言い聞かせた。

俺(でも……)

行かなければならない。
そう叫んでいる自分がどこかにいる。
その時、昨夜聞いたシャーリーの言葉を思い出した。

俺「シンプルに……か」

俺は一つ深呼吸をし、ハンガーへ向かって走り出した。




その頃、ハンガーではウィッチ達の発進準備が行われていた。

ミーナ「報告によると、敵の数は大型が1、小型が約60。現在位置は当基地から南東約20キロ、高度12000にいます」

バルクホルン「かなり近付かれているじゃないか! どうして気付かなかったんだ!?」

坂本「レーダーに突然反応が現れたんだ。さらに速度も速い。迎撃準備が整う前に突破する気なのかもしれないな」

ミーナ「既に距離をかなり詰められているわ。水際で防ぎきるためにも、今回はウィッチーズ全員で迎撃に当たります。フォーメーションは──」

ミーナが作戦の説明をしている最中、バルクホルンは気が気でない様子でミーナの話を聞いていた。

バルクホルン(ぐずぐずしていたらネウロイがロンドンに到達してしまう。そうなったらクリスが……!)

ミーナが説明を終え、いざ出撃しようとした瞬間、俺がハンガーへ飛び込んできた。

坂本「俺!? 部屋にいろと言っただろう!」

俺「すみません! でも、じっとしていられなくて……」

バルクホルン「部外者は邪魔だ! 引っ込んでいろ!」

バルクホルンが苛立ちをぶつけるように激しい口調で言い放つ。
そのあまりの剣幕に、サーニャとリーネがびくりと肩を震わせた。

ミーナ「俺さん、今は時間がないの。話は後で聞くわ。全機出撃!」

ミーナが号令をかけると、ウィッチーズが次々と離陸していく。
それを歯痒そうに見ていた俺の前にエーリカが立ち止まり、何かを手渡した。

俺「これは?」

エーリカ「インカム。これでみんなの声が聞けるよ。それなら不安にならないでしょ?」

俺「すまない、ありがとう」

エーリカ「じゃ、行ってくるね」

飛び立つエーリカを見送り、俺はウィッチ達が向かう空の彼方を見つめた。
肉眼では見えないが、間違いなく何かがいる。
俺は、その何かから発せられるプレッシャーが急速に近付いてくるのを感じていた。
最終更新:2014年10月22日 23:42