ある日の第501統合戦闘航空団基地。
その談話室でブリーフィングをしている最中、芳佳のうれしそうな声が響き渡った。

芳佳「やったー! 海だー! 海水浴だー!」

そんな芳佳を、その場に皆が『何を言っているんだ、こいつは』といった表情で見つめている。
可哀相に思ったリーネは芳佳の服を引っ張り、小さな声で教えてやった。

リーネ「芳佳ちゃん、訓練よ、訓練」

芳佳「……くんれん?」

坂本「その通りだ。我々は戦闘中何が起ころうとも対応せねば──」

坂本が熱心に訓練の趣旨を説明する中、俺はぼんやりとそれを聞いていた。
頭の中にはただ一つの単語が浮かんでいる。

俺(海……)

坂本「ところで俺、あの件なんだが」

俺「は、はひっ!? ……あの件?」

突然話しかけられた俺は、驚きのあまり変な声で応えた。
周りを見れば、いつの間にやら芳佳やリーネもいなくなっている。

坂本「G.B.R.Dの件だ。検査の結果が出た」

前回の戦闘の後、ミーナと坂本は基地へ戻ると真っ先にG.B.R.Dの故障の原因を調べさせていた。
軍の技術部からも人を呼び、大がかりな調査をさせた結果、意外な事実が判明することとなる。

ミーナ「それがねぇ……。魔力伝達回路の不具合というのが一番可能性があるらしいんだけど……」

バルクホルン「なんだ、ずいぶん煮え切らない言い方だな」

横で話を聞いていたバルクホルンが不思議そうに問いかける。
頬に手を当て、ミーナは少し困った表情で言葉を続けた。

ミーナ「分解してみたら回路のほとんどが焼け焦げていたそうなの。そのせいで原因が特定できないらしいわ」

俺「もしかして、俺が無茶な使い方をしたからですか?」

坂本「いや、あの状況では仕方がなかっただろう。むしろ責任があるとすれば、事前に武器の変更を命じていなかった私にある」

バルクホルン「待ってくれ。そもそも私の判断ミスがなければ問題なかったはずだ」

俺「なんだか論点がズレてきているような……。G-B.R.Dの件は俺が──」

ミーナ「はいはい。前回の戦闘の件に関してはもう終わっているからそこまでよ」

ミーナが手を叩きながら長々と続きそうなやりとりを収拾する。

坂本「……そうだったな、すまない。ともかく、G-B.R.Dの検査と修理は終わったそうだ。後で改めてテストをしておいてくれ」

俺「わかりました」

俺が返事をしたちょうどその時、ペリーヌが談話室へと入ってきた。
その手にはなにやら見覚えのない機材を抱えている。

ペリーヌ「シャーリー大尉がそろそろ始めるみたいですわ」

ミーナ「あら、じゃあテラスで見物させてもらおうかしら」

俺「何を始めるんですか?」

坂本「そうか、俺は初めて見るんだったな。説明するより実際見てみた方が早いだろう」

そう言って坂本達は俺を連れてテラスへと向かった。
眼下の滑走路にはストライカーユニットを装着したシャーリーがおり、ルッキーニのスタートの合図を待っている。
ルッキーニが合図をすると、シャーリーが高速で滑走路を滑っていき、その勢いのまま上空へと飛び立っていく。

俺「速い……!」

ペリーヌ「シャーリー大尉は自分で改造したストライカーを使って、非番の時にスピードの限界に挑戦しているんですの。……今、750キロを突破しました!」

ペリーヌが手元の機材を操りながら説明する。
それを聞き、俺はシャーリーが以前バイク乗りであった事を思い出した。

俺「なるほど。……ん?」

さっきまで順調に加速していたシャーリーの動きが鈍ってきている。
ミーナ達もそれに気付いたようだ。

バルクホルン「どこまでいった?」

ペリーヌ「800を越えたあたりから加速が止まりました」

ミーナ「やっぱり、そのあたりが限界なのかしら」

坂本「音速はまだまだ遠いな……」

俺は上空のシャーリーを見上げた。
おそらく、彼女はこれからも挑戦し続けるのだろう。目指すものがどれだけ遠く、困難なものであったとしても。
夢を追い続けることこそが、彼女の生き方そのものなのだから。

ミーナ「……そういえば俺さん、明日の水着は持っているの?」

なんとなく海を眺めていたミーナが、思い出したように尋ねた。

俺「そう言えば……持ってませんね」

坂本「俺は今日の午後は非番だったな。その時に買いに行くといい」

俺「わかりました」

ペリーヌ「ところで俺さん、お店の方はご存じですの?」

俺「水着を売っている店か……」

以前シャーリー達と街に行った際、いくつか店を見て回ってみたが水着は売ってなかった気がする。
俺が途方に暮れていると、意外なことにバルクホルンが助け船を出してきた。

バルクホルン「それなら私が案内をしよう。ちょうど今日はクリスの病院に行く用事もあったし、そのついでだ」

俺「それじゃあお願いします、大尉」

バルクホルン「ああ、ではまた後でな」

そう言ってテラスを後にするバルクホルンに続き、ミーナ達も基地の中へと戻っていく。
俺もそれに続こうとしたが、その前にふと背後の海を振り返った。
そこにあるのは、強い日差しを受けてきらきらと輝く一面の海原。
普通ならばその美しさに感嘆の溜息を吐くところだが、俺は反対に憂鬱そうな溜息を漏らしていた。

俺「はぁ……。海かぁ……」


          ●


午後になり、バルクホルンは俺との待ち合わせ場所である基地のゲート付近へと向かっていた。

バルクホルン「これでようやく俺と二人きりになれるか……」

と言っても、別段色気のある理由からではない。
前回の戦闘以降、機会を見ては俺に礼を言おうとしているのだが、なぜか毎回邪魔が入るのだ。
朝に言おうとすれば俺にペリーヌが話しかけ、昼に言おうとすれば芳佳やリーネが側におり、夜に言おうとすればシャーリーやルッキーニと食堂で話している。といった具合にタイミングが合わないのである。
別に誰かが側にいても問題はないはずだが、あれだけ俺を毛嫌いしていた手前、人にそういった場面を見られるのが恥ずかしいらしい。

バルクホルン「……む?」

待ち合わせ場所へ着くと俺が待っていた。
それはいい。だが、なぜかその横にはエーリカが当たり前のように居座っている。

バルクホルン「ハルトマン、なぜお前がここにいる?」

俺「俺、こっちの運転免許をまだ取得してないんです。それで運転手を頼んだんですよ」

エーリカ「そういうこと。私も非番だったし、運転が苦手なトゥルーデに任せるわけにもいかないからね」

考えてみれば当然の話だ。
むしろ、免許の無い俺と運転の苦手な自分でいったいどうやってロンドンへ行くつもりだったのか。

エーリカ「じゃあ早速行こっか。ほら、乗って乗って」

エーリカに促され、バルクホルンは不承不承といった様子で車に乗り込んだ。


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基地からロンドンまでの道中はつつがなく進み、俺は無事に水着を購入できた。
その後、3人は予定通りクリスの入院している病院へと向かうこととなった。

バルクホルン「すまない。私は先生と話があるから少し待っていてくれ」

バルクホルンが医師と話をするために別室へ行くと、俺達は暇を持て余してしまった。

エーリカ「暇だね〜。……そうだ、クリスのお見舞いに行こうよ」

俺「勝手に行っていいのか?」

エーリカ「大丈夫大丈夫」

俺はエーリカの案内で病室へと向かった。
殺風景な部屋のベッドでは小さな少女が眠っており、そこにエーリカが近づいていく。

エーリカ「久しぶりだね、クリス」

声をかけるものの、クリスはベッドで眠ったまま応えることはない。
俺はクリスの寝顔を見て、今更ながらその顔に見覚えがある事を不思議に思った。

俺(この間見えたあのイメージはいったい……)

エーリカ「あ、花が萎れちゃってる。取り替えてくるよ」

エーリカが花瓶を持って出て行き、しばらくすると今度はバルクホルンが入ってきた。

バルクホルン「やはりここにいたか。ハルトマンは?」

俺「花を取り替えに行きました。先生との話は終わったんですか?」

バルクホルン「ああ」

返事もそこそこにバルクホルンはクリスのベッドへ近づき、布団を直してやったり髪を整えてやったりと甲斐甲斐しく世話をする。
エーリカから聞いてはいたが、妹を溺愛しているというのは本当のようだ。

バルクホルン「……そう言えば、礼がまだだったな」

俺「え?」

バルクホルン「先日の戦闘の時、お前が言ってくれただろう。妹を独りぼっちにさせる気か、と」

俺「すみません。あの時は……その、目上の方に対しての言い方ではありませんでした」

バルクホルン「いや、いいんだ。あの言葉が無ければ、私は今頃大切なものを見失っていたかもしれない」

クリスの髪を撫で、バルクホルンは愛おしげに目を伏せる。
その慈愛に満ちた眼差しを見ると、俺はなぜか落ち着かない気分になった。

バルクホルン「あの時、俺が助けてくれたから私はクリスを独りにせずに済んだんだ。だから──」

バルクホルンは俺の真正面に立ち、俺の手を取る。
包み込むような柔らかさと暖かさが手から伝わるのを感じ、俺は急に頬が熱くなっていくのがわかった。

バルクホルン「──本当に、ありがとう」

俺「大尉……」

バルクホルン「そうだ、俺もクリスに話しかけてやってくれないか。先程『外部からの刺激で目が覚める可能性もある』と先生からも言われたんだ」

バルクホルンに促され、俺はベッドの側の椅子に座り、クリスの小さな手を握った。
少し冷たく感じる手に、熱を伝えていくように語りかける。

俺「ええと、初めまして。俺と言います。お姉さんとは同じ部隊で──」

俺が話しかけてから暫く経つと、クリスの様子に小さな変化が現れた。
微かにだが瞼が震え、小さく喉を鳴らしたのだ。

俺「もしかして……」

バルクホルン「目が覚めたのか!?」

しかしその後、俺やバルクホルン、病室へ戻ってきたエーリカが改めて話しかけてみたが、クリスが目を覚ますことは無かった。
医師によると、『こういった反応が最近増えてきています。近いうちに目が覚めるでしょう』とのことらしい。
バルクホルンが面会時間ぎりぎりまで話しかけてはみたが、ついにその日は成果を得ることはできなかった。


          ●


バルクホルン「すまないな。こんな時間まで付き合わせてしまって」

俺「いえ、こちらこそ店まで案内してもらいましたし」

俺達が基地に帰る頃には、既に日が暮れかかってしまっていた。

エーリカ「あ〜、おなか空いたぁ〜。早くご飯食べに行こうよ」

エーリカが食堂へ駆け出し、俺達がその後をついて行く。
すると突然、ハンガーの中から何かが倒れる音が聞こえ、続いて誰かの叫び声が聞こえてきた。

?『うじゅあああああ〜!』

俺達がハンガーへ向かうと、そこには倒れたストライカーユニットの前で頭を抱えているルッキーニの姿があった。

バルクホルン「どうした! 何があった!?」

エーリカ「あちゃ〜……。ずいぶん派手に壊したねぇ」

ルッキーニの足元にはバラバラになった部品が散乱しており、ストライカーユニットからは大量のオイルが漏れ出している。
それを見てなんとなく事情を察した俺は、ルッキーニの肩に手を置いて腰を落とし、目線を合わせて話しかけた。

俺「怒らないから、話してみてくれないか?」

ルッキーニ「あのね、シャーリーのストライカーにゴーグルが引っかかってたの。それでね——」

ルッキーニが辿々しく経緯を説明していく。
その内容は、大体俺の想像通りのものだった。

俺「わかった。とにかく、シャーリーに謝ろう。俺も一緒に行ってやるから」

ルッキーニ「うん……」

俺がルッキーニを連れ立ってハンガーを去っていく。
その後ろ姿を見て、エーリカが感心したように感想を述べた。

エーリカ「俺ってなんだかお兄ちゃんみたいだよね。妹がいたからかなぁ」

バルクホルン「そう言えば、俺の家族は三年程前に亡くなっているんだったか……」

自分の放った言葉を反芻し、バルクホルンは今更ながらに俺の境遇に思い至った。

バルクホルン(そうか……あいつは三年前に『独り』になってしまっていたんだな……)


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最終更新:2014年10月22日 23:44