その夜、第501統合戦闘航空団の基地の談話室では、ウィッチ達によるミーティングが行われていた。
話題は、つい先程ミーナと坂本、芳佳の乗った輸送機が基地へ向かっている最中、ネウロイらしきものによる襲撃を受けた件だ。
あやうく無抵抗で撃墜されるところだったが、その時護衛を務めていたサーニャによって敵は撃退され、大事に至る事はなかった。

バルクホルン「それじゃあ今回のネウロイはサーニャ以外誰も見ていないのか?」

タオルで髪を拭きながら下着姿のバルクホルンが確認する。
軍服姿でないのはバルクホルンだけではない。
雨の中ミーナ達の救援に向かったメンバーは皆、濡れた軍服を脱いでラフな格好をしている。

坂本「ああ。ずっと雲に隠れて出てこなかったからな」

エーリカ「でも、何も反撃してこなかったんでしょ? それって本当にネウロイだったの〜?」

エーリカの訝しげな言葉にサーニャがむっとした顔をするが、それ以上の反応はない。
自分以外誰もそのネウロイを見ていないため、反論しても仕方がないと思っているのだろう。

ミーナ「『ネウロイとは何か?』それがまだ明確にわかっていない以上、この先どんなネウロイが現れてもおかしくないわ」

サーニャを気遣っての言葉ではあったが、ミーナの危惧はもっともだ。
人類は未だ、ネウロイの事を詳しく把握し切れていないのだから。
先の見えぬ戦いの行方を思い、皆が言葉を詰まらせる。
そして、その沈黙を破って気の抜けた声が響きわたった。

俺「あのぉ……、ところで俺は何でこんな目に遭ってるんでしょうか」

声の主である俺は、タオルで目隠しをされ、椅子に座らされている状態だった。

ペリーヌ「あら、わかりませんの?」

ソファに座ったペリーヌが『何を当然のことを』といった調子で訪ねる。
そう言われても、俺は自分が何故こんな仕打ちを受けているのかわからない。
やったことと言えば、雨の中救援に向かった仲間達のために風呂やら暖かい飲み物やらを準備していたくらいだ。

ペリーヌ「まったく……。薄着の女性達がいるんですのよ? 殿方として少しは遠慮してほしいものですわ」

俺(普段からパンツ丸出しのくせに……)

そう意識しているのはおそらく世界で俺だけなので、言っても仕方のないことだろうが。

ペリーヌ「ま、まあどうしても見たいのなら目隠しをとってさしあげてもいいですけど……」

そんなことを言う位なら最初から目隠しなどしなければよかったのではないか。
そう突っ込む者は誰もいない。
代わりにバルクホルンが大げさに咳払いし、話題を強引に切り替えた。

バルクホルン「ところでミーナ、今回の件をふまえて、夜間哨戒のシフトを強化するのはどうだろうか」

ミーナ「そうね……。ではサーニャさん、宮藤さん。当面の間、あなた方を夜間専従班に任命します」

芳佳「えっ!? 私もですか?」

坂本「今回の戦闘の経験者だからな」

芳佳「私はただ見てただけぶっ!」

エイラ「ハイハイハイハイ! わたしもやる!」

辞退しようとした芳佳の言葉を物理的に遮り、エイラが激しく立候補する。
それを見た坂本が何かを考えるような仕草をし、そしてその視線が俺へと向けられた。

坂本「ふむ……。俺、お前もやってみるか?」

俺「え?」

ミーナ「待って。夜間に四人も回すと昼間のシフトがきつくなるわ。今回はエイラさんを含めた三人でいきましょう」

坂本「……そう、だな。俺、すまんがさっきの話は無かったことにしてくれ」

俺「わかりました。そういえば、もうそろそろ風呂の準備ができた頃だと思いますよ」

ミーナ「あら、もうそんな時間? じゃあ今日はこれで解散とします。雨で濡れた人達はちゃんとお風呂に入って、風邪を引かないようにしてね」

シャーリー「ほら、ルッキーニ起きろって。風呂の時間だぞ」

ルッキーニ「うにゃ〜……お風呂……」

眠そうなルッキーニを伴ってシャーリーが談話室を出て行き、それに続いて他のメンバーも退室していく。
最後に俺が皆の使ったカップを持って出て行くと、室内にはミーナと坂本のみが残ることになった。

ミーナ「……ねえ、美緒。さっきはどうして俺さんに夜間哨戒をさせようと思ったの? サーニャさん達だけでは心配?」

坂本「いや……ただ、俺は妙に勘が鋭いから、視認できない敵とでも戦えるんじゃないかと思ってな。俺が初出撃した時のこともある」

ミーナ「ああ、俺さんが敵の存在を感じていたっていう話? もしかしたら、俺さんは感知系の固有魔法を持っているのかもしれないわね」

坂本は俺の初出撃の時を思い浮かべる。
あの時、俺は確かに基地の警報が鳴る前にネウロイの存在を察知していた。
そのことを考えれば、勘が鋭いどころではなく、何らかの固有魔法を持っているとしてもおかしくない。

坂本「だが……」

ミーナ「どうかしたの?」

坂本「……いや、何でもない」

言いかけた言葉を飲み込む。
坂本の胸中にあったのは、何の確証もないただの推測なのだから。

坂本(俺のあの力は、固有魔法とは何か違うもののような気がする……)


          ●


バルクホルン「………………」

次の日の朝、食堂で朝食をとっている最中、バルクホルンは何の気なしに俺を眺めていた。
俺はというと、器に盛られたブルーベリーを何やら眠そうな顔で口に運んでいる。
そして、その傍らには何故かペリーヌが座っていた。

バルクホルン(いつの間に……?)

自分程ではないが、ペリーヌは俺を良く思っていなかったはずだ。
それがいつの間にか隣で食事をするようになっている。
バルクホルンは最近の記憶を掘り起こした。
ペリーヌの態度がいつ頃から変化したのか。
それは、

バルクホルン(私が撃墜された後あたりからか……)

ペリーヌ「もう俺さんったら、ブルーベリーをこぼしてますわよ」

俺「ああ、ありがとう。ペリーヌ」

しかも俺の話し方まで変わっている。
前はペリーヌに対して敬語を使っていたはずなのに。

バルクホルン(何故だ? 妙にイライラする……)

この時、バルクホルンは気付いていなかった。
自分が以前に比べ、急速に俺を意識するようになっていっていることを。


          ●


ペリーヌ(今日の俺さんはどうしたのかしら……?)

ペリーヌが横目でちらりと俺の様子を伺うと、俺はぼんやりとした顔でお茶を飲んでいた。
普段はもう少ししっかりとした顔をしてるし、先程のように食べ物をこぼすようなこともないのに。

ペリーヌ(でも、あの時は……)

自分のミスでバルクホルンが撃墜された瞬間を思い出す。
あの時、取り乱した自分を叱った俺の真剣な顔が、今でも鮮明に記憶に残っている。

ペリーヌ(男の方に叱られるなんて……亡くなったお父様以外では初めてですものね)

だからだろうか。
あれ以降、俺に敬語を使うのをやめてもらったのは。
いや、それだけではない。
気が付くと視線が俺を追っていることが多くなった。

ペリーヌ(坂本少佐にだってこんな──)

?『あははははははは!!』

ペリーヌ「って、何ですの!?」

考え事を中断されたペリーヌが笑い声の方へ目を向ける。
どうやら、シャーリー達がブルーベリーを食べて紫色に染まった舌を見てはしゃいでいるらしい。

ペリーヌ「まったく、ありがちなことを……」

エイラ「おまえはどうなん、だっ!」

ペリーヌ「ひ、ひきっ!」

いつの間にか後ろに回ったエイラがペリーヌの口の中に指を突っ込んだ。
そして、ペリーヌの奇声に振り向いた俺に、紫色に染まった口内が晒される。

俺「……後でちゃんと歯を磨くんだぞ」

一言言うと、俺は何事も無かったように去っていった。


          ●


食堂を出た後、何やらペリーヌの怒鳴り声のようなものが聞こえた。
一瞬気にはしたものの、大丈夫だろうと判断した俺は先を急ぐことを優先する。

俺「もうそろそろ基地の書庫が開いている時間か」

昨夜行った時は既に閉館間際の時間だったから本を何冊か借りる事しかできなかった。
だが、今日は特に訓練等も無いので朝からじっくりと調べ物ができる。

俺(ネウロイとは何か……か)

昨夜のミーナの言葉を思い出す。
魔法や文化の違いもそうだが、この世界においてネウロイほど不思議な存在は無い。
人類は長い間ネウロイと戦い続けているが、目的、正体、戦力の規模等不明な部分があまりにも多く、本質的な事は何もわかっていないのだ。

俺(まあ、軍が正式に研究してるはずなんだから、今更俺が何か調べたってどうにかなるものでもないだろうけど……)

ミーナの言葉に刺激され、昨夜は借りてきた資料を遅くまで調べていたのだが、結局それらしいことは何もわからなかった。
それでも、納得できる何かが欲しい。
その思いに突き動かされ、俺は書庫へ向かう足を速めた。


          ●


その空間は異様な緊張に包まれていた。

バルクホルン「………………」

ペリーヌ「………………」

俺(……気まずい)

俺はこっそりとバルクホルンを盗み見し、続いてペリーヌへも目を向けてみた。
二人とも無言で本を読んでいるだけなのだが、俺には何やらプレッシャーのようなものを発しているように感じられる。

俺(何でこうなってるんだろう……)

俺が書庫に通うようになって三日目
いつも通り調べ物をしていたところ、どこから聞き付けたのかバルクホルンがやって来たのが始まりだった。
バルクホルンが「自分も少し調べ物がある」と言って本を読み始めて少し経った後、今度はペリーヌが書庫へ来たのだ。
そしてそのままペリーヌもバルクホルンと同じように調べ物をし始め、今に至ったのである。

俺「……あ、もうこんな時間だ。じゃあ俺は部屋に戻りますね」

部屋の空気に耐えかね、俺が適当な言い訳を口にして逃げだそうとすると、二人が同時に立ち上がった。

バルクホルン&ペリーヌ『では私もそろそろ——』

二人は互いの行動に一瞬動きを止めたが、すぐに何事もなかったかのように俺に話しかける。

バルクホルン「俺、小腹が空いていないか?」

ペリーヌ「俺さん、喉が乾いたんじゃありません?」

バルクホルン「………………」

ペリーヌ「………………」

バルクホルンとペリーヌが揃って顔を見合わせる。
その様子を見て、俺はなぜか急に体中から脂汗が出てくるのを感じた。
再び書庫を緊張が包み込む。かと思われたその時、俺は何やら外が騒がしくなってきたことに気が付いた。

ペリーヌ「あら? いったいどうしたのかしら……?」

書庫の外へ出て近くにいた者に話を聞きに行くペリーヌ。
その直後に書庫の壁に設置された電話のベルが鳴り、バルクホルンが受話器を取った。

バルクホルン「ああ、ミーナか、私だ。こちらにはペリーヌと俺がいる。……何!? ……そうか、了解した」

俺「敵ですか?」

バルクホルン「ああ。私たちにも出撃命令が出た。 ハンガーへ行くぞ!」

外にいたペリーヌと合流し、俺たちはハンガーへ走っていく。
バルクホルンからの状況説明によると、現在、敵は何らかの方法でジャミングをかけ、こちらの通信とレーダーを妨害しているとのことだ。
そのせいで夜間飛行訓練中のサーニャ達との連絡がつかず、位置も把握できない。
さらに、敵がサーニャの歌を真似していることから、敵の狙いはサーニャの可能性がある。

ペリーヌ「でも、どうやって探すんですの? 位置がわからないのでは探しようがありませんわ」

上空に上がって回りを見渡してみたが、空が分厚い雲で覆われているために視界がかなり悪い。
当然サーニャ達の姿は見えないし、それどころかお互いの表情すらはっきり見えないくらいだ。

バルクホルン「妨害が始まる前の大まかな位置は把握しているが……。もし戦闘に巻き込まれているなら移動している可能性が高いな」

俺「じゃあ手分けして探しましょう。三人でサーニャ達がいそうな範囲を別方向から探せば……」

バルクホルン「戦力を分散させるのは避けたいが……やはりそれしかないか。俺、ペリーヌ、これを持っていけ」

ペリーヌ「これは……信号弾?」

バルクホルン「無線が使えない以上、こういった手段で連絡をとるしかない。この視界ではどれだけ有効かわからないが無いよりはマシだろう。何かあったらこれで合図を送るんだ」

俺「了解しました」

バルクホルンから信号弾を受け取り、俺達はそれぞれ別の方向へ飛んでいく。
だが、俺は夜間の飛行に慣れていないため、何度も自身の位置を見失いそうになっていた。

俺「くっ……。そうだ、雲の上に出ればなんとかなるかもしれない」

高度を上げ、分厚い雲の中へ入っていく。
その先には、月明かりに照らされた雲の海原が広がっていた。
思った以上に明るく、そして幻想的に感じられるその光景に俺は思わず目を奪われる。
暫しの間惚けていた俺だったが、自分のすべきことを思いだし、慌てて移動を再開した。

俺「……ん?」

数分ほど経った頃だろうか。俺はふと違和感を感じた。
雲の中に何かの影が映っている。
最初は自分の影かと思ったが違う。
G-B.R.Dの影が映っていないのだ。

俺「誰かいるのか!?」

問いかけてみたが返事はない。
ただ、自分に向けられる視線だけが感じられる。
にらみ合いがしばらく続いた後、急にインカムからミーナの声が響いてきた。

ミーナ『こえ……お……俺さん、聞こえる? 聞こえていたら応答を……』

俺「中佐!?」

ミーナ『よかった、無事だったのね。サーニャさん達がネウロイを撃墜したわ。トゥルーデ達とも既に合流したそうだから、一緒に帰投してちょうだい』

俺「実は今……って、あれ?」

少し目を離した隙に、例の影が見当たらなくなっていた。

ミーナ『どうしたの?』

俺「中佐、基地のレーダーで俺の周辺に何かいないか調べられませんか?」

通信が回復したということは、敵のジャミングが停止したということだろう。
それなら基地のレーダーに何か映っているかもしれない。

ミーナ『こちらのレーダーには特に何も映っていないけど……。何かあったの?』

俺「いえ……。俺の勘違いだったみたいです。今から大尉達と合流しますね」

通信を切り、俺は辺りを見回した。
そこには月明かりに照らされた雲の海が広がっているだけで、先程見た人影のようなものは見当たらない。
だが、確かに何者かの気配と、自分へ向けられる視線を感じた。

俺「もしかしたらあれは……」

もしかしたらあれはネウロイだったのかもしれない。
だとするなら、

俺「ネウロイには意思や目的のようなものがある……?」
最終更新:2014年10月22日 23:45