~ノイエ・カールスラント 帝立航空歩兵幼年学校~

「む~、ねぇおと~さん、おか~さんまだおしごとおわらないの?」

カールスラント軍の明日を担う航空ウィッチたちの卵を育成するこの学園の校門のあたりで、黒のストレートヘアの天辺に母親と同じくちょこんと一本髪の毛を飛び出させた女の子が傍らに立つ自身の父親、『俺』に尋ねる。

「アンジェ、もうすぐですから我慢してくださいね?」

時計を見ながら俺は相当不機嫌になっている娘、アンジェリナをどうにかなだめようと努力していたが当の本人も内心、まだ終わらないのだろうと思っている。

「む~、ごふんまえにももうすぐってきいたよ?」

俺がむくれるアンジェリナの頭をなでてやっていると終業のチャイムがあたりに鳴り響きわたり、校舎から生徒達が出てくる。
そしてしばらくするとそのなかに一際目立つ金髪の美少女が姿をみせた。

「おか~さんだ!」

その姿を確認した途端、先ほどまで俺のすぐ傍にいたアンジェリナが弾かれるようにその美少女、ハンナ・マルセイユに駆け寄り抱きついた。

「おっと、おまたせアンジェ、いい子にしてた?」

「うん!」

突然抱きついてきた娘に驚きながらもちゃんと受け止めてやっているあたりさすがである。
その娘に遅れること少しして俺も彼女のもとに駆けつけた。

「俺、アンジェのお守りご苦労様。」

「ええ、ティナさんこそお疲れ様です。どうでした講義のほうは?」

「う~ん、特別難しいことはなにも言ってないさ。
ただ今までどうやって戦ってきたか、そのとき何を思ったかを話しただけだからな。
でも、受けは良かったみたいだったよ。」

結構質問とかされたしね、とマルセイユは言った。

「それは良かったですね。ではそろそろ場所を変えましょう。
 どうやら目立っているようですし。」

「ん?そう?」

そういわれてマルセイユはあたりを見回す。
すると何人かの学生がこっちを見てひそひそと話あっているのがみえた。

「ねね、あの男のひとだれ?」

「しらな~い。でもあのちっちゃな子、すっごくかわいい!」

「そうね、でもあの子、マルセイユ先輩になんか似てない?」

「そういえば、さっきおか~さんって……」

「えっ?マルセイユ先輩ってもう子持ちなの!?」

どうやらかなり騒ぎになり始めている。

「あらら、これはまずいな、さっさと退散しようか。」

「ええ、向こうに車を停めてあります。まずはそこに行きましょう。」

そうして急いで俺たちはこの場を後にした。


~大通り 車の中~

「さて、これからどうします?」

運転席に座った俺が助手席のマルセイユにたずねる。
彼女はシートにどっかりと座りながら愛用のタバコを吸っていた。

「ん~今日はもうこのあとの予定は?」

「特になにもありませんね。明日にはアフリカに帰ることになっていますが
 今日はもう自由ですね。」

胸元から手帳を取り出して俺がスケジュールを確認する、
ロマーニャからアフリカに帰ってきてからこちら、
最近はすっかりマルセイユのマネージャーが板に付いてきた俺であった。

「でも、特にしたいことも無いしなぁ……」

「じゃぁ、もうホテルに戻ります?」

「え~、もう帰るの?そんなのつまんない~!」

後部座席に座っているアンジェリナが不満を訴える。

「アンジェのいうことももっともだな……よし、
俺、ちょっと寄りたいところ思いついたからそこまでつれてってくれないか。」

「分かりました、で、どこに?」

「それは着いてからのお楽しみだ、とりあえずそこを左に曲がってくれ、それから……」


~住宅街~

俺たちを乗せた車は、住宅地の中にやってくると、とある一軒の民家の前で停車した。

「ここ、ですか?」

車から降りると、ここに来る途中はしゃぎ疲れて眠ってしまったアンジェリナを背負いながら俺がそう言った。

「うん、いい家だろ?前来たときとちっとも変わってないな。」

マルセイユが民家の呼び鈴を押すとキンコーンという音が響き渡った。

「そうなんですか、で、ところでいったいだれの家なんです?いい加減教えてくださいよ。」

「すぐわかるさ。」

呼び鈴に答えて民家の玄関から、ひとりの若い婦人が姿をした。

「お、きたきた。ただいまかーさん。」

「来たじゃないわよハンナ、帰ってくるなら連絡の1つも入れたらどうなの?」

腰に手をあてて怒る婦人の姿はその若さもあってかどこかかわいらしい。

「ごめんごめん、せっかくノイエまで来たからよってみようと思ってね。」

「まったくこの子はほんと破天荒なんだから……」

「『かーさん』?」

目の前のやり取りから漏れ聞こえた単語に俺が反応する。

「あら、ハンナ、そちらの方はもしかして……」

「うん、例の『俺』だよ。」

「まぁまぁ!お話は娘からよく聞いてるわ、私はシャルロッテ・マルセイユ。
 この子の母です。どうぞよろしくね、俺さん。」

ポンと両手を合わせて朗らかな笑顔で婦人が自己紹介をしてくれ、

「え?……ええええええぇぇぇええええええええ!!!????」

ようやく状況が読み込めた俺の絶叫が当たりに響きわたったのだった。

~マルセイユの実家 リビング~

「紅茶でよかったかしら、それともコーヒーのほうがお好み?」

「い、いえ、どうぞおかまいなくフラウ・マルセイユ……」

俺は何とか震える声を絞り出しながら、
体全身をかちこきに固まらせ、顔には冷や汗を浮かべて何度も拭っていた。

「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいのよ?」

「は、はぁ、そ、そういうわけにも……」


自分の恋人の母親と突然対面させられて、
そのうえその恋人との間に子どもまで作ってしまっているのだ、
これで緊張しないはずがない

ちなみに当の恋人であるマルセイユはまだ眠ったままのアンジェリナを自室に連れて行っている最中なのでここにはいない。

「先ほども玄関で言ったとおり、あなたのことは娘からよく聞いてるわ。
 あの子の命を救ってくださったそうね。どうもありがとう。」

「いえ、男として当然と思うことをしたまでですから、
そ、それでその、フラウ・マルセイユ、そのことで私からあなたに謝らなくてはならな 
いことがあります。」

ようやく覚悟を決めた俺は真剣な表情でマルセイユ婦人の目を見つめる。

「……アンジェリナのことかしら?」

「はい、いくら当時の状況があったとはいえ、
ティナさ、いえ娘さんを傷モノにしたことは到底許されることではないでしょう。
それにその後もすぐに、あなたにこうして謝罪にこなかった……これは万死に値します。」

申し訳ありませんと俺は深く頭を下げる。

しばらく場を沈黙が支配する。

「……俺さん、顔を上げてちょうだい。そんな格好では話ができないわ。」

「は、はい。」

「過ぎてしまったこと、起きてしまった事についていまさら責めることはしません。」

「……」

「それどころかこの年で、孫を抱ける喜びを得るなんて考えても無かったこと、
 むしろお礼を言いたいくらいよ。」


「は、はぁ、ありがとうございます?」

ものすごく責められると覚悟していただけにこの対応に俺は拍子抜けしてしまう。
それと同時にリビングのドアが開いてマルセイユが入ってきた。

「そもそも、かーさんがこのことについて怒れるはずがないんだよ。」

「ティナさん、おかえりなさい。ところでそれはどういう?」

「かーさんが私を生んだときもほとんど勢いだったんだ、
かーさんは元ウィッチでね、
 現役のときにネウロイに撃墜されて、敵地に墜落したとき、
それを救出に来たのがずっと前に死んじゃった私のとーさん、
ふたりはお互いに一目惚れ、
あれよあれよという間に親密になって今にいたるという訳さ。」

「あら、私があなたを生んだのはあなたの年よりずっとあとよ?」

「17だろ、二つしか違わないじゃないか。」

「(どおりで若いとおもった……)」

「ごほん、とにかくこのことについてはもう気にしなくていいわね。
 まぁなにがどうあれ、ふたりとも愛し合っているのでしょう?
 なら愛し合う男女の間に子どものひとりやふたりいてもおかしくないもの。
 それが人よりすこしばかり早かっただけなんですから。」

だからこの話はここでおしまい。とマルセイユ婦人は言うが、
それで本当に終わりにすることは俺にはできなかった。

「そういっていただけるのはとても嬉しいのですが、それだけでは僕の気が済みません。どうか僕にもなにかけじめをつけさせてください。」

「う~ん、そこまでいうのならひとつ約束してちょうだい。」

「はい。」

「“絶対にハンナを悲しませないこと”。それを約束してくれるかしら?」

「はい……はい!必ず、この命あるかぎり娘さんを絶対に幸せにして見せます!!」

俺の宣誓にマルセイユ婦人は満足そうな笑みを浮かべ、

「ええ、頼んだわよ、未来の息子さん?」

そう、俺に言ってくれたのだった。
最終更新:2013年01月30日 14:41