ナイトジャー
第四話:夜 鷹

ネウロイの襲撃翌日、僕少尉はミーナの執務室に呼び出された。

ミーナ「悪かったわね。わざわざ呼び出したりして。迷わなかったかしら?」

僕「はぁ…初日に宮藤軍曹とビショップ曹長にひと通り案内してもらいましたので大丈夫でしたが…」

ミーナ「そう。もう基地にはなれたみたいね。ならよかったわ」

中々本題に入らないので彼の方から催促する。

僕「それで、用事というのは…?」

ミーナ「まずは、昨日の戦闘のことは美緒から聞いたわ。大活躍だったみたいね。
    さすがはヘルゼーエンといったところかしら。」

数秒の沈黙。

僕「あんまりその呼び方好きじゃないんですよね…誇大広告もいいとこですし…」

ミーナ「驚かないのね?」

僕「別に隠してるわけでもないですし…書類に書いてある程度のことでしょう?」

ミーナ「…まぁそうね。じゃあ今度こそ本題に入るわね?夜間哨戒に出てもらいたいのよ。」

お茶を催促するような、そんな軽い調子でミーナは言った。
その時、僕少尉が驚いたかのような顔をしたのをミーナは見逃さなかった。

ミーナ「どうかした?書類にも書いてあったことよ。しっかり働いて頂戴ね。」

僕「いえ…来てそうそう任されるとは思わなかったので、一人でですか?」

ミーナ「まさか。今日はウチのナイトウィッチ、サーニャさんと一緒に出てもらうわ。
    色々と教えてもらって頂戴。」

僕「了解です。じゃあこの後は…」

ミーナ「勿論、部屋で休んでて頂戴」

僕「はぁ、わかりました」

そう言って部屋をでる。
体はそうでもないが、昨日の戦闘のせいかまだ少し頭が重い。
ミーナの言葉に従い、部屋で寝直すことにした。

僕(リトヴャク中尉か…そういえばまだちゃんと話したことはないなぁ。
  今後も夜間哨戒で一緒になるかもしれないし、嫌われないといいけど…)

そんな益体もないことを考えて部屋に向かう。すると途中、向かい側から足音が聞こえた。

ペリーヌ「あら、僕少尉。中佐からの呼び出しは終わりましたの?」

僕「クロステルマン中尉ですか。今日から夜間哨戒に出るよう言われまして、とりあえず夜まで休もうかと…」

ペリーヌ「大丈夫ですの?昨日の…」

戦闘後の異変について、特に理由はないが他のメンバーには言ってはいない。
そのことについて触れていいものかと思い、一瞬口をつぐんだ。
それを察しているのか、僕少尉が先に話しだす。

僕「中佐にも釘を刺されましたし、部屋に戻って寝直そうと思います。
  少し、頭が重い感じがしますし…」

ペリーヌ「そうですか…。では、しっかり休んでくださいな。」

努めて明るく言って、その場を通り過ぎた。
機会があったら、話してくれるかもしれない。そう気長に考えることにする。
一方僕少尉は、

僕(中尉には見られたんだよなぁ…。)

アレは体への負担が大きいためあまりやりたくないし、それ以上に心配を掛けたくない。
しかし、今後も必要になるならば、いずれ話さなければならないだろう。
その時は最初に彼女に話そうか、と何となく思った。

――その夜――

夕方まで仮眠を取り、一先ず頭の重さは消えた。
とりあえず食堂へ向かう。

タイミングが良かったようで、ちょうど夕食の準備をしているところだった。

宮藤「あ、僕さん。もう少しで出来ますので席に座って待っててくださいね。」

頷いていつもと同じ席についた。最初は手を煩わせたが、今では感覚だけで椅子の位置がわかる。
席に座ってボーッとしていると、忙しなく食事の準備をしている音がした。
包丁の音、沸々と煮込んでいる音、食器を用意する音。そしていつものようにいい匂いも漂ってくる。

僕(落ち着くなぁ…。)

どこか上の空のような感じで席に座っていると、他のメンバーも食堂に集まってきた。
彼に軽く声をかけ、各々が席に付く。
全員揃った辺りでちょうど準備が終わったようだ。

パスタやパンのときは皆と一緒であるが、食事が和食の時はスプーンとフォークを出してくれるのに加え、
一人分だけおにぎりにしてくれるようになった。
最初は手間だからと断っていたのだが、先手を打っておにぎりで持ってこられてはどうしようもない。

宮藤「別に大した手間じゃないですから」

どうしてだろうか。あの少女のあの言葉には得も言われぬ強制力のようなものがある。
そして今日も、おかずをフォークやスプーンで食べながらおにぎりをパクついた。

――食事後――

食後にまったりとしていると、微かにハーブティーの香りが漂ってきた。

リーネ「ローズマリーティーです。なんでも、頭をすっきりさせる効果があるらしいですよ。」

これから夜間哨戒に出ることは中佐からも伝わっているのだろう。
先程まで仮眠をとっていた身としては、その配慮がありがたかった。

僕「助かります…美味しいですね。」

リーネ「それ、ペリーヌさんが僕さんに飲ませてあげてって持ってきたものなんですよ。」

僕「もってきた…?」

リーネ「いってませんでしたか?ペリーヌさん、基地の周りでハーブ育ててるんですよ。」

そういえば基地内を歩いているときにハーブの香りを嗅いだことがある気がする。
恐らく、彼女のハーブ園からのものだったのだろう。

僕(今度、探してみるかな)

子供の頃から、あちこち歩きまわるのが好きだった。時折迷子になって怒られることもあったが、
木々や花の、音や匂いをあちこちから感じたくて森や花畑にいることが多かった。

そんなことを考えていると、いつの間にかカップは空っぽになっていた。
そろそろ準備をしようと思い、立ち上がる。

僕「じゃ、お茶ご馳走さまでした。」

リーネ「頑張ってくださいね。」


ハンガーへ向かうと、僕少尉より先に人の気配があった。
リトヴャク中尉が先に来ているならば待たせるわけにはいかないと、やや足を急がせる。
すると、中からは人の気配が二つ、そして何か言い合ってるような声がする。

エイラ「ワーターシーもーつーいーてーくー!」

サーニャ「エイラ…ミーナ中佐にも言われたでしょ?三人も夜間哨戒に割くわけにはいかないんだよ?」

エイラ「だったらいつも通りサーニャが一人でいけばいいじゃないカー!
    なんでアイツと二人で行くんダヨ!」

サーニャ「僕さんはこっちにきて初めての夜間哨戒なんだから、私が付いていかなきゃって言われたでしょ?」

その正論にエイラが押し黙る。そして、

サーニャ「それに、僕さんが夜間哨戒にでられるようになったら、私ももっとエイラといられるよ?」

その言葉が止めだった。心の中でどんな葛藤があったのかわからないが、しぶしぶ納得する。
そしてハンガーの入り口に歩いてきた。

僕(リトヴャク中尉…すごいいい子なのか天然悪女なのかどっちかな気がする…。前者であって欲しいけど)

入り口で、若干失礼なことを考えている彼の横をエイラが通りすぎていった。
その際、彼に気づいて一言。

エイラ「サーニャに何かしたら許さないからナ!」

そう言い残し、複雑な表情でその場を後にしていく。
それを見送っていると背後から声がかかった。

サーニャ「僕少尉?」

僕「すいません、お待たせしました。リトヴャク中尉。」

サーニャ「いえ、私も来るのが少し早かったですし。すいません…エイラが…」

僕「仲がいいんですね…。ユーティライネン中尉と。」

サーニャ「はい。エイラは、大切な人です…。」

その嬉しそうな、優しい声を聞いて彼も心が暖かくなるような気がした。

しばらく取り留めのない話をしていると、ハンガーにミーナもやってきた。

ミーナ「もう二人ともそろっているのね。」

僕「なにかありましたか?」

ミーナ「いえ、ちょっと見送りと、軽い指示をね。
    サーニャさん、コースややり方はいつも通りでいいわ。
    そのまま教えてあげて頂戴。少尉、今回はサーニャさんにしっかりついていってね。
    次からは貴方なりの方法でやってもらっていいから。」

言外に、『次からは少尉一人に任す。』そう取れるような事を言った。
確かに、これからずっと二人で出撃させるわけにもいかないだろうが、
あまりにあっさりと言われたので少尉は少し戸惑いを覚えた。

ミーナ「そろそろ時間ね。じゃあお願いするわね。サーニャさん、僕少尉。」

そしていつものように、ストライカーを履いて出撃準備に入った。
少尉は普段通り前髪をあげカチューシャで固定、そしてホークアイを手に持つ。
サーニャも愛用のフリーガーハマーを肩に担いだ。

『やたらと火力のある二人だ。』とミーナはそんなことを考えていた。

そして出撃準備が終わる。サーニャを先頭に二人が夜の空へと飛んでいった。
しばらくは誘導灯の明かりで見えていた二人の姿も、すぐに夜の闇に消えてしまう。
それを見送ると、ミーナは基地の中に戻っていった。

その夜は雲の濃い空だった。普通のウィッチなら視界が確保できず、速度を抑えるだろうが、
目以外の情報で周囲を把握できる二人には大した問題ではない。
二人ともさほど気にせず、サーニャは時折後方を振り返っていたが、そのまま雲の上まで高度を上げた。
雲の上には満月が輝き、下に比べれば驚くほどに明るい。

ふと、サーニャが後ろを振り返った。そういえば、魔法を使っているところを彼女は初めて見た。
月を見るようにわずかに顔を持ち上げているのに、彼の意識はここではない、どこか遠くを見ているように見える。
普段はどんな風に飛んでいるのか分からないが、何故かサーニャには僕少尉が楽しそうに見えた。

じっと見ていたのを気付かれたのだろうか、彼が彼女の方に視線をよこす。

僕「どうしました?リトヴャク中尉」

サーニャ「いえ…なんだか、楽しそうに見えて」

一瞬目を見開き、ふと、考えこむように視線を落とした。

僕「そうですね…。確かに夜に飛ぶのは好きかもしれないです。」

昔から哨戒任務は嫌いではなかった。戦うのに単なる義務感や魔法力を持つものとしての責任を感じていなかったとは言えないし、
戦わずにすむ任務ならば、好きなように飛んで多少気軽に考えていることができる。
勿論、夜の安全を守る以上、決して軽んじていい任務ではない。だからこの本音は墓まで持っていくつもりだ。

何より、彼は夜空の空気がとても好きだった。
昼の出撃時と違いゆっくりと感じることができるからかもしれないが、
風一つにしても、その感触、音、匂い、色んな物をクリアに感じることが出来る気がする。

僕「見る事ができるようになって、飛ぶことが出来るようになって、
  匂いと音と感触だけだった世界はずっとずっと広くなりました。
  夜の空は、色んな物を一つ一つ遠くまで感じることが出来るんです。」

一ついいですか、と前置きをしてから彼が質問をした。

僕「ナイトウィッチは、地平線の向こうまでも見渡すことが出来るんですよね…?」

サーニャ「…?そうですけど…」

僕「いえ…そんな遠くまで世界を見渡せるってどんな気分なのかな、と思いまして」

サーニャ「…?」

鳥に飛ぶことについて尋ねるような、花に咲くことについて尋ねるような、そんな問い。
とっさに答えられるはずもなく口ごもっていると、彼が独り言のように言葉を続けた。

僕「昔、固有魔法のコントロールがある程度出来るようになって、自分の限界をある程度数字で把握できた頃に、
  自分のこの目は、この世界のうち、どれだけを見ることが出来るのか、とそんな事を考えたことがあるんです。
  半径10km。単純に面積で考えると、約314k㎡。これが大雑把に平面で見た場合の僕の世界です。
  …リトヴャク中尉、地球儀を見たことがありますか?」

両親と暮らしていた頃、父の部屋にインテリアとして飾ってあったことを思い出す。他にも何回か見覚えがあった。

僕「大きさにもよるんですが、僕が見たのはこれくらいの地球儀でした。」

と、彼は恐らく一般的なサイズ、バレーボールより少し小さいくらいの大きさを手で示した。
その後人差し指を一本立てる

僕「僕が見ることの出来る世界は、その地球儀における指先一本分にすら満たないんです。
  別に、ガッカリしたとかじゃなくて、むしろワクワクしました。」

嬉しそうに話す声は、夢を語る子供のようで、不思議と彼女も聞き入ってしまう。

僕「一度見た世界も、それは二度と同じにはならないのに、それが途方もなく広がっている――。
  それはとてもすごいことで、何より楽しみなことのように思えたんです」

サーニャはふと、自分が見ている世界を再度確認するようにあたりを見渡してみた。
ネウロイを探したり、遠くのウィッチと交信したりはしてきたが、そんな風に世界を見たことはない。
彼には、この世界がどんなふうに見えているのだろうか…。

サーニャ(なんだか不思議な人…)
子どもっぽいことを語りながら、その実、誰よりも深く物事を見通している気がする。

サーニャ「ラーラララー…ラララー…ララララーラー…♪」

自然と、あの歌が口を衝いて出た。両親との思い出、彼女の世界を形作る一部になっているモノ。
それを彼にも知ってもらいたかったのかもしれない。
彼は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに耳を済ませ、その緩やかな旋律に身をまかせた。


その後は彼がサーニャのあとに続き、いつも通りの哨戒コースを回った。

他のメンバーが見ていたら少し驚いたかもしれない。
普段は言葉少なな彼女が、心を開いたのか時には自分から話しかけている。

過去のこと、魔法力のこと、色々なことを話しながら二人きりの夜は更けていった。

そして、少しずつ地平線の向こうが藍色に染まりだした。次第に群青、青色へと変わる。
彼の言葉が何かを変えたのかはわからない。
しかし、その日の朝焼けは、何故かいつもとは違って見えたような気がした。

サーニャ「もう夜明けが近いですね…」

その言葉が帰投の合図になった。



――基地到着後――

僕「大丈夫ですか?リトヴャク中尉」

基地が近づいてから、瞼が重たそうでふらふらと危なっかしかった。
今も口に手を当てて欠伸をしている。

サーニャ「大丈夫です…zzz」

僕「大丈夫じゃない…」

器用な事に、ほとんど眠りながらハンガーの出口に歩いて行く彼女を、慌てて手を掴んで引き止めた。
すると、糸が切れたかのように彼の方に身体を預けてくる。

僕「置いていくわけにはいかないですよね…」

基地内で魔法力は使わない、初日に自分から言い出したことだ。
しかし、いくら慣れているとはいえ見えないまま彼女を運んでいくのは危ないだろう。

僕「すいません中佐…」

背に腹は代えられない。杖を置いたまま羽のように軽い身体を背負って彼女の部屋に歩き出した。

僕(まだ起床時間には早いけど、見つからないようにしないと…)

皆の部屋の位置は案内してもらったお陰で覚えている。
起こさないように慎重に、しかし出来るだけ早足に目的の部屋に向かう。

そして何とかサーニャ、エイラ二人の部屋にたどり着いた。
慎重にもう一度担ぎ直し、扉を開く。

部屋には二段ベッドが置いてあった。下段が空いているようなので、そこに寝かせようと近づく。
何とか起こさずにベッドに横たえると、頭上からガタッと音がした。

エイラ「サーニャ…?」

バッチリと目があった。即ち、魔法力を使っていることを示す鷹の目が目の前にある。

エイラ「ナ、ナ、何や…!」
直前、慌てて口に手を当てた。彼が必死にサーニャの方を指さすと、寝ている彼女の顔を見てなんとか叫ぶのを思いとどまる。
幾分冷静になったエイラがベッドの上段から音を立てないように慎重に降りてきた。

すると彼の腕を掴んで部屋の外に連れていく。僕少尉は大人しくそのままついて行った。
部屋の外に出ると、幾分トーンを落とした声で、しかし怒りをにじませた声でいう。

エイラ「何しにきた…!?サーニャになんかしたのカ…!?」

とりあえず目を閉じ、固有魔法を切った。

僕「すいません…リトヴャク中尉が眠そうで危なっかしかったので、おぶってここまで連れてきました…」

エイラ「本当ダナ…!?」

僕「誓って。ですが、約束を破ったのは事実です。このことは中佐に報告してもらっても構いません」

いくら疲れていたとしても、サーニャが警戒している相手の前であっさり眠ったままいるとは思えない。
そのまま背負われてきたということは、もしかしたらそれなりに心を許したのかもしれない。

僕「ユーティライネン中尉…?」

エイラ「わかった…もうイイ。お前も疲れているだろうカラ早く帰って寝ろ」

その言葉に、もう一度謝ってから、僕少尉はその場を後にした。


その後、特にエイラがそのことを誰かに報告するようなことはなかった。


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最終更新:2013年01月31日 15:41