「蒼穹の絆3-4」
―撃墜予告―
夕食前、バルクホルン大尉と図書館で座学。
今日は、魔導機関の原理と190魔導エンジンの構造について。まあ、何とか理解する。電子回路の
勉強よりゃイメージが掴みやすい。大尉の教え方が上手いんだ。俺が詰まっても、苛立つことがない。
この原理というか、基礎を作ったのが宮藤君の父上と聞いて仰天する。
明日は夜間哨戒を兼ねて、夜間の天測航法の勉強だそうだ。大尉と星空のデートフライトか。
場所を談話室に移して皆で談笑。ミーナ隊長からの電話で執務室に二人が呼ばれた。夜間哨戒の代理
任務?
ミーナ「バルクホルン大尉、俺少尉の二人に、カールスラント地域の強行偵察をお願いしたいの」
バルクホルン「了解。どのエリアだ?」
ミーナ「ブリタニアで折り返しよ。行きは
ガリア寄りを。帰りはカールスラント側深部を」
地図を指差しながらこともなげに言う。どうやっても俺達の190では無理だが・・・ああ、そうか。
俺「要所を写真撮影しつつ、ジャンプして移動ですね。休憩時間を取れば大丈夫です。大尉が写真を
撮る時、等。大休止は目標の間で」
ミーナ「ええ。そうです。可能かしら。司令部から撮影の依頼があった場所は・・・・」
欧州地図を出して、鉛筆の先でポイントしつつ説明をする。成程、結構場所が多いな。帰りも
また結構な数だ。改めて見ると、距離も結構有る。
俺「ブリタニアでの休養はどれくらい取れますか?正直日帰りは不可能です。片道で精一杯」
バルクホルン「うん。俺の魔力に頼るしかないんだ。190では到底不可能だし、前線基地の支援も受け
難い」
ミーナ「ええ。ブリタニアにて丸一日の休養を取ってください。天候不良の場合の判断はトゥルーデ
に任せます。決して無理はしないでくださいね」
俺「有り難い。それなら問題はありませんよ。偵察時間は日中ですね?それとも?」
ミーナ「ごめんなさい。司令部は日中を指示してきたの。気をつけてください」
中佐がそんな表情しないで下さい。いいんですよ。あなたが発案者というわけで無し。夜間に飛ぶ
より気が楽だ。周りがよく見える。
バルクホルン「いいさ。ミーナのせいじゃないのは解ってる。なあ、俺」
俺「そうですよ。全行程ずっとフライトするわけでなし。ポン・パッ!ビュン!です。な、大尉」
努めて明るく笑う。大尉も解ってくれたらしい。笑顔を返してくれた。
ミーナ「ロンドンでは自由行動です。楽しんでね?トゥルーデ?」
おや?何か意味ありげな?
バルクホルン「ああ。済まないな、ミーナ。そうさせてもらうよ」
ああ、恋人か。だろうな。
*
黎明前に基地を出る。エスコートはサーニャ中尉がしてくれた。無線封止なので、近接して飛行する。
夜間飛行中のサーニャ中尉の姿は幻想的だ。頭に出た八木アンテナが柔らかく輝いている。その光に
照らしだされた横顔は、天使そのものだ。ああ、リヒテンシュタイン魔導ANTだっけ。
バルクホルン「どうした?俺。サーニャに惚れたのか?」
俺「ああ。見惚れていたんだ。夜空を舞う天使だな」
ありゃ。サーニャ中尉が真っ赤になった。アンテナまでも。
サーニャ「・・・・そんなこと ありません・・・・」
バルクホルン「女の私でも、そう思うよ。サーニャ」
俺「だよな。満天の星空を背景に飛ぶサーニャ。絵になるわ」
サーニャ「・・・・」
ありゃりゃ。更に真っ赤になっちゃった。今時珍しい子だな。
俺「さて。そろそろ変針ポイントだね。サーニャ中尉。有難う。気をつけて帰ってね」
バルクホルン「そうだな。サーニャ、有難う!」
サーニャ「はい。お二人とも御気をつけて。バルクホルン大尉、クリスさんに宜しく・・・」
手を振ってバンクしつつ離れていくサーニャ中尉を見守る。クリス?ああ、大尉の恋人か。
バルクホルン「翼端灯を消すぞ。よし。3-3-5へ変針」
俺「了解。3-3-5」
バルクホルン「私の少し下に入れ。星空にシルエットが浮き出る。決して離れるな。3メートル」
大尉の左下の後ろに位置する。なるほど。さて、夜が明けるまでに侵入だ。
*
天気予報通りの快晴。高度3000で巡航しつつ、ジャンプを繰り返す。ジャンプ距離はランダムに
変える。どうせ、敵は侵入に気づいているはずだ。読まれて堪るか。
バルクホルン大尉は、適宜持ってきたライカ35ミリカメラのシャッターを落す。それが終わると
メモに高度と進入角度それに枚数を書いている。俺はのんびりタバコで一服。見張りだけは怠ら
ないが。写真撮影の地点では、対空砲と対空ビームのお出迎えがある。ま、アタりゃしない。
航程の2/3を終えた。これから海岸線内陸寄りに西にブリタニアを目指す。
これからが面倒かな。網を張られているかも?
ブルッヘの東で歓迎委員会が待ち構えていた。やっぱりね。
俺「大尉。無線封鎖解除しよう。意味がない」
バルクホルン「よし。開け。聞こえるな?」
俺「ほい。5-5。さて、歓迎パーティーに参加する?ご馳走だけかっぱらう?」
バルクホルン「俺少尉。言葉は正確に頼む。真っ向からぶつかっても意味がない。後ろに抜けて
写真を撮って脱出しよう」
俺「正論だ。んじゃ、ジャンプするよ。カメラの用意を」
差し出された大尉の左手をしっかり握る。華奢な指先が冷たい。緊張しているんだろう。
俺「行くぞ。ジャンプ!」
意識の混乱が戻って、繋いだ手はそのままで周囲を確認。
俺「敵影・・・無し。大尉は写真を。ヤバくなったら通信を!すぐ行くから!」
バルクホルン「頼む!気をつけろ!」
今日の武装は、
シャーリーから借りてきたトンプソンM1だけ。重量、つまり質量を減らしたかった。
こいつの信頼性は有名だしな。拳銃も有るが、これは非常用。
肩透かしを食った敵部隊が押し寄せて来た。こっちから行ってやるよ。同航のまま、敵のど真ん中
にジャンプ。
周囲の敵を撃ちまくる。向うは友軍に当たることを躊躇しているんだろう、余り撃てない。ザマミロ!
こっちは全対象が敵だ。気にしないで済む。
整備兵に頼んで溶接してもらった弾倉3本セットを差し替えつつ攻撃。大尉に行こうとする奴はジャンプ
して速攻で撃墜する。やらせるか!
二派に分かれようとしたが、これまた大尉追撃部隊にジャンプして嫌がらせ。しつこい奴は嫌われるぞ。
おら、俺とガチンコ勝負しようぜ。短距離ジャンプを頻繁に繰り返す。敵機のボディの中で実体化しない
ことだけ注意する。気分が高ぶっているから、今までの疲れも感じない。ああ、大丈夫だ!
腰の予備マガジンに切り替え。暴れ捲る。腰に一発至近ビームを喰らう。くそ!あちい!
バルクホルン「俺!撮影は終わった!大丈夫か!」
俺「了解!合流する!ロンドン目指してぶっ飛べ!」
最後に掃射!行きがけのなんとやら。残弾ゼロ!よしジャンプ!
三度の短距離ジャンプで大尉を確認。正確に位置を定めてジャンプする。
バルクホルン「ああ!無事か!よかった!」
俺「大尉こそ!さ、ずらかろうや。怖い連中がドタマきて追っかけてくる!」
彼女が笑いながら手を差し伸べてきた。護れてよかった。しっかり握る。おや、震えている?
俺「ブリタニア本土へご案内♪ 暖かい飯とベッドへ!最大ジャンプ!」
**
1330時。ロンドン近郊のルートン飛行場に到着。二人ともほっとする。いやー、結構飛んだね。
基地の司令部に挨拶に向かい、行きに撮影した写真フィルムと撮影資料を委託する。ついでに、
宿舎の提供をお願いするが手違いで駄目だと。ちぇ。いいわい。自腹で美味いもん食ってやる。
俺「大尉。整備と補給だけ頼んで、俺たちはロンドンに宿を探そうよ。そのほうが美味いものが
食えるでしょ」
バルクホルン「ああ。そうしよう」
お?彼女の顔に笑顔が戻った。あ、そうか。
基地の車を借りて、司令部が手配してくれたホテルへ向かう。50キロほどのドライブ。ギアに
シンクロが付いていないのか、この時代は!ギャンギョンとミッションを齧りながら走行。悪態を
吐く俺にバルクホルン大尉は笑ってる。あ、ダブルクラッチね。オケオケ!俺は天才だ!
走りながら、前に501部隊がブリタニアにいたときのことを話してくれた。成程成程。その時にね?
どんな奴だろう、その幸せな男は。
1530時。ホテル到着。ぐぉ。高級ホテル予約しやがって・・・。
更に驚愕。司令部のバカ、スイートルームのツイン一室を予約しやがった。新手のイジメか?阿呆!
俺「大尉、他に空いている部屋は無いそうだ。大尉がここに泊まれよ。俺、どこか探すわ」
そうすれば、まあ、なにかと。
バルクホルン「いや。不確実だ。一緒に泊まればいい。私は気にしない」
おーい。真っ赤になって言うなよ。邪魔しちゃ悪いし。
バルクホルン「よし。では命令だ。一緒に泊まれ」
どうなってんだ?折角のチャンスだろう?まあ、しょうがない。二泊の手続をし、デポジットを
払う。部屋に少ない荷物を持ち込んで、俺は長ズボンに履き替えた。
俺「さて。どうする?」
バルクホルン「私は行きたい所がある。俺は?」
俺「そうだな。近所でも散歩するかな」
邪魔しちゃ悪いし。真夜中まで部屋使えよ。
バルクホルン「行くところがないなら、一緒に来い。紹介する」
俺「は?俺を?大尉の恋人に?なんで?」
バルクホルン「違う!紹介したい相手は、私の妹だ!」
ずっこけた。妹さんかよ、クリスって。手を振って否定しているバルクホルン大尉は顔が真っ赤。
とても可愛く見える。
*
アパートメントか何かを想像していた俺が車を停めたのは病院だった。でも、彼女の顔は明るい。
ふむ。重篤とかではないのか。慌てて近所の花屋で花を購入する。
手続をとり、病室へ。うん、明らかにバルクホルン大尉は舞い上がっている。これなら安心だな。
部屋の前で、トゥルーデと呼ぶように言われる。了解。ぐっと女らしい響きになるじゃないか。
バルクホルン「クリス!!!」
ドアを開けた瞬間、ダッシュでベッドに飛びついた。いや、正確にはベッドの上に居る女の子。
いやぁー、似てるわ。
クリス「トゥルーデお姉ちゃん!何時来たの!」
姉妹の久しぶりの会合だ。静かにしていよう。自然と顔がほころんでしまう。こんなに笑う大尉を
見るのは
初めてだ。これが素顔なんだろう。ドイツ語、もうちょっと勉強しておけばよかったな。
座学のときに教えてもらおうか?簡単なことしか理解できない。イッヒ・ドリンケ・ビァとか。
・・・・
・・・・・・
クリス「お姉ちゃん、この人は?」
ん?俺のことを聞いているのかな?
バルクホルン「ああ、済まん。クリス、ブリタニア語で頼む。彼はカールスラント語は余り得意で
ないんだよ」
クリス「こんにちは。はじめまして。クリスティアーネです」
俺「こんにちは。トゥルーデの部下の俺です。宜しくね、クリスティアーネちゃん」
最初の挨拶だけドイツ語で。笑顔が素晴らしい!
クリス「姉がご迷惑おかけしていませんか?私、いつも心配しているんです」
なんて礼儀正しい子だろ!
俺「ううん。とても頼りにしているよ。いい人だ。安心してね?私の大事な上官だ、私がしっかり
護るからね」
大尉がクリスの手を握りながら、赤くなっている。お世辞じゃないのに。
大尉とクリスの話を邪魔しては何だ。空いている花瓶を見つけたんで、水道を探しに出かけた。
ふと気付く。ふんむ。医者に聞いてみるか。
・・・・・
戻ってみると、二人で笑いながら話をしている。うんうん。チェストに花瓶を置いた。さて。
俺「トゥルーデ。外泊許可を貰えるそうだよ?今夜から明日、ゆっくり二人で過ごせば?」
大尉とクリスが顔を見合わせる。クリスの顔が輝く。あは、気が付いてよかったよ。
バルクホルン「俺がいいなら・・・そうさせて貰えるか?」
俺「逆でしょ?お二人がいいならご一緒させて。もしなんなら、俺がここのベッドで寝るよ。メシ位は
出るだろ?」
クリス「私は俺さんも居て欲しいな」
三人で大笑い。早速外泊の準備をする。クリスちゃんを俺が片手抱っこして車へ。長い病院生活で
まだ筋力が戻っていないので、リハビリ中だと。車椅子は辛気臭すぎる。
後部席に二人を乗せて、ホテルへ。手続をし、そのままレストランへ入った。彼女達の故郷料理を
注文し、大いに楽しむ。可愛い笑顔二人分に囲まれ、久しぶりにビールが美味い。
部屋に戻り、二人はお風呂へ。洋式だから狭いような気もするが、姉妹の触れあいだ。いいさ。
ルームサービスで酒と氷、クリスちゃん用にソフトドリンクを注文。あと、夜食用にサンドイッチ。
ローストビーフの奴。ケーキとツマミにスモークドサーモンも。今夜は楽しんでくれ。
ふと気付いて、501に電話を繋いでもらう。当直が出るかと思ったら、ミーナ中佐だった。
ミーナ「お疲れ様。到着は本部から連絡がありました」
俺「遅くなってすみません。宿泊先はホテル・フォーティーワン。電話は・・・・」
ミーナ「部屋番号が一つですか?」
笑いながら言ってるけど、まあ当然聞くわなあ。
俺「ええ。基地の手配違いで。今夜はクリスティアーネちゃんと三人で泊まります」
ミーナ「あら!外泊許可も出たのね!よかった。俺さん、バルクホルン大尉をお願いしますね」
俺「承知しました」
ミーナ「あと、帰路の天候が怪しくなりました。明日の夕方以降、本部に問い合わせを」
俺「はい。結果はまた報告します。ミーナ中佐も早くお休みください。はい。お休みなさい」
中佐にもっと早く電話をすべきだった。悪いことをしたな。
あ、今のうちにタバコ!
注文したものが届いた頃、二人が風呂から上がってきた。クリスちゃん、元気だ。嬉しいんだろう。
今夜は二人で一緒のベッドに寝るんだ、とはしゃいでいる。遅れて出てきた大尉は、ガウン姿に
濡髪をタオルで包んでいる。艶っぽい姿にどきりとした。いかんぞ、俺。
扶桑式にお湯を溜めてくれていると。礼を言って、二人に飲み物を手渡す。俺も飲もう。
三人で取り留めの無い話しをして笑いあう。クリスちゃんの目、いつも大尉を追っている。天気の
話はクリスちゃんに聞かれないようにしよう。期待させてもかわいそうだ。
風呂で、一瞬顔をしかめた。くそ。ビームが掠った腰が水脹れ。温めのお湯にして、我慢。
我慢できなくて、其処だけお湯から出しつつ漬かる。ヒゲもあたってさっぱり。ふう。俺もガウン姿と
なって部屋に戻る。のんびり飲みつつ、笑いつつ、腰を労わってしまう。さっきまで気付かなかった
のにな・・・。
バルクホルン「俺?さっきから腰を庇っているようだが。どうした?」
話の途中で、火傷がバレた。
バルクホルン「馬鹿!負傷した時点で言うものだ!悪化したらどうする!薬を手配するから待て!」
クリス「俺さん、駄目ですよ。痛みますか?お姉ちゃんと手当てしますから、我慢してくださいね?」
ホテルが用意した火傷薬で二人掛りで手当てを受ける。こっぱずかしい。怪我人はウィスキーは駄目だ
といわれたが、何とかお願いして許可を貰う。クリスちゃんの口添えが効いた。
その後、程なく俺は撃沈。疲れが風呂で出た。おやすみなさいと二人に言って、入り口側のベッドに
潜り込む。
二人がドイツ語に切り替えて話している。そのリズムがとても心地よい。笑い声・・・。
**
大あくびをしてベッドから這い出た。今夕の最新天気情報が気になる。
二人が寝ているベッドを見てドキリとする。大尉は・・・裸なのか?眠気が吹っ飛ぶ。いつもリボンで
結んだ姿しか見ていなかったが・・・。髪の毛が綺麗な肩と背中に流れている。
二人とも幸せそうな顔で寝ている・・・。二人でしっかり抱き合って・・・。いいもんだな。
音を出さないように洗面所へ。服も其処で着よう。
バルクホルン「おはよう。俺」
静かにしていたつもりだったが・・・。
俺「おはよう。バルクホルン。すまん、起こしちまったね」
バルクホルン「いや、自然に目が覚めただけだ。呼び方だが『トゥルーデ』と呼んでくれ。クリスも
いるし、お前ならいい。昨日言っただろう?」
俺「ああ、そうさせてもらうよ。コーヒー頼もうか?」
バルクホルン「頼む。で、済まんが後ろを向いていてくれないか?」
顔を赤らめて、シーツで前を覆った彼女が言う。そうだった!
俺「失礼!」
衣擦れの音がやけにはっきり聞こえる。落ち着け!もう懲りただろう!
彼女に声を掛けられて振り向く。もう平静だぞ。電話でコーヒー二杯にフレッシュジュースを頼む。
洗面所から戻った彼女に、ミーナ中佐からの天候情報を伝えた。
バルクホルン「そうか。場合によっては一日以上延期かな?でもそうするとなあ・・・・」
俺「構わん。クリスちゃんと居れる時間が延びるだけさ。良い方に考えろよ。詰らん事は俺に任せて」
彼女が心配しているのは、費用のことだ。隊から支給された軍資金は潤沢とはいえない。でも、俺の
給与は殆ど手付かずだしな。あとは、彼女に余り心配させずに今を楽しんで貰わねば。押し付けがま
しくないよう、注意しないと。
俺「コーヒーが来たよ。さ、座っていて!」
どんどん先手を打って、彼女の頭から些細なことを消し去ろう。お、美味いな、このコーヒー。
さて?今日は何をするか。二人が喜んでくれて、楽しい思い出を作れる場所は。大英博物館のこの
世界バージョン?ダメだ。あ。
俺「トゥルーデ?今日の予定は決まってる?」
バルクホルン「いや。今日も病院にいこうと考えていたから。どうしようか」
困った顔をするなよ。
俺「国立ロンドン動物園に行こうよ。世界最古の科学動物園だ。楽しいらしいよ」
彼女の顔がパッと明るくなった。そうそう、笑って。
*
何気なく持ってきたデジカメと、トゥルーデから借りたライカで写真を取り捲る。どのフレームにも
二人の笑顔が入っている。
子供のカバが親カバと一緒にいる姿に喜ぶ。彼女達がいつも感じている寂しさの裏返しに思える。早く
一緒に過ごせるといいな、ずっと。
クリスが一番嬉しそうな歓声を上げたのは『バタフライ・パラダイス』。まさに蝶々の楽園。世界各国
の蝶が建物の中を優雅に飛んでいる。極楽そのもの。トゥルーデも溜息混じりに蝶を見ている。高い所
の蝶を見たがるクリスを肩車して歩き回る。この方が疲れないね、とそのまま廻ることになった。写真
を撮りたいときだけ、降ろして二人に。
あちこちにあるカフェで休憩を取りつつゆっくり廻る。
「ペンギン・プール」でも二人が歓声を上げた。二人が楽しそうにペンギンを指差しながら会話している
姿も二台のカメラに収める。
見なかったのは、昆虫と爬虫類関連のみ。クリスが微妙すぎる顔をしたので、笑ってパス。ルッキーニ
君だったら突進しただろうな。
水族館では、二人ともガラスに張り付くようにして見ていた。
クリス「お姉ちゃんのいるところにも、こんな綺麗なお魚がいるの?」
答えられないで考え込んでいるトゥルーデに助け舟を出す。表面を泳ぐだけだったんだろ。俺は錘を
脚につけて飛び込んだからよーく知ってる。
俺「いるいる!こんなコバルトスズメとか!結構いるんだ!」
わぁ!と歓声を上げてガラスに顔を押し当てるクリス。トゥルーデに、今度一緒に潜る?楽しいよ、と
誘うとにっこり笑ってくれた。フェイスマスク、どこかで手配しよう。
結局、一日かかってようやく廻れた。広い!クリスは俺の腕の中でうとうと寝ている。疲れたよね。でも
楽しかっただろう?トゥルーデは、そのクリスの頭を撫でながら歩いている。さて、クリスが目覚めない
ように、静かに運転して帰ろうか。
信号待ちのとき、フラッシュを殺したデジカメでそっと二人を撮る。目を瞑っているが、クリスの肩を
静かに撫でているトゥルーデ。優しいその姿を残したかった。
ホテルのロビーで本部に電話。天候は急激に悪化中とのこと。明日の午後から持ち直すらしい。それを
メモに書いて、トゥルーデに見せる。クリスはロビーのソファーでお休み中。
バルクホルン「どうしたものか」
俺「考えるまでも無いよ。写真撮影の偵察が命令だ。目視じゃない。トゥルーデ?無理をしては駄目だ」
バルクホルン「・・・・・」
俺「ではこうしよう。今回の作戦に俺のテレポート能力は不可欠だ。だよな?」
彼女が頷く。
俺「普通なら大尉のトゥルーデに責任がいくわけだが、この作戦では、俺にも口を挟む権限があると思う」
また、彼女が頷く。よしよし。
俺「では。俺は明後日早朝の出撃を進言する。責任は俺が持つ。な?いいだろ?トゥルーデ」
バルクホルン「解った」
俺「よし!そう決まったら、まずはクリスの外泊延長手続だ。病院に電話をして!俺は本部と中佐に
決定を伝えるよ!ささ!電話だよ!」
俺は部屋に走る。ロビーの電話は今度は使えない。
本部に明日の出撃を延期する旨を連絡。続いてルートンABにも。最後にミーナ隊長へ。よしよし。
口笛を吹きながらロビーに戻る。目が覚めたクリスが笑っている。二人とも笑顔がいい。
バルクホルン「隊長は何か言っていた?」
念のため、検査をして可否を決めると病院が判断したというので、病院に向かう。
俺「安堵していたよ。無理をするんじゃないかと心配していたらしい」
バルクホルン「そうか」
俺「駄目だよ?クリスに心配させちゃ駄目。ね?クリス?」
クリス「そうよ。お姉ちゃん!無理をしては駄目!俺さんの言うとおりです!」
俺「そうそう。妹さんを心配させちゃ駄目だよ~♪」
三人で笑いながら病院に着いた。
検査の結果、問題なし。よーし!
今夜は外で食事しよう、と市内のレストランに向かう。ふと思いついて、クリスに聞くと、
やはり服と靴が窮屈らしい。育ち盛りだよな、とデパートに寄る。
バルクホルン「いや、妹の服だ。私が払う」
俺「トゥルーデ?これは隊の皆からクリスへのプレゼントなの。サーニャ君も言っていただろう?」
財布をもつ彼女の手をそっと押さえる。いいんだ。気にするな。クリスが皆から愛されている
のがよく解るんだ。電話の向うで、ハルトマン中尉も騒いでいたよ。それに、病院の費用を・・・。
彼女の眼に微笑んだら、やっと納得してくれた。
その場で着替えて、レストランに向かう。クリスはニコニコ。おれも、トゥルーデも。
ちょっと格式高めのレストランで食事。時々デジカメで二人を撮る。クリスも社交界デビューだね、
というと、二人がはにかんだ。部隊の皆の話で盛り上がる。クリスが皆に会いたいとちょっと
涙ぐむ。
先に風呂に入れ、といわれたので、シャワーだけで済ます。綺麗に始末をしてからお湯を張る。
二人と入れ替わって、俺はグラスを持ってベランダへ。
遅い夕焼けが夜の帳に覆われるのを見つつ、のんびり飲む。緯度が高いんだな・・・。
ふと気付くと、トゥルーデが横にいた。彼女もグラスを持っている。
俺「クリスは?」
バルクホルン「俺のデジカメ?で今日の写真を見ているよ。天然色なんだな」
俺「ああ。フィルムも直にそうなるよ。帰ったら、トゥルーデ専用のビックリを用意するから」
彼女が微笑んだ。あ、いかん。ガウンの胸元谷間がくっきり。すげー。
いかん!夜空もいいぞ?星がきれ・・・月夜だー!わーい!
バ「楽しみにしている。今日は色々有難う。楽しかった」
俺「喜んでくれてよかったよ。昔、親父お袋といった動物園のことを思い出してな」
バルクホルン「そうか。ご両親は?」
俺「うん。二人で元気に暮らしている。姉貴もいるから大丈夫さ」
バルクホルン「そう・・・。お前の家族は?」
俺「ぷうだけ。離婚してね・・・。子供はいない。ぷうが俺の家族なんだ」
彼女は黙ってしまった。俺もグラスを舐めるだけ。思い切って、室内側に身体を回す。
横の彼女の姿がガラスにはっきり映った。ああ、また髪の毛を解いているんだな。
バルクホルン「込み入ったことを聞いてしまった。済まない」
俺「いいさ。もう終わったこと。中佐から聞かなかったか?俺が恋愛に消極的なのは、それが理由。
付き合っているときと結婚してからでは・・・互いに見るところが変わるんだ。それが解ってしまう
と・・・恋は出来ても、愛に発展させるのが怖くなる」
バルクホルン「・・・遊びの男女関係だけということか?」
追撃激しいな。まあ、年頃だしな。
俺「遊びと割り切れるほどドライじゃないよ。強いて言えば、片思いをしているだけで十分、って
ことかな?解る?」
バルクホルン「相手に思いを伝えようと思わない?それで満足できるのか?」
俺「思いを伝えちまったら、愛になるじゃないか。トゥルーデも、辛かったことがあるだろう?」
バルクホルン「いや。無いんだ。知らないのか?」
俺「何を?」
バルクホルン「ウィッチは、男女の恋を経験すると魔力を喪うんだ。だから、恋愛は・・・」
俺「マジ?冗談だろう?」
思わず、トゥルーデの顔を見つめる。聞いたことが無いわ!巫女さんより大変じゃないか!
バルクホルンの顔にサッと紅が刷かれた。
バルクホルン「肉体関係を持つと、そうなる」
はー。そりゃ。なんとも。つまり、トゥルーデも処女。へー。
バルクホルン「おい。恥ずかしいから・・・余り見つめるな」
俺「あ、済まん。君たちは・・・永遠に処女でいないと不味いのか」
バルクホルン「20歳位までだ。それ以後、魔力を喪う者が殆どだ」
年齢制限ありか。まあ、一生結婚できないよりゃねえ?
バルクホルン「何かおかしいことを言ったか?私は」
俺「いや!誤解させて済まん。安心したんだよ。それで笑った。嘲笑したわけじゃない」
バルクホルン「・・・・」
まずい!
俺「えっとな。俺みたいな離婚経験者が言うと真実味に欠けるが。恋愛はいいもんだ。自分自身も
成長する。相手をより理解しようとするからな?解るだろう?それを知らずに軍にいて、戦い
続けなくちゃならないとしたら可哀想過ぎると思った。でも、20歳くらいで解放されるなら、
救われるなと思って安心したんだ。だから、えーと、顔が緩んだんだよ」
バルクホルン「あはははは。解った。そんなに真剣に言うな」
どぇー。よかった。
俺「安心したよ。トゥルーデ、君は何歳なんだ?」
てっきり、20歳過ぎかと思っていたが。もっと若いってことか。
バルクホルン「幾つに見える?19歳だ」
え? おお、すぐじゃないか。何年も戦ってきたんだな・・・。
俺「後少しで解放されるのか。良かったじゃないか」
バルクホルン「良いことか?」
睨むなよ・・・怒った目が怖いんだって。笑顔はあんなに素敵なのに・・・。
俺「いいこともある。戦いから身を引いて、クリスと一緒に暮らせる」
バルクホルン「・・・・・」
俺「クリスは寂しがっている。君もだろう?一人で全部背負い込むな。君は神じゃない。仲間の
いる一人の人間だぜ?前線から身を引いて、後輩の指導に当たるのもいいんじゃないか?または
お前を好いてくれる相手と家庭を持つのも素敵なことだぜ?」
ああ、くさい。くさすぎる。どうにかならんのか、俺の言い方は!
バルクホルン「私を好いてくれる人など・・・いるのだろうか?」
ああ!いつもの自信はどこにいった?
俺「トゥルーデ。よく聴いて。クリスと過ごしているとき、君の素顔を見た。普通の優しい女の子だ。
軍人の名誉や義務に縛られるなよ?君の本質は、優しい普通の女の子、だよ」
自分で言っていて、悶絶しそうだ。励まさにゃ。
バルクホルン「そうか。お前は私をどう見る?」
俺「素敵な人だ。もし、俺がもうちょっと若くて、臆病でな―・・・」
あ、やっべ!馬鹿!余計なことを!
バルクホルン「続けろ」
ぐぁ。この状況で命令かよ!カールスラント軍人ってどうしてこう・・・。
俺「なんでもない!」
バルクホルン「言えないことなのか?私はお前を友人だと思っている。だから、友人限定の呼び方
を認めたんだ。それなのに、お前は・・・」
俺「君に恋心を抱いていただろう」
ああ、もう!俺の馬鹿野郎!
バルクホルン「まだ31じゃないか。恋人もいないんだろう?勇気を出せばいい。昨日の戦闘も勇敢
だった。決してお前は臆病者ではない」
俺「あのね。俺が決めることだ。恋愛はもう真っ平なの!」
バルクホルン「うるさい。私の気持ちも大事だ!違うか?」
あんだって?ちょっとまて。なんていった?
くそ、酒が切れた。ちょっと寄越せ!ふぇーぅ。薄すぎるぞ!
俺「ちょっと酒作ってくる。待ってて」
逃げじゃねえぞ!お前の分も作ったるわ。濃い目でな!
俺「ほれ。飲めよ。クリスは笑いながら写真見てるから大丈夫」
二人で一気に呷る。もう一杯作ってくるわ!
ほれ!飲め!
バルクホルン「12歳差だが、私は気にしない。よって問題は無い。お前が恋愛から逃げている事だけ
が問題だ」
俺「12歳差はでかいと俺は考える。逃げている?違う。恋愛が嫌いなんだよ。バツイチの何処がいい!」
また二人で一気飲み。
バルクホルン「お前はさっき、別のことを言ったな。恋はしてもどうたらと。今は別のことを言う。
非論理的だ。人間は最初に本音を言う。追い詰められると非論理的になる。つまり、お前は逃げて
いるだけだ。しくじりだと恥じる必要は無い。感情・価値観の相違が原因だ。なので、離婚経験者
でも問題は無い」
エンタープライズ!こちらカーク船長!ここに居るMR.スポックを転送してくれ!あ、駄目。俺を
転送してくれ!
クリス「お姉ちゃん?俺さん?風邪引きますよ。入りましょう?」
おお!ミスタースコット!いいタイミングだ!
俺「うんうん!そうだった。入ろうね!さ、トゥルーデ?」
バルクホルン「ああ。入るよ、クリス。先に行っておいで。――私、お前を撃墜するから」
入りしな、俺の頬にキスしていきゃぁがった!何でこうなるんだよ!何でこんなにドキドキする
んだよ!クリスの事が無けりゃ、一人で明日出撃したい!
*
無事、基地に戻れた。迎撃機が上がってきたのは最後のベネツィア上空だけ。
航法を二人で確認する際程度、帰路はあまり会話もせず。クリスのことを考えていたんだろう。
後は任務に集中するさ。
ふらふらな俺に代わって、トゥルーデが皆に少しだが土産を配る。リュックに入る分量だから
なあ。俺の革靴だの何だのは放棄して土産を増やしてみたんだが・・・。皆こんなに喜んでくれて。
そうだ。今やらないと。
自分に気合を掛けて、立ち上がる。ぷうが俺から離れない。ほんと、お前は良い奴だ。
部屋でノートパソコンにデジカメのデーターを移し、変圧器と一緒に談話室に持ち込む。
俺「おーい。クリスちゃんの最新映像だぜ。メインはロンドン動物園と国立植物園だよー」
スライドに設定して、画面を皆に見せる。俺達二人以外が全員PCに群がって騒いでる。へへ。
少しは役に立つな。
バルクホルン「あれは・・・凄いな。印画紙に焼けるか?」
俺「印刷になるんだが、機械がな。携帯用のを持ってる。一応やってみるけど画質はよくない」
バルクホルン「すまない。お願いするよ」
俺「気にしないで、トゥルーデ。後であれを君の部屋に持っていく。好きなときに見れるよ」
すっごい笑顔。妹さん大好きなんだな。
食事の後、PCをトゥルーデとエーリカの部屋に移し、操作を教える。簡単に覚えてくれた。
俺「落したりしちゃだめだよ。簡単に壊れるし、修理は出来ないから」
バルクホルン「ああ!気をつける!本当に有難う!」
俺「明日、印刷の機械持ってくるよ。数枚クリスに送ればいい。
インクが無くなったらお仕舞いだ。
早めにやろう」
にっこにこで頷くトゥルーデ。
バルクホルン「送る時、お前も手紙を書いてやってくれないか?クリスが喜ぶ」
俺「ブリタニア語でよければ。皆にも声掛けてやれよ。あ、今度カールスラント語を少し教えてくれ」
バルクホルン「今夜からでもいいぞ?ぷうも覚えるか?どうだ?」
ぷうを抱き上げてもふもふ。ぷうは全身をトゥルーデに押し付けて甘えている。そうか・・・。
俺「談話室でなら。座学の最後でもいいよ」
バルクホルン「・・・二人きりになりたくないのか?私を嫌いになったのか?」
俺「トゥルーデ。経験者が言うことだと思って、聞いてくれよ。余り熱くなるな。若いときは・・・目が
見えないことになりがちなんだよ。多分、俺が失敗したのはそれだったと思う。俺は・・・お前に嫌わ
れたくないんだ。二度目は・・・な」
彼女の目を見ながら話す。彼女も瞬きもしないで、目を逸らさないで聞いている。
俺「俺も、自分の気持ちを。ええと、見つめなおすから・・・。俺はお前の気持ちを弄びたくない。
好きだよ、トゥルーデが。でも、これが恋か、そして愛になるかが・・な。今は解らない」
バルクホルン「私のことを・・」
泣くな・・・。
俺「ああ。好きだ。だから傷つけたくない」
一体俺は何を言っているんだ。あの時心に決めたのに。馬鹿すぎる。
トゥルーデが椅子から立ち上がって、ぷうを降ろした。
俺「そろそろ行くよ。お風呂で疲れとってな。それじゃ、おやすみ」
右手をぐいと引かれた。駄目だ。
引っ張る手を両手で包み込む。彼女が前に進んで、二人の胸が手で遮られる。
これ以上はやめろ、俺。ダメだ。
俺「おやすみ。トゥルーデ」
バルクホルン「うん。お休みのキス」
可愛く目を閉じて唇を突き出した。おい!俺の自制心!全力で頼むぞ!
手を握ったまま、軽く頬にキス。これでいいだろ?
・・・
・・・・・・
不満足? なんとも・・・いじらしい。
軽く、そっと唇にキス。 よかった。満足してくれたみたいだ。瞼が痙攣している。
バルクホルン「お願いがある。絶対死ぬな」
俺「ああ。トゥルーデも。約束してくれ」
もう一度、自然とキス。 自制心!もっと機能しろ!軽くだ!もう離せ!
「おやすみ、トゥルーデ」
「おやすみなさい、俺」
ドアを閉める際、目を見て頷いてから閉める。
なんだか・・・俺も混乱だ。ぷう、行こうや。
俺としたことが・・・・。彼女を傷つけたくない。
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最終更新:2013年02月02日 12:12