「蒼穹の絆4-7」
―病室―
シャーリー「お前・・・無理してくれたんだな、本当に。有難う」
俺「・・・・」
モルヒネを投与されて、朦朧としている俺。でも、眼はシャーリーに向けられている。
シャーリーは俺の頬にそっと手を当てている。
強度の衝撃波で、内臓にまでダメージを負っていると診断された。脳は脳震盪程度。
シャーリー「私を庇って・・・背中で全部受けたんだろ・・・ばか」
毛布を捲り、俺の左肩に張られたガーゼをそっと撫でる。出血するまでの深い噛み跡。医者も首を
かしげていたが、爆発時にシャーリーの歯が当たったんだ、と俺が言って事なきを得た。
シャーリー「ごめんな・・・堪え切れなかったんだよ」
ドアがそっとノックされた。毛布を優しく掛ける。
ルッキーニ「トラ、どお?」
シャーリー「うん。落ち着いたみたい。ほら、寝かかってる」
ルッキーニ「よかった。薬が効いたんだね」
そっと俺の頬を撫でる。
ルッキーニ「シャーリーを護ってくれてありがとう。俺」
それに安堵したかのように、俺が眠りに落ちた。
シャーリー「寝ちゃった。今日はもう無しかな・・・」
ルッキーニ「どしたの?」
シャーリー「俺がね、大事な話をって約束してくれたんだ」
ルッキーニ「ふぅーん。大事、ね。明日かな?きっと明日だよ!」
シャーリー「シーッ・・・。起きちゃうよ。そうだね、きっと」
ルッキーニ「シャーリー?ほら。シャーリーもお風呂で綺麗になろ?」
シャーリー「でも・・・」
ルッキーニ「お話の時に綺麗なシャーリーを見て貰わなきゃ!行こう!」
シャーリー「そうだね。うん、行こう。戻るまで看護婦さんに見て貰うよ」
ルッキーニ「横のベッドが空いてるからさあ、今晩はここで寝ようよ!ねっ?」
ルッキーニ「おっふっろ!で~ぴっかっぴかァ♪ぴっかぴかーのおっぱいで~♪」
・・・・・
―――
エイラ「・・・」
サーニャ「どうしたの?エイラ」
エイラ「うん。あの時の通信思い出してサ」
サーニャ「あの時?」
エイラ「ほら、今朝のシャーリーと俺の。通信途絶寸前のサ」
エイラ「なんでだロ」
サーニャ「ん?」
エイラ「定石なら、シャーリーが避難し終えるまで俺が牽制攻撃をかける、ダロ?」
サーニャ「うん」
エイラ「私達だって、あと1分ちょっとの距離だった。でも、俺は・・・」
サーニャ「遠隔点火した・・・」
エイラ「うん。二度目だから不確実だったんダロ?牽制のほうが可能性高かったと思うんだ」
サーニャ「私も考えたんだけど・・・」
エイラ「ウン」
サーニャ「シャーリーさんを庇うことだけ考えたんじゃないかな」
エイラ「でも・・・。うーん・・・」
サーニャ「二人が合流してから、敵が二人に進路を変えたことは言ったわね?」
エイラ「ウン。聞いたヨ、その時に」
サーニャ「任務を変えたって事よね、ネウロイが」
エイラ「うん。手負いとそれを庇う一人だもんナ。あいつ等えげつないことするしナ」
サーニャ「俺さん、自分が囮になっても、敵がシャーリーさんを追う可能性を考えたんだと・・・」
エイラ「うん。・・・可能性あるナ」
サーニャ「ゼロか100パーセントに賭けた、って思う」
エイラ「あ!『二人で生き延びる』とか言ってタ!」
サーニャ「うん」
サーニャ「その前、シャーリーさんは結果がわかっているのに・・自分ひとりで退避するって・・・」
エイラ「うん。どうなるか解っていた筈ダヨ」
サーニャ「それで、俺さんの気持ち・・・心が決まったんだと思う」
エイラ「心?ああ、戦友だから?」
サーニャ「ううん。それだけじゃないと思う」
エイラ「やっぱり・・・そうだよナ」
サーニャ「うん。シャーリーさんは俺さんを巻き込みたくなくて。俺さんは二人で生き残る事だけ
考えて・・・。駄目なら二人で・・・」
エイラ「二人とも、互いに好きなんダ」
サーニャ「きっとそう」
二人とも黙り込む。サウナの蒸気が二人に纏わりつく。
外に出て、ベンチに座る。また考え込んでいるエイラ。サーニャは黙っている。
エイラ「ねえ。サーニャ」
サーニャ「なに?エイラ」
エイラ「私達、生まれも国も違うけど、サ」
サーニャ「・・・・うん」
エイラ「もし・・・もしも、戦死するときが来ちゃったら・・・」
サーニャ「・・・うん」
エイラ「死ぬときは一緒・・・だから」
エイラ「自分だけ逃げたりしないから。サーニャと一緒に居るヨ」
前だけ見て喋ったエイラにサーニャは答えない。
恐る恐る、サーニャの顔を見るエイラ。
サーニャの眼から涙が伝わり零れていた。
サーニャ「ありがとう、エイラ・・・」
そっと抱きあい、二人で静かに泣く。
―――――――
坂本「ああ、リーネ。居たのか」
リーネ「あ、坂本少佐。こんばんは」
坂本「こんばんは。済まん、お茶を一杯貰えるかな?」
リーネ「はい!お待ちください!」
暫くして、扶桑茶の急須と湯飲みを持ってきた。
坂本「有難う。いただくよ」
静かにお茶を啜る坂本。リーネは冷えた紅茶のカップを前にして静かにしている。
リーネ「お二人とも無事でよかったです」
坂本「ああ。リーネの狙撃のお陰だ。よく当てた」
リーネ「いえ、当たってよかったです・・・」
坂本は静かに微笑むだけ。リーネが一口、紅茶を含んだ。
リーネ「あの・・・人って、大怪我をしても気付かないものなんでしょうか?」
坂本「夢中だと、そういうものらしい。私も何度か見たことがある。今日の俺もそうだな」
リーネ「夢中になると・・・ですか」
坂本「モルヒネを打って、漸く痛みが抑えられるほどの傷なのにな・・・よく戦い抜いたもんだ」
リーネ「Berserker・・・・」
坂本「なんだい?そのバーサーカーというのは」
リーネ「北欧神話に出てくる狂戦士です。危機にあっては鬼神のように戦い、その時は周り全てを
敵と看做して・・・肉親でも攻撃してしまう・・・」
坂本「狂戦士、か。あいつは友軍は護るが。阿修羅のようなものかな・・」
リーネ「其処まで戦うって・・・仲間思いなんですね」
坂本「かもしれん。私はちょっと違うと感じたが」
リーネ「そうでしょうか」
坂本「睨むなよ、リーネ。悪い意味じゃない」
リーネ「ごめんなさい」
坂本「俺の行動は、定石からいくつか離反しているんだ。一か八かの大博打・・・綱渡りかな?、それ
が全ていい方向にいった。だから二人して帰って来れた」
坂本「普段のアイツは冷静だ。理詰めで考える奴だ。なのに、なぜ今回だけ?ってな」
リーネ「何故でしょう?」
坂本「私が今まで見た、怪我に気付かずにというのはね。戦闘中の話なんだ。戦闘が終わって、そこ
で痛みで負傷に気付いて倒れる。でも、俺は最後の最後まで気づかなかった」
リーネ「敵地だからでしょうか?」
坂本「ああ。そうだろう。でも、人間だから、海岸線にたどり着いたときとか、一瞬は気が抜ける
筈じゃないかなと思うんだ」
リーネ「そうですね。緊張がどこかで解れるときも・・・」
坂本「アイツは、それが無かった。ずっと緊張していたんだ。多分、シャーリーだろうな、理由は」
リーネ「シャーリーさんが・・・」
坂本「うん。多分な。彼女を戦友以上に見ているから、咄嗟の判断が全て綱渡りになったんだろう。
そして緊張感を保てた。そう考えると、すべてが繋がるよ」
リーネ「!」
坂本「まあ、普段の俺に戻るだろう。きっと今まで以上に慎重に事を進めるさ。そして何が何でも
帰ってくる」
リーネ「・・・・・・・」
坂本「どうした?お前がなぜ泣く。・・・・・・・・・お前もそうだったのか?」
リーネ「え?」
坂本「・・・・・そうか。私もな、失恋、って奴だ」
リーネ「・・・」
坂本「悲しいけれど、悪い失恋じゃない。違うかな」
涙が静かに伝っていたリーネが号泣に変わった。坂本が静かにリーネの肩を抱く。
坂本「気の済むまで、泣け。私もさっき、シャワーを浴びながら泣いてきたんだ・・・」
―――――――
スチーム暖房器から、時たま金属音が聞こえる以外は静かな病室。
シャーリーは徹夜で付き添っていた。ミーナからも、三日間の静養を取る名目で事実上の許可が
出ている。ルッキーニは横のベッドで寝ていたが、今は勤務中。
シャーリー「・・・・・・」
毛布の下の手に、手を重ねてじっと俺の顔を見る。軍医から、眼が覚めたら呼ぶように言われて
いるが。
窓ガラスを離着陸するユニットの轟音が揺すぶるが、気に留めない。彼女達にとっては普通の音。
一般人には「騒音」だが、彼女達は「自由の調べ」というくらいに生活音。
シャーリー「あ」
俺が身動ぎをした。触っている指が動いている。
シャーリー「おい。海兵隊。聞こえるか?」
・・・
・・・・・
シャーリー「おい。俺。痛むか?どっちにしろ返事しろよ・・・」
漸く、俺が眼を開いた。暫く天井を見ているが、すぐにシャーリーに視線を向ける。
シャーリー「痛みは?軍医呼んでモルヒネ打って貰う?」
ゆっくり頭が振られた。
シャーリー「うん。痛みが出たらすぐに教えて。あ、今眼を拭くからね」
ポットと水差しでぬるま湯を作り、ガーゼを浸して絞る。それで俺の目脂を優しくふき取る。
もう一度絞り、それで顔をそっと拭く。
シャーリー「さっぱりした?水飲む?」
頷きが返る。病人用水差しを口元に運ぶが、頭を低くした俺には上手く合わない。
シャーリー「よし、待っててね」
ポットの横にある水差しからコップに水を入れ、ベッドに向き直る。少し口に含んで、そっと
俺の唇に。少しずつ、俺が飲み込むのを感じつつ口移しで飲ませた。
シャーリー「もっと飲む?」
二度繰り返された。俺が眼で礼を言う。微笑を返すシャーリー。
シャーリー「痛みはどう?まだ大丈夫かい?軍医からは眼が覚めたら呼ぶように言われているんだ」
俺の目に拒絶が浮かぶ。唇を開いて、何か言おうとしているがろれつが回らない。
シャーリー「解ったよ。無理しないでいいから」
俺はまだ何か言おうとしている。首をかしげていたシャーリーが、彼の口元に耳を寄せた。
俺「だめ。先に言わなきゃ。約束した」
シャーリーが俺の眼を見る。俺も確り見返す。また耳を寄せる。
俺「ありがとう。シャーリーが好きだ。好きだから」
シャーリー「あたしも好きだよ。大好き・・・」
俺「よかった。でも。俺のほうが。大好きだから」
シャーリー「うん。ありがとうな。こんなあたしでいいの?」
俺「いまの。シャーリーが好きなんだ。いいんだ」
毛布から手を出す。顔に汗が浮かんだ。
シャーリー「無理しないで!痛むんだろ!」
俺「今は我慢する」
彼女の手を握りしめる。シャーリーも握り返した。
俺「ちょっと、こうして いさせてよ」
シャーリー「うん・・・昨日、あたしもそういったね」
俺「だな。今日のシャーリーも綺麗だ」
シャーリー「ばか。でも、ありがとう」
顔を寄せたまま笑う。シャーリーの目から涙が零れた。そっと頬を寄せる。
シャーリー「愛してるよ 俺」
――――――
病室生活
二日目の夜。シャーリーも安心して横のベッドでルッキーニと寝ている。
モルヒネも段階的に減量投与されて今はなし。
シャーリー「ん?・・・・」
寝ぼけ眼で隣のベッドを見る。何か音がしたような。
居ない。一瞬でベッドから飛び出す。
ドア側に俺が倒れていた。
シャーリー「どうしたの!」
俺「ごめん。トイレに行こうと思ってさ」
シャーリー「馬鹿!まだ動いちゃ駄目だ!尿瓶があるじゃないか。私に言えよ!」
俺「そりゃ駄目だよ。恥ずかしいよ」
シャーリー「お前。恥ずかしいほうがあたしに心配させるより優先なの?」
俺「・・・ごめん」
シャーリー「あたしだって・・・お前に恥ずかしい姿見せちゃったんだ。お前だけ気にするの?」
俺「そうだな。済まなかった」
シャーリー「あたし達恋人同士だよ。そうだろう?」
俺「うん。ゴメン。ねえ、シャーリー」
シャーリー「ん?なんだい、俺」
俺「小便はお願いするとしても・・・でかいほうは勘弁してくれよ。こりゃ人格問題だよ・・・」
シャーリー「私は構わないけどなあ・・・お前のだし」
俺「頼むよ。連れて行ってくれれば自分でやるよ。頼む!」
シャーリー「わかったわかった。じゃあ、ベッドに戻るよ。ほら確り」
・・・・・
シャーリー「じゃ、いいかい?持つよ?」
俺「うん・・・」
シャーリー「セットオッケー。さ、しなさい」
・・・・・
俺「悪かったね。ありがとう」
シャーリー「いいの。無理したから汗まみれだよ。お湯で拭こうな」
スチーム暖房機の上に置かれた薬缶から暖められたお湯を洗面器に注ぎ、水差しの水で温度を
整えて、タオルをぬらして絞る。俺は背中から尻までがむき出しの服を着せられているので、
シャーリーに手際良く着替えさせられ、全身を拭かれた。
俺「ありがとう。さっぱりしたよ」
シャーリー「いいんだって。あれって、普段とあの時とでは全然違うんだね。ちょっと驚いた」
俺「え!あ!それ気付いていたのかよ。 ああ、なんてこった」
シャーリー「だって。全部解ってるんだよ、あの時って・・・」
シャーリー「あ、ちょっとまってね。ルッキーニ毛布掛けなおしてくるよ」
俺「うん?寝ないの?」
シャーリー「寝るよ?お前と」
俺「マジ?」
シャーリー「じゃ、お邪魔しますよ」
そっと寄り添い、毛布をかける。
俺「体が動かなくてよかった」
シャーリー「あたしも安心だ」
二人でくすくす笑う。
俺「暖かいな・・・柔らかいし。いい香りだ・・・」
シャーリー「だろ。あっちはどうだ?」
俺「ちょっと!シャーリー!」
シャーリー「恥ずかしい思いをしたのは、あたしだけでサ・・・」
俺「解ったよ・・」
シャーリー「ありがと。 おっ!この前と同じかな?ほお~凄いもんだなー。へぇー。やっぱ
硬いや。・・・はいここまで!」
俺「ほっ・・・」
シャーリー「今はここまでね。やらなきゃならないことがあるから。我慢しよう」
俺「解っている。今はシャーリーがいてくれるだけで幸せだよ。我慢しような」
シャーリー「そういうお前を好きになってよかったよ。ほら、寝なさい・・・」
俺「うん。シャーリーも寝てな・・・」
―――――
ミーナ「おはよう、シャーリーさん、俺さん。あら」
シャーリー「よぉ。おはよー」
病室の洗面台でシャーリーがシャコシャコと歯を磨いている。ミーナの眼は俺のベッドにいる
ルッキーニに釘付け。シャーリーのパジャマもそのベッドの柵に掛かっている。
ミーナ「今日もいい天気ね。えと、ごめんなさい・・・質問してもいい?」
シャーリー「あ、それ?ルッキーニと二人で俺を見張っていたんだ。夜に何度か脱走しようとして
床を匍匐していやがってさ」
ミーナ「脱走?匍匐?」
シャーリー「俺がね、尿瓶におしっこするのを恥ずかしがって。もうね、アホかと。身動きも満足
に出来ない癖にトイレに行こうなんてね」
ミーナ「なるほどねえ。シャーリーさんが?」
シャーリー「うん。とっ捕まえて、あたしがさせた」
にんまり笑うシャーリーに顔を赤らめるミーナ。
シャーリー「あ。いいんだ。俺にもあたしの恥ずかしいところ見られちゃったしさ。それに、告白
しあったし」
ミーナ「あ。やっぱり!」
シャーリー「えへへ。バレてたのかな?」
ミーナ「輸送機で感じたの。信頼以上だなって」
シャーリー「さすが、ミーナママだね。御見それしましたぁ」
ミーナ「もう!でも、いいわねえ。気持ちが通じ合うって・・・」
シャーリー「ちゃんとわきまえて生活するからさ」
ミーナ「ええ。信頼しています。みんなへのいいお手本になってくださいね?」
シャーリー「うん。ありがとう」
バルクホルン「あ、ミーナ、ここにい――失礼した!」
ミーナ「トゥルーデったら。真っ赤になっていたわ」
シャーリー「ふーむ。三人で寝ているときを見たら」
ミーナ「卒倒したかも、ね」
―――――
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最終更新:2013年02月02日 12:19