どこの誰かがどこで戦いどこで死のうとグリッド086のドーザー連中にとって、割とどうでもいいことだった。
赤いコーラルをもぐもぐして脳味噌バチバチにキマれば世はすべてこともなし。脳味噌バチバチ今日も幸せだ。
そういうわけなので、コーラルを巡る戦いの最中にRaDの頭目、シンダー・カーラが死に、チャティ・スティックも死に、ジャンカー・コヨーテスのオーネスト・ブルートゥも八つ当たり気味にぶち殺されていたが、ろくでなしはろくでなしであり誰も気にもしなかった。二大巨頭の二大派閥が半ば死に体になった中、在野の技術者たちがその残されたグリッドやインフラを目当てに居着いてきても、そも彼らがコーラルを土産に持ってきてACやMTにまで乗り込んでいたのだからどうしようもない。何人かはコーラルよりもACに群がっていって見事にこの世から消滅したが。
ただまあ、コーラルバチバチキョーモシアワセだけで済む馬鹿どもはそれでいいとして、乗り込んでイエスマイホーム気取りの在野技術者連中はそうもいかなかった。伊達に知識をもって技術者をやっているわけじゃない。頭が動くってことは他人をぶん殴る理由をあれこれとパチパチ見つけられるってことでもある。陰湿で排他的なギークのグループが水面下で相手の足首をぶった切り合う素敵な時間がしばし在り、まあそこで生き残れなかった奴は簀巻きにされてグリッドから放り出された。白衣を着て薄ら笑いを浮かべた連中の弱肉強食。ま、グリッドは高度3000メートル以上もあるんだから、そこから落ちると考えれば簀巻きから回復することはできるので、もし天才的な閃きがあったら誰かしら生き残っているかもしれないが。
もはや組織として体を為していないRaDとコヨーテだったなにかに何か意味を与えたのは、ある日、酩酊状態のドーザーに肩車されて爆笑しながらグリッド086にやってきた。彼女が
マヤウェル、銀河を股にかけた酒飲み広域指名手配犯だった。創造的な人間がそうであるように彼女もまた論より証拠、口より手だ。グリッド086どころかここら一帯で蔓延していた安い密造酒(ここに法はないからあきらかに合法なのだが、皆が密造酒という)の生産者を、彼女はコーラルと酒をキメた泥酔状態のドーザーの集団と共に襲撃して、錆びたドラム缶と鉛管の蒸留装置に一人一人ぶちこんで溶接してから火にかけた。みんな笑っていた。
次の日、二日酔いでぶっ倒れているか死んでいるかのドーザーの横でステンレスと銅管をどこからか拝借してきて軽くて持ち運びもしやすい蒸留装置を作り上げたマヤウェルは、二週間後にはグリッド086の水耕栽培施設を弄り始め、隣接グリッドからさまざまな部品を分捕ってきてはバラしてグリッドに組み込み、水耕栽培施設の増築に成功した。そこにまっさきに勝手に大豆と芋を植えた自称生物学者はミールワームの保育ポッドにぶちこまれた。中ではさぞ凄まじい悲鳴と凄まじい咀嚼音が鳴り響いているのだろうが、災難なことに保育ポッドは歴史と実績ある素晴らしい発明品なため生産的でない自称生物学者の最後の論説を聞くものは誰もいなかった。みんな笑っていた。
マヤウェルは南米にルーツを持つ褐色肌でそばかす面の溌溂とした女性で、ドーザーだろうと学者だろうと学者気取りの引きこもり相手だろうと、笑いながら喋った。酒を造ってみんなに振舞い、メチルアルコールと鉛汚染のクソに中指を立てて乾杯した。コーラル・ドラッグに対しても彼女は寛容で酩酊状態のドーザーがいればその隣で同じくらいにべろんべろんに酔っぱらって会話にもなっていない会話をしながら爆笑しあい、背中をたたき合い、ゲロったり走り回ったり転げまわったりして、いつも楽しそうに笑っていた。みんな笑っていた。
楽しそうに笑いながら好きなことをやっている連中を妬むか、あるいは自分もまたその中に加わるかということに人間は大変な労力を割いて考える。マヤウェルと共にその方向性に進んだものもいれば、どうせまたブルートゥみたいな奴が現れるさと恨み言を言いながらRaDからまた家出していく者もいた。去る者は追わず来る者は拒まず。マヤウェルはそう言いながら自分のACであるパンチョ・アミーゴに飛び乗って、駆け付け一杯にアルコール度数五五%のとっておきをぐいっと飲み、家出していったやつがいそうなところにメリニット謹製魂の一品EARSHOTをぶっぱなした。マヤウェルと
パンドラと
スコーチド・マギーの三人が面白がって作っていた超音速シェルパにプラスチック爆薬が充填された代物が、その場の勢いで点火され、まるで矢のように汚染区画のほうに飛んでいって大爆発を起こした。みんな笑っていた。
それからは楽しいことばかりだ。みんないがみ合いながらもそれぞれの分野を飛び越さず、口を出さず、誰かの失敗を見ても俺の知ったことではないからと腹を抱えて笑う。
マヤウェルはその先頭に居た。たまたまだ。たまたま、彼女がここに来て、そこに収まった。たまたま空の玉座があって、たまたま酒瓶をひっさげた彼女が据わった。まったく、笑える話だ。