商売人に用心棒がいる時は、子供が斧を持っている時のように言葉遣いを選んだ方が良い。特に用心棒が傭兵であるならそうだ。
インレという女はそういう人物だった。彼女の傍らにはガラルドーという傭兵の影があり、影は暴力をもって安全性を確保する。
これが常識的な人物なら、この相互確証破壊が大好きな三枚舌の車椅子女と笑顔で商売なんてするわけがないのだが、生憎とここグリッド086に立ち入る輩には非常識的な人物しかいない。
「で、商いの内容について教えちゃくれないかい」
「ガラルドーと私でいつものを。それとドーザーを何人か都合できます?」
「いつものは用意してあるよ。ドーザーの方はそうだね、人出がいるのかそれ以外に使うのかによるね」
「それ以外で、三体ほどお願いできます?」
「はいよ。―――
セロウノ、三体まともな奴を見繕いな」
『了解した』
俺は手短に了承し犠牲者を三名リストアップした。焼き付きがまだマシなドーザーは希少だが、いないわけではない。
インレと
マヤウェルは、月と太陽だ。
インレはさまざまな仕込みがされた車椅子に乗り、白い肌にメッシュの入った黒い髪に、慇懃な言葉遣いをする。手より口を使う。その腹の底は黒く深淵に繋がっているのだろう。
マヤウェルは、違う。褐色の肌に溌溂とした、誰に対してもやや馴れ馴れしい。出会って三言目には、もう相手を友人のように扱う。腹は出して昼寝を決め込むのだろう。口より手を使う。
「振り込み確認。待ってる間に煙草でもどうだい?」
「では、いただけますか」
「ほらよ。ブラックリストのよしみだ」
にぃっと笑いながら二本、煙草を渡した。なぜ二本なのかは分からない。ガラルドーの分かもしれない。
マヤウェルは煙草を咥えて使い古したオイルライターで火を点ける。彼女はグリッド086の騒々しく暑苦しい様を鉄柵越しに見下ろしながら、油臭さと溶鉄の臭いと共に吸い、美味い酒を飲んだ時と同じように満足げに紫煙を吐く。
煙草は人類の辺境文化圏においては未だに現役だ。優れた嗜好品とは言えないが、それ故に儲かる。嗜好品などそんなものだ。不必要だが必要とされる。
二本の煙草を渡された黒兎は、指で挟んだ煙草を興味深げに眺めた後、一本をポケットに差し込んで、残った方に火を点けて、言葉遣いと同じように丁寧な所作で吸い、にぃっと口端を上げた。
「見えています?」
「なにさ。アンタの腹の底は、何メガカンデラあっても見えないと思ってるよ」
「心外ですねぇ。これでも結構オープンな方ですのにー」
「腹割って話されても、その腹の中が見えないんじゃあね。で、そっちの商いの調子はどうだい」
「まあまあといったところですねー。ルビコンでは顧客には困りませんよ」
「そいつは良いことだ。片棒担いでるこっちも儲かる」
ろくでなしがろくでもないことを談笑しているのを眺めながら、俺はまともなドーザーを見つけた。
まともな脳機能を持っているわけではないが、まだまともな判断力のある奴はだいたいが元コヨーテスの奴だ。浅はかな蝙蝠に掛ける慈悲はない。出荷だ。
無線操縦でMTを動かして三人の回収作業を始める。作業中に死亡することも考えて、追加で三人を検索。みんなコヨーテスだ。六人積めても文句は言われまい。
「―――とまあ、こっちはそんな感じさね。リソースの使い先を考えなきゃならんが、順調っちゃ順調さ」
「あなたはありものでなんとかするのが得意ですものねぇ」
「アタシの得意分野の一つさ。どんなド田舎でも、何もないように見えても、大抵何かあるものさ」
「ふふ、そうですねー」
二人は、紫煙を燻らせながら楽し気に話し合っている。
インレがポケットに差し込んだ煙草が、俺の視覚にちらりと映る。あれは、誰の煙草だろうか。
「セロウノ、終わったかい?」
マヤウェルが灰を落としながら言った。
俺は作業工程の進み具合を確認し、選んだ六名全員がMTに捕獲され鎮静剤で昏睡状態になり、簀巻きにされコンテナに収容されているのを確認する。
コンテナは汎用規格。中にはガラルドーとインレのいつもの物品が入っており、固縛もしっかりされている。あとは、ヘリが持っていけば終わりだ。
『準備出来ている。あとは運ぶだけだ』
「だそうだ。行くかい、インレ」
「ええ、用事はそれだけでしたし。ところで、セロウノ?」
インレが、口端をにぃっと釣り上げたまま俺を見る。
黒髪の中で目立つ赤いメッシュがパチリと光ったような気がした。
『何だ』
「あなたは、見えていますか?」
『お前の姿なら精確に視認している』
「あら、そうですか」
『問題か』
「いえ、何も問題はありませんよ」
黒兎はすぅっと煙草を吸い、ふぅと紫煙を吐く。
灰になった煙草を捨て、ポケットに煙草を差したまま、彼女は車椅子を動かして来た道をゆっくりと戻っていく。
無防備で小さな背中と、丸みを帯びた車椅子。誰が脅威と思うだろう。思わなかった連中は今頃、墓場で悔やんでいるか。
「ガラルドー、帰りも輸送ヘリが護衛対象です。お願いしますねぇ?」
『ブツは確認しないのか』
「Re:Dのマヤウェルとの取引ですよ。信用を裏切るなんてそんな真似は―――」
きゅいっ、と車椅子が反転する。
雪達磨にタールで笑顔を描いたら、こうなるのかもしれない。
黒兎は笑顔で言った。
「我々がするわけ、ないですよね?」
面倒な奴だ、と俺は思った。あるいは、厄介か。
マヤウェルは笑っていた。笑って、シガーケースから二本目の煙草を取り出して、火を点けていた。
肩をすくめながらにぃっと笑って、彼女は黒兎と猛牛と、ブツを積んだ輸送ヘリを見送った。
しばらくして、業務報告のようなメールが俺に届いた。
企業の窓口担当者かAIが作ったような、丁寧な文章で引き渡した生ものが注文より色が付けられていたことを感謝していた。
なにも返さないつもりだったが、気が変わった。俺は短く返信した。
―――只だと思わないことだ。
返信に対する返信はなかった。
俺は仕事に戻った。
あまり楽しくない。
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最終更新:2023年12月19日 16:20