曰く付きの商品ばかりを扱う、辺境惑星の地表に建造されたメガストラクチャー。すぐ近くには”あの”ルビコン
その下層部の古びた施設に、その男はやってきた。
一見すれば20代後半と見れるような優男である。黒髪に眼鏡という出で立ちは暴力沙汰に疎い印象すら抱かせる。
しかしかっちりと着こんだトレンチコートでは伺えないものの、歩く様は見る者が見ればそれなりだとわかる、そういった立ち振る舞いをしていた。
勿論その隣に立っているくたびれた白衣の男性には関係ないことであった。ただ彼のことを知っているだけの客と店主の間柄にすぎない。
「噂は聞いてるぜ。アンタ……手ひどくヤラレタってな」
「御託はいいです。商品を見せていただきましょう」
ほんの少しだけ繭をひそめた彼は、白衣の男性からここにある商品の目録を要求する。
今回彼が入用だったのは、アシの付かない骨董品──旧世代の強化人間だ。
比較的安価に調達可能で、自分を決して裏切らない戦力の確保が彼の目的だった。
彼の目線が目録の上を滑っていく。と、興味深いものが目に入った。
C4ナンバー……コーラルを用いた強化人間、その第四世代。
「第4世代……うまく育てれば優秀な猟犬になりますね」
「だがコイツは札付きだぜ。勿論悪い方のな」
彼はその期待の程を言葉に乗せるが、それに冷や水を浴びせるように白衣はその手に仕様と特記事項の記させてるページを開いた状態の携帯端末を乗せた。
白黒の画像には大きく年いかない少女ともとれる外見が映っていた。
【C4-017】
【コーラルデバイスによる脳の強化】
【神経の光ファイバー化並びに機体センサーと知覚神経の直結用コネクタの付与】
【臓器・骨格・筋肉を人工の強化されたものに置き換え】
【人工皮膚採用による皮膚感覚の強化ならびに軽火器に対する防弾及び防刃性の付与】
【以上の改造の結果、性格面に難あり。非常に凶暴かつ制御困難により拘束の後に凍結封印】
昔の研究者が被験者の適正の高さにこれ幸いと様々な実験を行い、弄んだ末に生み出された怪物。
下手をすれば一つの手術だけでも廃人になりかねないそれらの魔改造を受けた人間が真っ当であるはずがない。
いや、真っ当であるが故に荒れ狂ったのだろうか?
自分にこれが制御できるのか? 一瞬だけの逡巡が彼を過る。
実際に過去の購入履歴を見る限り、一日だけ稼働しては即座に凍結し返却するという事案が多発している。
気に入らない飼い主に歯向かい、場合によっては噛み殺すのだろう。
──だがこれを御しえぬして、目的を果たすせるとは到底思えません。私には為すべき目的があるのだから。
「まあ、しいて言えば美少女の外見してるってぐらいだな。アンタ、こいつにするのか?」
「構いません。躾は慣れています」
「左様で。一応こいつ渡しておくが……嚙み千切られないようにな」
万が一の為の脳に仕込まれたコーラルデバイスへ働きかけて機能を停止させるための小さな1ボタンだけあるリモコンを手渡し、白衣は端末を操作していく。
物々しい音と共に壁の一部が開き、『C4-017』と記されたコンテナが出現する。足元を流れる冷気が白く床を染め上げていく中、さらにコンテナは開かれていった。
──そこには磔にされ、囚われている彼女が眠っていた。
画像の色合いから不明だったが、完全に色が抜けた白髪に病的に色白の肌を持った少女。
その体の凹凸をはっきりと浮かび上がらせる、真っ白のフィットさせた着衣。
その上からハーネスで縛り上げた上に、背面から頑丈そうな格子で磔台に固定している。
「………ふむ」
「俺は隣の部屋にいるよ」
未だ眠りから覚めない様子の彼女を感慨深げに見つめる彼とは裏腹に、襲われるのを恐れた白衣は一人距離を取って安全確保を兼ねる行動に移った。
散々暴走した現場を目撃してきたのであれば、当然のことだった。
白衣は隣の部屋にある彼女の解凍と
再起動を促す装置の起動を行い、それに伴って装置から重低音が響く。
数秒の後にその効果が表れ、目の前の彼女がゆっくりと眠りから覚めるようにその瞼を開けた。
綺麗な紅玉じみた瞳は強化された事による副作用なのか、不明ながらも……彼はその瞳の色とその奥から宿る意思の強さに釘付けになった。
見つめ合うこと、凡そ数秒ほど時間が止まったかのように静かだったが、意外にも静寂を破ったのは怪訝そうな表情を浮かべた少女のほうだった。
「私に何か用があるんじゃないの?」
「………ああ。……ええ、貴女の飼い主になります。ハンドラー・カールです」
彼こと、ハンドラー・カールと名乗った人物に対して少女は一瞬ばかり小首をかしげながら訝しんだ。凡そ偽名そうな響きだが、本人がそう名乗るのだからそう呼ぶべきだろうか。
そう思ったのか定かでないものの、少女は飼い主(ハンドラー)、ねぇと自傷気味に呟いた。
「私を飼って何がしたいの?」
「もちろん仕事です」
「ふーふん? すると私がどういった存在なのかを知ってるのよね?……これでベッドの上で飼われろって言われたら、お門違いって言ってあげるけど」
「そちらが了承するのでしたらそれでも構いませんが。使える部分は全て使う主義でして」
「それを聞いて安心した。……うん、ハンドラー・カールねぇ……飼い犬らしくご主人様(マスター)って呼んだほうがいい?」
ただアーマード・コアを繰り、戦えるだけの傭兵を得るために来たのだ。見つけたのが聊かどころではない程の存在なのは想定外だったが……と飼い主はまっすぐその目を見て告げた。
それに対し、飼い犬候補は護衛として連れ歩くのも悪くないだろうと算盤をはじく彼の瞳を通じて嗅ぎ取っていた。本人すら無自覚な、けど確かに存在する仄暗い感情に。
それは誰かに対する復讐心なのだろうか? それとも野心なのか?
いずれにせよそれはとても興味が沸いた。
そう判断した少女……C4-017は認めた。
彼の飼い犬になることを。
「お好きなように。従ってくれるならば好きによんでもらって構いません」
「それじゃご主人様(マスター)。私はアンタを気に入った。飼われてあげる」
「ええ、宜しくお願いします。017」
飼い主の手により磔台から解放され、降ろされた017は未だにハーネスによる拘束が為された状態のまま体を伸ばす。
長らく拘束された上に冷凍保管されてた割にすぐさま動ける様は、彼女の体の大半が人工物である所以だからだろうか。
「そうそう、マスター。飼い犬になるからには少しだけお願いがあるのだけど、いい?」
「無理のない範囲でしたら聞きましょう。なんです?」
彼女から飛び出した要求は、飼い主の予想の斜め上をいった。
「普段からこうして(拘束)しておいてくれるかしら。あんまり自由にしてると飼われてることを忘れそう。それと……私は飼い犬だから、躾と適度な運動を要求するわね」
「ふむ……なるほど。わかりました」
拘束される意図は単純明快だ。017自身が体の性能を持て余し気味であるからだった。
意図せずに彼を傷つけるつもりはないこと、そして実際自分でいったようにあくまで自分は飼い犬だと自覚する為の道具。
躾と運動とはすなわち、適度に自分を使いこなせという意図だった。
頭の回転のいい飼い主はこの言い回しの意図を即座に察してみせたことに、満悦の笑みを浮かべる。
「私の手綱はシッカリね。そうである限りは私のすべてを貴方に捧げるわ──体から何まで、ね。ご主人様」
「そうですか。ではまずは服を買いに行きましょうか」
飼い犬の言葉にしばし戸惑いを隠せず、しかし飲み込みながら飼い主はエスコートするように手を差し伸べる。だがそれに対して017は更に悪戯するかのように翻弄してみせるのだった。
差し出された手のひらの上に前かがみになりつつ自分の顎を乗せてみせながら、
「ついでに首輪とリールもね? わんっ♪」
★
隣の部屋に移動してた白衣からいちゃつくなら払うもの払ってさっさと行けと追い出され、二人は生活必需品を優先的に購入することになった。
あの白衣にとっては今度こそ不良在庫が捌けて清々したといったところだろうか。
といっても先に優先するべきは017の目立つ格好を隠すための外套だろう。
見た目が美少女だけでも一目を引く──ナンパとかという意味ではなく、どちらかといえばその見た目を目的にした人攫いの関心のほうだ──のに、その体を包むハーネス拘束が何より犯罪的である。
現状でもぽつぽつと見かける人の目線は好奇3割に危険視が7割といった具合だろうか。勿論7割が飼い主の方に及んでいるのがいうまでもない。
しかし周囲はどうでもいいと考える二人はその視線気にせず、フード付きのポンチョぐらいなら017が妥協を許すだろうと飼い主は行く場所候補を絞っていた。
一方の017というと、はしゃぐことこそしないものの周囲の様子を見渡していた。
「何か気になるものでも?」
「どこも似た感じなのね、メガストラクチャーの中って」
「そうですね」
グリッドを始めとしたメガストラクチャーはその機能性と堅牢さを優先している。そうなれば内部構造も自ずと似たり寄ったりになるのは否めない。
さらに言えばここは居住性が悪い部類に属する下層である。
こういった場所に構えるのは大体は表に顔を出すと不味い連中であることが多い。
一部はそこに眠っているだろう情報や商品を目当てにするものであるが……。
そういった余所者を狙う現地のごろつきというのは一定数いるものである。
「……分かってますよ。017」
利き腕側のトレンチコートの袖口に仕込んでいる得物(ハンドガン)を確かめながら、目の前の通路のほうに意識を向けている彼女の耳元で囁く。
白衣のいた場所から30分と経たないうちに、二人の進路を塞ぐように身なりの悪い男が5人ほど現れた。
一人の男の手には粗製な拳銃。残りはナイフや細い配管といった武器があり、二人に対して友好的な要素はどこにも見受けれない。
服装からしてどこかの組織に所属しているわけではない。いかにも頭の悪そうな雰囲気を醸し出しているゴロツキだった。
男らはまずはカールを、そのあと017を見て不謹慎な口笛を吹いた。
見かけだけでは色白の美少女、それも何故か知らないが拘束されている姿である。
事情を知らない人間からすればアブノーマルなプレイをしているオカシイ人間に見えるに違いない。
「よお、そんな変態プレイしている兄ちゃんよ、その女と有り金おいていきな!」
「この子は凶暴ですから、やめておいたほうが身のためですよ」
「凶暴なのはベッドの上だけじゃねーのか?」
「ちげぇねぇ!」
ゲラゲラと品のない笑い声が内部構造の響いていく。しかしその最中笑われている側であるカールはそっと眼鏡の位置を正し、相手に気づかれないほどに小さくため息を吐いた。
──これだからインテリジェンスの欠ける人間はうんざりします。
そして視線を隣に立っている飼い犬こと、017に向ける。
彼女に至ってはにんまりと微笑を浮かべていた。勿論面白いからではないのは飼い主の目から明白だ。
そもそも笑みというのは威嚇から生まれた表情だという。そのまま体は前に向けたまま、目線だけで何かを伝えてくる。
きっと言葉にするならこうだろうと飼い主は察した。
──ねえ、ヤっていい?
さながら餌を前に待てをしている犬のようにウズウズしているのだろう。
利き腕ではないほうの手はポケットに突っ込んだままだ。先ほど白衣から受け取ったもう一つのボタン付きのリモコンである。
最初のリモコンは017を強制停止させるためのデバイスであるが、今握っているのは別の用途のためのもの。
指を弾くような動作によって、袖口からスライドしてきたハンドガンを握り、淀みない動作で男共の一人に対して引き金を引くと同時に、それを押した。
「──GO」
バチンと音と共に017を拘束していたハーネスが、リモコンによって解除されてからメガストラクチャーの床の構造材と接触する刹那の間のことだった。
仲間の一人が綺麗に頭部を撃ち抜かれて倒れ、一瞬だけ目を逸らした隙に017は彼らの目の前に立つ。
獰猛な笑みを浮かべながら、自由になった017の左手が拳銃をもった男の右手を掴み──握りつぶす。
拳銃こそ原型を留めていたが、生身の人間の手にすぎないソレは生々しい音と共に弾け飛び、男に無様で汚い悲鳴をあげさせる。
「あはッ!」
突然の抜き撃ちで倒れる男と右手を潰されて蹲った男が出現して、漸く目の前の男達が目の前の存在が獲物ではなくこちらを狩る猟犬だと気づいたようだった。
しなやかに体をひねりながら繰り出された017の回し蹴りが男の一人に触れた。
強化人間として筋力増強されたその蹴りは、男の体を血煙にしていった。
飛び散る肉片に周囲の壁が生々しい赤色に塗装され、017自身も穢れていく。
左右の腕による抜き手が二人の男の胸部のほぼ中央を貫き、胸骨で守られているはずの心臓を握りつぶす。
「うぉぁ……あ?」
糸が切れた繰り人形のように崩れ落ちる男を最後に、生き残ったのは右手を握りつぶされた男だけだった。
彼女の真っ赤に染まった手から滴り落ちる血に、自分の末路を見る。
男が最後にみた光景は、自分へと踵を落そうとする女の姿だった。
飼い犬の踵落としが男の頭と胴を接触させる程に陥没する光景を見届けてから、飼い主は血に穢れた彼女の唯一綺麗な頭を撫でた。
褒められた犬のように目を細める017にカールは言葉を投げかけた。
「よくやりました017」
「準備運動にならないってば。こんなんじゃ」
「そうですね。……さて、騒ぎが大きくなる前にここから去りましょう」
先ほどまで彼女を捉えていたハーネスを回収しながら、カールはふと思い出す。
「そういえば、独立傭兵として活動する際に登録が必要なのですが、ただ017では味気ないですね」
「まあ、そうかも?」
いまいち良くわかってない017に対して飼い主は語るのだった。
美しくも恐ろしい獣(けだもの)な、彼女に相応しい言葉を。
「ブルーティッシュ。それがこの惑星における……貴方の傭兵としての名義です」
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最終更新:2023年11月26日 23:33