「ドーザーってのは総じて頭のネジが緩い。
コーラルで脳ミソが弾けた勢いでポコポコ増えやがる。
産み捨てられたガキどもの中には、粋がって
コーラルに手を出すバカも少なくない。
大抵はあっという間に中毒死か、良くて廃人だね。
路地裏でクソに塗れたまま干からびて、それで終わりさ」
ため息混じりに語るカーラの言葉がウォッチャーの
コックピット内に反響する。
聞き流す
パンドラはむっつりと押し黙り、
コーラが知るいつもの明朗さからは程遠い。
「だが、ヴァッシュだけは違った。
奴はコーラルで酔うことはなかったが、
欠乏すれば貧血症状に陥った」
チャティの次はヴィルへ、言葉が引き継がれる。
「奴にとってコーラルが体内にあることは異常ではない。
コーラルの常在を前提として肉体が成立している。
情報導体としてのコーラルを血液を媒介として
全身に循環させ、人体本来の神経とコーラルの
相乗による高速処理を実現したコーラル適応変異体、
それがコーラルブラッド・・・
私が技研において担当していた研究課題だ」
ヴィルの説明に思い当たる節があるコーラが口を挟む。
「それは、私の受けた実験・・・
『パルス・マキシマイザー』のようなものか?」
「厳密にはもちろん別だが・・・そうだな、
お前が意図した目標に向けてデザインされ、
なるべくしてそうなったのに対して、
ヴァッシュの場合は自然発生した突然変異体が
たまたま環境に適合した、ってところか。
どっちにしろ、その一人にたどり着くまでに
クソみてぇな数の生贄が捧げられたのは変わらんが」
平時に狂気じみたテンションが嘘のような、
パンドラの吐き捨てるような口ぶりに、
コーラは心あたりがあった。
今の
パンドラは、私をあの実験棟から
連れ出した時と同じ目をしている。
この男は、面白ければ法にも倫理にも囚われない
自由人だが、生命への尊厳だけは決して軽んじない。
己の生を命懸けで謳歌しているこの男にとって、
これほどにエキサイティングな体験を
理不尽に他者から奪い取ろうとする存在は
どうあっても許せないのだ。
だからこそ、カーラからの依頼も引き受けた。
作戦目標は、惑星封鎖機構に捕縛された
ヴァスティアン・ヴァッシュの回収にある。
何らかの処置を施されたヴァッシュは、
アシュレイ・ゴッドウィンの指揮下で
惑星封鎖機構と企業軍の戦闘に投入されている。
そこに介入し、ヴァッシュ機を拘束するのが
パンドラたちの仕事だ。
「だが、あの規模の戦闘にどうやって介入するんだ?」
崖上から見下ろすヨルゲン燃料基地の戦闘は、
複数の強襲艦を率いる封鎖機構軍と
これを迎え討つアーキバスの迎撃部隊による
大規模な乱戦の様相を呈していた。
「ま、見てな。じきに潮目が変わるさ」
息を潜め埋伏するコーラの隣で。
散っていく命を一つとて見逃すまいと、
パンドラは戦場を真っ直ぐに見つめていた。
「我ら誇り高きアーキバス王立宇宙軍の
意地を見せる時だ!トリスタン、ベオウルフ、
左右両翼から挟撃せよ!!」
アーキバス先進開発局が開発した人造人間、
イグレシアにとっては、栄えある初陣である。
指令を受けた二機の随伴機が、燃料基地の
敷地上空を挟み込むように迂回し、
強襲艦隊の横腹を狙う。
「ダークマター粒子振動輻射砲展開!
・・・ぶちかませッ!!」
もちろんそんな代物でないのだが、
ともあれ随伴機の両腕に把持された
パルスガンが一斉発射され、強襲艦を
護衛すべく展開された子機を薙ぎ倒していく。
「よし、旗艦ディセンブラシア。前進せよ!
射程に入り次第光子魚雷を全門斉射、
しかるのちに連装波動砲を最大出力で艦橋に
お見舞いしてやれ!!」
いかにもクルーへ下知を飛ばす艦長、と言った風情だが
そんなものはもちろんいない。
「イエス、マム」
「銀河封鎖機構軍の連中に一泡吹かせてやりまさぁ!」
「こ、こんな作戦無謀ですよ艦長!
今すぐ引き返しましょう!!」
それぞれに口調を変えたクルー役の台詞を
一人で演じ分けながら自分で操縦桿を操作している。
ちなみに、彼女の脳内クルーはそれぞれ、
ミュラー、ビッテンフェルト、メックリンガーと
いう名前らしい。
彼女が宇宙艦隊戦闘の教本とした古典から
引用しているようだが、本筋とは無論一切関係ない。
さておき、イグレシアの卓越した並列処理能力により
操艦・・・もとい、操縦された二機の随伴機が
次元歪曲航行(アサルトブースト)で先陣を切る
強襲艦へ両翼から急接近し、対空砲火を潜り抜ける。
至近で斉射される粒子振動輻射砲(パルスガン)と
光波砲(光波砲)が艦上の砲塔群を薙ぎ払っていく。
「さぁ、仕上げと行こうではなイカ。
照準、敵強襲艦艦橋!!
メイルシュトルム・フォーメーションで仕掛けるぞ!!」
「了解!見ててくださいよ提督!」
「フン、いいだろう。今は協力してやる」
ちなみに、前者がベオウルフ艦長、
後者がトリスタン艦長である。
二機分のパルスガン斉射と光波砲に加え、降り注ぐ
プラズマミサイルが艦橋を光の渦に包み込む。
「連装波動砲、出力最大・・・艦長!
いつでも行けます!!」
サナダの言葉に頷きを返し、
右手を前方にかざしたイグレシアが高らかに宣言する。
「よろしい。封鎖機構の専横に今こそ鉄槌をくれてやる!
2連装クォンタム波動宙域破砕砲『ネビュラ』・・・
てぇええええええええっっっ!!!」
局所集中されたプラズマとパルスが艦橋を極熱に包む。
アーキバス王立宇宙軍が誇るエネルギー兵装群の
飽和攻撃は確かに奏功し、艦橋の破壊でコントロールを
失った艦隊はゆっくりと墜落していく。
「うむ。いい働きだ!お前たちには
宇宙軍黄金樹勲章が授与されるであろう!
フッ、銀河の歴史にまた1ページ・・・」
爆散する艦影を見下ろし脳内ワイングラスを揺らす
イグレシアの頭上でアラートが響く。
「急接近する艦影3・・・いえ!すでに接敵しています!
左翼、巡洋艦トリスタン轟沈!!」
「ろ、ロイエンタール〜〜〜ッッッ!!」
艦首もとい、ホバータンク脚部の前方を叩き斬られて
墜落する随伴機の足元には巨剣を振り下ろした
旧型HC、『グラディアートル』の機影がある。
「戦線を押し返すぞ。まずはACを排除せよ」
「・・・承知しました、司令」
アシュレイの指示を受け、アシュリーが
ディセンブラシア目掛け突出する。
降り注ぐプラズマミサイルを掻い潜り迫り来る
アリオーンの行手を、割り込んだ随伴機が阻むが。
「ヴァッシュ、任せるぞ」
さらにその外側から襲いかかる濃紺の機影。
言葉もなく両肩のミサイルを放出したガルブレイヴに
反応した随伴機がパルスガンを向けた時には、
サイドクイックをかけた機影は視界の外へ消えている。
「なるほど。コーラルブラッドが実現する
反応速度は確かに瞠目すべきものがある」
データを収集し、その真価を見極めるために
『調整』を施して手駒に加えたのだ。
存分に活用してやらねばなるまい。
それで潰えるようならば、それまでのこと。
顧みるべき価値などなかったと証明されるだけだ。
レーザーブレードの一撃にミサイルの着弾も同期し、
あっさりと前衛を失った基幹機を
アリオーンのハンドガンが捕捉する。
「コーラルは危険すぎる。だから、我々には
これを封じる責務がある・・・!」
己に言い聞かせるように独りごち、
迷いを振り払ってレイピアを繰り出す。
「くっ・・・!形成不利か。全軍、撤退だ!!
なに、引き際こそが名将の真価の見せ所よ・・・!」
ディセンブラシアの右腕をプラズマライフルごと
刎ね飛ばす高速の一撃に、イグレシアは
潔く撤退の判断を下す。
擱座した随伴機に内蔵された自爆装置が一斉に起爆し、
アサルトアーマーに匹敵する規模の爆炎が周囲を包む。
「詰めが甘かったか。だがこれで趨勢は決まった。
疾く征け。惑星封鎖に反旗を翻す逆賊どもを、
これ以上取り逃がすな」
「了解です、司令」
ヨルゲン燃料基地奪還へ向け、残存勢力の殲滅に
動き出した矢先、盤外で戦況が動く。
「なるほど。本命はハーロフ通信基地だったか・・・
よかろう。その奸策、諸共に切り捨ててくれよう」
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最終更新:2023年12月03日 11:40