エヴァレットの職務室にて、三人の女性が話をしていた。
「エリカ。あなたはもう少し落ち着きを得る必要があるわ。」
とエヴァレットが言う。
この"注意"の原因は、先日やってきたばかりの新人、
ステラに対するエリカの敵意剥ぎだしの対応が原因であった。
彼女は敬愛する"お嬢様"から自分が叱られているという事実をしかめ面で…
尚且つ"わざわざしっかり叱ってくれている"ということを半分上機嫌でしっかりと聞いていたが、彼女も思うことはあるようで言葉を返す。
「……。 お言葉ですが…。 あの女…いや男?
…あの者はお嬢様の信望するアーキバスを、
お嬢様のアーキバスへの忠誠心を疑い、愚弄し、侮辱しました。
…とても許すことなど…。」
しかしエヴァレットはその言葉をしっかり聞き、自分の考えを返した。
「…エリカ。あなたの言いたいことは分かります。
確かに彼女は、このアーキバスで働けるというのに、忠義の一つも口にしない。
…しかし、それで怒り、排斥してしまっては駄目なのです。」
と語る。
「私と、エリカと、それから
ウズラマ。 私達と彼女で決定的に違うこと…。
それは、この栄えあるアーキバスについてどれだけ学んできたか。
彼は…いえ、今のヴェスパ―部隊といい、このアーキバスで働いているというのに、
この栄えある企業の素晴らしさを知らず、軽視している人が多すぎるのです」
と言った。
そう、今自分が自身の人生をこのアーキバスに捧げられることの素晴らしさが分かるのは、
あまり尊敬できるところが多いとはいえない親の数少ない意義のあった教育の賜物なのだ。
「彼女は悲しいことにこのアーキバスについてをまったく知っていません。
しかし、なればこそ。私たちの元に派遣されたのも天命です。
私達がアーキバスの素晴らしさを…! 彼女に…」
一人の何の思想も持たない暇を持て余した独立傭兵を、"私達"が立派なアーキバスの社員の一人に仕上げる。
名目だけとはいえ"監視役"に対してやることでは全くないのだが、そのことを考えるだけで自分の行動の素晴らしさに自分で胸が震える。
「…しかし、あの者はアーキバスの本当の良さを理解するのでしょうか?
所詮は独立傭兵上がりです。」
と、エリカはついこの前までエヴァレットが思っていたことを口にする。
しかしエヴァレットは涼しい顔で
「独立傭兵一人導けない者がこの会社を導けるはずもないでしょう。」
と答えた。
「ということで、ウズラマ。エリカ。」
「はいっ」
「はい?」
「暇な時は、しっかり彼女に付き合って、好意的な関係を保ちつつ"アーキバスの素晴らしさ"を伝えることを命じます。
特にエリカ。 気持ちは分かりますが、一緒に仕事をする仲な以上、関係を悪くしないように」
エヴァレットの言った言葉は確かに彼女の本心であり、理屈にも合っていた。
しかし単純に自分がどこの馬の骨とも知れない独立傭兵如きに手ずから教育することが馬鹿らしかったこと、
そしてそんなことをしてられるキャパシティが既になかっただけな事に二人は気付かなかった。
しかし気付かなかったからこそ二人は敬愛する"姉"から任された一仕事と、それぞれやる気をみなぎらせるのであった。
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話を終えた後、二人はそろって部屋を出た。
ウズラマはやる気に満ち溢れた顔だが、エリカは神妙な顔だった。
「エリカちゃん…そんなステラさん苦手なの?」
とウズラマは尋ねる。
「…苦手…ええ、苦手ですね。 お嬢様も、お嬢様があれだけ尽くしているアーキバスをも愚弄する。
好きになれる訳がありません。 逆にウズラマ、あなたは好きになれると言うのですか?」
と問い返すも
「私…お姉様の言う通りだと思うの。 アーキバスについての教育を、私やお姉様のように受けられなかったからだって…。
それに、悪い子にはどうしても見えないわ。 これから仲良くしていけば、そういうことも分かるんじゃないかって…。」
「…相変わらず甘いですね」
と、エリカはそう短く返した。
*
その時はまだ来たばかりだからということで非番だったステラは、私服で誰もいない公共フロアに一人、
椅子に座りタブレット端末を眺めていた。
半袖のTシャツに半ズボンといった"私服"然としすぎたラフな格好。
「あ、いたいた。ステラさん~!」
と声が聞こえそちらを振り向くと、見知った顔が。
一応自分の"監視対象"の筈の一人、ウズラマである。
ウズラマが何やら笑顔でこちらに寄ってくる。
「や、やぁ…ウズラマさん。何か?」
と、ステラは若干気おくれしつつ返事を返しながら、席を立つ。
「あ、いえ!座ってていいですよ!それに、私のことは敬語ではなく、呼び捨てでいいです」
と続く。
ステラは促された通り座りなおしつつ、こちらを見てくるウズラマを無意識にまじまじと眺め返す。
年齢は知らないが、多分相当に若いのだろう。
おっとりした顔つきをしていて、手術跡さえなければ中々美人だ。
身長は普通くらいだろうか。そして胸だけはおっとりした身体の中でも主張を…
「…ラさん…、ステラさん?聞こえます?」
「…あ、ごめんなさい、ちょっと考え事…してまして…」
「…考え事?」
彼女本人はそこまで見られたことに気付いてないようだが、
流石にこちらとしては気まずく視線を泳がせる。。
「ぁ、はい、ちょっと…」
「ふぅん…。で、敬語じゃなくてもいいですよ。多分あなたの方が年上の筈なので…!」
「…じゃあ、そっちも好きな呼び方でいいよ。
その方がお互い気楽に行けそうだし。」
と言うと、彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。かわいい
「…で、私になんの用?」
この身体になってからも当然口調を変えたことはないのだが、
この口調は女だと普通以上に女っぽさが出てしまう気がするのが少し憎らしい。
「ねぇ、ステラ"ちゃん"…」
『どう呼んでもいい』とは言ったものの、流石に"ちゃん"呼びされるとは思わず面食らう
しかし彼女はそんなこと意にも介さない様子で、こちらに近寄って来る。
「えっ、ちょっ…何!?」
椅子に座ったまま後ろに圧に押されるが彼女はそのまま近づいてくる。
先程までの笑顔はいつのまにやら消え去り、真顔でこちらにくる。
と、急に。座ってるこちらに対し、すこし身体を屈め、
キスでもするのかといtった勢いで顔を近付けてきて、顔を遠慮なく眺めてくる。
「(ちょっ、近い……近いって…!)」
すると、今まではずっと優し気だったウズラマから、比較的に低めな声が漏れる。
「ステラちゃん……」
「はっ、はいッ!」
「……すっぴんでしょ?」
「はいっ?」
…すっぴん?何のことだろうか?
「すっぴん…でしょ?」
「…すっぴん…とは…?」
目の前に口づけをかわすほどの距離で存在するウズラマの顔の圧と、
その鼻息で意識が逸れそうになるのを必死に堪え、そう返答する。
「…最初から気になってたの…。お化粧、した?」
「お、お化粧…?」
化粧…そんなこと考えてもいなかったし、もちろんしてもいなかった。
というかするわけがなかった。
生まれた時から女だったり、美容に気を使ったりする美男子だったなら縁があったかもしれないが、
あいにく独り身の傭兵。そんな物とは縁もなにもなかった。
「…ぇ、えと、いや、してない…けど…」
と、目の前に顔を近づけてくるウズラマに対して、ギリギリそう答えるのがいっぱいだった。
「ステラちゃんは…元々、男だったんだよね?メイクとかしたことない?」
と、満面の笑顔で訪ねてくる。
「い、いや~したことはないな…。」
「なら私が、メイクの仕方教えてあげますよ!!」と、さらに目をキラキラさせたまま聞いてくる。
だがしかし、こちらとしてはメイクなどとさらに女らしいことに手など出したくない。
「で、でも!あまりそういう?人と合う仕事はしないし?今のままでもまぁ…」
「ダメです、すっぴんなんて!女の子はメイクをしてこそその魅力が120%引き出されるの!企業の人間たるもの、身だしなみにも気を付けないと!」
「い、いや本当…」
「駄ぁー目!!!道具まで持ってきてあげたから!!」
そこからは、一進一退の攻防だった。
その場から逃げようとするステラと、それを阻止しようとするウズラマ。
ステラは立ち上がり、一目散に逃げようとするのだが…、やる気になったウズラマはそれを易々とは許さなかった。
逃げ出そうとするステラを羽交い絞めにする。
「なっ、ちょっ!」
「逃げないで大人しくしてください~…、悪いようにはしませんから~!」
「ちょ、くっ、離せぇ!」
「駄目です~!!!」
「(ちょっ、こんな見た目して力強いな…!!それに背中、背中に当たってる…!)」
*
「ふぃ~……ステラちゃん…力…つよすぎ…」
「そ、そっちのほうが…」
強化人間同士の引っ張り合いは拮抗し、お互いが余力を使い果たしその場にぶっ倒れて終わった。
…が
「…こんなところで二人で何をやっているのだ?
えーと、…エヴァレットの…そうそう、ウズラマと……えーと…もう一人は…」
偶然そこに通りかかった一人の人物がいた。
声変わり前の幼い声、長く伸ばされた白髪に、胸こそ出ていないものの尻は出ており、
男とも女ともとれる子供が、そこにいた。
「……ス、ステラ…です…、ついこの前、来ま…した…」
「ああそうそう、ステラだ!ここ数日少し忙しくてな!
挨拶が遅れはしたが、ようこそアーキバスへ。先輩として歓迎しよう」
アーキバスの"隊員"として働き始めてからはまだ日が浅いイレヴンにとっても、
先輩風を吹かせる相手は物珍しいのか、多少気取った挨拶を決めた。
(…が、いつも誰にでもこんな感じなのでそこまで変わらないが)
「…で、二人して何をやっているのだ?」
と、少し考え事をしてたウズラマが声を発した。
「イレヴンさん…、ステラちゃんを捕まえてください!」
「ええっ!?」
「捕まえる…って何でだ?」
「ステラちゃんが…、お化粧から逃げようとするのです!」
「…お化粧…?ああ、女性が身だしなみを整えるときにするというアレか。
この前ジュスマイヤーもやっていたな。
ただ、そこまでする必要があるのかよく分からなかったが…」
「あります!!あるんです!!企業の女に生まれた以上!!!身だしなみを整える義務が!!!」
「女に生まれてないよぉ!!!!!」
廊下で騒ぐ二人だが、イレヴン以外に人はいないので誰も気にはかけない。
「…よくわからないが、私よりは長く企業にいる……ウ…ズラマが言うんならそうなんだろう!
…で、捕まえてどうすればいいのだ?」
「…ちょっと今のままじゃ出来る程の元気がないから…
イレヴンさん、この後って空いてます?」
三人中二人が突っ伏してるという異様な光景だがたゆまず会話は続く。
「ああ、空いてるぞ。少し大きな案件が片付いたんだ。だから、今日はもう休んでいいらしい。」
「では、ステラちゃんを見張って、午後5時に部屋へ連れてきてください!」
「なるほど、分かった!」
「えっ、ちょっ…えっ…?イレヴン…さん?」
「…化粧や身だしなみといったものはよくわからないが、
企業に詳しい人がそうと言うのならそうなのだろう!何が心配なのかはよくわからないが、
しっかりお化粧をした方がいいと思うぞ!ジュスマイヤ―もやってたし!」
「ああああああああ」
つっぷしたステラのうめき声だけがあたりに虚しく響いたのでした。
めでたしめでたし
※イレヴン君はステラの出自を知ってるのか?:
よくわかってないと思う…けどどうだ?というかステラ個人にはそこまで興味はないけど、文中通り「後輩だ!」程度には思ってるかもしれない(推測)
最終更新:2023年12月23日 18:03