#
銀河将星録・外伝 〜海月の尭将、イグレシア〜 群雄編・第3部
『秘儀は帷に包まれて/バーミリオン星域会戦』
帝国歴8d7b、嵐の月、7日の未明。
(年号表記に一貫性はないため、無視してよい)
惑星ルビコンⅢにおける我らがアーキバスの
将帥育成のために建造された天体拠点、
リップシュタット・アカデミー(そんな名称は存在しない)は
ベイラムの叛徒どもによる襲撃に晒されていた。
東西からの挟撃に相対するは、我らが『黄金の獅子』、
ラインハルト閣下の麾下に属する我がイグレシア艦隊と、
王国軍の忠臣、エヴァレット枢機卿とその姉妹による連合艦隊。
それぞれに西と東からの侵攻に相対すべく布陣し、
ほぼ同時刻に戦端が開かれた。
「イグレシア卿。貴公の武勇は伝え聞いております。
此度の戦においてもその忠誠を存分に示してください」
アカデミーを挟み、背中合わせに寄せ出を迎え討つ
エヴァレット卿からの言葉に頷きを返し、
(V.Oエヴァレットは既に自動変換AIを導入済みである)
私もまた幕僚に進軍の下知を飛ばす。
(ここにおける幕僚とは、イグレシアが
脳内タスクを並列処理するために分割した演算リソースに
割り振った識別名称であるが、イグレシア自身はこれを
一個の独立した人格として認識しており、
その発言の全てを自身による独演で再現している)
相対するベイラム自由惑星同盟が差し向けた刺客は、
同盟軍が誇る猛将、スカマンドロス率いる要撃艦隊。
重武装の要塞艦、インドミナスを旗艦とし、
上空からのトップアタックに秀でた
四脚艦スコープオンおよびシルバーステークが前衛を務め、
小回りがきく二脚艦ドア・ノッカーおよびアフォニアンが
旗艦の直掩に当たる、敵ながらバランスの取れた編成である。
艦数にしておよそ4000対5000。
(AC一機には、原則として麾下が1000隻ある認識である)
客観的に評価すれば、その量のみならず練度においても
我が方が不利。正面決戦を挑めば押し切られるは必定であった。
しかしここで、我らが提督による神謀が齎された。
「イグレシア、分かるな。『バーミリオン星域会戦』だ」
諸君には、あえて説明する必要はないだろう。
(イグレシア、及びラインハルトが準えている
古典文学における架空の戦役の名称である)
「了解です、提督!」
「いいだろう。お前が錆びつくまでは、付き合ってやろう」
ミッターマイヤーとロイエンタール
(分割された演算リソースの識別名称である)
も即座に呼応し、淀みなく隊列を組み直す。
スカマンドロス艦隊との戦端が開かれる時には既に、
我ら銀河帝国軍の流麗なる艦影は、研ぎ澄まされた
穂先の如き一糸乱れぬ縦深陣形を形成していた。
畢竟、先頭を預かるトリスタン(イグレシアの操作する随伴機)に
スカマンドロス艦隊の砲撃が集中するが、トリスタンはこれを
粒子変性障壁(パルスアーマー)と粒子振動輻射砲(パルスガン)
による弾幕防御によって耐え忍ぶ。
言うまでもなく、一時凌ぎであるがそれで十分だ。
スカマンドロス艦隊の火力の全てを引き受けるのは
重荷には違いないが、それはあくまでも制御された損害である。
「二の矢を放て」
提督の下知に応じてトリスタンが後退し、入れ替わりに
我がディセンブラシアが前衛に進出する。
同時に、光子魚雷(プラズマミサイル)を全門斉射する。
足は止めない。即座に交代して後続のベオウルフが
光波砲(光波砲)を斉射、更には入れ替わった
ブリュンヒルデが主砲であるハイストリーム・ブラスター
(複合エネルギーライフル)の充填を見せつけるに至り、
スカマンドロス艦隊もその意図を悟ったようだ。
ヘイトコントロールの主導権を奪い各艦隊の損耗率を
制御するとともに、波状攻撃による
火力集中を図ることこそ、この陣形の真髄である。
しかし、相手も少なくとも弱敵ではないらしい。
凡庸な指揮官ならば、初手で最初の標的を
轟沈せしめていたものを。
敵将は、乱数機動を交えた照準撹乱で
被害を抑え、鮮やかに後退してみせた。
しかして、この状況を我が軍は佳しとする。
寄せ出にとってはアカデミーへの侵入こそが作戦目標。
守る我らは、行手を阻めればそれでよいのだ。
言うまでもなく、繊細な作戦である。
本来ならば分散して防衛網の死角を塞ぐべき戦力を
一点に集中している以上、
側背を抜けられれば終わりだが・・・
「───それを見逃す俺だと思うか??」
我らの形成する縦深陣を迂回すべく、転針した
スカマンドロス艦隊の行手に我が方が回り込む。
目指す標的により近いのは言うまでもなく防衛側。
であれば、迂回への対応に必要な移動距離もまた
寄せ手より短くなるのは必然だ。
要塞艦のみで編成された我が方は、その防御性能を
存分に発揮し、得手とする火力戦を挑み続けられるのだ。
あとは、状況が次の段階に移行するまでに
どれほどの損害を与えられるか・・・
しかし、その対応の速さ。
スカマンドロスもまた、端倪すべからざる
名将であったと言わざるを得まい。
「そう。そのように動くしかあるまいよ」
提督閣下はそう告げて、左右に分かれたベイラムの
艦隊に対し、防御陣形を敷いてその通過を見送るのみ。
だが。それはまさしく、閣下の私への信頼あればこそ。
「さて。狩りを始めるぞ、イグレシア」
「承知いたしました、提督」
余分な言葉は要らない。
同時に急速転針すると同時に、次元歪曲航行に
温存していた出力全てを傾ける。
損害を最小限に抑えるために、拙速を承知で
強行突破を図るスカマンドロスの決断力は素晴らしいが。
我々が求める犠牲は安くはない。
航行速度の差が露呈し、進軍から徐々に脱落するのは
敵軍旗艦インドミナス。
その背に、自軍全艦の照準が集中される。
「チェックメイトだ。全砲門開け・・・ファイエル!!」
閣下の号令の元に、麾下の全軍が一斉砲撃を敢行する。
その瞬間。スカマンドロスは、ついに我々の掌中で弾けた。
「粒子臨界爆発(アサルトアーマー)だと・・・!?」
瞬間的に発生した攻性障壁は、我らの乾坤一擲の
一斉攻撃を跳ね除け、その閃光で我々の照準を撹乱した。
まさにこの一瞬を、スカマンドロスは狙っていたのだ。
───それを悟った時には。
「ろ、ロイエンタール〜〜〜ッッッ!!」
先陣を切っていたトリスタンが喰われていた。
「怯むな!防御効果はごく短時間に過ぎぬ。
先制するは我にあり・・・圧し潰せ!!」
閣下の号令で統制を取り戻したディセンブラシアと
ベオウルフもブリュンヒルトと連携し、
犠牲に狼狽えることなくインドミナスへ
全力の火力集中を継続する。
そこから先は、両軍の気魄が激突する力戦であった。
実際の交戦時間は10秒にも満たないものであったが、
その間に両軍の艦艇の損耗は限界に達しつつあった。
しかし。数に劣る我らが拮抗できていたことこそが
思い返せば奇妙であった。
敵軍は、全軍でのアカデミー突入を断念し、
最も足が速いドア・ノッカーに後事を託していた。
今や追う側となった我らの前には、旗艦インドミナス
自らが厚い壁として立ち塞がり、その進軍を阻むことは
もはや叶わなかった。
両軍の損害は共に著しかったが、
それでいて轟沈した艦が僅か1隻だったことはむしろ、
対峙した両雄の卓抜した手腕を証明するものであった。
これ以上の流血は双方共に望むところではなく、
撤退するスカマンドロス艦隊を、我らは
見送ることしかできなかった。
落胆する私の背を叩くように、閣下は呵呵大笑してみせた。
「面白い。この俺から『より完全な勝利』を奪うとはな!!」
時を同じくして、エヴァレット卿からも通信が入る。
曰く、埋伏していた独立傭兵団(団ではない)による
アカデミーへの侵入を許したと。
「此度は互いに望む武勲を得られなんだが、
まだ終わってはおらぬ。エヴァレット卿、その方らは
麾下を率いてアカデミー内部で迎撃に当たられよ。
我らは拠点外苑に展開して敵軍の増援及び
侵入者の脱出を妨害しよう」
私の献策をエヴァレット卿が受け入れたことは、
これまでの経緯を思えば意外と言う他はなかった。
「いいでしょう。外郭の警戒はお任せします。
こちらからもステラを東側の警戒に充てましょう」
共に、アーキバス銀河帝国の繁栄を願う意志は同じ。
その実力を認めた好敵手に道を譲り、再び戦場を見渡す
私の胸には、今しがた見えた強敵との胸躍る
激戦の記憶が去来していた。
}