マヤウェルとスコーチド・マギーが酒瓶を片手に炎を眺めている。
最近起きた出来事は楽しかったかと
マヤウェルが聞いてきたとき、俺は率直に楽しい要素がなにもないと言った。
そうして、じゃあ最後くらいは楽しいことをしようかと
マヤウェルがにこやかに語って始まったのが、このイベントだった。
たしかに、人間の感性は焚火を眺めながら酒を飲むことに楽しみや癒しを感じるのだと理解している。
だが、それは焚火が普通の焚火である場合だけだ。
「暖かい」
炎を眺めながらスコーチド・マギーがぼそりと呟き、酒を飲む。
マヤウェルなどは瓶をぐいっとビールか何かのように煽っているが、記録ではそれは蒸留酒だ。
そして、焚火も焚火ではない。正確に言えば、それは焚火の上の炎だ。
地球の中南米にあたる地域の反社会的組織には、伝統的な処刑方法があると
マヤウェルは言った。服を着たまま焚火に飛び込ませ、死ぬまでそいつの悲鳴と苦しみを堪能するというやり方だ。
石油由来の合成繊維はすぐに燃え尽きてしまうが、これが天然繊維である場合、哀れな犠牲者はゆっくりと服が燃えるまで苦しみ続ける。洒落た金持ちほど苦しんで死ぬ。
マヤウェル曰く、それが楽しい、らしい。なにが楽しいのかは分からないし、それが正確な話なのかも分からない。
「たまにはこういうのも悪くないもんだね」
酒瓶に蓋をして、水を少しばかり飲みながら
マヤウェルはスコーチド・マギーの頭を撫でる。
そしておもむろに煙草を取り出して咥え、火を点ける。マギーの目がオイルライターの炎を見たが、火を点け終わりライターの炎が消えるとすぐに興味なさそうに目を戻した。
マギーは、他の誰とも似通っていない。今、彼女は火傷跡の遺る顔で体育すわりして炎を眺めているが、本来の彼女はあたり一面を火の海にする危険人物だ。元RaDの系譜の中でもコーラルを危険視する者たちは、最初にここを去った。そして
マヤウェルがこのグリッド086にやって来る前、マギーを中心として反コーラル武装組織とも言うべき結社≪バーンザウィッチ≫を結成している。
それはマギーがコーラル湧出地点をいくつか焼き払ったことによるものだが、実際の記録は放火魔がたまたまガスステーションを放火したようなものだ。彼女は、コーラルを焼きたいからそこを焼いたわけではない。ただ、焼きたいから焼いただけだろう。そこにたまたまコーラル湧出地点や井戸があっただけのことだ。
そんな人物がグリッドに上がり込むのを、俺は何度も止めるようにと
マヤウェルに言った。だが、言ったところでなにかが変わるものではなかった。来たいなら来ればいい、と
マヤウェルは言い、こうしてマギーがやって来る度になにかを燃やしている。彼女がなにかを燃やす前になにかを燃やしているので、グリッドが火の海になっていないのは俺たちのあずかり知らぬ乱数が弾き出した幸運でしかない。
今まで燃やしたことのあるもののリストは、どういうわけか俺が管理している。最初は裏切り者のコヨーテスが廃棄予定のメタノール混じりの鉛汚染された密造酒を頭からかけられた後、マギーの目の前で燃やされた。次に燃やされたのは
クアック・アダーが会合の欠席代わりに送ってきた異常成長したミールワームで、これは
マヤウェルが火加減を誤って消し炭にしてしまった。他にも燃やしたものはいくつもある。
「うむ」
マヤウェルが紫煙を吐きながらそう言った。俺はその言葉の意味するところを汲み、鉄パイプでその炎の中から黒焦げになったものを突き出す。
黒焦げになったものは、天然繊維に包まれた肉塊だった。生憎と人間ではない。
マヤウェルがどこかから手に入れてきた、牛の肉だ。これはロモアールトラボ、という料理法だそうだ。
塩水につけた天然繊維に肉を包み、それを焼く。それによって味が染み込み、程よく表面だけが焼けるという。俺には分からないが。
「俺は炊事ロボではないが」
「出来ないことじゃない、だろ?」
「うむ」
面倒だができないわけではない。炊事室で火にかけて温めていたスープを運ばせる。
マヤウェルは用意していたプレートの上に肉塊を置き、ナイフで黒焦げになった布を切り開く。
湯気の立つ肉を
マヤウェルは切り分け、皿にそれをよそった。マギーの分もある。表面は火が通っているが、中は赤身のような状態だった。
マヤウェルはその肉の切れ端を指でつまんでぱくりと食べ、んふふー、と言葉にならない声をあげながら小躍りした。
その隣でマギーは肉の切れ端を掴んで口に運び、ぼうっと炎を眺めたまま口を動かしてごくりと飲み込む。それを繰り返す。
肉を食べつつ小躍りしながら
マヤウェルが言った。位置を確認すると近い。
「今着く」
「おっけ」
とサムズアップする
マヤウェルの後ろから、炊事用の鍋を積載した運搬ボットがやって来た。
こちらに入っているのは
マヤウェルが手癖で作ったチリスープだ。赤いのでドーザーたちがコーラル入りと間違ってよく飲んでいる。
湯気立つチリスープをカップに注ぎ、
マヤウェルはそれをマギーに手渡した。暖かいスープは温度的なものだけでなく、チリペッパーによる辛味も多分にある。
マギーは無造作に差し出されたカップをぐっと飲んで、少しして、炎から眼を離してカップの赤い中身を見た。珍しい反応だった。
「これは、暖かい。良い……」
「だろ?」
作った当人である
マヤウェルが機嫌を良くしてまたマギーの頭を撫でているが、当のマギーはそのままスープを飲むことに集中していた。
お替りもあるよと
マヤウェルが言えば、マギーは首をこくこくと縦に振った。過去のデータからして彼女は凶悪な放火魔、テロリストなのだが、こうしているとそうは見えないものだ。
炎の途切れそうな焚火に俺は薪木を放り込む。荒涼としたルビコン3でも、木はある。木であるのだから、当然しっかりと乾燥させれば燃える。
パチパチと小気味よい音が鳴る中で、パチリと赤い瞬きがあった気がした。インレが来たときにも見えたが、今考えればあれは、コーラル湧出地点でよく見られる現象だ。もっと言えば、コーラルが燃焼した時に見えるなんらかの現象。
アイビスの火で星系を焼いたコーラルは、地下で増殖している他にも存在する。そのほとんどが、不活性コーラルとしてこの星にある。今燃やした薪木は、不活性コーラルを含んでいたのかもしれない。
「それ」
マギーがぽつりと言った。珍しいことに、俺を見ている。
「それも、暖かい……」
「そうか」
薪木のことか、はたまた、コーラルの燃焼のことか、判断はつかない。
だが、おそらくは後者だろうと俺は考える。そちらの方がいろいろと都合がいい。
ドーザーたちはコーラルを飲むとパチパチする、と言う。そして、コーラルの燃焼現象もまた似たような視覚現象を引き起こす。これは興味深い、面白い類似だ。
マヤウェルは飯を食いながら、笑っていた。マギーは炎を眺めながら、チリスープのお替りをしてきた。パチリと、焚き木は燃える。
「フッ……」
こればかりは、少し楽しいかもしれない。
...END?
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最終更新:2023年12月19日 16:25