ろくでなしがろくでもないことをすると、ろくなことにならない。
常識的な人物が何人かいて手に汎用機関銃を持っていたなら静止するのだろうが、生憎とここグリッド086にいる輩には非常識的な人物しかいない。
だから俺が気が付いた時には、とある独立傭兵に破壊されたスマートクリーナーを踏みつけにして、毒々しい赤の色彩の差し込んだタンクACが鎮座していた。
コアから這い出してきた人物がそのまま転落死すれば良かったのだが、慣れた手つきで
パンタレイは「あーあー」とマイクテストをし始める。笑えない。
『ようこそ親愛なる同胞よ! 素面じゃ真理に到達するまでに銀河が寿命を終えてしまうので、まずはお配りした駆け付け一杯ぐいっとしてから講義を始めよう!』
パンタレイの眼下に群がるドーザーどもは皆、仕事をほっぽりだして、不思議に赤くパチパチと光る瓶を持っている。
だたっぴろい空間を歩くのが面倒だった連中は仕事に使うハーフトラックやMTで乗り付けてきており、今日の業務進捗が芳しくない理由が目の前に展開されている。
マヤウェルの作った酒にコーラルをぶちこんだ代物なのは見れば分かる。それが齎す酩酊作用と中毒性がドーザーを働かせる原動力になっているのだから、成分を調べずとも分かる。
パンタレイが自分の哲学講義にドーザーどもを釣り上げるのにコーラルを使ったのは、まあ良いだろう。マヤウェルの酒にそんな混ぜ物をしたらどうなるか、彼は知るべきだ。
『乾杯!!』
駆け付け一杯という言葉そのままに、仮にも哲学者であるパンタレイは赤くパチパチと光る瓶をラッパ飲みする。他のドーザーたちも何事かを叫びながら飲み始める。
人間は酒を飲むときに何かしらの言葉を言う習慣があるが、俺にとってはどうでもいいことだ。マヤウェルなどは何かを言う前に大体もう飲んでいる。彼女はそういう人間だ。
蒸留酒とコーラル割りの効果はたちまちに現れる。程度が分からずに瓶丸ごと一気飲みした連中の一人がぶっ倒れ、何名かはキマり始めたのか天井を見ながらうっとりしている。
ACの上で仁王立ちするパンタレイは手に持っていた瓶をそのまま天井に向かって投げ飛ばし、両手を掲げてとろんとした目つきで照明を見始めた。ろくでもない。
『おおこれぞ、まさに歓喜!! 神々の美しき霊感が天上楽園の乙女の乳房より滴り落ち今まさにナイアガラの雪崩となって天守閣に降りかかる!』
始まった。ろくでなしがろくでもないことをすると、ろくなことにならない。
俺はACのスラックラインを起動して近くに移動させる。いざという時には騒ぎを鎮圧しなければならない。
『ヤマアラシだってお分かりのはず! 今、我々は火のように酔いしれ聖所にHALO降下奉り、ああその逆噴射ロケットの煌めきはまさに天地開闢の太陽フレア!!』
意味不明だ。
しかしドーザーたちはパンタレイの言葉を受けて騒ぎ始める。
意味不明だ。
『見よ! 時空次元により散り散りになった奇跡と真実と火薬が魔力によって結合して、皆が兄弟姉妹のファンタジーとなる!! これが!! パタゴニアの常識なんだ!!』
叫びすぎて音割れしている。
遠隔操作で音量を調整しようとしたがやめた。
無意味だ。意味がない。
『真理はすべからく、快楽が虫けらにも与えられる! さあ隣を見よ同胞諸君! 灰色の脳髄に染み渡る深紅の一撃の記憶に心から分かち合える魂があると確信する者は歓喜して万歳三唱!』
万歳万歳万歳。
意味のない万歳三唱が響き渡る。
『それが出来ぬは悲しみのナザレ! この輪から泣く泣く立ち去りコーラルの真理を密林を貫くハイウェイの如く真理の探究を始めるのだ! 君こそが!! スーバットマン!!』
何人かのドーザーが号泣しながらパンタレイに感謝の言葉を述べて走り出した。
俺は作業用MTを何機か遠隔操作して彼らがグリッド086から無傘降下するのを阻止する。
パンタレイの意味不明な講義に感化された仕事中のドーザーを捕えるために、俺はさらに重機を動員してゲートを封鎖した。
瞬間、封鎖したゲートに時速480キロで突撃してきたACが大の字になって衝突した。意味が分からない。何かを確認するとそれは
パンドラのAC、ウォッチャーだった。ゲートは封鎖したままにしておく。
『分かりますでしょう七福神よ! 我々は―――』
グリッドのあちこちで阿呆を捕獲しながらパンドラの演説を聞いていたが、そこに銃声が割り込む。
30口径のフルオートだ。誰かは見なくても分かる。マヤウェルがこのバカ騒ぎに気付いたのだ。
「パンタレイ! Re:Dの流儀は協調せず、干渉せず、我関せずだ。けどね、私の作品にヤクを混ぜるのは許さないよ!」
『ヤクなどとは我々は言いません! これは嗜好にして至高の思考する真理探究に必要な三日月の輝きで―――』
『了解した』
待機させていたスラックラインとMTたちを投入する。
パンタレイはACのコクピットに滑り込もうとして失敗し、頭からコクピットに突っ込んで藻掻き始める。
酩酊状態のドーザーたちはなぜか自分たちが乗り込んできたMTやハーフトラックには戻らずにその場で踊ったり寝たり回ったりし始めた。
意味が分からないが、そういうものだ。そういうものだと思うことにする。
マヤウェルが何か叫びながら30口径の軍用ライフルをまたフルオートでぶっぱなし、ドーザーやパンタレイの意味不明な叫び声が反響する。
『おーい、開けてくれよー』
ゲートの外では大破したACから這い出したパンドラが何か言っていた。
ろくでなしがろくでもないことをすると、ろくなことにならない。意味不明だ。
あちこちで煩く喚く連中に対して俺は言った。
「黙って仕事をしろ、俺は忙しい』
仕事って何のことだよ、と言ったパンドラを見て俺はゲートを開けないことを決めた。
少しは口を閉じてやるべきことをやれ。
こんなのは楽しくない。
関連項目
最終更新:2023年12月19日 16:17