「構いません。迷信に溺れた蒙昧どもの遺物など
全て焼き払いなさい。抵抗するようなら、
全員再教育センターに収容すればよろしい」
独立傭兵レイヴンとハンドラー・ウォルターを利用し、
首尾よく集積コーラルを掌中に収めたのはいいが。
まさか、技研都市にアイビスの火の生き残りが
隠れ住んでいたとは。

技研製MTのみならず。どこから調達したものか、
最新仕様のACまでも擁する祭壇は、
無視できぬ規模の抵抗を繰り広げている。
「カビの生えた化石の分際で、
どこまでもこの私を苛立たせてくれる・・・!」
V.Ⅱスネイルの指揮の元、整然と隊伍を組んだ
アーキバスAC部隊が灰の祭壇の戦士たちを追い詰めていく。

「恐らくは、都市内で稼働しているC兵器に
対抗するための戦力として用いられていたのでしょう。
個々の機体制御はなかなかの物だが、
部隊レベルの作戦行動という意識は無いようです」
敵部隊の展開状況を俯瞰するシュナイダー出身の技術士官、
オーベルシュタインが状況を分析する。
「イグレシアならば、彼らを効率的に殲滅できます。
閣下、進軍の許可を」

「ふむ。いいでしょう。
アーキバスが巨費を投じて作った人形が、
ただの木偶では無いことを証明して見せなさい」
スネイルの下知を受けるや否や、その頭上を
3機のホバータンク編隊が過り、前線へ切り込んでいく。
「ご裁可痛み入ります、閣下!このイグレシア、
乾坤一擲の一撃を以てそのご期待に応えて見せましょう!!」

完璧な連携で展開する包囲殲滅陣形を見下ろし、
スネイルは満更でもなさそうな面持ちで頷く。
「ヴェスパー本隊の補欠要員とはいえ、
貴方も栄えあるアーキバスの一員です。
この私の指揮下で作戦行動に臨めること、光栄に思いなさい」

「はっ!この辺境惑星にも、我らアーキバスの威光を
知らしめてご覧に入れます!!
征くぞ、ミッターマイヤー、ロイエンタール!!
蛮族どもに、文明人の戦というものを見せつけてやれ!!」
上空から迫る3機のホバータンクタイプACが、
大きく半包囲陣形に展開する。
「了解っ!一番槍は頂きますよ!!」
「フン、この俺を楽しませられる相手には見えぬがな」

地上からじりじりと戦線を押し上げてくる
アーキバス量産AC部隊との交戦に注力していた
祭壇の戦士たちは、その動きを見逃していた。
「頃合いだな。ミュラー、粒子結晶障壁を展開せよ。
ビッテンフェルト、全砲門開け!最大出力で充填せよ!!
メックリンガー、次元跳躍航行突入!
ビーコンDのポイントへ迂回路を取り侵入せよ!!」
気づいた時には、イグレシアの触手はその足を絡め取っている。

先鋒、ベオウルフは真っ先に敵集団の最外縁を
迂回して背後に回り、光波砲のマルチロックショットで
敵集団全体にその存在を知らしめる。
浮き足立った敵陣が反転し、反撃を加えるが
そこに割り込んだトリスタンの弾幕防御と
パルスアーマーがこれを寄せ付けない。

奇襲者は寡兵と踏んで速戦即決を図るが、これが果たせない
祭壇陣営が手間取っている間に、本命のイグレシアが
主砲、プラズマライフルの射程に敵機を捉えていた。
「冥流狩屠浪武(めいるしゅとろうむ)砲(キャノン)!
てぇぇぇぇええええッッッ!!」

プラズマライフルチャージショットが2連発、
さらにそこに両肩から打ち下ろされたプラズマミサイルが加わり、
背後から直撃を受けた一機が瞬く間に大破する。
「酔狂な妄言は些か耳障りですが・・・よろしい。
その働きは認めましょう。
さて、搭乗者がまだ生きているようですね。回収なさい。
或いは良い素体になるやも知れません」
スネイルの下知を受けた地上部隊が擱座したACを包囲し、
コックピットから引き摺り出したパイロットは
まだ幼ささえ残る少年だった。

その姿をモニター越しに確認したオーベルシュタインは、
周囲に動揺を悟られまいと密かに膝上の拳を握りしめる。

一個の人格を備えて生きてきた人間を兵器に作り変える、
強化人間技術の非人道性を忌み嫌ったからこそ、
ゼロベースで戦闘に最適化した人工生命体を
これに代替する、デザインド・プロジェクトを
立ち上げたというのに。
その実績を作るために、結局新たな犠牲者を
出さなくてはならないとは。

酷い矛盾ではないか。
それまで培ってきた知性や人格を踏み躙られ、
破壊される苦しみに喘ぐ者たちがこれ以上
現れぬようにと願いながら、結局その片棒を担いでいる。

「どうだ、オーベルシュタイン!
圧倒的だろう、我らの軍勢は!!」
得意満面の笑みを向けるイグレシアの表情は、
父に成果を見せられて満足げな幼女のようで、
それがまた青年士官の胸を締め付ける。
強化人間の代わりに戦場に立つ
彼女らだって、一個の命には違いない。

怒りも悲しみも知らず、ただただ粛々と
駒として機能するだけの人形を作っていたはずなのに。
どうだ、この活き活きとした笑顔は。
私はどこで何を間違えたのだろう。
既存の人類と、デザインドの間に、
命の重みに差があるなどと考えたことが、
そもそも烏滸がましかったのではないか?

「ろ、ロイエンタール〜〜〜ッ!!」
場違いな逡巡に沈むオーベルシュタインを、
イグレシアの悲鳴が現実に引き戻す。

モニターを一直線に横断する、深紅の本流が
トリスタンを直撃し、跡形すら残さず焼き払う。
「なんだ!?このふざけた威力は・・・!!」
見間違える余地もない、コーラルそのものを兵器として
転用した禍々しい赤光。

「此処は禁忌の霊廟。封じられた秘蹟には、
何人たりとも触れること罷りならぬ」
未だ朱の雷光を纏う異形の巨砲を構えた重AC、
デンドロフィリアから響くのは託宣の巫女ハシュラムの声。

「ふむ、貴様が大将か。よかろう!
我こそはアーキバス王立宇宙軍第7a3c侵略艦隊提督、
征夷大将イグレシ・・・あぁぁーーっっっ!?」
戦場の礼節(そんなものはない)に則り、
名乗り口上を誦じるイグレシアをフルチャージされた
双極対消滅反応弾(複合エネルギーライフル)が襲う。
「不意討ちとは卑怯千万!貴様、どういう教育を受け・・・
おあああああーーーっ!?!?」
船底部に被った痛打にふらついたディセンブラシアを
さらに襲う艦載機部隊(レーザードローン)。

付きまとうドローンの追撃を逃れるべく回避機動を
継続するディセンブラシアを、再びチャージされた
コーラルライフルが狙う。
「おっと!俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!!」
その死角を狙って、再突入を図ったベオウルフが
光波砲を放つが、ハシュラムはコーラルの託宣により
これを察知し、赤方偏移粒子障壁(コーラルシールド)を
展開して反撃を寄せ付けない。

互いに決定打を凌ぎ、戦闘は降着に陥る。
「クソッ!ここで足止めされてる間に他の奴らが
どんどん前に出てきてるじゃねぇかよ・・・!」
退避する祭壇の非戦闘員達に紛れ、戦火を逃れる
ヴァッシュはその状況を焦ったく見守る。
アシュリーを生贄に捧げようとした連中には違いないが、
それでもこんな理不尽を被る謂れはない。

「その苦悶は痛いほどわかるが・・・今は耐えよ。
機体を損なっている我らに、この場でできることはない」
アシュレイもまた、歯痒い思いは同じだろう。
捨てたとはいえ、故郷が焼かれるさまを見て
無心でいられるはずもない。

「お前は『煌血の神子』、祭壇の民にとっては
ようやく現れた希望だ。
この場は無事に生き延びることこそ、彼らのためぞ」
気に入らない言種だ。
ここで踏みとどまって戦う奴らを踏み台にして
ケツを捲ることが役割だって言うなら・・・
そんな使命は願い下げだ。

逃げ惑ううちにも、戦火に飲まれた集落の風景が
次々に目に飛び込んでくる。
今なお追いつけない、半世紀前の遺失技術の産物が
知識を失った人々により歪に補修された、
先端技術と迷信が入り混じる奇妙な光景の真ん中で。

「・・・なんだよ。あるじゃねぇか、とびっきりの戦力がよ」
祀り上げられた真紅の機影が、ヴァッシュの目を強く捉えた。

「お前さんはそれでいいのかい、アシュリー」
「ええ。祭壇の思惑も、封鎖機構の大義も関係ない。
無辜の人々を理不尽から護る、それだけです」
技研都市の瓦礫だらけの街路をアリオーンが駆け巡る。
イグレシアの攻撃を食い止めることに専念する
ハシュラムに代わり、その機動力を活かして
遊撃に奔走し、アーキバス量産AC部隊の進行阻止を図る。

「私がこの身を捧げることで救われるものが
あるならば、命など惜しくはない。
父上も、母上も、それぞれなりの想いを込めて
私の命に意味を与えてくれた。
感謝したとて、恨む道理はありません」
どんな責めも受けるつもりでいたハシュラムは、
虚を突かれたように片時押し黙ったのち、少し寂しげに笑った。
「・・・そうかい。確かにお前さんは、アシュレイの娘だよ。
だけど、あの坊やがそれを許してくれるかねぇ」
その出現を待ち焦がれていた『煌血の神子』は、
想像よりもずっとやんちゃな跳ねっ返りだった。
強かで抜け目なく、過酷な生い立ちの中で
なお折れることのない熱い芯鉄があった。

彼がこの先、どのような選択をするとしても。
きっと、アシュリーを悲しませるようなことはしないだろう。
「あの坊やと共にお行き。その命の意味は、
これからお前さんが自分で見極めるんだよ」

「何を世迷言を。あなた方は全員、
企業に奉仕する歯車として生まれ変わるのです」
脳裏に響く天啓に従い、ハシュラムがコーラルシールドを
展開するが、それさえも貫く高速のニードル弾が
デンドロフィリアの装甲を穿つ。

「これは・・・!?」
「我らアーキバス先進開発局の最新技術です。
穴蔵に引き籠っていた原住民は、知る由もないでしょうが」
一拍置いて走る高圧電流が機体内部を駆け巡り、
デンドロフィリアを機能停止に追い込む。
『レイヴン』捕縛の際にも威力を発揮した
特別仕様の高出力弾頭である。
いかな重武装ACといえどしばらくは動けまい。

「母上・・・!!」
「おっと。ここは抜かせぬぞ、『木馬』ァ!
過日の雪辱、今ここで果たしてくれようッ!!」
救援に向かうべく転針したアリオーンを、
量産機部隊の隙間を埋めて布陣したイグレシアが包囲する。

「貴方のような旧世代の骨董品が、
企業が誇る先端技術の精髄であるこの私に
敵うはずがありません。・・・ですが、
その特殊な知覚能力。ファクトリーで
仔細に調査する必要がありますね」
悠然と歩み寄るスネイルの乗機、オープンフェイス。

その左腕に装備されたレーザーランスが展開し、
デンドロフィリアに止めを刺すべく光の穂先を発振させる。
「オイオイオイ!誰か忘れてんじゃねぇか!?」
その行手を阻むように迸る、真紅の奔流。
「これは、先ほどと同じ・・・!
他にも動くガラクタが残っていましたか」

後退して射線から逃れたオープンフェイスの前に着地する、
眩いメタリックレッドの機影。
「アイビスシリーズ最後の有人機、HAL 826。
コーラル破綻を抑止するために作られた、最後の安全弁だ。
並のACとは扱いが違うぞ、ヴァッシュ」
ヴィルの言葉に不敵な笑顔で頷き、
ヴァッシュはオープンフェイスを睨みつける。
「ヘッ!技研の置き土産を乗り回すのは
別に初めてじゃねぇよ。まぁ見てろって!!」

いつか訪れるやも知れぬコーラルの破綻を
抑止するための、いわば守り神として祭壇に
永らく祀られていた神像が遂に正当な主を迎えて動き出す。
待ち侘びていた瞬間の訪れを目の当たりにして、
ハシュラムは我知らず慄えていた。
「おお・・・これこそ、『煌血の神子』の降臨に他ならぬ!
神子よ、どうかコーラルの導きを、我らに・・・!!」

「うるせぇババァ!その名前で呼ぶなっつってんだろ!!」
ピシャリと叩きつけられたド直球の暴言に、
恍惚の表情を浮かべていたハシュラムも流石に鼻白らむ。
「なんちゃらの神子だとかコーラルブラッドだとか、
そんなのは関係ねぇ!俺はジャンク屋、
ヴァスティアン・ヴァッシュ
そこにお宝あらば、腕づくで奪いとるだけだぜ!!」

右肩部コーラルミサイル斉射と共に
コーラルライフルを連射し、猛然とオープンフェイスへ肉薄する。
「ゴミを漁る土着の猿風情が、下らぬ能書きを・・・!」
応じたオープンフェイスも後退しつつのスタンガンと
プラズマミサイルで応じるが、速度差は補い難い。

「───そこだッ!!」
間合いに踏み込んだと見るや、抜き放った
コーラルブレードを大上段に振りかぶるが、
「見え透いた仕掛けです」
その瞬間を待っていたのは、スネイルも同じだった。
冷徹に打ち込むスタンガンが与える負荷が、HALの限界を超える。

内部から迸るオーバーロードした電力が
機体のシステムをダウンさせ、オープンフェイスの目前で
無防備な隙を曝け出す。
「私は企業、アーキバスです」
その一瞬を捉え、最大出力で展開された
レーザーランスがHALの腹部を捉える。
「企業に牙を剥いたその蛮行、万死に値する」
圧倒的な推力で押し付けられる穂先が装甲を削る。
スタンからのスタッガーで身動きが取れない
ヴァッシュを、容赦ない追撃のブーストキックが
廃ビルへと叩きつける。

「平伏しろ!薄汚いハイエナめ!!」
そして再び紫電を纏うスタンニードルランチャー。
「・・・レディ」
万事心得たヴィルの声に、ヴァッシュは咆哮で応える。
「『ブラスト』ッッッ!!!」
追撃を図るオープンフェイスの目前で、HALから溢れた
コーラルが臨界を迎え、爆発を巻き起こす。

「小癪な目眩しなど・・・!」
背後のビル群をも薙ぎ倒すアサルトアーマーの光の後には、
すでにHALの姿はなく。
「隠れても無駄なことです。野獣の匂いは隠せませんよ」
その行手を、最新技術で拡張された知覚能力で看破する
スネイルだが、それでもヴァッシュの次の行動は
その戦術予測の埒外であった。

両者を隔てる半ば崩落した高架橋が、迸る赤光に切り裂かれる。
阻む一切を諸共に切り裂く、極大化されたコーラルブレードの一撃が
虚を突かれたオープンフェイスを直撃する。
「力押しとは・・・品性の欠片もない匪賊め!!」
再び迫り来るHALを足止めすべくスタンガンとミサイル、
ランチャーを全門斉射するスネイルだが、
コーラルイグニッションにより拡張された
HALの連続クイックブースト機動を捉えるには至らない。

「下品で結構」
コーラルミサイルの着弾と同期して放たれる
ブーストキックが、オープンフェイスの巨体を地表へと叩きつける。
「てめえがお上品だと思い込んでるヤツよりは
ナンボかマシだぜッ!!」
決定的なチャンスを逃さず。
フルチャージしたコーラルライフルを突きつける。

決着を期した最大出力の一撃を放つべく、
コーラルブラッドを一層熱く燃やすヴァッシュだが・・・
「ッ・・・クソ!ここまでかよ・・・!!」
限界は、唐突に訪れた。
目から、耳から、鼻から、あるいは口から。
限界を超えて圧をかけられ、決壊したコーラルブラッドが
朱の粒子となって溢れ出し、伴ってヴァッシュの
全身から力が抜けていく。

「・・・なかなか面白いデモンストレーションでした。
結構。貴方はファクトリーで最高水準の加工を施して
差し上げましょう。光栄に思いなさい」
地に堕ちたHALに、身を起こしたオープンフェイスが歩み寄り、
外部操作で緊急脱出装置を起動してコアブロックを抜き取る。

「そこまでだ・・・!ヴァッシュ、皆すでに脱出した!
我々も引き上げるぞ!!」
散布型ミサイルの一斉射と共に飛び込んだアリオーンの
振るうレイピアが、ヴァッシュを内包したコアブロックを
抱えたオープンフェイスの右腕を切り飛ばす。

素早くヴァッシュを回収したアリオーンは全速で離脱していく。
アーキバスの保有戦力で、これを追尾できるものはいない。
「フン・・・画竜点睛を欠く幕引きですが、まぁいいでしょう。
なかなか興味深いものが手に入りました。
あとは・・・さて。誰にこの遺物を宛てがうべきか、ですが」

すでに、心当たりがあるのか。
膝をついたHALの深紅の機影を見下ろすスネイルは、
不気味な笑みを浮かべていた。



関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年01月15日 11:18