本作には、エヴァレットさん、ウズラマさん、エリカさんに
まつわる状況設定に関する独自解釈が含まれております。
作者様の想定と齟齬がありましたら改訂いたしますので、
投稿者までご連絡いただければ助かります。

三姉妹の抱える問題を解決する一助となることを
目的としてはいますが、作者様方が想定されている
ストーリー展開に不都合がありましたら
スルー扱いとしていただければ幸いです。

また、V.Vバーンズさんとの
既知関係構築や提案が含まれておりますが、
キャラクターの行動を束縛する意図はございません。
オーベルシュタインの提案に対する反応は作者様の
ご判断に委ねさせていただきたく思います。


「やぁどうも。奢りとあらば即参上、お酒大好きバーンズさんだ」
几帳面に背筋を伸ばし、カウンターに俯きがちな視線を
正対させたオーベルシュタイン。
その右の空席に、だらしなく片足を組んでバーンズが腰掛ける。

「『フローズンダイキリ』です。ごゆっくりどうぞ」
グラスを差し出すのは、垂れた兎耳が印象的なバニーガール。
バーカウンターに右肘をついたバーンズが
涼やかな流し目からウィンクを送るが、当のバニーガールは
視線一つ返さず、澱みない所作でその場を立ち去る。

「う〜〜ん、クールだねぇ。だからこそ、融かし甲斐がある」
飄々と言ってのける様からは豊富な場数が伺えるが、
おそらく黙っていた方が好感度は上がるだろう・・・
などと、あえて口を出すオーベルシュタインではない。

さして堪えた風もなく、バーンズは
グラスに盛り上げられたクラッシュアイスを口に含む。
「んんっ、ベタだが外さないチョイスだな。お前らしい。
バーンズさんポイント、プラス30点だ」
粉雪のような純白のカクテルは、
彼が愛機にもその名を冠するフェイバリットだ。

PUB『Watership Down』はまさに海底のような
群青のダウンライトで暗闇の底に浮かび上がり、
静かに談笑する男女を柔らかな闇で包み込んでいる。

ミルクシェーキを啜る相方に眇めた視線を投げかけ、
一切の遊びがないその所作を眺めることしばし。
「要件は・・・アレか?例の三姉妹のことだろ」
徐に口火を切ったバーンズに、視線を返すことなく
オーベルシュタインはかすかに頷く。

「・・・話が早くて助かる。
お前も、近頃の彼女たちのことは知っているだろう」
「ま〜な。ウズラマのお嬢ちゃんが基地内で
ストリップを始めた時にゃ流石のバーンズさんも
思わず前屈みになっちまった。
いや、ほんとにすげぇのよ、これが」
背筋を反らしたバーンズが胸の前に差し出した両手で
繰り返し大きく弧を描く様を、オーベルシュタインは
呆れたように横目で睨む。

「バーンズ」
「おっと。バーンズさんとしたことが、
TPOを弁えない発言だったな。
オーベルシュタインポイント、マイナス40点だ」
これ見よがしに肩を竦めるバーンズだが、
それが彼なりのユーモアだということくらいは
堅物のオーベルシュタインにもわかる。

「語呂が悪いな」
シェーキを啜り、視線をバーカウンターの向こう、
並べられた銘酒のラベルに彷徨わせる。
「だな。貯めても特に見返りもなさそうだし」

ため息を深く吐き出し、オーベルシュタインは本題を切り出す。
「ウズラマ嬢だけではない。エリカ嬢の脳波にも、
父君との再会以後、微かにだが乱れが見られる。
何より、エヴァレット嬢の現状は見るに堪えない」
同じヴェスパー・オフシュートの一員である。
彼女たちの関係性の変化は、オーベルシュタインも
具に観察する機会がある。

「氷の女、ももう過去の話だな。
今や、三姉妹の立派な長女だ。
妹たちを守るため、って動機をもう隠そうともしちゃいない」
「それ自体、悪い変化ではないと私は思っているのだがな。
彼女が両親からの過剰な、そして歪んだ期待によって
重圧を受けていることは私も知っている。
その影響は、彼女が思っている以上に深刻だ。
あんな風でも肉親だからな。
彼女自身、成長の過程で刻みつけられた
行き過ぎた愛社精神に疑問を持つには至っていない。
それを基盤として成立した価値判断基準に
基づいて妹たちを救おうとしても、
恐らく功を奏することはないだろう。
現に・・・ウズラマ嬢のここ最近の行動は、
その異常性の質を変化させつつある」

いつになく饒舌な元同僚を、珍しいものでも見るような
視線で観察していたバーンズが思わず呟く。
「よく見てんなぁ。もはやファンだぜ、それは」
「曲がりなりにも、競い合う相手だからな」
言われて初めて自覚したのか、やや気まずげな咳払いで
オーベルシュタインは仕切り直しを図る。

「だが、それでも同じアーキバスの同胞だ。
我々のプランが選ばれたとして、その結果
彼女らの運命を暗転させることになるとしたら、
それは私の本意ではない」
何やら、余分な責任感を背負い込んだらしき鎮痛な面持ち。
辛気臭い空気を洗い流すようにグラスを空けたバーンズが、
アルコール混じりの長いため息を吐き出す。

「や〜めとけやめとけ。俺たちゃ外様も外様、
裏切り者のシュナイダーだ。
大それた望みを抱えても、しんどいだけだぜ」
蚊でも追い払うように掌を翻すバーンズだが、
オーベルシュタインは彼ほどには達観できない。
「・・・私は、強化人間というものが嫌いだ」

「おっとぉ?じゃあバーンズさんが勝手に感じていた
お前さんへの友情も、俺の勘違いだったってことかい??」
わざとらしく驚いてみせるバーンズに、
珍しく慌てた表情のオーベルシュタインがフォローを入れる。
「いや、そういう意味ではない。お前にはいつも感謝している。
俺のような面白味のない男の話をまともに聞いてくれるのは
お前だけだ。これからも、良き友でいてくれると助かる」

冗談の通じない男だ。
真っ直ぐな視線で直球の好意を伝えられてしまうと、
ひねくれ者のバーンズさんとしては、なんというか、こう・・・
「あ〜〜〜、すまん。今のはナシで。この空気はダメ。
違うんだって。俺はそういうのはナシなんだよ」

壁を作るように両手を振るバーンズに、些か消沈気味な
オーベルシュタインが話を本筋に戻す。
「こちらこそ申し訳ない。表現が不正確だったな。
私は、強化人間技術というものが受け入れ難いのだ。
それまで、1人の人間としての足跡を刻んでいた存在を切り刻み、
兵器に作り変えるなど人が人にしていい所業ではない。
そうして、積み上げてきた人格が破壊されていく様は見るに堪えない。
ウズラマ嬢は、まさにその最たる実例だ」
あのような悲劇をこれ以上生み出すまいと立ち上げた
デザインド・プロジェクトが、結果として
競合プロジェクトであるウズラマ嬢を追い詰めている。
それは堪え難い矛盾であった。

「それで、俺たちに何ができると思ってんだ?」
こうなるとこの石頭、梃子でも動かない。
それを心得ているバーンズは、軌道修正を諦める。
せめて脱線せぬよう、進路の整理を図るしかない。
「この状況の根は、エヴァレット嬢のご両親だ」

決意を伺わせるオーベルシュタインの眼差しに、
バーンズは露骨に辟易した。
「うっへぇ。今の、聞かなかったことにしていい?」
「無論、構わん。お前の意思を無視してまで
危険に巻き込むつもりはない」
真面目くさったその物言いに、肩透かしを食らった
バーンズはやれやれとでも言いたげに肩を竦める。

「冗談だって、分かれよ・・・
ぶっちゃけ、あのモンペどもには流石の
バーンズさんも心底うんざりしてたところよ」
実を言えば、オブライエン夫妻の過干渉は
娘自身のみに限ったものではない。
エヴァレットが自分達の期待する成果を挙げられない原因は、
その周囲、すなわちオフシュートをはじめとする
ルビコンに駐留するアーキバスの中にあるのではないか。
その疑いを抱いた2人による追及は各所に及んでいた。

先日の抜き打ち査察も間違いなくあの2人の差金であり、
その際にはシュナイダーからの出向組である
バーンズとオーベルシュタインも、何かにつけ
厳しい視線を向けられて大層居心地の悪い思いをしたものだ。
「彼らの与えるストレスが、エヴァレット嬢を追い詰め、
その影響は彼女が管轄する姉妹たちをも苦しめる。
排除・・・するには、私たちには残念ながら実績が足りない」

悔しげなオーベルシュタインの言葉に、もっともらしく
腕を組んだバーンズもうんうんと頷く。
「ハラは立つが、成果は上げておられますからねぇ・・・
少なからぬ犠牲と引き換えにな」
バーンズが吐き出した後半の一言には常ならぬ怒気が滲み、
その犠牲に少なからぬ思い入れがあったことを窺わせた。

「先の発表会は逆効果だったようだが・・・
彼らがその価値を否定したウズラマ嬢の実力を
我々が証明できれば、その発言力を幾らかでも
削ぐことができるだろう」
オーベルシュタインもミルクシェーキを大きく煽り、
一息のうちに飲み干してカウンターにグラスを置く。
「思うに、ハードウェアとしてのウズラマ嬢は
すでに相当な完成度に達しつつある。
次世代手術により拡張された知覚性能は、十全に機能すれば
従来型とは比較にならない空間認知能力と情報処理速度を
実現するはずだ。その技術の確立は、
ひいてはアーキバス全体にとっても強力な財産になる」

「すると・・・あとは精神面の安定か」
後頭部で掌を組んだバーンズが、バーの漆黒の天井を見上げ、
星でも探し求めるかのように視線を彷徨わせる。
「それが最大の課題だな。・・・私に考えがある。
あるいは、イグレシアの脳波データが役に立つかもしれん」

懐から取り出した端末を、バーンズの前に差し出す。
「イグレシアは、認知こそ歪んでいるが
情緒そのものは安定している。
命令には極めて忠実であり、こと集団戦闘においては
その並列処理能力を活かして十分な成果を挙げつつある」
「言うねぇ。親バカだけでもないのはわかっちゃいるが」

端末を操作して、脳波の変遷を記したグラフを表示する。
「それは恐らく、彼女の調整計画全体が私という
単一の立案者の手でコーディネートされているが故だ。
これは、モニタリング開始時、すなわち学習開始前の
いわばバニラの状態の頃の脳波だ。
何もインプットされていない、
最もフラットな波形サンプルと言える。
これをウズラマ嬢の脳波と重ね合わせることで、
彼女の脳波の偏位を顕在化させられるはずだ」

ほらね、とばかりに示された複雑怪奇なグラフを見ても
いまいちピンと来ず、バーンズは後頭部を掻きむしる。
「・・・頼まれたことは大体なんでもこなす便利な
バーンズさんだが、専門はあくまで機体側だぜ。
なるべく簡潔に頼む」
さもありなん、と頷いたオーベルシュタインが
こめかみに右手を添え、暫し黙考する。

「バーンズ、ゲームはPCで嗜む方か?」
「おっと?これでもバーンズさん、フォーミュラフロントじゃ
ルビコンではトップクラスのランカーだぜ。
特にアセンブル拡張系のMODに関しちゃ界隈では
ちょっとした有名人なのよ。スタビライザーMODの
空力演算、あれ俺。他にもなぁ・・・」
「それだ。今のウズラマ嬢は、試作品のMODを
次々に放り込んだ結果、バグを引き起こしたのだが、
どのMOD間で競合を起こしているのかがわからなくなっている」
話が長くなりそうな予感を察知し、無礼を承知で
オーベルシュタインは割り込みをかける。

例え話はうまく通じたらしい。
露骨に面倒くさそうに顔を顰めたバーンズが目頭を揉む。
「ええ・・・つまり、一個一個のMOD間の競合を
総当たりでチェックしろってのか??」
「残念ながら、そういうことだ。
ウズラマ嬢は、ファクトリー本部、すなわちミズ・オブライエンの
要請で新たな機能を次々に投入した結果、それらの間に起こった
競合がバグを誘発しているものと推測される」
オーベルシュタインが操作する端末には、これまで
ウズラマに施されてきた施術の履歴がずらりと並ぶ。
専門家の目から見れば、恐るべき量と煩雑さだ。

「ちょいちょい。そんなデータ、社外で出していいのかよ」
「無論、よくはないが。基地内でできる話でもあるまい」
自然と、話し合う声も小さくなる。
「手間がかかるのは百も承知だが、成果は大きい。
バグの発生源を特定できれば、具体的な対策を講じられる。
彼女の負担は軽減され、本来のパフォーマンスが
十全に発揮できるようになる。それだけではない。
そもそもの手術計画に誤謬が潜んでいたことが立証できれば、
実地で成果が上がらぬことを現場の責任として
追及すること自体が無理筋であるとも証明できるだろう」

無理難題を押し付けておいて、うまくいかない原因を
全て末端に求めようなどと、真っ当な組織ならば
厳に戒められて然るべきだ。
「検体の安全性が確保されるまで、
ファクトリーからの強化手術への干渉を取り除いた上で、
彼女の精神面の安定化を優先した手術計画を組み直す。
メンタルさえ復調すれば、彼女には
自らの価値を証明する力がすでに備わっているはずだ」
アーキバスが、真っ当な組織かどうかはさておいて。

「それは・・・かなり危ない橋になるぜ。
しかもおっそろしく手間がかかる。
演算リソースはどこから持ってくるつもりだ」
本来ならば、今もなお裏切りの責任を追及されている
傘下企業の出向社員が踏んでいい轍ではないだろう。
「それこそ、演算の並列処理はイグレシアの得意分野だ。
彼女にとってもいい頭の体操になるだろう。
有用なデータが得られれば彼女自身にもプラスになる」
一見無愛想なオーベルシュタインの口角が、
ごく微かに微笑みを形作る。

「恐れ入ったぜ。ちゃっかりしてやがる。
あとは・・・あのお姉様が、ライバルにどこまで情報を
明け渡してくれるか、だな」
懸念は共有されていたらしく、バーンズの言葉に
オーベルシュタインも深く頷く。
「それについては、恥ずかしながら自信がない。
無理強いするつもりは勿論ないが・・・
君の力を借りられれば、心強い」

そこで言葉を切って、オーベルシュタインは席を立つ。
「今日はここまでにしよう。
君も指摘した通り、本社に楯突く危険な賭けだ。
返事を聞かせてもらうのは、ゆっくり考える時間を
確保してからでなければフェアじゃないだろう」
マスターに会計を頼もうとしたオーベルシュタインの前に、
追いついたバーンズがずずいっと割り込む。

「なかなか面白い話を聞かせてもらったからな。
今日はこのバーンズさんに奢らせてくれ」
では、とマスターが差し出した会計票を見て、
バーンズは咳払いを一つ。
      • 酔って目が虚になっているのだろうか?
ゼロがいくつか増えて見える。

「・・・すまんが、今日のところはツケにしといて貰えるか?」



関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年01月16日 18:20