情報ログ -文章データ:被験体番号E128-YL2経過観察日誌-
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+ 文章データ:被験体番号L404-EN4の日記1
文章データ:被験体番号L404-EN4の日記1

残骸から抜き取った文章データ
アーキバスの強化人間手術被験者の日記のようだ
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oo月xx日
 新しく生まれ変わった私の生体脳には、
 E128-YL2……つまりご主人様の戦闘補助AIが、
 人格データごとインストールされています。
 素体人格と脳波パターンが大きく異なるため、
 適合に146時間11分36.7秒を要しました。

 ログによれば……
 ご主人様は、私がアンプルの適合までの拒絶反応で血まみれになって倒れているのを発見し、
 エリカ先輩やステラさんの手を借り、いち早く処置室へ運んで行かれて、
 そこから、何とか私が活動できるように追加で調整していただけたようです。
 おかげで経過は良好です。
 下がった視力だけは、どうにもなりませんでした。

 神経伝達物質の調整により正常な判断力を取り戻した私は
 AIの補助で生体脳の記憶を出力し、ログに変換して、
 それまでの所業を改めて認識しました。
 結局、私が求めていたのは、金の卵とそれを産み、
 私を肯定してくれる従順なガチョウであって、
 鶉丸小夜……ご主人様という一人の人間ではなかった。
 最低だ。
 罰せられるべきは、私だ。

 起き上がるなり、急ぎ、各方面へ対面で謝罪しました。
 こんな私を、ご主人様をはじめ皆さんは許してくださいました。
 色々な方々が「何かあったら相談して」と言ってくださいました。
 あのステラさんまでも。
 一部の方々が「今更謝られても」「それで済む問題じゃない」と仰るのも当然です。
 結局、処分についてはサリエリさんの口添えで、ご主人様に一任される形となりました。

 小部屋で、ご主人様の指示で私の過去について包み隠さず全部話しました。
 一切の交友関係を禁じられていた事。
 勉学と習い事、家事手伝いで毎日忙しかった事。
 クラスメートにいじめられても両親は「忙しいから学校で何とかしろ」と絶対に助けてくれなかった事。
 私物は全て親が管理していて、許可しない物はたとえ貰い物でも捨てさせられた事。
 隠し持っていた物は庭先に並べられ、父親に銃で破壊された事。
 いろいろありました。
 だからといって、私がご主人様に同じ事をしていい理由にはなりません。
 本当に酷い事をしてしまった。

 話しながら泣き崩れた私を、ご主人様は優しく抱き締めて、頭を撫でてくれました。
 かつての私は、ご主人様にこれをしてあげられなかった。
 何度も、何度も追い詰めて、
 助けを求めるその声を無視していた。
 成果が出せるようになってからでは、遅すぎた。
 ついには、嘘の日記を書かせるまでに、思い詰めさせてしまった。
 だから、そんな自分が許せなくて、
 我慢できずに、およそ20年ぶりに泣いてしまいました。

 泣いて許されるものではないけれど、
 何度も謝り、罰を望む私の唇に、ご主人様はそっと人差し指を当てて、
「もう大丈夫。ここにいていいんだよ」って、
「私こそ、肝心なとき閉じこもって話ができなかった。ごめんなさい。これからは、みんなで話し合おう。仲直りしたい」って微笑んでくれたのが嬉しくて嬉しくて、
 それを嬉しく思う自分自身があまりにも恥ずかしくて、
 ますます泣いてしまったのでした。

 ……おかしな事だと思われるかもしれないけど、
 私はご主人様の人格データを借りた事で、
 ようやく本来の自分になれた気がします。

 今後、研究所は順次閉鎖していきます。
 希望者だけが、実験を受ける形になるそうです。
 だったら、私が礎になります。
 あんな目に遭うのは、もう私だけでいい。

 それからご主人様に許可を得て、
 これまで使い捨ててきた被験体の皆さんのお墓を作りました。
 膨大な数だったから、作業用MTを借りました。
 時間は掛かったけど、皆さんが受けてきた苦痛に比べたら、
 これでも償い足りないくらいです。

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文章データ:被験体番号L404-EN4の日記2

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oo月xx日
 本日は、ご主人様のご両親も研究所にお見えになり、皆で食事会をしました。
 私の両親は惑星外のそれぞれの職場の最寄りにある再教育センターへ送られたので、
 もう二度と会う事もないでしょう。

 ご主人様より「私のお姉ちゃんになって」との指示を頂きました。
 口調も、かしこまらないでいいと。
 それから、悪い事をしたら叱ってと。
 私は「他に適任者がいるのでは」と問いました。
 ご主人様は「代わりなんてどこにもいるわけない」と、
 目に涙を浮かべながら、私をまっすぐ見つめて仰りました。
 そう……私へ、もう一度チャンスを頂けたのです。

 思うに、これこそが罰なのかもしれません。
 本当のご主人様なら私を絞め殺したいくらい憎くても仕方のない筈なのに。
 私は、かつて私がご主人様の精神に手を加えて歪めたばかりに、
 こうして姉を名乗る事を赦されてしまった。
 決して消えない罪悪感を胸に抱えたまま、私は姉になる。

 それなら、今度こそご主人様……小夜を、幸せにするんだ。

 お姉ちゃんは学びました。
 もう、勝手に何かを「してあげる」なんて考えちゃ絶対にダメだと。
 これからは何をするにも、ちゃんと話し合おう。

 明日には養子縁組の手続きと、改名の手続きをします。
 私の新しい名前は、鶉丸伶奈。
 小夜が私のために「レナという響きなら西洋人の顔立ちでも違和感ないでしょ?」と考えてくれました。

 よし。
 お姉ちゃん頑張るぞ。

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文章データ:被験体番号L404-EN4の日記3

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oo月xx日
 ヴァージニアさんの取り寄せてくれたお洋服を着て、
 今日は小夜とエリカ先輩と三人でお買い物に行きました。
 髪が真っ白になっちゃったから、どんな服が似合うか悩みました。
 もともと、私服を殆ど持った事もなかったし……
 でも、みんな髪が真っ白だから、お揃いですね。
 お金は私が出すと言ったら、
 小夜に「お姉ちゃんお小遣いくれたでしょ」と断られちゃった。
 一緒に映画館へ行ったり、初めての経験がたくさんありました。
 封鎖機構が撤退してから、このルビコンには
 様々な娯楽施設が急激に増えました。

 あちこち回って荷物持ちもしましたが、
 そこは強化した身体。ちっとも疲れてません。
 小夜も同等のスペックの筈ですが、
 部屋に戻ると笑いながら「疲れちゃった」と、私に膝枕を求めました。
 もう。甘えん坊さんなんだから。思わず笑っちゃいました。
 もちろん私は快諾。

 エリカ先輩も少し物欲しげにしていたので手招きしたら、
 私の肩に頭を乗せて目を閉じました。

 今、二人分の寝息が、すぐ近くで聞こえています。
 なんだか、私なんかには勿体ないくらい穏やかな時間です。

 そういえば、特定条件下で神経伝達物質が分泌される機能は、私には無いみたいです。
 元の生体脳にあった感情が、そのまま出力されています。
 そうだよね……小夜はあの機能、大嫌いだったもんね。
 私には、復讐しないでいてくれたんだね。

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文章データ:被験体番号L404-EN4の日記4

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oo月xx日
 今日から待機期間が終わり、
 小夜とエリカ先輩と共に、ヴァージニアさんの下に配属になります。
 今後はアリーナに専念し、作戦行動への出撃は一切無いと通達がありました。
 私達3人は、忙しいヴァージニアさんに代わり、
 アリーナでアーキバス製品を宣伝する事になります。
 ヴァージニアさんは以前よりも優しく、私にそう伝えてくれました。

 私は以前のように企業に評価される事に執着しなくなりました。
 私を私たらしめていたあの芯は、
 いや……芯と私が思い込んでいただけの妄執は、
 私だけでなく周りの人までをも蝕む呪縛でしかなかった。
 それに気付けたのは、小夜のおかげです。

 そういえば、バーンズさんが抱えていた箱からこぼれ落ちた工具を手で拾って渡したら、
 ものすごく驚かれました。
 思い出せないのですが、以前の私は同じような出来事があっても素通りして、バーンズさんに声を掛けられたら、
 工具を蹴飛ばして寄越していたとか。
 エリカ先輩に確認してみたら、確かにそのようにしていたようです。
 しかも「私は忙しいので、ご自身で拾われては? こぼれるほど入れる前に、やる事があったでしょう」などと嫌味まで言ったとか。
 最低だよ、私……全然覚えてなかった……
 これからはもっと丁寧に接していこう。

 でもステラちゃんが「このひと下品な事しか言わないから塩対応でいいよ」って言い出した。
 私が記憶しているより、ずっと打ち解けているみたい。

 今まで自分の事ばかりだったから、もっと周りを見る練習をしないといけませんね。
 元開発者として断言しますが、戦闘補助AIは、対人関係の改善には寄与しないんです。

+ 文章データ:被験体番号L404-EN4の日記5
文章データ:被験体番号L404-EN4の日記5

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oo月xx日
 小夜がヴァージニアさんと泊まり込みの会議で留守にしていて、
 今日帰ってきました。
 私はエリカ先輩改めエリカちゃんと、やっとの思いで作り上げたチーズケーキを飾り付けました。
 エリカちゃんと二人で話し合って、作りました。
 ちゃん付けはお互い慣れていないけど、きっとそのうち慣れる筈。

 私の生活能力は元々そんなに高くなくて、
 最低限の物しか持たない生活だったし、
 ごはんも携帯食とサプリメントと栄養剤ばかりでした。
 加えて、他人にも「これがあれば充分でしょう?」と言い放っていたほど。
 だから、小夜の好きな食べ物とか、興味を持った事もなかった。 
 私の生体脳はプロテクトされていて、
 アーカイブからのダウンロード機能はありません。
 つまり完全にゼロからのスタートという事……
 みんな、こんなに大変な事を毎日のようにやっていたんだ……
 でも、小夜もエリカちゃんも、かつての私とは大違いで、
 一つずつ丁寧に教えてくれますし、急かさず待ってくれます。

 チーズケーキのプレゼントは大成功。
 失敗作の山は再利用しました。
 二日で食べきれる筈。それまでに小夜に見つからないといいな……

 帰ってきた小夜から、新事業について聞きました。
 戦闘には関係ない、ファッションのための技術。
 かつての私の研究所の跡地を再利用するそうです。
 スタートメンバーには、あのステラちゃんも立候補したとか。
 いなくなりそうだったのに、どうやって説得したのかな……

 ……私の残した、私の残してしまった呪いの数々は、
 小夜の手で生まれ変わっていく。
 私の贖罪に巻き込んでしまった負い目はあるけど、
 それでも、赦してもらえた。
 私は、今度こそ隣で支えてみせる。
 今度こそ、本当の姉として。

 小夜。
 ありがとう。
 私に「生きて」と言ってくれた。
 やり直すチャンスをくれた。
 私の撒き散らした呪いを、穏やかな笑顔に変えてくれた。
 かつての私が犯した罪は、残りの人生全てをかけて、償う。

 愛してる。

+ 文章データ:あいつの墓前で読んでくれ
文章データ:あいつの墓前で読んでくれ

端末から抜き取った文章データ
送信者はステラと署名されている
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 レナさんへ。
 ウズラマから話は聞いたよ。
 寝言で「罰して」と泣き出すくらい、思い詰めているんだって?
 私も悩んだし、気まずいし、どう接していいかわからなかった。
 私にしてみれば、解析結果がどうであっても
 あんたはレナさんであって、エヴァレットじゃない。
 肉体と記憶を引き継いで業まで押し付けられただけの、全くの別人だ。

 だから、それを前提として捉えてほしいんだけど……

 あの時、私はエヴァレットを助けるつもりはなかった。
 ウズラマが「お姉様が死んじゃう!」って泣き付いてこなかったら、
 ゴミとして放り投げてやろうかとすら思った。
 人を人とも思わず、独善的に支配して管理する事を愛などと言って……
 もっと早くに告発して、エヴァレットを再教育センター送りにでもしておけばよかったと後悔している。

 悪いけど日記も読ませてもらった。
 あいつ酷いんだよ。
 最後まで自分がどれたけ可哀想な奴なのかをこれでもかと書き連ねて、
 周りをとにかく悪し様に扱き下ろしたりして、
 揚げ句に、自分で勝手に作ったウズラマの虚像に夢を見たりなんかして!

 隣で読んでいたウズラマが泣き崩れたのは、想像できるだろ?
 レナさんが目覚めるまでの間も、
 今までにないくらい泣き叫んでいた。
 他でもない、エヴァレットに聞かせてやりたかったよ。

 レナさんが罪を背負う必要なんてない。
 でも、私もそうそう割り切れるほど大人にはなれなかった。
 ぶっちゃける機会をもらえた事は感謝している。

 アリーナ専属にさせたのは、私とオーベルシュタインさんでヴァージニアさんに頼んだ。
 ウズラマも、エリカも、本来は誰かを殺すために銃を取るべきではない人達だ。
 穏やかな日常を送るべきだった人達の身体に、
 それも脳に手を加えるなんて、私は許せない。
 強くなりたいと願った人達だけが、本人の希望する手術を受けるのが筋だ。
 バルデスには「甘すぎる」って言われたけど、これは絶対に譲れない。
 地獄で見ているか? エヴァレット。
 お前の親の代から受け継がれた何もかもを、
 文字通り奪い去って、塗り替えてやる。
 満足した?
 それなら、恨み節終わり!


 ……私もウズラマの手伝いをするよ。
 手元が狂う訳じゃないにしたって、叩けば治るにしたって、
 いきなり変な事を言い出す人に、
 スタッフがちゃんと付いてきてくれるかどうか心配だし……
 エリカは見ての通りだ。まだ、人間らしさは取り戻せていない。
 私なら、まだ話しやすいと思うから。

 それに……ウズラマがいてくれたから、
 今の身体になったのも悪くないなって思えるようになった。
 私は、あの子の夢を支えるよ。
 今度は同僚兼友人として。
 あとは、アドミンの防衛側として。
 有事の際は任せて。

 それじゃあまたね、レナさん。
 今後ともよろしく。

 追伸:
 ちゃんと姉妹で仲良くしてよ!
 仲裁はもう御免だからね!

登場人物





関連項目




1/25 完結

投稿者 冬塚おんぜ
最終更新:2024年01月25日 12:21