天道是邪非邪

 ―――司馬遷






 グリッド135の大豊核心工業集団居住区の歓楽街の外れ、数ある馴染みの屋台の一つで白毛は熱燗を飲みながら首を捻っていた。
 記憶も定かではない老人である白毛が首を捻ることは間々あることで、今回も自分の覚えていない事柄について悩んで首を捻っていた。
 屋台の椅子に胡坐をかいて熱燗だけ頼んで飯も食わずにうーんうーんと言っているので、馴染みとはいえ屋台の禿頭親父も口をへの字に曲げている。この爺、客としては回転率が悪い。


「なぁに悩んでんですか白毛の旦那。また間男になっちまったんですかい?」

「間男になるくらいでこんなに悩んでたら儂死んじまうわ。……いやあな、この間、よう知らん爺さんに大哥呼びされたんじゃよ。白毛大哥っての」

「古馴染みっぽいですな」

「古馴染みっぽいじゃろ」

「んで、爺は覚えておらんと」

「さっぱり覚えておらん」

「そりゃあんたが悪い」

「んや、儂にもいろいろあったんじゃから仕方なかろ?」

「いろいろあっても古馴染みを忘れるんなら悪いのはあんただろ」

「むむむ」

「むむむじゃねえが。つか飯を頼めい、飯を。ウチの葱油餅を頼め」

「んじゃ春巻き」

「それは隣の隣の商売敵のもんだボケェ」


 わざとやってんな、と店主の親父は禿頭まで真っ赤にしながら作り置きしてた葱油餅をもう一度焼き温め始める。
 なんてことはないネギを具にした油餅である。ここの親父の屋台の葱油餅は使ってる脂が悪いのか変なところから仕入れているのか、腹に負担がかかるので白毛はあんまり食べたくなかったのだが、こうして焼かれてしまうとなんとも断りづらいので食べるしかないらしい。
 面倒じゃなぁ、と白毛は屋台のカウンターに肘をついて唇を尖らせる。面倒なのは自分を「白毛大哥」と呼んだあの車椅子の男のことも面倒の一つだ。
 白毛はよく覚えていないし記憶する気概もないが、白毛は第2世代強化人間技術取得計画≪三新計画≫で生み出された強化人間の一人だ。一人と言うことはつまるところ、他にもいる。白毛が含まれるのは≪三新計画≫の中でも第一工程に属するC201-1工程≪三新型≫であり、この工程で生み出された強化人間は重度の後遺症持ちが多く、かくいう白毛も生体CPUじみた箱入りとなりACから外されると死ぬような状態となっている。その中の生き残りは、非常に少ない。皆が皆、白毛のようなろくでなしではないが、なにかしらの後遺症やコーラルによる焼き付きで脳機能に障害を負っている。年齢もあって自ら会社に処分を申請する者も過去には少なくない。
 車椅子の男は、白毛が記憶している≪三新型≫の生き残りのどれとも一致しない。ならば≪三新計画≫の第二工程、C201-2行程≪三普型≫の奴らかとも思うところだが、C201-2行程≪三普型≫は基幹がコーラル技術ではあるがその他は大豊の技術でなんとか見繕ったタイプなので、今に至るまで生き残りは体外パッケージを身に着けているものだ。調整によってそれを無くした奴もいるが、なんにせよあの男はそういう匂いがしなかった。
 じゅうじゅうと油をさらにぶっかけられる葱油餅を眺めながら、白毛は熱燗を口に運んでぐいっと飲む。喉にすっと入り込む心地よい温度まで温くなった酒が腑に落ち、溜まる。


「儂、探しもん苦手なんじゃよ。この前なんて部屋の明かりのリモコン無くして、おっぱじめるのに灯り消せんくて愚痴られたんじゃから」

「そういうのは若いもんに丸投げして楽するのが年寄りの仕事でしょうがい」

「うーん………そうじゃな、儂が悩まずとも誰か悩ませればいいわけじゃ」

「言い方よ、言い方。ほれ、葱油餅」


 皿に油ぎっとりな葱油餅を載せて出す禿頭の親父に、白毛は端末でぽちぽちと支払いを済ませながら、


「これ持ち帰りにしとくれ」


 と言って、次の瞬間、その白い頭を平手で引っ叩かれた。













 後日、まるで戦車が二足歩行しているような見た目の大豊製ACが並ぶ格納庫で、白毛は整備員たちと麻雀をしながらしかめ面のローモンドの視線を受けていた。
 手慣れた様子でパチパチと麻雀をしている白毛だが、麻雀のルールを知っている者が見ればその手はわけがわからないものばかりだ。整備員たちはその気分と直感打ちに慣れているので普通に打っているが、ローモンドからすればこの爺の打ち手はなんでそうなるの連続だった。自分がやる卓なら入れたくないと思うレベルである。
 とはいえ、ローモンドがしかめ面をしているのはそれが理由ではない。他の理由からだ。


「≪三新計画≫の生き残りとMIAのリスト作成なんて、俺じゃなくてもできませんかね?」

「じゃと思ったから三代目と蘇華龍に言ったんじゃが、どっちも忙しゅうてやれんと言われたんじゃ」


 実際のところは内政と外交で忙しい三代目、普通に≪金剛≫の仕事で忙しい蘇華龍の二人に睨まれてすごすご退散しただけだが、白毛はそれについては触れない。


「俺だって出向社員だし、家族だっているんですが?」

「大豊機戦傭兵隊≪金剛≫隊長、直々の任務じゃと思ってええ感じに頼むわい」

「そういう時だけ〝暫定〟って言わないのズルいですよ」

「自称暫定なんじゃからある方がおかしいんじゃ」

「はぁ……、それで、いったいなにが目的なんです? 同窓会名簿を作るわけでもないですよね?」

「ちぃと古馴染みっぽい奴に出会ったんじゃが、記憶にないんでな。それを探して欲しいのよ」


 てし、とまた適当に牌を捨てて見事に上がられながら白毛は唇を尖らせる。
 ローモンドからすれば何の得にもならない調べものだが、とはいえ、無下にするのもどうなのかという問題もある。なにせ目の前のガキ老人は文字通り大豊機戦傭兵隊≪金剛≫隊長なのだから。
 ともなれば、吹っ掛けてみるかとローモンドは牌をぽいぽい適当に拾う白毛に言う。


「じゃあ家族で行ける美味い飯屋、紹介してくださいね」

「そんくらいなら安いもんじゃ。何、ベイラムの出向なんじゃしこっちも正面からあれこれは言えんじゃろ」


 にやにやと笑いながらまた麻雀をし始める白毛と、それ本人に言うことかと苦笑する整備員たちを背に、ローモンドはため息をつきつつその仕事に取り掛かることにした。
 まずは、人事データのあるところに足を運ぶところからだ。ベイラムの出向社員はこういう時になにかと便利なのだ。多分。おそらく。きっと。
 麻雀は白毛がボロ負けした。そして後日、白毛がローモンドに頼みごとをしたという話はいつの間にか蘇華龍にまで伝わっており、ならばということでローモンドの代わりに白毛が出撃することになった。













 数週間後、白毛はほとほと疲れていた。ローモンドに仕事を振ったのなら埋め合わせということで、溜まっていたグリッド051の試合消化と、≪壁≫への突撃便を一便こなした後だった。
 出撃しては整備、出撃しては整備の繰り返しで、もはやどこにも行く気が起きず、それでもなにか飯が食いたかったので蘇珊華からこの前聞いた出前配達サービスなんぞを慣れない手つきで端末を弄繰り回して頼んでみたが、十数分後に届いた飯は冷たくなっていた。頬をぷくっと膨らませて歩くたびに地団太を踏むようにのし歩く白毛は近場の食堂で冷えたビビンバを温めなおしてもらって、ぶつぶつとなにか言いながら白湯を注いで、しばらく不機嫌そうにビビンバをぐりぐり掻き回した後、ゆっくりと白湯を間に挟みながらそれをもぐもぐ食べ始める。美味かったのか、不機嫌そうな顔は徐々にいつもの緩い表情になっていき、最後に温かい茶を飲むころになると飯を食う前に出していたピリピリとした雰囲気はどこかへやら吹っ飛んでいる。
 自分の幼少期など本当にろくに覚えていない白毛だが、なんとかして温かい飯を食おうという衝動のようなものは覚えている。それはまともな仕事をしたいとか、金がどうとかというものではなく、ただ温かい飯が食いたいという飢餓に似た衝動でもある。ひもじい、という言葉が語感的にも一番近いのかもしれない。ろくでなしなりのろくでもない産まれなのだろうと白毛自身も思っているが、そのろくでもない産まれなりにも食いたいもんがあったのだ。


「……忘れちまった方がええこともあるっちゅうに、今度は忘れるんが悪いとくるんじゃもんなぁ」


 はあ、と嘆息を挟み、白毛は茶を飲み、食器を片付ける。
 片付けながら、白毛は苦笑する。何も背負いたくなくとも、いつの間にやら背負いこんでいるものが多いことよと。
 白毛は、ただ生きている。ただ生きて生き延びるだけで、白毛は白毛と言う銘柄を背負いこんでいる。どのこ馬の骨とも知れぬ浮浪孤児の成り上がりに、よくもまあと思わんでもないが、思ったところで今あるこの環境以上が手に入るものでもない。望めるものでもない。そんなことで怒る気力はとうの昔に使い果たしてしまっていて、今はただやりたいことをやりたいだけなのだ。それくらいならば、誰もなにも頭ごなしに矯正しようとはしない。
 ただ、これが俗にいう人並みの幸せなのか、白毛は考えもしない。気分が概ね良いことは確かだ。時たま、今日のように機嫌が悪くなることもあるが、それはそれで思い切り機嫌を悪くして後に残らないようにしている。考えていないなりに処世術が白毛にはある。こんなろくでなしでも不思議と好かれ、愛されるのは、そういうところでもある。白毛がそれを意識したことなど一度もないが。
 腹も満たして機嫌も治り、白毛はとてとてと歓楽街に足を向ける。しばらく歩いていると、端末に着信があり、ローモンドに頼んでいたリストが完成したとメッセージがあった。今すぐ確認する気分にはなれず、白毛は既読してスルーする。


「しかしなあ、誰かさんよぉ」


 ポケットからいつものお気に入りの金縁の丸サングラスを取り出して、それを掛けながら白毛は一人ぼそりと呟く。


「儂ぁ、大哥(兄貴)なんて呼ばれる人間じゃったんかの」


 特に落ち込んだ声音でもなく、浮ついたものでもない。
 それでも本人にとっては一段落つけたつもりの言葉だったらしく、白毛はにやにやといつもの笑みを浮かべ、上機嫌で歓楽街に入っていった。






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最終更新:2024年02月03日 19:16