ベリウスの朝は、季節を問わず常に暗い。
それでも、薄明を照り返す万年雪のおかげで、
ブラバンソンが足元を見誤った事はついぞなかった。
洗濯場と物干し台を6往復。
仲間達の衣類を掛け終えたら、子供達に
白湯と乾パンを配り、朝ごはんの時間だ。
白み始めた空に、皆が吐き出す息が白く立ち上る。
この時間の清冽な空気が好きで、
ACパイロットに登用された今も
洗濯係を引き受け続けている。
もっとも最近では、理由はそればかりではないが。
乾いたばかりの衣類の籠を手分けして背負い、
それぞれの持ち主の元へと運ぶ。
下働きの孤児達のリーダーであるブラバンソンが、
部隊の最重要人物を担当するのは必然である。
油と鉄の匂いが満ちる格納庫には場違いな柔軟剤の芳香が、
眠りについた巨人の列の間をまっすぐに駆け抜ける。
目指すは、その最奥に佇立する暗紫色の痩せた機影。
「ウォルフラムさん!お洗濯あがりました!!」
タラップを駆け上りながら、今もコックピットに
引き篭もっているであろう
『ウルヴス』の首魁に声をかける。
その姿を見ていたのだろう。
目の前でタイミングよく解放されるコックピットから
漏れ出す空気を、ブラバンソンは密かに深く吸い込む。
灰皿に積まれた燃え殻から溢れる煙草の濃い紫煙。
ずっと風呂に入っていない体から滲み出す汗と体臭。
長時間稼働し続けた内燃型ジェネレータの焼け焦げた匂い。
狭い空間に充満していた強烈な悪臭が一度に押し寄せる。
整備兵達が揃って顔を顰めるこの匂いが、
ブラバンソンは不思議と嫌いではなかった。
どす黒い隈で縁取られた、光を吸い込む暗い瞳よりも
はるかに雄弁に、目前の女性の生命を実感させてくれるから。
「お疲れ様です。お着替えをお持ちしましたから、
いい加減お召し物を交換してくださいね。
ああ、待って!今は脱がないで!!」
無言で咥えタバコを灰皿にねじ込み、パイロットスーツを
はだけたウォルフラムを慌てて止めたところで、
乗機パープルヘイズの通信機からの音声が響いた。
「あ〜、やっぱりここだったか。
よぉウォルちゃん!相変わらずひっで〜ツラだな!」
モニターに現れた眼帯の女性は・・・
確か、
サムノッチさんだ。
キャンプ・カンネーの駐在さんからの連絡とは珍しい。
仏頂面のウォルフラムがじろりとモニターを睨む。
「要件はなんだ。どうせ碌な事じゃないんだろ」
「へっへぇ、ご明察〜〜〜!
ちょっちウチらの戦力だけじゃー
どーにもなんない用事ができてさぁ〜・・・
腕っこきを何人か、こっちに寄越せない??」
なんでもない事のように言ってのけるが、
要するに相当な荒事の依頼だ。
「・・・一つ、貸しだぞ」
フン、と面白くもなさそうに鼻を鳴らしたウォルフラムが、
流れで話を聞いていたブラバンソンの方をちらりと見遣る。
「まずは・・・お前、行ってみるか?」
実を言えば、ウォルフラムから
話しかけられたのはこれが初めて。
うっかり頷いてしまったブラバンソンは、
やはり少し、浮かれていたのかもしれない。
───
「で?俺らがこの犬コロの散歩を押し付けられたってか?」
やってらんねぇぜ、とでも
言わんばかりの
オオグチの話しぶりに、
ブラバンソンが申し訳なさげに身を縮める。
「まぁまぁ。いいじゃありませんか、ルシャール。
この子は役に立ちますよ。
『半人前だが、少なくとも邪魔にはならない』
貴方もそう言っていたでしょう?」
にこやかに仲裁する
ヒアリング・ルルーアンの言葉に、
オオグチが目に見えて狼狽する。
「おい!?よせよ姉貴!!
本人に聞こえる所で言うモンじゃねぇだろ・・・
「あ、ありがとうございます・・・!
お二人のお役に立てるように頑張ります!!」
思いがけぬ嬉しい評価に、
ブラバンソンも些か食い気味である。
「バァ〜カ、ガキが張り切ってんじゃねぇ!
てめぇは犬コロらしく俺らのケツについてくりゃ
それでいいんだよ」
三人とその乗機を積載した輸送機の上に、
バスキュラープラントが作る巨大な影がかかる。
大気圏の辺縁まで高く伸びた桁違いの威容も、
今ではドーザー達の格好の餌場である。
だが・・・技研の遺した巨大構造物には未だ、
未知の危険が数多く眠っている。
「宝探しに励んでた独立傭兵から
つい3時間ほど前に救難信号があってね〜・・・
一緒に映像が送られてきたんだけど。
まぁ、見てみてちょーだい」
サムノッチの緊張感に欠ける口調とは裏腹に、
再生された動画の内容は剣呑なものだった。
未知の遺失技術で構成された廃墟、
というべきバスキュラープラント内部の
独特の景観の中を、多足を備えた巨影が闊歩する。
その身に纏う深紅の光からも、その動力源は明らかだ。
撮影者の方に向き直った巨体が突如猛烈な勢いで
接近してくると共に、『オイオイオイ!!』と叫ぶ
少年の声を最後にブツリと映像が途切れる。
「これは・・・C兵器ですねぇ」
「だな。それも、とびきりのデカブツだ」
既知の機種であえて比較するならば、
近いのはシースパイダーだろうか?
ただしこちらは、同じ節足動物でも
蟹の類を彷彿とさせるシルエットだ。
多脚で支持されたボディから伸びる巨大な爪が
見るからに凶悪である。
「ま、仮に呼ぶとしたら『Cキャンサー』ってとこかなぁ」
我ながら安直だけどね!などと呑気にのたまい、
にししと笑ったサムノッチが作戦概要を説明する。
「コイツの爪はプラントの壁面も余裕でちょん切っちまう。
下手すると麓まで降りてキャンプをぶっ壊しかねない。
アタシらとしてもちょーっと放っとけないんだよね〜・・・
だから、プラントの内部でカタをつけて欲しいワケ」
輸送機はさらにプラントへと迫り、もはや眼前は
その巨大な壁面で覆い尽くされている。
遠目からでは平板な壁としか見えなかったそれも、
実際には複雑な凹凸を伴い、内部へと続く
無数の開口部が備わっていたことが明らかになる。
そして、プラントの自己防衛機能は未だ、現役である。
「もう十分です。お二人とも、発進しますよ!」
輸送機の運動性能では、迎撃を掻い潜るのは困難だ。
砲台の射程に入る前に、ACがカーゴから発進していく。
「お前のポンコツじゃ、真っ直ぐ飛んで
ようやく届くかどうかってトコだな。
いいか?余計なことは考えずにひたすら前に進め」
ブラバンソンにとっては初めてとなる空挺降下作戦だ。
オオグチのアドバイスに従い、浮遊感に狼狽えそうに
なりながらもなんとかアサルトブーストを起動、
バスキュラープラントへ向けて高速巡行に突入する。
その遅れさえも計算づくだったのか。
先んじて巡航に入ったルルーアンのルーフ・アイリスと
オオグチのゲッカ・アジサイが並んで先行し、
既にバスキュラー・プラントの迎撃圏内に突入している。
この距離ならば対空砲撃の類はまだ届かず、
ミサイルだけに集中するなら対処は難しくない。
「なるほど・・・ドーザー達が上空からの接近を
好まないのはこれの所為ですか」
それ以上の脅威として圧力をかけてくるのが、
高速で飛来する小型C兵器『
アラレズ』である。
「ジャマくせぇんだよ、ミジンコ風情がッ!」
直撃コースに入った一体にゲッカ・アジサイが
火力を集中するが、前面を厚く覆う
パルスアーマーに阻まれ有効打にならない。
「防壁は正面に集中しているようですね・・・
合わせますよ、ルシャール!」
最初の突撃をかわした時点で弱点を看破した
ルルーアンの言葉に、オオグチも即座に意図を理解する。
「なるほどな・・・!任せろよ姉貴!!」
大きく弧を描いてアラレズ編隊が再び迫るが、
プラントを目指す2機のACは進路を曲げない。
無防備な横腹を捉えた2機のアラレズが、
それぞれに異なる角度から姉妹に襲いかかるが・・・
「そこです」「もらったァ!」
同時に動いたルルーアンとオオグチが、
レーザーダガーの軌跡を交錯させる。
斬り捨てたのは、互いの側背を狙っていたアラレズだ。
互いの獲物と脅威の位置関係を把握し、回避と遊撃の
タイミングを一致させ、2人が互いの囮に、
伏兵になることで防壁の存在しない側面を突く。
双眸を分かち合った姉妹なればこその鮮やかな連携に、
ブラバンソンは目を見張る。
対処法を確立したルルーアンとオオグチはそのまま
プラントの壁面に到達するかに思われたが・・・
「いや、まだだ!オオグチさん・・・!」
撃ち漏らしたアラレズの一体がその側面に迫るのを、
ブラバンソンは見逃せなかった。
背後を捉えたその進路を阻めるのは彼だけだ。
バーストマシンガンをハンガーに預け、
握り固めた拳を打ち込んでアラレズの軌道を捻じ曲げる。
「色気は出すなっつっただろうが・・・バカ野郎!」
ひと足先にプラントに取り付いたゲッカ・アジサイが
振り向いた視線の先で、コンデンサが払底した
ブラバンソンの乗機、アップルヘッドが落下していく。
「諦めないで!ジェネレーターの回復を待って、
ホバリングで粘れば十分にたどり着けるはずです!」
ルルーアンの的確なアドバイスがブラバンソンの
命脈を繋ぎ止めた。
焦らず、スティックは前に固定。
コンデンサが復旧しても少し我慢だ。
容量が十分に回復するまで堪えた上で、
一定の間隔でブーストペダルを踏んで
消耗を抑えながら落下エネルギーを徐々に減殺する。
降下作戦の訓練を通して、必要な操作を頭の中で
整理していたことが幸いだった。
生死を分つ窮地の中、どうにか必要な操作を実行した
ブラバンソンも、どうにかプラントの壁面に到達する。
ただし・・・先着した姉妹とは
300m近い高度差ができてしまっていたが。
「やれやれだな・・・内部構造も分りゃしねぇってのに、
どうやって合流したもんだか」
ため息を吐くオオグチに対し、
ルルーアンは至極落ち着いていた。
「それなら大丈夫。私に伝手があります」
素早くスキャンモードを起動し、マッピングを開始した
姉の動きに迷いはなく、オオグチとしては
そんな姉に頼もしさを感じずにはいられない。
「また例の足長おじさんか?」
「いえ、それとは別口です。・・・ね、アイリス?」
意味ありげに愛機の名を呼ぶ姉の言葉はいかにも
思わせぶりだが、あえて疑念を抱くことはしない。
ヒアリング・ルルーアンが請け負うならば、
きっとうまくやってくれる。
「姉貴がそう言うなら、別に疑わねぇよ。
おい、犬コロ!勝手にくたばるんじゃねぇぞ!!」
不肖の妹はただそれを信じて、刃を振るうのみだ。
「わかりました!こちらもなんとか安全を確保します!」
応答してすぐに、ブラバンソンもルルーアンを倣って
スキャンモードを起動・・・したはいいが。
その有効範囲の狭さにブラバンソンは思わず肩を落とす。
アップルヘッドの頭部パーツは、惑星地表の広域探査を
目的とした廉価品であり、狭隘で入り組んだ地形を
走査するような状況は基本的に想定していない。
スキャン機能は最低限のものであり、
範囲の狭さだけでなく有効時間も絞られている。
それがために。
ブラバンソンは、接近する脅威をかわせなかった。
「しまった・・・!?」
気づいた時にはもう遅い。
跳び移った新たなフロアには数機の技研製MT、
ディノイザーが待ち構えていた。
「や、やるしかない・・・!」
単独での戦闘はこれが初めて。
どこまでやれるかわからないが、逃げ場はない。
兎にも角にも引き金を引くことだ。
迫り来るディノイザーの一機をロックサイトに捕捉するや、
ブラバンソンは手持ちの武装を一斉に連打する。
垂直発射型ミサイルは天井の構造物にぶつかって
無駄弾に終わったが、少なくともバーストマシンガンは
真っ直ぐに標的を捉えてくれた。
意外な活躍を見せ、敵機に止めを刺してくれたのが
左手に握ったスタンボムランチャーだった。
「あれ?この武器、こんなに当てやすかったっけ??」
先日、名も知らぬショップから届いた
アップデートキットを組み込んだせいだろうか?
目に見えて射出時の初速が速い。
広域に走る電撃は、MT相手ならばほぼ必中だ。
「うん。これなら、先手を打って敵を処理できる・・・!」
愛機の意外な頼もしさを発見したブラバンソンは、
平時の落ち着きを取り戻す。
周囲をよく観察して地形を把握。
残りの敵に闇雲に突っ込まずに遮蔽物に身を隠す。
頭上の射線が通る位置取りを確保し、再度スキャンを実行。
遮蔽物越しに残る敵機を把握し、垂直ミサイルを発射する。
先制攻撃が刺さるタイミングに合わせて跳躍し、
一瞬頭を出したところでスタンボムを発射。
その繰り返しで残るディノイザーも安全に撃破できた。
「一時はどうなることかと思ったけど、
意外と僕だって・・・」
いやいや、調子に乗っちゃダメだ!
僕みたいな新兵が下手に何かしようとしても、
ルルーアンさん達の邪魔になる。
とにかく安全を確保しないと・・・
などと自戒した矢先、スキャンに引っかかる未知のAC。
「やったな、逆流王女!お待ちかねの救援だぜ!!」
どうやら、向こうもこちらの存在を感知したようだ。
オープン回線から聞こえてきたのは、快活な青年の声。
「そ、その渾名だけはご勘弁頂きたい・・・!」
続いて、いかにも生真面目そうな女性の声。
「えぇ〜?直撃喰らったのはオレなんだぜ!
このくらいは勘弁しろよな!」
確か、通報してくれた傭兵は三人組で動いていたはず。
そして、今会話している青年の声は
記録映像の悲鳴とは違っている。
ともあれ、スキャンで確認した透視画像を頼りに
ようやく対面した救助対象の異形ぶりに、
ブラバンソンは密かに息を呑む。
片やは軽量とはいえタンク型でありながら
上半身の装甲がギリギリまで削られている。
武装も重量削減を意識して選ばれているらしく、
地上での機動性を最重要視していることが見て取れる。
もう一機は、それに輪をかけて異様だった。
四脚といえば四脚には違いないのだが、
軽量2脚と軽量逆関節を強引に繋いで
無理やり獣のような躯体を構築しているのだから、
およそ常識的な代物ではないだろう。
「おや・・・ブランドン殿!
まさか貴方が応援だったとは。
『ドーンブリンガー』の際には
ご注文ありがとうございました」
女性の声に、ブラバンソンは返答に窮する。
アップルヘッドに搭乗していた前任者が
最期を迎えた戦場の名に、彼が残した言葉を
また思い出してしまったからだ。
「・・・申し訳ありません。
ブランドン・キーツは先の戦闘で死亡しました。
今は、僕が・・・識別名『ブラバンソン』が
この機体を預かっています」
どうにか絞り出した言葉に、今度は相手の方が沈み込む。
「それは・・・すまない、失礼した。
そうか、君が件の『犬コロ』だな。
彼の望み通りになったのなら・・・
うむ。それがせめてもの手向けか」
独りごちた言葉に、ブラバンソンは引っかかりを感じた。
「彼の・・・ブランドンさんの望みって・・・?」
しかし、答えを得ることはできなかった。
「オイオイ!呑気だなぁアシュリー!?
補給が済んだなら戻ってくれ!
こっちはそろそろ限界なんだが??」
今度こそ、あの声だ。
Cキャンサーを発見した、まだ若い男性の声。
「すまんヴァッシュ!すぐに援護に向かう!!」
踵を返すアリオーンに、
シュトラウスのガストも続く。
「悪いな!早速だが君にも手伝ってもらうぜ!」
2体の高機動ACになんとか追いすがりながらも、
ブラバンソンは精一杯の声で返事を返す。
「もちろんです!そのために来たんですから!!」
迷宮のように入り組んだ遺構が、不意に途切れる。
プラントの中央に近づき、
大部屋の一つに行き当たったのだろうか。
いや、それにしても広すぎる・・・
いつもの癖で戦場全体を見渡し、
ブラバンソンはその元凶を発見する。
「あれが『Cキャンサー』・・・!?」
まさに蟹と形容するほかない重厚な巨体は、
優に全高100mを上回るだろう。
そして、その周囲を飛び回っているのが、
先ほどの通信の主だろうか。
逆棘を備えた巨大な脚の間をスライディングで抜け、
腹部の下に滑り込んだ群青の機体が
両腕のグレネードガンを叩き込む。
「これが本気のC兵器ってヤツか!?
硬ぇってレベルじゃねぇだろ・・・!!」
怒涛の炸裂弾10連射、それですらも、
Cキャンサーの甲殻には有効打とはならない。
技研が残したウォッチポイントの防衛機構、
アイスワームが備えていた電磁障壁。
それと同じ技術がこのCキャンサーにも使われている。
さすがにアレのような二重構造ではないが、
いずれにせよこちらの通常兵器では
ダメージが通らないのは変わらない。
これを破る手段を見つけられぬまま、
彼らは今に至るまで攻めあぐねる羽目になったのだ。
ガルブレイヴの至近で、キャンサーの腹部が開く。
すわ、好機到来か・・・と、踏み込んだ矢先。
「オイィィイイイ!?!?」
内部にびっしりと詰め込まれた炸裂弾が撒き散らされる。
咄嗟に発動したアサルトアーマーでなんとか凌げたが、
こんな手段が使えるのはあと一回だけだ。
「クッソ性格悪ィなオイ!
まだこんな隠し玉があったのかよ!!」
「だが、あるいはアレが狙い目かもしれんぞ、ヴァッシュ」
驚くべき加速で戦場に飛び込んだアリオーンが
ガルブレイヴに合流し、ミサイル弾幕で離脱を支援する。
「おおっとぉ!速さについてはオレも負けてないぜ!!」
シュトラウスも程なく合流し、アリオーンとは逆サイドから
持てる火力を叩きつけていく。
だがやはり、攻撃が効いている気配はない。
天面に備わったコーラルレーザー砲塔と
左右から伸びた棘から走るスパークによる反撃で、
3機は後退を余儀なくされる。
これの繰り返しで、結局埒があかなかったのだ。
弾薬類の損耗だけならシェルパを手配するにしても、
操縦者の疲労は如何ともし難い。
「こ、こんな化け物、どうすれば・・・」
間近に討伐対象の戦闘力を見せつけられ、
ブラバンソンは戦慄する。
未熟な新兵が挑むには、あまりにも強大な敵だ。
「ブラバンソン君だったな。君のスタンボムが頼りだ」
ヴィルに突然話を振られ、ブラバンソンは困惑を隠せない。
「ぼ、僕ですか・・・?」
「そうだ。電磁障壁は放電に弱い。
奴の装甲の隙間に刺されば、シールドは消滅するはずだ」
その提案に、少年は目を丸くする。
俄かに注目を浴びたスタンボムだが、
元はと言えば倉庫で埃を被っていた余り物だ。
用廃棄同然の数合わせのACならばこれでもいいかと、
仕方なく詰んだような武器だったのだ。
それなのに・・・
「ああ、頼むぜ!大丈夫だ。
お前の・・・アップルヘッドのボムランチャーには、
ウチの特製アップデートキットが
組み込まれてるんだからな!」
アップルヘッドに並び立ったガルブレイヴから
届いたヴァッシュの言葉は、さらに意外だった。
「えっ・・・!?
これ、ヴァッシュさんたちが作ったんですか?」
「正確には、発案者は君の前任のブランドン氏だ」
話す間にも、Cキャンサーは甲高い足音を響かせ迫りくる。
その顎部が解放され、発射されたコーラルビームの照射が
前方の広範囲を水平に薙ぎ払い、爆発を連鎖させる。
「彼は言っていたよ。俺のようなろくでなしにも
文句も言わず付き合ってくれるバカな子供がいるとな。
いずれ、その子にこの機体を譲るときのために、
なんとか少しでも性能を上げておきたいのだと」
大きく弧を描く軌跡を刻みながら回避した
アリオーンとガストが左右からの弾幕で
キャンサーの目を引く。
「オレたちが囮になるからさ!
お前が、攻撃の瞬間を狙ってスタンボムを
ハッチに捩じ込んでくれ!!」
シュトラウスの言葉に、ブラバンソンの腕が戦慄く。
あまりにも、重すぎる責任だ。
「・・・任せてくださいッ!」
震える手を硬く握りしめ、託された役目を果たすべく
ブラバンソンはペダルを踏み込む。
「ヘッ!いい返事だ!!
こっちも命懸けでやるからよ、外すんじゃねぇぞ!!」
跳躍したガルブレイヴが、キャンサーの正面に躍り出る。
最小限の動作でレーザーを掻い潜り、
反撃を承知で腹部の下へと潜り込む。
「───オラァ!撃ってみろよッッッ!!」
その挑発に応じるかのように、ガルブレイヴの目前で
炸裂弾を満載したハッチが解放されたのを、
ブラバンソンは見逃さなかった。
「外すもんか───!!」
放たれたスタンボムは確かに、開かれたハッチの奥へ
吸い込まれ、内部で電撃を放ってキャンサーの
内蔵炸薬を誘爆せしめた。
「やった・・・!」
小さくガッツポーズを決めそうになったブラバンソンだが、
アシュリーの冷静な一喝が冷や水を浴びせる。
「待て!まだ足りていない!!」
「え・・・!?」
その一瞬の油断が、明暗を分ける。
自らを脅かす武器を持つ敵機を、
Cキャンサーの左腕の鋏が拘束する。
そのパワーは凄まじく、装甲に食い込んだスパイクは
用廃棄同然の旧式ACをギチギチと猛烈な圧力で締め上げる。
それでも飽き足らず、高く掲げた標的を撃ち抜くべく、
顎部を開いてレーザーをチャージし始める。
「こいつッ・・・!!」
破滅を目前にして、
ブラバンソンは己の感情に翻弄されていた。
それは、彼自身が驚くほどの巨大な怒りだった。
「大事な機体なんだぞ!!
汚い手で触るんじゃないッッッ!!!」
ブランドンさんが託してくれた、僕の宝物なんだ。
こんなところで、壊させてたまるものか───!!
飛距離と弾速が大幅に強化されたスタンボムは
レーザー発射口を直撃し、
迸る放電がキャンサーの体内を駆け巡る。
今度こそ、確実に効いた。
機体を覆う電磁障壁が激しい雷光を放ち消失する。
最後の悪あがきとばかり、元凶たるジャンク機体を
叩き潰すべく左腕を振りかぶるキャンサーだが。
「合わせて、ルシャール!」
「言われなくても・・・外すか、よッ!!」
同時に振るわれる二振りの光剣が軌跡を重ね、
交差する一瞬の内にキャンサーの左腕を根本から斬り飛ばす。
「ルルーアンさん!オオグチさん!!
すみません、助かりました・・・!」
拘束から解放されどうにか着地したアップルヘッドの前に、
左右から滑り込むルーフ・アイリスとゲッカ・アジサイ。
「ヘッ。これで貸し借りナシだぜ、犬コロ」
「どうにか間に合いましたね。さぁ、今のうちに!!」
「よっしゃーッ!これまでの恨みィ!!」
「遠慮はいらん、一気に沈めるぞ!」
「いや待て!丁寧に無力化すればいい値で売れ・・・」
ヴァッシュが止める暇もあらばこそ。
千載一隅の好機に、その場に集う6機の(うちの5機の)
全火力がキャンサーの頭部に集中し・・・
「オイィィィィィィィイイイッッッ!!!」
断末魔の叫びと共に、木っ端微塵に砕け散る。
───
「おかげ様で、命拾いしました。
本当に、ありがとうございます」
共に戦った傭兵たちと別れ、
帰りの輸送機でようやく一息ついたところで、
ブラバンソンは今更の疑問に行きあたる。
「でも・・・どうやって僕たちの
位置が見つけたんですか?」
いいところに気がつきましたね?
とでも言いたげな、意味深な微笑みと共に。
「ええ。あちらの方々と一緒に、
親切なご同輩がいらっしゃいましたらからね?」
謎めいた言葉でルルーアンははぐらかす。
「またそれかよ。そのうちキチンと話してくれよな」
何やら、拗ねたような口調で舷窓に目を逸らすオオグチに、
ルルーアンはまたいずれ、と嫋やかに微笑む。
「ああ、それと」
にこやかだった表情から一転。
ルルーアンの隻眼がブラバンソンを真っ直ぐに捉える。
「今回随分と助けられたセラピスト・・・
スタンボムランチャーの件ですが。
先ほど連絡がありまして。
帰ったらすぐに再アップデートしろとのことです。
なんでも、今回組み込んだキットには
重大な違法改造が含まれていたとか」
「ええ・・・」
斯様に、画竜点睛を欠く結末ではあったが。
恩人が遺した一瞬の輝きが、己の命を繋いでくれたことを
ブラバンソンはずっと忘れないだろう。
関連項目
最終更新:2024年02月09日 14:33