「ヘェイ!レディス・エンド・ジェントルメン!!
待ちに待った時が来たゼッ!!
みんな大好き大豊娘娘と!
新進気鋭のアキバのアイドル達の!
一夜限りの対バンスペシャルバトルライヴステージ!!
い、よ、い、よ、開幕だぁぁぁぁアアアアア!!!」
推しグループ同士の夢のコラボに、
今宵のジャンクヘッズはいつも以上に絶好調だ。
ライヴ仕様の特設バトルステージは
眩いネオンとビームライトで彩られ、
両グループのファンで埋め尽くされたスタンドも
すでに最高潮の盛り上がり。
その最前列の一角に、ラカージュの面々が陣取っていた。
「こういう時、独立傭兵のマネーパワーの
有り難みを一番実感するのよねェ〜〜〜!
このライヴで盛り上がった勢いで・・・
アタシ達も今夜一戦どぉ?ブラオちゃァん??」
「おお!いいですね!!貴方と戦えるなんて
いつ以来だろう・・・俺としては大歓迎ですよ!!」
「・・・フランツ。多分それ、
貴方が思ってるような勝負じゃないわ」
恋人が隣にいてもお構いなしでブラオを口説きにかかる
ピーファウルに、ベラが思わずため息を吐く。
「おやおや、ジェラシーかいお嬢さん。
君の寂しさを・・・僕が埋めてあげようか」
ベラの隣には
ジャックスナイプ。
中性的なハスキーボイスの甘い囁きと
涼やかな流し目は文句なしのイケメンぶりだが、
それにしても状況が悪すぎる。
「あら残念。私、フランツ以上の
ハンサムじゃなきゃ靡かないわよ?」
「これはこれは。流石の僕でも分が悪いな」
「彼女の目の前でナンパしようとしてんのは
マジでどういう神経なんだよ・・・」
なんなら、ブラオとベラを左右から挟む
ピーファウルと
ジャックスナイプも恋人同士である。
自分には到底理解できない状況に、
思わずヴァッシュも大きなため息が漏れる。
「そぉ?好きな人がたくさんいた方が
人間って幸せなんじゃないの?」
乳酸菌飲料を啜りながら呟くアシュリーの目の色が赤い。
「エセリア・・・もうちょいこう、
何か合図とかないモンか?正直心臓に悪いんだよ」
自ら
エセリアと名乗った敵性変異波形はもはや、
アシュリーの同居人としてお馴染みの存在だ。
「お前は何もわかっていない!
私に言わせれば破廉恥極まりない。いいか、
恋愛というのはもっとこう・・・分かち難く、
また余人には代え難い、神聖なものであってだな・・・」
「何それ。全然わかんない。ヴァッシュだって、
私とアシュリー、両方からモテモテな方が嬉しいよね??」
1人で会話を成立させるアシュリーの新しい芸風を、
白けたジト目で見守るヴァッシュがにべもなく切り捨てる。
「・・・どっちもノーサンキューだな」
ええーーー!!とあからさまな抗議の声。
「うーん、これは
エセリアだな。
同じ声なのになんでかわかっちまうのはなんなんだろうな」
お気に入りのコーラを煽りながら、
シュトラウスは呆れ気味に呟く。
「乗っ取りオバケが復活したっていうから
どんなモンかと思ったらよォ・・・
あんなんだったか?もっとこう、
人類全部殺すマンのやべぇ奴だと思ったんだが?」
バジャーリガーの感想にラカージュの面々も頷く。
「幼さ故にまだ、人というものを知らぬのだろう。
あるいは、敵について必要以上の興味を持たなかったのか。
だが・・・もしそうであれば、あるいはここから関係を
修復していける余地もあるのやも知れん」
深みのある壮年男性の声が、
ディアーチル自身の
落ち着きや美貌と不思議なほどにマッチしている。
そのせいだろうか、語る言葉も説得力を増して聞こえる。
そんなギャラリーのざわめきを鎮める、
三度に渡り響きわたった銅鑼の音が、娘娘達の
出番の合図。そして、続いてスタンドから
連続する破裂音は、大豊食品のロングセラー、
娘娘饅頭のホットサックを開封する音だ。
娘娘ファンの定番応援グッズが一斉に掲げられ、
アリーナの東スタンドからは濛々たる湯気が立ち上る。
そして、アリーナにもネオンがぼやけるほどの
ミストが溢れ出して、床を覆い隠す。
俄かに神秘的な雰囲気を帯びたステージに
ファンファーレ代わりの噴吶が響き渡り、
月琴の独奏が軽やかな旋律で音階を徐々に引き上げていく。
「そォれではッ!先攻、大豊娘娘!!
エントリーを飾るのはメインテーマ、
『樹大枝細的娘娘』!!ど〜〜〜〜ぞッッッ!!」
高まる緊張と共に、重々しくゲートが開いて
3機のACが続々と行進してくる。
いずれ劣らぬ圧倒的な存在感を示す、
大豊核心工業集団が誇る重量級AC軍団。
2体並んで先陣を切る大豊龍と灵活兽の
扁平な頭部の上にはそれぞれ
紫丁香と煌冥が立ち、
各々の身体スペックを最大限に活かした演舞を披露する。
戦闘用義体のパワーを活かしたダイナミックで
パワフルな
紫丁香のアクションに対し、
優れた体幹と柔軟性、身につけた技を活かした
煌冥の雑技は洗練されたしなやかさがあり、
両者の持ち味が好対照を成している。
そして、遅れてゲートを潜る巨体は大豊娘娘の
リーダー、
大丽花の愛機、大豊轟。
その機上に、ファンの視線が集中する。
今までのMV配信では画像合成で補われ、
永らく謎に包まれていたそのリアルボディが
ついに衆目に晒されるのかとファンの間では
リアルイベント開催の告知以来
ずっと話題になっていたのだが・・・
「そ・・・ッッ、そうきたかァ〜〜〜ッッ」
よく訓練されたファン達が口を揃えて思わず唸る。
ACの運用規格ギリギリの巨体の周囲を
巻き付くように緩やかに翔けめぐるのは、
大豊創業以来その繁栄を支えてきた吉兆の龍。
いわば
大丽花の真の姿を象ったドローンが
滑らかに宙を舞い、上空へと飛翔する。
「この姿では初のお目見えじゃの」
龍の背後、バックスクリーンが俄かに切り替わり、
ファンにとってもお馴染みの丽花公主の
超ド級バストが巨大スクリーン狭しと跳ね回る。
「大豊に富と吉祥を齎してきた妾の舞、
ありがたく拝むがよいぞ!」
艶やかなその笑みと自信たっぷりな言葉に
歓声が上がったところで、いよいよイントロも終わり。
舞と演武を複合した大豊娘娘のステージが幕を開ける。
「ハァ〜〜〜・・・大黒の奴、よ〜やるわい。
まぁ・・・気持ちはわからいでもないが」
盛り上がるファンの最前列、関係者席で人知れず
ため息を吐く白毛のみが、真相を知っている。
大豊のルーツである中華系の伝統楽器を
ふんだんに取り入れたエキゾチックな旋律に乗せて、
繰り広げられる圧巻のパフォーマンス。
AC自体がその可動域をフルに活かして
ダンスを披露するその頭上で、バランスを保ちながら
激しく舞う
紫丁香と煌冥、その周囲を、
ミストを噴射しながら飛び回る龍の長いボディが
2人に絡みつくように急接近する。
あわや衝突かと思われた矢先に爆発的にスモークが広がり、
ステージ周囲は一瞬の視界不良に見舞われる。
間奏に入った楽曲が徐々に圧を増すにつれ
立ちこめる霧を照らすライトの明滅も激しさを増し、
歌唱の再開と共に強烈な風が靄を吹き払う。
帷を払われたステージの様相は一変していた。
龍の姿は消え、周囲には無数の蒸篭が宙を舞っている。
ドラゴン型に連結されていたドローンが
外装を外され分離したものだ。
暴走したように乱れ飛ぶ蒸篭を追って、
2人の娘娘が足場であるACを操り駆け巡る。
スクリーンの
大丽花が優雅に振るう鉄扇の動きに合わせ
奔放に飛ぶ蒸篭を、それぞれの持ち味を活かした
アクションで次々に捕獲する
紫丁香と煌冥。
その見事な体捌きで手に、肩に、頭に膝に、
蒸篭がどんどん積み上がっていく。
両者のACの間をジャンプで交差しながら最後の
一つを回収したところで、2人が立つACが大きく跳躍。
大豊轟が両腕と両肩の火器から花火を打ち上げ、
機上で大ジャンプした娘娘達の持つ蒸篭からも
次々に鮪まん型の爆竹が飛び出して、連鎖する
景気のいい破裂音がアリーナ全体を揺らすほどに響き渡る。
曲のフィニッシュに合わせカンフーポーズを決めて
着地した2人と、バックスクリーンで見栄を切る
丽花公主に、大豊娘娘ファンからのみならず、
アキバ陣営のファンからも万雷の喝采が送られる。
「Fooooooooo!!
いろんなところがハネまくりッ!!
最高のパフォーマンスッ!!
ありがとう丽花公主、ごちそうさま大豊娘娘ッッッ!!!
さぁ、上がりまくったハードルを、超えていけるか
アキバのアイドル!!お馴染みの鉄板ナンバー、
『アーキバス先進隊 NEO』でエントリィッッッ!!
そォい!ノってけノってけ!!
ホバタン艦隊、突撃だァ〜〜〜ッ!!!」
ジャンクヘッズの実況に合わせ、会場の空気が一変する。
照明が一斉に落ち、闇に満たされた会場に光が灯る。
アキバファン達が一斉に取り出した、
スタンバトン・サイリウムの色とりどりの輝きが、
夜空に瞬く星のように宵闇を照らす。
俄かに広がった宇宙空間の中に刻まれる、
レーザービームのガイドビーコン。
発信する艦をガイドするように、ファン達のサイリウムが
前後に揺れて、導かれるように3機のホバータンクが整然と
ステージ内へと進み出る。
銀河に連綿と刻まれた戦いの歴史を彷彿とさせる
荘重なオーケストラは、一筋のスポットライト共に転調する。
テクノサウンドを取り入れた軽快なイントロとともに、
ホバタン艦隊の先陣を切るセンター、
ウズラマが
天高く掲げた両手でハンドサインを作ると、
アーキバスのロゴが上空にホログラム投影され、
彼女自身のハンドクラップと共に弾け飛んで、
無数のアーキ坊や達が会場狭しと飛び出していく。
アーキ坊やがステージに散らばるスイッチを次々に押すと
ステージは光で満たされ、その中心には
バッチリポーズを決めたアイドル達が
準備万端でスタンバイしている。
「キャーッ!小夜ちゃ〜〜〜ん!!素敵よーーーッ!!
天使みたいに可愛いわ〜〜〜ッ!!」
「父さんとしては少し心配だな・・・
あんなに可愛いと、モテすぎて小夜が困ってしまいそうだ」
鶉丸夫妻の賑やかな声援に応えてか、
ハートマークを浮かべたオッドアイを
魅せつけるダブルウィンクから星屑を散らして、
圧巻のダンスパフォーマンスが開幕する。
ウズラマは天使、レナはシスター、エリカはメイド。
愛機であるホバータンクを模したベース衣装に、
カジュアルオーグメントをフル活用したアクセサリーで
それぞれの個性を上乗せした3人がキレまくった動きで
ホバタンをステージに舞い踊る。
満面の輝くような笑顔の
ウズラマ、
戸惑いや恥じらい、焦りが隠せないレナ、
眉ひとつ動かさぬ完璧なポーカーフェイスのエリカ。
それぞれの表情の違いもファンの心を鷲掴みにする。
「「「We are アーキバス先進隊!!」」」
\L!O!V!E!/
ファン達のコールも完璧、会場のシンクロ率は限界突破。
キュートでコケティッシュ、元気いっぱいな
アイドルテクノポップに会場のファンの体も思わず揺れる。
観客席のイグレシアのテンションも鰻登り。
「おおーーーっ!みろみろ提督!オーベルシュタイン!!
すごいぞすごいぞ!かわいいぞ!!
ステラステラ!次のライブでは私たちも一緒にやらなイカ??」
左右の保護者2人のみならず、前列の
ステラにも
キラキラの笑顔で声をかける。
「ええ・・・いやいや、俺はほら、姿が変わっても
やっぱり男だからさ・・・?」
「いやいや、だからこそやる価値があるのだよ。
心に『男』を抱えているからこそ、勇気を持って
女装することで君は男らしさを証明できる。
そうさ。それは君でなければできないことだ」
「あんらぁ〜〜〜?ジャックもいいコト言うじゃない?
そ・れ・と・も?アタシのテクで
一緒にメスに目覚めて見ちゃうゥ??」
戸惑う
ステラの左右には、いつの間にやら
ジャックスナイプと
ピーファウル。
「おお?ええぞええぞ!!
せっかくじゃし儂も混ぜてくれんかのう?」
前からは白毛が覗き込めば、四方を囲まれた
ステラにもはや逃げ場はない。
「か・・・勘弁してください・・・」
会話についていけず頭上に『?』を浮かべる
イグレシアの耳を、左右から
ラインハルトとオーベルシュタインが塞いでいた。
などと内輪でやっているうちに、
会場の空気が変わっていた。
「壊れるなんて毎日オムライス!
お米の歩哨が兵!兵!兵!兵!
お釜の底の湖に、にっこり笑う
ハサミをお裁縫が丸めるよ!!」
例によって、
ウズラマの様子がおかしい。
AIによるリアルタイム編曲で曲調が変化し、
スポットライトがはちゃめちゃな
ウズラマのダンスを
クローズアップするソロパートが開幕する。
\再教育!再教育!再教育!/
スタンバトン・サイリウムを振り回す
訓練されたファン達の怒涛のコールに応えるように、
隣に立ったエリカが徐に振り上げた右前腕が展開し、
護身用スタンバトンがこれ見よがしにスパークを放つ。
「メディカルチョップ・雷」
全ての音響が止まった無音の空間に、
ガチのスパーク音が響き渡る。
「あびびびびッッッ」
ホログラムエフェクトで派手に走る雷光。
実態はいつもの手刀でしかないのだが、
昏倒した
ウズラマからフワフワと
天使の輪と
ウズラマの霊体が浮かび上がると、
本気で幽体離脱しているのかと心配になってしまう。
少なくとも・・・ウズラマの良心は、
ここでログアウトしてしまったようだ。
暗転する照明、転調する音響。
伴って、黒く染まる
ウズラマの翼。
頭頂から伸びる小さなツノ、お尻からは尻尾・・・
アイドル衣装を脱ぎ捨てると、際どいボンテージスタイルが
大豊娘娘顔負けのグラマラスな肢体を扇情的に飾り立てる。
その下腹部でアーキバスロゴがピンクに輝けば、
君は完璧で究極のアーキュバス。
ヘヴィな低音と怪しげなエコー、尾を引くビープ音。
まさかの初公開デビルエディションでリスタートする
後半パートにファンのうれしい悲鳴がこだまする。
その豹変に狼狽えるレナの演技は真に迫る迫力があり、
愛する妹に取り憑いたダークサイドを振り払おうと
奮闘するミュージアム仕立てでステージは進行する。
振り払われ、倒れそうになったレナをエリカが支える。
ホバータンクが激しく入り乱れて、
曲の展開と共に光と闇のバトルが繰り広げられる。
「「限界!超え!!」」
\サヨチャーン!!/
鶉丸夫妻を中心に、ファン達のコールが一体になって
ウズラマを抱き止めるエリカとレナの背中を支える。
ファンの声援で光を取り戻した
ウズラマの衣装が
白く染まり、蘇った姉妹愛を象徴する
シンクロしたステップと共に曲が締め括られると、
会場全体が暖かな拍手に包まれる。
「ウッ・・・ウウウ・・・グズッ・・・
オ、オーケィ!!こりゃどっちも最高過ぎて、
甲乙つけようがねェなぁ・・・
こういう時は・・・ヘイ!オーディエンス!?
わかってるよなァ!?!?」
自身も強化人間手術の失敗作であるジャンクヘッズには、
彼女達の姿に思うところがあるのだろう。
努めてハイテンションを維持するその掛け声に、
観客達も声を揃えたコールで応える。
\バ・ト・ル!バ・ト・ル!バ・ト・ル!/
鳴り止まぬカーテンコールに応えるように、
ステージへと帰ってきた大豊娘娘チームが
一列に並び、隊列を組み直したアキバチームと
真正面から向かい合う。
「丽花公主。私は、貴方の姿に夢を見つけて
ここまで来ました。だけど、今日からは・・・
貴方が私を追いかける番です!!」
「ほぉ〜〜〜、小娘が抜かしおるわ。
妾の壁、容易く越えられるものとは思わぬことよ。
じゃが・・・そうじゃの、期待させてもらおうか」
モニターを挟んで、好戦的な笑顔を
ぶつけ合う
ウズラマと
大丽花。
啖呵を切ったが早いか、身を翻したパイロット達が
乗り込むや否や、命を吹き込まれたACが
それまでに倍する速度で躍動する。
響き渡る『Rusted Pride』はアリーナにおいても
大一番の試合で採用されるとっておきのBGMだ。
徐々にテンションを上げていくビートが、
聞くものの脳裏にアリーナで繰り広げられた
激戦の記憶を呼び起こし、
これから始まる最高のバトルに、
いやが上にも期待が高まる。
「さァ!何がとは言わねェが右も左も
超重量級のビッグマッチだ!!
ライヴも本気、バトルも本気のアイドル達に、
お前らの声援をぶつけてくれよな!!
イエス!レェェェッツ!!
ショウ・・・ダウンッッッ!!!」
両者、開幕と同時に一斉にアサルトブーストで
吶喊するホットスタート。
6機の重量級ACから放たれるブースターの咆哮が
アリーナに轟き渡る。
レナ機、エリカ機のレーザーライフルとレーザーキャノン、
計8門の高出力光学兵器の火力が最前線をゆく
大豊轟に集中する。
いかな最重量級タンクACと言えど、
対実弾、対爆破に照準して設計された天牢フレーム、
痛くないわけがないのだが、それでも
大丽花は狼狽えない。
「衆生の視線に晒されるのもアイドルの宿命、
受け止めてこそよな」
ここで腰が引けるような臆病者には、
大豊轟の真価は引き出せない。
減速なしの最大加速で踏み込むや、その両腕と両肩の
武装が一斉に火を吹く。
レナとエリカを同時に直撃するグレネードの爆炎、
引き続いて襲いかかるオートキャノンの極太弾幕。
「っく・・・ですが、こちらもタンク型です!」
それも、いかに強力でも敵機は火力を左右に分散している。
「このまま後退し、直撃弾を減殺しつつ反撃を加えます」
エリカとレナは得物の弾速を活かすべく後退に加え上昇。
斜め方向に距離をとってダメージレースで有利を取る。
「ふむ、道理じゃな。しかしそれで、
お主らの愛しい姉妹を守れるのかの??」
射程でも速度でも遅れを取る数的不利の状況で、
丽花公主はあくまで鷹揚に笑う。
試合は3対3。
片やで2対1が起きているのなら逆もまた然り。
「公主が踏ん張っている間に
勝負をつけさせて貰うアルよー!!」
「大豊が誇る重火器の破壊力、とくと味わうですのよ!!」
空中から圧をかけてくる
紫丁香と地上から接近する煌冥に
挟撃されながらも、
ウズラマは懸命に応戦する。
拡張された空間把握能力で立体的に死角をついてくる
両者の位置を完全に把握した上で、
機体のスキャンデータから優先順位を即座に評価。
これ見よがしに正面を駆け回る煌冥は囮だ。
ロックオンするのは容易だが反応が鋭く機体制御に長け、
いざ食いついても容易には落とせないだろう。
で、あれば───
「アイヤ!?」
灵活兽に向かうかに見えたエンターピースが
アサルトブーストの最中にその矛先を転じる。
クイックターンからのブーストオフ、
着地際のドリフトターンをも駆使して180度回頭。
急激に転回したモルモット令嬢の義眼は、
今しがた着地したばかりの大豊龍に照準を定めている。
レーザーランスのブースターで巨体を強引に加速させ、
大豊自慢の重装甲を撃ち抜くべく渾身の一撃を叩き込む。
すかさずのスタンニードルランチャーに
連装レーザーライフルのチャージショット。
打ち込んだ弾丸が放電すれば標的のACSは限界、
そこにフルチャージしたレーザーキャノンでチェックメイト。
しかし、姿勢制御への負荷状況は集中攻撃を受けていた
エンターピースも大差はない。
「痛つ・・・でも、させないアルね!!」
悪足掻きとも言えるエクスプロシブスロアーだが、
これが直撃すれば双方共にスタッガー。
そうなれば残る煌冥に止めを刺されるのは
ウズラマの方だったろう。
だが・・・そうはならなかった。
爆炎の収まった先にエンターピースの姿はなく。
苦境を凌ぐ大豊轟の背中目掛け突撃するエンターピースとの
間には、パルスプロテクションが厚い障壁を形成していた。
「・・・すげぇ・・・ヒラヒラしたお遊戯かと思ってたら、
ライブもバトルも思いっきりガチじゃねぇかよ」
個人技能と戦術判断が交錯するハイレベルな試合内容に、
観戦するヴァッシュもいつしか前のめりになっていた。
「そりゃそうよ。・・・あの子達はね、
その性能を最大化するために一般的な強化人間とは
比較にならないほど危険な手術を幾つも重ねた
エリートモルモットだもの」
満身創痍でザイレムから二度目の帰還を果たした
ヴァッシュは見るも無惨な程に憔悴していた。
また件のイグニッションを使ったらしい。
肩から腕にかけて、亀裂のように刻まれた
傷はコーラルブラッドの漏出が作った傷だろう。
そんな彼を元気づけようと、このイベントに誘ったことは
間違いではなかったと
ピーファウルは確信する。
「
紫丁香も似たようなものだね。
手足さえ奪われるほどの重度の強化措置を施され、
モノ同然に扱われていた彼女が、今や
みんなのアイドル、大豊娘娘の一員だ」
ブラオの語る言葉には、同じアリーナで鎬を削る
ライバルへの曇りなき畏敬の念が伺えた。
「おや、来るかいお嬢ちゃん。
良かろう。その真贋、見極めてくれようぞ」
迫るエンターピースに対し、大豊轟も急旋回で正対する。
当然、その隙を見逃すレナとエリカではないが・・・
背後には目もくれずアサルトブーストに突入する
大丽花、その左右を
紫丁香と煌冥が駆け抜けて
決戦に臨むリーダーの後顧の憂いを断つ。
片や、永らくニューカマーの壁として
君臨し続けた大ベテラン。
片や、爆速でランクを駆け上がってきた
新進気鋭のチャレンジャー。
アリーナが誇るAランクタンク乗り同士のガチンコ対決が
ついに幕を開けるその瞬間に、
観客のテンションは絶頂を迎える。
「私も!エンターピースも!!
アーキバスが誇る最新技術の結晶です!!
新しい世代に、道を譲ってもらいますよ!!」
「侮られたものよ!大豊が戦場に積み重ねた
研鑽の精髄たる我が大豊轟、容易くはないぞ!!」
そこから先、2人の叫びはもはや意味をなさなかった。
アーマードコアが実現し得る最大級の火力と装甲が
小細工なしで激突するノーガードの殴り合い。
眩く燃えるオレンジとブルーの閃光が
鍛え抜かれた装甲に跳ね、拮抗する力と力が巻き起こす
轟音と熱気がアリーナを熱狂で満たす。
「自ら志願して強化人間技術の発展に
身を捧げ、幾つもの困難や苦労を進んで受け入れてきた。
その実情は、僕たちの想像を
上回る過酷なものだっただろう。
それでもなお、強化人間技術の可能性を信じている。
そんな彼女だからこそ、こんなにも眩しいのさ」
かく言う
ジャックスナイプは、彼女達の物語の実際を、
どこまで知っているのだろうか。
全てを乗り越えたその先で、彼女達は光を掴んだ。
今は暗中模索の我が身も、いつの日かそうありたいと
ヴァッシュは改めて強く希い、
人知れず拳を堅く握りしめた。
「ところで・・・ヴァッシュ。
お前はどの娘がお気に入りなんだ??」
藪から棒のアシュリーの一言が、
新たな火種を呼び熾すことになるとは。
「えっ・・・それはお前、その」
そのときの彼らは、知る由もなかったのである。
関連項目
最終更新:2024年02月21日 14:37