現実把人逼成鬼 夢把鬼変成人
世界只是白日夢 故継続做人吧
―――白毛
死ぬ前に別れの挨拶をしたいと通信が来た、という不穏な言葉で呼び出され、白毛は通信室で一人椅子に座って画面を眺めている。
二人きりにしてほしいという通信相手たっての願いと言うこともあり、各種設定を終えた通信士は一礼して無言で去っていった。
画面に映っているのは、白毛と似通った姿の人物だ。中性的な顔立ちで髪は黒く、瞳は金色。衣服は派手で白に金の刺繡が施され、ぶきっちょにはにかんでいる。
『久しぶりだなぁ、白毛』
「久しぶりでいっちょ死ぬわと連絡来るのはお前くらいじゃ、形天」
膨れっ面で返す白毛を見て、形天と呼ばれた男は控えめに笑う。ぎこちない笑顔だった。
おそらくは仙人模型との噛み合わせが上手いこといっていないか、あるいはそうした脳機能障害なのだろう。それでもまだ喋ることができ、知人を知人として認識できているのだから幸運だ。
形天は白毛と同じ大豊核心工業集団の第二世代型強化人間、そのC201-1行程≪三新型≫の生き残りだ。もはや戦うよりも座ってもらってた方が金がかからないほど、形天は老い耄れ傷つき、昨年にAC操縦者から勇退してパイロット・アドバイザーになったと聞いたところだった。
それが今、もう死のうとしている。なんてことはない、ただ会社に処分を頼んだだけだ。自分の意思で、自分の言葉で。
『それも、そうかもしれん。わだすらの世代で生き生きとしとるのも、もう片手で足りるほどしかおらんしな』
くすり、と白毛ははにかむ。形天は自分よりも頭が良く覚えが良いが、結局この歳になるまで訛りが抜けきらなかったらしい。
形天は頭のいいやつだ、と白毛はずっと思ってきた。だから自分よりも長生きして≪三新型≫出身の中で初めて大豊のいいところに収まるやつだろう、とも。
それがそうならなかったことについては、仕方がないとしか思わない。それは自分が勝手に思い込んでいたことであって、当人に押し付けることではないのだから。
「そうじゃな……。お前が居なくなったら、儂も寂しくなるのう」
『寂しくなるくらいには思ってくれてて、いやあ、わだすも嬉しいなぁ』
「居なくなる奴が幸せそうにそう言うない。まったく、相変わらずじゃな」
『あんさんも相変わらずで安心したべや、白毛の』
くつくつくつ、とおかしな笑い方をしながら、形天はふっと肩から力を抜いて椅子に背を預けた。
よく見ると、それは椅子であっても車椅子だ。なるほどなぁ、と白毛はふと寂し気に目を伏せる。もう形天は自分で歩くのも辛いらしい。その気持ちは、痛いほどよくわかる。
五体満足と言うことがどれほどありがたいかは、不満足になった経験がないと自覚できない。とはいえ、経験なんてするものではない。するだけ辛い思いをする。白毛は経験済みだ。得難い経験だと言うこともできるが、得難い経験と言うのは転じて思い切り不運を被ってしまったことの言葉遊びに過ぎない。
画面越しに白毛の感情をくみ取ったのか、形天は鼻を鳴らしながら笑う。
『得難きは時、会い難きは友とは言うたもんだが……わだすらは掃き溜めの溝攫いにしちゃ、面白れぇ生き方をしてきたもんだべ』
「お前さんがそう思えて、そんまま逝けるちゅうなら儂も生きてきた甲斐があるってもんじゃ」
苦笑しながら白毛は返し、そういえば、と表情を変える。
「話が出来んくなる前に、お前に聞いときたいことがあったんじゃ」
『ほうほう、後味が悪くならん話なら聞いてやるとすっかな』
「それはお前次第じゃな。こっちで調べさせたデータを送るんでちぃと………おーい、これどうやって送るんじゃー?」
ポケットから端末を取り出したはいいものの、どうやって通信相手にデータを送るのかわからない白毛がそう言うと、外で待機していた通信士はハイハイと相槌を打ちながらテキパキとコンソールと端末を操作してデータを送信した。
あんがとな、と白毛が言うのを通信士はへいへい、と適当に返事をしてそのまま部屋を出て行く。きっとまたすぐそこで待機しているのだろうが。
『わだすらの戦闘行動中行方不明者のリスト、それも一部分だべな、こりゃ』
「そん中で両足が動かず車椅子使ってそうなのはおるか、形天」
『誰ぞ、生き残っておったんか』
「分からん。儂の頭のことは知っとるじゃろ? 儂はな、白毛の兄貴なんて呼ばれたのに、記憶は焼けて覚えておらんのじゃ」
『ははん、またぞろ腑に落ちんことを抱え込んでぶつくさやっとるわけだっちゃな。どれどれ』
「ぶつくさやっとるはさすがに酷くないかのう?」
『ちぃと黙っとれボケ』
「さっさとせいドアホ」
お互いに中性的な顔立ちの老人がむすっと頬を膨らませ、画面向こうの形天は別の端末でなにかを調べ始める。
少しして、形天は端末から顔を上げ、深く息を吐き、言う。
『これをお前に知らせたら、お前はそいつをしょっぴくんだろうなぁ』
「お前がそう思うんなら、儂はそうするじゃろうな」
『なるほど。そんならまあ、後味が悪い話ではないわな。良い土産話の類だべ』
ちろりんと、通信機材と接続されている白毛の端末にデータが転送される。
白毛はそれを見て、読む。それでも欠片ほども思い出せない。なにか、懐かしさに近い感触だけがそこにはある。
なんとも言えないその感触と手の中をすり抜けた在りし日々に白毛が口をへの字に曲げるのを見て、形天は柔らかに、穏やかに笑う。
『そんじゃあ白毛、後は任せた』
「いつも任される側の儂の身にもなれ、形天」
『最期まで付き合えんですまんな』
「いいや、よくぞここまで、よう生きてくれた。後は任せい」
白毛もまた端末から顔を上げ、少し悲しそうな表情を見せたが、すぐに柔らかに、穏やかに、平らかに笑う。
「―――形天、それじゃあな」
『―――ああ、そんじゃあな』
ぷつり、と通信は切れる。
しばらくの間、暗くなった画面をじっと見つめながら、白毛は自分の感情を整理し律することに努めた。
泣こうにも笑おうにも、終わりは終わりだ。なら泣いて笑うべきかもしれないが、白毛はそうはしない。そうするのはなんとなく嫌だった。
だから、小さな背中を震わせることもなく、端末を大事そうに抱えながら、もはや誰も写していない画面を見つめ、白毛はこう言う。
「儂の気が向いたら、また会おうな」
これは、永遠の離別などではないのだ。
白毛はそう思いながら、端末のデータを開いてにやりといつものように笑う。
「さて、儂の舎弟を迎えに行かんといかんな」
関連項目
最終更新:2024年02月25日 00:04