「と、いうわけで。ルビコン最大の厄災、
アイビスの火の爆心地『グラウンドゼロ』を
覆う不活性コーラル層の下に広がる渓谷の底には
未知のコーラルの井戸があることが判明したわけじゃな。
この情報を先んじて掴んだアーキバスは早速
移動式コーラル汲み上げ基地、ルーツウェル・プラントを
この地へと派遣したのじゃ。
我ら『金剛』はこれを阻止するベイラム陣営の
最先鋒という栄誉を賜り、今まさに乾坤一擲の一撃を
放たんと雌伏の時を耐え凌いでおる」
娘娘ちゃんねるの名物コーナー、『るびこん・なう』
出演中の大丽花が見上げる視線の先。
待ち構えるルーツウェル・プラントは、端的に言えば
『ジグソーパズルのように分解された軍事基地が
編隊を組み、ホバークラフトで移動している』
とでも形容すべき姿をしている。

防護壁や各種迎撃砲台、格納庫、倉庫、
指揮所、そして本命のコーラル吸入プラント。
それらの基地機能が分散された陸上艦隊が、
作戦の状況に合わせて隊列を組み替える。
柔軟に分離、合体できる移動要塞と言ったところか。

こんなものに真っ先に正面からぶつかれ、とは。
兵を鉛弾のようにしか扱えぬベイラムの体質は
先の敗北を経てなお改められぬ宿痾であるらしい。
「まぁ、適当に1発ぶん殴って、
格好だけつけて引き下がるしかないのう」
大豊機戦傭兵隊『金剛』を率いる白毛が
そう判断するのも無理からぬところではある。

長城の如く聳える分厚い隔壁の合間からは
無数の銃座が接近するAC部隊を睨みつける。
おおかた、こちらが囮になっている間に
別動隊が側背を突く手筈なのだろうが・・・

「ふはははははは!!来たな!!
ベイラム連合の猪武者どもめ!!
我らアーキバスが文明人の戦というものを
その身に叩き込んでくれるわ!!」
オープン回線で高らかに響き渡った宣誓と共に、
隔壁の上空にAC部隊が展開する。

「確認しました。
V.O ラインハルトのブリュンヒルト、ならびに
V.O イグレシアのディセンブラシアおよび
その随伴機が2機です。
ホバータンク型が2機、四脚型が2機。
いずれも隔壁を足場に継続的な
トップアタックを仕掛けてくるものと推測されます」
ローモンドがいち早く敵戦力を分析する。

「ますますもって無理筋じゃのう。帰ろうか」
あっさりと踵を返そうとする隊長だが、
その退路はタンク型ACの巨体に塞がれる。
「まぁまぁ。せっかくここまで来たんですぜ。
噂の金髪の孺子の戦とやら、
見せてもらおうじゃありやせんか」
上空からこちらを睥睨する白亜の機影に、
大黒は戦闘狂の性が抑えられないようだ。

「ふん。この状況を見て退かぬ気概は認めてやる。
来るがいい。我が覇道に名を刻む栄誉をくれてやろう」
麾下に倣いオープン回線で放たれる傲慢な通告には、
絶対的な自信が見て取れる。
今日1番のため息と共に、白毛はいかにも
渋々といった表情で敵機に向き直る。
「ようやく壁殴りから解放されたと思うたらこれじゃ。
もうちっと楽な仕事はないもんかのう」

状況は膠着している。
睨み合う両軍は共に射程外、守るアーキバス陣営は
拠点から離れる必要はなく、
有効射程に劣る実弾兵器で身を固めた金剛の重AC部隊が
空中に占位した敵を捉えるには強引にでも
踏み込むしかないが、できれば御免被りたい。

「こうなると、独立傭兵の働きが頼みの綱ですな」
ローモンドの耳打ちに、白毛はちらりと
サブモニターに視線を移す。
「奴さん、儂よりは仕事が好きそうじゃからの。
存分に働いてもらおうかの」

機体カメラの中継映像に広がるのは、
一面が不活性コーラルに覆われた暗い渓谷。
「チッ・・・この手の依頼は苦手なんだが」
ティヌス・ザ・バスタードが大豊から請け負ったのは、
グラウンドゼロに広がる地下渓谷を経由しての
ルーツウェル・プラントへの奇襲攻撃だった。

その特性上、自らの所在は直前まで秘匿せねばならない。
言うまでもなく、交戦など御法度だ。
「まぁ、選り好みできるほど
贅沢な身分でもないのが現実だ」
止むを得ず、ラジオの音量を上げて耳障りな
『雨音』をどうにか和らげる。

今日は・・・一段と酷い。
頭蓋を揺らすような土砂降りの雨の向こうから、
『ラジオ・ヘル・13』がクラシカルなデスメタルを
爆音で響かせている。

「よぉご同輩、俺の仕事はテメェみてぇに
ここに来る奴を始末することなんでな。
大人しくくたばってくれると助かる」
最近、大規模な戦闘があったことを窺わせる
崩れた岩壁や、粉砕された砂礫が散乱する
渓谷の中の開所。
その出口を塞ぐように待ち受ける一体のAC。

「AC、バーゲスト。独立傭兵アルカードか」
ティヌスはオールマインドの登録情報に照合し、
目前の敵の素性を確認する。
恐らくは、足元からの奇襲の可能性を警戒して
アーキバスが雇ったのだろう。
とは言え、亀裂状に広がるこの渓谷から
自分の存在を見つけ出し、その行手に回り込むとは。
まさに魔犬めいた嗅覚だ。
その一事だけでも、油断ならぬ敵であることは間違いない。

ならば、すべきことは一つだ。
「悪いが、その要求には応えられない」
ティヌスはアサルトブーストを解除し、
バックブーストと共に愛機レイニーデイに
搭載された武装を一斉に放つ。

両手両肩、全てミサイル。
ご丁寧に、その全てが弾道特性を異にしている。
「ハッ!景気のいいご挨拶じゃねぇか!!」
アルカードは毒づきつつも、真紅に輝く瞳を走らせ
迫り来るミサイル群の軌道を読む。
真っ直ぐに高速接近するハンドミサイルが最初の脅威だ。
引きつけてサイドクイック、
その慣性でスライドしつつアサルトブーストを起動。
目前で分裂した多弾頭ミサイルの真ん中を突き抜ける。
一拍遅れて誘導を開始した双対ミサイルの内側に
滑り込みつつ、反撃のミサイルを発射する。

回避運動直後のレイニーデイを鋭く捉える、
リニアガンのチャージショット。
更なる負荷を与えてその足を止めるべく、
左肩の拡散バズーカを構えるが・・・
「クソ、しつっけぇんだよ!!」
横合いから執拗に追尾してきたオールマインド製
連鎖爆発ミサイル、『ジャベリンベータ』が追撃を阻む。

両者痛み分けに終わった最初の接触。
レイニーデイは再び間合いを取り直し、
ジェネレータ出力に余裕のない
バーゲストも一旦追撃を諦める。

「クライアント。こっちは少々まずい状況だ。
アーキバスが雇った独立傭兵と接敵。
振り切るのは難しい。交戦してるが、
恐らく決着は容易にはつかない」
共にAランク、未だ『伝説』なき独立傭兵が
手にかけうる、事実上の最高位と言っていいだろう。
その実力は拮抗し、熾烈を極めた戦闘は
激しい交錯を繰り返しながらも膠着状態に陥っていた。

「やれやれ。まぁ、そううまくはいかんか。
どれ、大黒、モンド。こちらも腰を上げるとするか」
ため息を盛大に吐き、白毛が徐に機体を前進させる。
「へっ!待ってたぜぇ大将ぉ!!」
「了解、前衛は引き受けます」
麾下のAC2機とともに、ルーツウェル・プラントの
最前列を成す胸壁目掛け一気に加速する。

「来たか。ミッターマイヤーとロイエンタールは預かるぞ。
イグレシア、お前がおれの目になれ」
ラインハルトの号令に沿って、
アーキバス防衛部隊の隊列が変化する。
「はっ!行くぞ、ミッターマイヤー、ロイエンタール!
フォーメーション『インペリアル・デルタ』だ!!」

旗艦ブリュンヒルトを中心に、
前衛右翼にベオウルフ、前衛左翼にトリスタン。
そしてその背後を守るようにイグレシア自身の操る
ディセンブラシアが陣を組む。

ラインハルトを中心とする三角陣を維持したまま
アサルトブーストに突入、一気に間合いを詰めて
大豊側に先んじて各兵装の射程に敵機を捉える。
「ワルキューレ隊各機、発進せよ!
合わせて光子魚雷全問斉射!!
ビッテンフェルト、外すなよ!!」
ブリュンヒルトの両肩と、ディセンブラシアの両腕から
一斉に放出されるレーザードローン。
「イエス、マム!でかい的だ、外しやしませんよ!!」
次いで発射される垂直発射型プラズマミサイルに連動し、
ベオウルフの波動魚雷とトリスタンの光波砲、
そして防護壁の上に設置された砲台の迎撃が
一斉に前衛の白毛とローモンドを襲う。

2機とも先んじて展開したパルスアーマーに
これを凌いでなおも前進するが、反撃はない。
大豊陣営の3機のACの武装構成は
速射実弾火器と爆発物に偏重しており、
光学兵装とミサイルで身を固めたアーキバス部隊
にはまだ手が届かない。

「ふははは!こんなものか大豊!機戦傭兵隊
『金剛』も猪突猛進しか芸のない雑兵であったか!!」
勝利を確信し高らかに笑うイグレシアだが、
状況を俯瞰するラインハルトの表情は険しい。
「退くな、イグレシア。
迎撃を恐れれば負ける、疾く前進せよ」

心酔する指揮官(ではないのだが)の直命とあらば。
油断や慢心を即座に捨て去り、イグレシアは
ラインハルトとの位置関係を維持して部隊を前進させる。
こちらも同様にパルスアーマーを展開。
大豊が誇るガトリングガンの圧倒的な瞬間火力の洗礼を
受け止めつつも、高低差を維持したまま接近する。

「まだだ!もっと踏み込め!!」
ラインハルトの叱咤を受け、損耗覚悟で敵部隊を交差する。
「全機反転!ミッターマイヤーは右翼から
迂回して敵編隊を追撃せよ!
ロイエンタールは正面に周り、
弾幕防御を駆使して被害を減殺せよ!
おれとイグレシアで側面から押し潰す!!」
「了解!機動戦の真骨頂、見せてやりますよ!!」
「いいだろう。貴様の手腕、見せてもらおう」

クイックターンで振り向けば、すでに金剛のAC部隊は
胸壁の足元に取り付いていた。
元より、この場で撃ち合うつもりはなかったということか。

「ま、すんなり入らせてはくれんのう」
白毛としては、こちらの弾幕を恐れて
引き撃ちに徹してくれれば有り難かったのだが。
「ホバータンクや四脚によるトップアタックは
足元が死角になる。それを避けつつ防衛対象の間に
立ち塞がろうとすれば自ずから胸壁で射界が切れる。
こちらの狙いは向こうにも看破されていたようですね」
ローモンドが状況を分析する。
さすがに、指揮統帥能力でAランクに登った男だ。
ラインハルトとやら、どうやら名前負けしていない。

大豊自慢のタフネスがあればこその強引な突破作戦だが、
基地内部に侵入できれば内部施設を
盾に立ち回りにも幅が出る。
多少の損耗を受け入れてでも
勝負に出る価値はあると踏んだのだが。

護衛対象にこうも肉薄されては、
連中も今までのように遠巻きには戦えないだろう。
ここから先はシンプルな力比べ、我ら大豊の領分だ。
胸壁に沿って左手へ、壁を回り込んで内部への侵入を計る
金剛が真っ先に照準を定めたのは、行手を阻むように
布陣したロイエンタールのホバータンク、トリスタンだった。

それは正しく、ラインハルトの采配の意図通りであり・・・
「ろ、ロイエンタール〜〜〜ッッッ!!」
それ故にこそ、この顛末は想定されていなかった。
パルスガンによる弾幕防御とパルスプロテクション、
そして本体の厚い装甲をも突破する大豊製重火器の
圧倒的なパワーが、遅滞戦闘を計るロイエンタールを
易々と突破し、開かれた血路を大豊部隊が駆け抜ける。

その行手を塞ぐべく、転進した砲撃艦が突出するが、
これこそが彼らが求める足がかりだった。
「っしゃァ!!出番だな!?行くぞォアアアア!!!」
気合いを漲らせた咆哮と共に、それまで後方に控えていた
大黒の超重タンク型、大豊轟がアサルトブーストを起動。
吶喊と共にグレネードとオートキャノンを一斉に放つ。

相対する砲台群も負けじと滑空砲を撃ち返すが、
その破壊力を正面から受け止めてなお、
大豊轟の突撃は止まるところを知らない。
猛進する巨重がスラスターを吹かせて飛翔し、
集中砲火に晒されて半壊していた砲台の一つに
ぶちかましをかける。
前輪を構成するホイールは掘削機と化して
轟音と共に砲台を圧砕し、大豊轟は至近距離から
左右の砲塔にありったけの火力をぶちまける。

瞬く間に火の海になった甲板上に
白毛とローモンドも乗り込み、これを足がかりにさらに
アサルトブーストで加速しながら基地内部へと突入する。
「さて、どうにか乗り込めたはいいが・・・
ここからが問題じゃの」
強行突入してきた敵AC部隊を迎え討つべく
基地内に待機していた護衛MT部隊が白毛たちを包囲する。

「このおれが先手を打たれるとはな。
だが、このルーツウェル・プラントは
複数の基地機能を分割した『艦隊』だ。
それを忘れんことだな」
ラインハルトの采配により、白毛たちが足場にした
基地艦が、目指すプラント艦からどんどん遠ざかっていく。

「隊長、採掘プラントが目標地点に到達しました。
このままでは採掘が始まってしまいます」
ローモンドの報告に白毛は眉を顰めるが。
「そうは言うてものぉ〜〜〜」
その行手には再度布陣したラインハルトの麾下が
隊伍を組んで行手を阻む。

「うん、こりゃあ失敗じゃな!
あとは時間いっぱい死なない程度に
お茶を濁すしかないの!!」
にぱっ、と割り切って笑う隊長に、
肩透かしを食らった大黒がガクッとずっこける。
「大将ぉ〜〜〜!!」

一方。採掘ポイントを目前に戦闘を繰り広げる
アルカードとティヌスも情勢の進行を察知していた。
「さぁて、チェックメイトだな。どうする?」
戦闘を繰り広げる両者の前で、プラントから降りた
巨大なシャフトが地底で蟠るコーラルへと伸びていく。
このまま拮抗状態が継続すれば、
ミッションを達成するのはアルカードの方だ。

『・・・このコーラルは危険です。
アーキバスが手にしたとて、
到底彼らの手に負えるものではないでしょう』
レイニーデイのラジオから流れていた
『ラジオ・ヘル・13』に突如割り込んだ
穏やかな男性の声は・・・聞き間違えるはずもない。
ラジオパーソナリティの声そのものだ。

「あぁ、そりゃどう言う意味だ?
急に割り込んできてべらべらと捲し立てやがって・・・
これ以上アイツ以外に『声』が増えたら
うるさくてかなわねェんだよこっちは」
周囲を見回しながらそう語る様子から察するに、
アルカードも同じ言葉を聞いたのだろうか。

「逆に聞くが。
これまでに、コーラルが危険じゃなかったことがあるか?」
呟くと共に、身を翻したレイニーデイが
アサルトブーストで渓谷の底へと飛び込んでいく。
「プラントが止められないなら、
コーラルそのものを焼き払う。
クライアントにとっちゃ本意じゃないかも知れないが、
アーキバスの手に渡るよりはマシだろう」
先んじて渓谷へ飛び込んでいくティヌスを追って、
アルカードも谷底目掛けて加速をかける。
「チッ・・・ふざけんじゃねぇぞテメェ!!」

全速で追尾するアルカードだが、その行手に満ちる
コーラルこそが作戦目標である以上、
迂闊に発砲することもできない。
相方の『声』を聴きながら苛立ちを
無理矢理抑え込んで、歯噛みしつつ機体に鞭を入れる
アルカードの目前で、異変が起こる。

「今日は一段と耳障りだな・・・黙らせてやる」
もはや暴風雨のように脳裏に響くコーラルの騒めきを
吹き払うように、ティヌスは愛機の
全武装をコーラルの海目掛けて一斉に放つが。

「・・・!」
ティヌスの、アルカードの目前で、赤い水面が俄かに脈打つ。
風さえ吹き込まない洞穴の底に波紋が生じ、
それはたちまちのうちに自らの意思を持つかの如く
真紅の薄膜を形成し、レイニーデイが放った
ミサイル弾幕を相殺した。

「自分は黙る気がないくせに、
オレには黙っててほしいのかい。
ワガママも大概にしてもらいたいが」
コーラルそれ自体が敵意を露わにし、
その姿を変えて牙を剥く異常事態。
「おいコラァ!こっちまで巻き込んでんじゃねぇ!!」
水面から浮かび上がった真紅の雫が
矢のように飛翔し、レイニーデイを、バーゲストを襲う。
今や、足元に広がるコーラル全体が迫る
2体のACを敵と見做し、桁外れの攻勢で
ティヌスとアルカードの逃げ場を塞いでいる。

「少し出遅れたようじゃな・・・!」
視界を埋め尽くす真紅の弾幕を遮るように、
第3の機影が渓谷の底に突入する。
纏う光は迫るそれらと同じ赤。
コーラルジェネレータのエネルギーによって形成された
コーラルシールドが、弾幕を受け止め、吸収する。

「古の怨嗟に囚われた亡霊よ。
せめて我が声が幾許かの安寧をもたらさん事を・・・」
謎めいた言葉と共に、ペデスタルドローンに搭乗した
重量二脚型ACが、掲げた右手に充填されたコーラルを
水面に向けて放射する。
ACが行使できる限界と言って良い規模の
コーラル奔流が荒れ狂う水面を直撃し、
新たな波紋を刻んで相殺する。

「・・・何が起こってる?」
次々に変転する状況を見極めようと
目を眇めるティヌスに、乱入したACが向き直る。
『これはこれは、突然の乱入、失礼いたしました。
私はハロゥ、そしてこちらは我が友ハシュラム
我々に、あなた方の敵になる意図はありません』
その声が何者かはわからないが。
言葉に偽りがないことは、行動が証明している。

「かつて、アイビスの火がこの地を焼いたその時。
瞬く間にルビコンを覆ったコーラルの炎は、
この星に住まう数多の人類を呑み下し、
その末期の意識はコーラルの中に散逸した。
恐怖と、怨嗟と、絶望と。
理不尽な死を与えられた人類の感情を取り込んだ
コーラルの中には、その感情を自らに齎した人類の
殲滅を希う意識の波が生まれたが、
それは彼ら全体の本意ではなく・・・
熱を放出し尽くし、亡骸となったコーラルは
自ら星を走る亀裂を繋ぎ止める桎梏となり、
以てこの谷底に怨嗟に染まった同胞たちを封じ込めた」
澱みなく語るハシュラム
その長広舌が意味するところは。

「そんなやべぇブツを吸い上げようってのか、連中は」
自分が護衛していた対象が何を犯そうとしていたのか。
我が身で危険性を理解した身としては、
背筋の凍るような話だ。
「つまるところ、雨漏り(・・・)はもう始まってるってワケだ。
笑えないな」
ティヌスの視線の先をハシュラムアルカードも見遣る。

谷底へ到達したプラントのシャフトを通じ、
呪いを宿したコーラルが秘めてきた、
狂おしいまでの怒りが、地表へと遡上していく。

「・・・妙じゃな」
身に刻みつけた直感は、失われてはいなかったようだ。
異変をいち早く察知した白毛が、攻略目標である
コーラル吸入プラントに走る赤い閃きを発見する。

「おい、小僧。背中に気をつけろ」
唐突に開かれたオープン回線からの警告を、
ラインハルトは一笑に伏す。
「フン、失望させてくれるな。
今更そのような小細工など───」
そのわずかな反応の遅れが致命的だった。

密かに照準をブリュンヒルトに切り替えた
ルーツウェル・プラントの主砲が、
無防備なその背中を狙う。
「ろ、ロイエンタール〜〜〜ッッッ!!」
迸る赤光の奔流が、直前で弾ける。
間に割り込んだトリスタンが展開した
パルスプロテクションとパルスシールドがなければ、
一撃で轟沈したとても不思議はない威力だった。

「一つ貸しだぞ。これ以上俺を失望させるな」
中破した段階で一度退げ、シェルパを要請して
修復と換装の手配をしておいたのは正解だった。
「・・・不覚だった。白大老、その方にも謝罪しよう。
そしてイグレシア、お前の慧眼をおれは忘れん。
その働き、必ず報いてくれよう」
「はっ!そのお言葉だけで
イグレシアには十二分であります!!」
即座に応えてみせるイグレシアだが、その頬は
桜色に上気し、瞳は恋する乙女のように輝いている。

比喩で済めばよいが・・・などと、場にはそぐわない
危惧に目頭を揉みながら、戦況をモニタリングしていた
オーベルシュタインが状況を分析する。
「主砲は本来、アーキバス先進開発局が開発した
大出力レーザー砲台だったはずです。
今は検証不十分な推論に過ぎませんが・・・
おそらく、ルーツウェル・プラントが吸い上げた
コーラルが艦内に流入し、
管制を奪取したものと思われます」
金剛のAC部隊に背を見せぬよう、右手前方に転身したのちに
ラインハルト艦隊はそれまで護衛対象であった
ルーツウェル・プラントの方に向き直る。

「大義である。
オーベルシュタイン、お前も早くプラントを離れろ。
どうやら・・・一度黙らせねば収集がつかんようだ」
「ご心配なく。
既にブリッジクルーはヘリで退避しています。
逆に言えば、ルーツウェル・プラントを構成する
艦隊は全てジャックされて敵対状態に
なっているものとお考えください」
オーベルシュタインからの情報は
既に大豊のAC部隊にも共有されており、
その一事をとっても彼らにこれ以上の
戦闘の意思はないことが窺えた。
何しろ、奪おうとしていたコーラル自体が
こんな得体の知れない挙動を示したのでは、
手に入れたとて御し切れるものではない。

「やれやれ・・・
どんどん面倒なことになっていくのぉ。
儂、もう帰ってもいい?」
心底げんなりした様子の白毛ではあるが、
そこはやはり歴戦の勇士、恐れや逡巡は伺えない。
「今更逃がしてくれるとは思えませんね。
状況がこれ以上悪化する前に
片を付けるしかないでしょう」
ローモンドの答えはにべもない。
「やってやりましょうぜ大将!!
アーキバスの貴族野郎と肩を並べて艦隊戦だなんて、
次のチャンスがあるかどうかも分かりやせんぜ!?」
大黒に至っては、完全に状況を面白がっている。
「・・・儂は一回も体験したくないがの」
渋々、といった調子ではあるが、白毛もまた
腹を括り、展開していく基地艦隊に正対する。

目指す標的、司令室と汲み上げ装置を
備えたプラント旗艦目掛け、
白毛とローモンド、大黒が突撃を開始する。
長距離狙撃を図る主砲の脅威に
晒されながらの八艘跳び。
一つ艦を渡るごとに待ち受ける
暴走MTや砲台の歓迎を、装甲と弾幕で
強引に突破していく。

右翼から攻め込む大豊組に負けじと、
左翼のアーキバス勢も突入を開始する。
「ついにこのおれ自らイゼルローンを陥す時が来たか。
武人の血が騒ぐとは思わないか、イグレシア」
不測の事態に戸惑う素振りすら見せず、
不敵に告げるラインハルトの横顔に倣って
イグレシアも覇気に満ちた笑みを浮かべる。
「はっ!このイグレシア、そこに閣下の征く道あらば、
地獄であろうとお供いたします!!」
インペリアル・デルタを維持して高速巡航に移った
ラインハルト艦隊、その一番槍を務めるのは
この男しかいない。(いや、実際いないのだが)

「さぁ、道を開けろ!『疾風ヴォルフ』のお通りだ!!」
精一杯の男声を作って叫ぶイグレシアの号令の元、
シュナイダー製軽量四脚艦が戦線を切り開く。
有効射程の長い波動魚雷のチャージショットで先制し、
敵部隊目を惹きつけたところでそのまま突破。
単騎で先行し、その卓抜したホバリング機動速度を
活かして敵陣内部を荒らし回る。

「時に好敵手に学ぶのも悪くはない。
麾下の全艦に通達、照準を前方装甲艦に集中せよ!
奴の存在を、この宇宙から抹消してやれ!!」
空間歪曲航行を維持したまま、
残るラインハルト艦隊の全火力が一点に収束される。

ディセンブラシアのマルチブラスターと光子魚雷、
トリスタンの粒子振動輻射砲と光波砲、
そしてブリュンヒルトの展開したワルキューレ編隊と
宙間魚雷、そしてハイメガストリームブラスター。
アーキバス帝国が誇る光学兵器技術の粋を収束した
飽和攻撃が分厚い装甲を一瞬にして溶解、昇華せしめ、
驀進する艦列の行軍に華を添える。

「プラント艦の主砲が充填されています。
遮蔽をとって火線から逃れてください」
オーベルシュタインの警告に遅れること一拍、
最大出力で充填された主砲が火を噴いた。
それは、開発したアーキバス先進開発局ですら
想定していなかったであろう凄まじい威力だった。

先刻まで白毛たちが居た格納庫艦が直撃を受け、
その巨体が文字通りに『吹き飛んだ』。
「おお・・・!?艦が横倒しになって融けておるぞ。
今流行りの焦糖布丁煎饼(クリームブリュレパンケーキ)
みたいじゃのぉ。儂、夢でも見とるんか??」
「言ってる場合じゃありませんよ・・・!!」
しかもまだ、悪夢は終わっていない。
果てる気配さえ見えぬ膨大なエネルギーの怒涛は
なおも放出され続け、周囲の艦や地形を薙ぎ倒しながら
射線に背を向けた金剛のAC部隊を執拗に追いかける。

「クソっ!!悪ィな大将!!
ここからが面白いってのによぉ・・・!!」
速度を擲った超重タンク型ACでは、もはや振り切れない。
その姿が、真紅の濁流に呑み下される直前で。

「っとォ!騙して悪ィが、さっき見てぇに
水差されんのは嫌いなんでな
今度はこっちが水差してやるよぉ!!」
プラントの足元を走る渓谷から飛び出した
バーゲストが、左腕のパルスブレードを一閃。
恐れていた地下からの奇襲攻撃を阻む側が
実践してみせる皮肉は覿面に状況に刺さり、
設計限界を超えた酷使で崩壊寸前だった
主砲に止めを刺した。
「ヒャハ、ヒャハハハハハ!!年長者様の施しだぁ、
感謝感激して嬉し涙流せやオラァッ!!」
内蔵したコーラルが血潮のような真紅の炎を
噴き上げる中へ、更なる火種を焚べるが如く
アルカードは愛機の全火力を主砲に叩き込む。
プラント艦全域に被害が及ぶほどの大爆発と共に
巨艦が傾いだのは、甲板上で巻き起こった
破壊のみが原因ではない。

「本当に碌でもないな、コーラルは。
やっぱり全部燃やしたほうがいいんじゃないか?」
艦艇の基部を構成するホバークラフト、その裏側を
渓谷の下から見上げたレイニーデイが
ミサイル一斉射で破壊し、そればかりか
装甲の薄い裏側から艦の機関にまで破壊を及ぼす。

「その言葉には異論があるが・・・今はよい」
上下に強烈な破壊を受けて動きを鈍らせた旗艦、
その管制塔の前に、デンドロフィリアが立ち塞がる。
「人とコーラルの対話を実現するには、
まずは場を整えねばならぬな」
その両腕から複合エネルギーライフルと
コーラルライフルのフルチャージショットが
一斉に放たれる。
ACが実現しうる限界域の瞬間火力に、
ハロゥが操るペデスタルドローンの全門斉射も
火力を添えて、艦隊の中枢を担う管制塔は
真紅の火柱を天に噴き上げ燃え尽きた。

「さて。この始末、どう報告したものか・・・」
適切な判断を最善の速度で実現できた。
その自負はあるが、その正当性を証明するために
相応の検証が必要なことはまた話が別だ。
見事に巨大なスクラップの山と化した
ルーツウェル・プラントを眼下に見下ろし、
オーベルシュタインは頭を抱える。

「卿の英断と勇猛なる戦ぶりに敬意を表する。
さすが、大豊が誇る歴戦の古兵よ。
さて・・・続きを始めるか??」
「やめじゃやめじゃ。せっかく危うく拾うた命を
こんなところで無駄遣いする馬鹿がおるか」
短いため息と共に肩をすくめ、
二人並んで惨状を見渡す白毛とラインハルト。

「うむ。イゼルローンを向こうに回し、
トールハンマーの猛威に身を晒しての突撃は
まことに胸のすく痛快な戦であった!!
ふふっ。銀河の歴史に、また1ページ・・・」
「おお?そういう設定か!?
興味があるなら配信をやってみろ!
お前さんならアバター無しでも
結構なファンがつくだろうよ!!」
先刻まで死合っていた相手だろうとお構い無し。
イグレシアに馴れ馴れしく笑いかける大黒に、
人知れずローモンドがやれやれとため息を吐く。

「参ったな・・・コレ、
誰か俺に報酬は払ってくれるんだろうな??」
土壇場で生き延びるための
勘に従った咄嗟の判断ではあった。
今回の件に関してはアーキバスの追認も得られるだろう。
とはいえ・・・ミッション達成、とは言いかねる。
面倒な状況に頭を掻き毟る
アルカードの手元で端末が着信を告げる。
受諾時のアーキバス提示額の倍以上の高額報酬は、
ハシュラムとハロゥの連名で振り込まれていた。

「そんなもんでよかったかの?
この業界の相場はまだよう知らんでな」
同額が、ティヌスの口座にも振り込まれている。
一見して浮世離れしたこの女の、どこにそんな金が?
などと、いちいち詮索するつもりはないが。

「面倒な依頼だったな。・・・いや。
あるいは、本番はここからか」
ティヌスが見下ろす渓谷の底では、
未だに果たせぬ復讐に害意を燃やすコーラルが、
暗い炎を秘めたまま燻っていた。



関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年03月18日 23:31