独立傭兵アルカードグリッド051の飲食露店《ミサキ》で特にやることも無くミールワーム片手に安酒をつまみながら暇をつぶしていた。(自身に施された第3世代強化手術の影響もあるとはいえ)気分屋である彼は今日は依頼を受ける気にもアリーナでACを動かす気にもならず、さりとて娯楽の少ないルビコンⅢでできることと言えばコーラルドラッグでハイになるか安酒もしくはタバコくらいしかなかった。
彼としてはコーラルは普段の出撃の際に否が応でも関わる事になるので論外、ゆえに比較的好みである酒を(ため息を吐きながらだが)飲む事にした。

「珍しいな、あんたがここで酒を飲んでるなんてな」
「うるせぇな、俺だって酒飲みたくなる時は飲むんだよ。なんか文句あっか?」
「いや別に」

《ミサキ》の主人であるホールデンが茶化すように話しかけてきたのを鬱陶しそうに返す。

「…ったくマジで暇だな」
「そんなに暇ならニュートラル・ハニカーのとこに行くかアリーナに行けばいいだろう?」
「気分じゃねぇ。それにもう行ったが企業の基地警備とかのつまんねぇ依頼しかねぇんだよ」

ここ最近は星外企業による『壁越え』が成功した事もあってか、これといった派手な戦闘も無くベリウス地方全体で一種の小康状態になっていた。
といってもあくまで大規模な戦闘が無いわけであって小規模かつ散発的な小競り合い自体は何度かあったのだが、そんな物はアルカードにとっては精々道端の石ころと同じくらいの価値しかない、至極つまらない物だった。
彼は好戦的で自他ともに認める戦闘狂だが、だからと言って何でもいいという訳ではなく、基本的には食いごたえや面白味のある依頼を好んで受ける嫌いがあった。
そんな彼にとっては、現在発行されている企業の基地警備や解放戦線の護衛任務はつまらない上に報酬も低いとやる価値のない塵同然の物であった。

「ップハァ。もう一杯」
「はいよ」

手元のコップを空けた彼はホールデンに対しお代わりを要求した。それに対しホールデンは手慣れた様子で酒を注ぎこむ。
彼が注ぎ込まれたもう一杯目を思いっきり一気飲みして、ミールワームのフライに手を伸ばした時だった。
ポケットに入れていた通信端末からバイブ音が鳴り響く。

「あ、んだよ急に?」

ボヤキながら通信端末を取り出して確認すると、画面には着信通知が表示されていた。

「どこのどいつだってんだ、人が暇つぶしに飲んでるときに通信なんぞ入れやがって…」

そんな彼の不満も通信に対応した途端にキレイに吹き飛んでいた。

『登録番号Rd31、強化人間C3-291 アルカード。お楽しみの所失礼いたします。傭兵支援システムオールマインドはあなたに対し引き受けて頂きたい依頼があります』

オールマインド、ここルビコンⅢを根拠地とする傭兵支援システムだ。

(どういうことだ、企業や解放戦線ならまだしもなんだってオールマインドが?それも名指しで直接だと?)

彼の勘と今までの経験がこの依頼が只物ではない事をかぎ取っていた。
しかしながらそれと同時にどうしようもなく楽しさを覚えていた。

(最近はホントにカスみたいな依頼しかなかったからな、なんだかよくわからんが楽しめそうじゃねぇか)
「おぉ良いぜ受けてやるよ、依頼内容を言いな」
『ありがとうございます、では依頼内容を説明します』

彼の予想通り依頼内容は普通の物と比べるとだいぶ異質であった
ベリウス地方北部に存在する惑星封鎖機構の保有するウォッチポイントの一つであるウォッチポイントλへの単独襲撃依頼。
このウォッチポイントλは同じくベリウス地方の北西部に位置するウォッチポイントΔの補助拠点として建造された物であり、依頼内容は惑星封鎖機構に漏洩したオールマインド神経工学部門の機密情報をインプットされたセンシングデバイス毎破壊してほしいというものだ。

「へぇ、そいつはまた‥‥」

"面白そうじゃねぇか"

彼の呟きは声にならぬものだったが確かに流れ出ており、それを聞き取ったのかホールデンアルカードの方を一瞬不思議そうに眺めたのだった。



『独立傭兵アルカード、間もなく当該作戦地域に到着します。準備を』
「おぉ、了解だ」

自身のACであるバーゲストのコクピット内で足を組んで寝込んでいたアルカードだが、オールマインドからの通信で目を覚ますと、機体を起動させる。
彼のACはベイラムとアーキバスのパーツで構成された中量二脚機体であり、旧世代型強化人間に対応した神経接続式制御システムが搭載されている。

「んじゃ、一つ‥‥始めるとするかァーッ!!」

うなじのコネクタに神経接続用ハーネスを装着すると、自身の操作でACを飛行中のヘリから出すと同時に降下した。
既に脳深部コーラル管理デバイスの制御によって血管中に行き渡ったコーラルの影響により、ただでさえ高い彼のテンションは余計に高くなりながら、頭脳は冷や水を浴びたかの様に冷静になり、反射力も抜群に冴え渡っていた。

『では作戦を開始します。まずは周囲の封鎖機構SG部隊を排除しながら指定したポイントまで進行して下さい』
「ハッ、言われなくてもわかってんだよんな事ぁよぉ!!」

マーカー方向に進みつつ、途中で視界に入った封鎖機構SG所属のMTと砲台を破壊していく。

『コード5、敵襲!!数は1、ACです!!』
『AC…おそらく独立傭兵だな、排除しろ』

SG側も黙っておらず高出力砲台とMTで応戦を試みるがアルカードのクイックブーストと攻撃を織り交ぜた緩急の激しい機動について行けずに、ある機体はリニアガンのチャージショットで、ある機体は至近距離からの拡散バズーカを受けて破壊された。

「つまんねぇなオイ、雑魚しかいねぇじゃねぇか…」
『このウォッチポイントラムダは他の拠点と違い、現在の所小規模なSG部隊しか駐留していません。執行部隊などが投入される前に情報漏洩が発覚したのは幸いでした』
「情報漏洩、ねぇ。一体どんな情報漏らされてんだか‥‥」
『申し訳ありませんが守秘義務によりお答えできません』
「ハッ、だろうよ」

この会話中にもバーゲストから放たれたミサイルが周辺の封鎖機構MTに次々に着弾し、撃破していた。

『指定ポイントまで後300です』
「んだよもう着いちまうのか、なぁんか物足りねぇな」

指定ポイントに到着。するとそこには複数の封鎖機構のMT部隊と砲台が布陣していた。

『来たぞ、応戦しろ!』
『この先にはセンシングデバイスがある、恐らくはそれが狙いだろう』
「はぁん、なるほどなぁ…大盤振る舞いって奴だな?そうなんだろ気が利くじゃねぇか!!」

アサルトブーストを吹かしてまっすぐ突撃する。

『敵機接近中、コード31』
『迎撃開始、撃ち落とせッ!!』

敵弾がバーゲストの周囲に着弾するが、それでも止まらない。

(この程度なら多少喰らっても問題ねぇ、それに避けるのも簡単だ)

ACバーゲストの装甲は強固であり、なおかつ彼の技術はそれを十分に生かしてまるで自身の体の様にバーゲストを自在に動かして戦闘を行っていた。

『接近されたッ!!誰か援護を』
「おらぁッ!!」

MTに肉薄するとその勢いのまま蹴りを喰らわせる。そして蹴り飛ばされたMTは別のMTにぶつかって停止した。
さらに近くの砲台も拡散バズーカで破壊し、そのまま加速して接近。

「はハハッ!ヒャッハハハハハハハハッ!!」
『う、うわぁぁぁ!?』

先ほどつまらないと言っておきながら舌の根の乾かない内に興奮したアルカードは興奮に身を任せながらパルスブレードを構えて敵機に再度急接近し、標的された哀れなMT2機がバーゲストに対しレーザーガンとミサイルで応戦するが、アルカードはクイックブーストで回避すると1機に肉薄しその勢いのままパルスブレードで切り刻む。
そしてもう1機には至近距離からリニアライフルの連射を浴びせて撃破した。

『なんなんだこいつは』
『くそ、コード31C‥‥なッ、システムとつながらない‥‥』
「おーおー、よそ見してる暇あんのか?」
『え』

いつの間にか接近していたバーゲストに気づかなかった封鎖機構のパイロットはそのままブレードで機体ごと真っ二つに溶断された。

『‥‥全てSGの撃破を確認』
『後はデータが保管されているセンシングデバイスの破壊をお願いします』
「了解了解、言われなくても今からやる」

そう言うと先ほどまでの興奮状態が嘘のように落ち着いた彼はデータセンターのドアにアクセスし、オールマインドによってハッキングされたドアを通り内部に侵入し、目当てのセンシングデバイスを発見すると、即座にパルスブレードと拡散バズーカで破壊する。

「これで終わりかよ、SGも存外大したこともねぇな」
(ま、これで60万コームも入んだからぼろい商売だな)

総とりとめもない事を考えながら彼は機体を動かそうとした瞬間、今までに感じたことのない悪寒が背筋から頭へと一瞬で駆け上がる。

「ッ!?」

咄嗟に機体を動かそうとしたが

「アァ!?どうなってやがる!?」

いくら操縦桿を動かしても機体はうんともすんとも言わず、微動だにしなかった。

「クソが、ふざけんn」

アルカードが悪態を最後までつく前に強烈な衝撃と轟音が彼のいた空間を襲い、彼の意識はそこで途切れた。
彼の意識が完全に闇に落ちる前に見たのは、センシングデバイスの下からあふれ出したどこまでも赤い濁流だった。



『‥‥すか?』
『聞こえますか?』

意識が朦朧としているアルカードは"声"を視た‥‥。頭の中で直接響いている紅い"声"を…。

「んあぁ‥‥?アァ…」

そしてアルカードの頭の中で紅い声がそれはもう盛大に派手に爆ぜた。

『駄目みたいですね、もしかして聞こえていないのですか?‥‥スウゥ

聞 こ え て い ま す か!!!!????』

「あぁあぁあああ!? 」


コーラルの濁流をもろに浴び、半ば死にかけて意識が朦朧としていたアルカードは、COMが自動操縦で制御するバーゲストのコクピット内でその意識を、頭の中で爆ぜた大音量の"声"に強制的に覚醒させられた。

『強化人間C3-291、生体反応再開を確認。オートパイロットを解除』
『機体各部、武装ともに目立った損傷は認められず』
『周囲の情報を更新s―――』

アルカードの心情を知ってか知らずか、淡々と状況報告を続けるシステムボイスが唐突に中断される。

『どうやらこちらの交信が聞こえているようですねぇぇえ、よかったですうぅ!』
「うるせぇ!?人の耳元で急にわめくんじゃねぇ!!」

唐突に割り込んできた声はこちらの都合や体調もお構いなしに勢いよく話し始める。アルカードは頭の中に直接響くその声に、バーゲストのコクピットの中で怒鳴り返した。

『あなたの声が小さいのが悪いと思いまーす?』
「なんだてめえは?ケンカ売ってんのか!?」
(さっきから頭で響いてるこの"声"はなんだ?)

アルカードはこの声の主が何処の誰かは知らないし興味もなかったが、この"声"は彼にとっては不快極まりないがどことなく心地よかった。

『随分と短気ですねぇ、カルシウムが足りないんじゃないですか?」
「あぁ!?てめぇ、ぶっ殺すぞ!!」
『カルシウムは大事ですよ、特に骨粗鬆症とかには』
「んなこたぁどうでもいんだよ!!てめぇは一体何者なんだ?名乗りやがれ!!礼儀作法も知らねぇのか!?」
『あぁ、そうでした。そう言えば自己紹介がまだでしたねぇえ』
『フレアの名前はフレアです、フレアはC変異波形です。以後お見知りおきくださぁあい』
「あぁ?んだそれは?」
『そしてあなたの名前はC3-291アルカード、ですね』
(人の話聞かねぇ奴だなこいつ……)
『フレアとの"交信"を認識できる人は初めてです』
「…あぁそうかよ」

余りにも一方的なフレアと名乗るそれとの会話に気力を吸われたアルカードは半ば疲れ切って生返事を返すのが精一杯だった。だからこそフレアに気をとられたアルカードが"ソレ"に気づくのに一瞬遅れたのは仕方のない事であった。
突如コクピット内に緊急回避を促すアラートが鳴り響くとともにモニターに所属不明機が飛来している事を示すレティクルが表示される。

「ッ!?」

フレアに気をとられながらもクイックブーストを吹かしてバーゲストを咄嗟に後ろに移動させると同時に"ソレ"は鈍い金属音を立てながら着地し、その姿を現した。

「てめぇは…」
『!?』

アルカードが睨みつけた先には珍妙な見たことのないMTを4機引き連れた1機の紫色のACが佇んでいた。
そのACはオールマインド特製の試作パーツにシュナイダー製ACナハトライアーのコアと足、そして見たことのない腕部で構成されている軽量二脚機体だった。

「あぁ…あいつは…」

アルカードは意識が朦朧としており、頭がうまく回らなかった為相手の事をよく思い出せずにいた。

『相手は識別名ソロリーヴス、ACプラエタリタ。オールマインドの子飼いとしてそれなりに名の知れた独立傭兵の見たいですよぉ』

フレアにそう言われて初めてやっと思い出す始末であった。しかしながら彼の獣じみた勘は既にあらんかぎりの警鐘を鳴らしており、またあれほどのコーラルの放出とそれに伴う大爆発が起きた上でMTを引き連れて登場するなど胡散臭い事この上なかった。

「野郎‥‥そう言う事かぁ…」
『何がですか?』
「舐めたな俺を、まぁいいまずはテメェだ、確実にぶち殺してやるからなぁ…」

アルカードはこの時点で(確証はなかったが)何者かがオールマインドを出汁に自身を偽の依頼で始末しようとしたと判断(早とちりともいう)し、フレアと名乗ったC変異波形の事を頭から追い払って目の前の相手に集中することにした。

「理由は知らねぇが俺をバーゲスト諸共コーラル漬けにしてくれた罪はでけぇぞ」
『ん?あぁ、そう言えばなかなか面白い顔になってましたよ、アルカード
「ぶっ殺すぞてめぇ!!」
『随分と短気ですね、やっぱりカルシウム足りてないじゃないですか』
「うっせぇ!」

アルカードは面白そうに話すフレアに対し怒り心頭といった様子で返すとバーゲストの右腕の軽リニアライフルをチャージすると同時にアサルトブーストを起動し、接近する。それに対してMTが一斉に動き出し、プラエタリタとの前に割り込む。

「死にやがれぇ!!」

それと同時に右手に装備する軽リニアガン-LR-036 CURTIS-のチャージショットを放つがプラエタリタは即座にクイックブーストで回避、しかしながらそれを予期していたバーゲストは即座に左肩のベイラム製拡散バズーカを放って追撃をかけようとするが、そこに1機のMTが割り込んでくるとともにプラズマガンを乱射する。

「邪魔なんだよ死ねや!!」

それに対し躊躇なく至近距離から5発の散弾を放って全弾直撃させ、相手のACSが負荷限界に陥ると同時にパルスブレードを振りかぶる。

「まずは1機だァ!!」

振りかぶられたパルスブレードがMTの特徴的な円形の胴体を切り裂き、そのまま爆発したMTを目くらましにして残りの3機にアサルトブーストで距離を詰めて接近しようとする。
しかしその眼前にソロリーヴスのACプラエタリタが躍り出るとともに、右腕に装備したシュナイダー製レーザーショットガン-WUERGER/66E-のチャージ攻撃を叩きこむ。
本来の万全な状態のアルカードならば余裕で回避できた攻撃だが、コーラルの濁流によってコンディションが低下している今の状態では回避は間に合わず、直撃しバーゲストのACSが負荷限界を迎え、スタッガ―した。

「しまっ!?」

そしてその隙を見逃す程ソロリーヴスも甘くはなく、左腕に装備した鎌の様な形状のブレード-IA-C01W2:MOONLIGHT-を振りかぶるとバーゲスト目掛けて横一閃に大型の光波を放った。

「ッ!この野郎!!」

これが普段ならばアルカードはパルスアーマーあるいは強引なクイックブーストで難なく回避していただろう。しかし、今の彼はコーラルの濁流によってコンディションが悪化しており、判断が鈍り回避が間に合わなかった。



ソロリーヴスという傭兵は対外的にはひとりの独立傭兵として認知されているが、実際には3人のコーラル感応特化型強化人間が同型の機体をそれぞれ操りオールマインドの「目的」のための工作任務に従事しており、今回のウォッチポイントλの件はオールマインドの命令を受けたS3(ソロル・トリア)が担当していた。

(この程度か…)

目の前で自身の攻撃によってスタッガ―したアルカードのACバーゲストを見て、S3はつまらなさそうに僅かばかり息を吐く。
S3の役割はオールマインドにとって目的のトリガーとなりうる可能性を持つ独立傭兵アルカードの監視、およびに事がオールマインドの想定通りに運ばなかった場合の証拠の抹消であった。アルカードがウォッチポイントλに存在していた時点で、彼を監視し、失敗した場合の抹消というS3の指令は決まっていた。アルカードが自身の攻撃でスタッガ―したことを確認したS3は即座に左腕の光波ブレードをチャージし横一閃に大型の光波をアルカードのACバーゲスト目掛けて放つ。

「‥‥せめて人の姿のまま死ね、それが救いだ」

しかし、S3が放った光波は目標を外れ光波は空しく虚空へと消えていった。

「何?」

あり得ないその光景にS3は僅かに目を細めて硬直する。そしてその直後、S3が事態を理解すると同時にプラエタリタに凄まじい衝撃が加わり、衝撃で後方へと吹き飛ばされる。

「ッ!?」

何が起きたか理解できないまま、S3はアルカードのバーゲストから距離をとるべくMTを前に出してバーニアを吹かして後方に下がる。しかしそれを逃すまいと、アルカードのバーゲストが追撃をかける。

『野郎ッ、よくわからんがチャンスだ死ねェ!!』

先程の攻撃から十分に立ち直ったバーゲストはリニアガンを連射しながらアサルトブーストを起動してバーゲストを突進させる。
プラエタリタが攻撃を回避しつつ右腕のパルスガンを乱射しながら距離を取って、アルカードのACバーゲストへ反撃する。しかしアルカードに回避され、お返しとばかりに横一閃に放たれたパルスブレードによって左腕を切り裂かれ爆散したばかりかACS負荷限界を迎えスタッガ―した。

(馬鹿な!?)

S3はプラエタリタから伝わる激しいノイズと左腕の損傷から受けたダメージを見て驚愕する。
プラエタリタはバーゲストの強烈な一撃を受け流して、左腕に装備した光波ブレードでカウンターを叩き込むつもりでいたが、そのカウンターが回避され逆に自分が更なる追撃を叩き込まれるという予想外の事態にS3は動揺せざる負えなかった。

(回避しただと!?コーラルに侵されて体調が最悪な状態で?)

S3はアルカードの身体的コンディションが最悪であると踏んでおり(実際にその通りだったのだが)、その状態で致死量に近い高濃度コーラルによって齎された影響をものともしないような行動を取るなど予想だにしていなかった。

「ッ!?」

そして動揺するS3の目の前にはいつの間にかバーゲストが肉薄しており、左肩の拡散バズーカを構えていた。

『ぶち抜けぇ!!』

バズーカから放たれた散弾はプラエタリタに直撃し、フレームと装甲をズタボロに引き裂いていく。

『……ッ!』

S3はバーゲストが肉薄する直前に咄嗟にクイックブーストで距離を取ったが、それでもバズーカの散弾はプラエタリタに重大な損傷をもたらしていた。

(破損率50%、機体はFCS始め機能不全多数……)

S3が視界の片隅に映るモニターに表示された機体ステータスから自分の状態を確認すると同時に、オールマインドからの通信が入る。

『S3、強化人間C3-291にはリリースのトリガーとなりうる要素が確認されました。恐らくはC変異波形と交信している物と思われます。以上の観点からオールマインドはC3-291を排除するのではなく経過観察に留めることを決定しました。よってS3は直ちに帰投するように』
「……了解」

オールマインドからの指示を受けたS3は即座に思考を切り替えると、機体損傷など微塵も感じさせないような滑らかな動きでバーゲストから離れていく。



「逃がすかよ!」

アルカードソロリーヴスが離脱するのを確認するとすぐさまアサルトブーストを吹かして追撃を試みるが、S3はタイミングを見計らってアルカードが至近距離まで接近してきたのを見計らってパルスアーマーを発動、それによって発生したパルス波の影響によってACSを始めとした電子系統が一挙に負荷限界を迎え硬直するアルカードのACバーゲスト。

「クソッたれ!」

その隙をついてソロリーヴスの操縦するプラエタリタはアサルトブーストで一気に距離を取るとそのままウォッチポイントλから離脱していった。

『ACプラエタリタ、信号消失。撤退した模様です、とフレアは報告します』
「チッ、逃げやがったか…」
アルカード、深追いは禁物かとフレアは思案します』

S3の追撃を行おうとするアルカードをフレアの声が制する。

「……わぁったよ」

アルカードはフレアの静止に舌打ちしつつも、大人しくバーゲストをウォッチポイントλから離脱させる。

「しっかしどうなってやがる、あの時はどう見ても攻撃が直撃するはずだったのに奴は見当違いの方向に光波を放ちやがったし、あのMT共はなんでずっとああやってポツンとバカみてぇに突っ立ってるんだ?」
『あぁ、その二つはフレアがやりました。存外ハッキングというものは土壇場でもできるものなんですね』
「……お前、一体何者なんだよ」
『フレアはフレアですよぉ。フレアはただのどこにでもいるお友達思いのC変異波形ですがそれが何か?』
「……」

フレアの言葉にアルカードはそれ以上深く追及するのをやめた。

『まぁなんにせよ、これからよろしくお願いします。アルカード
「…あー、なんだ、よろしく」

そう言うとアルカードはフレアとの会話を一方的に切り上げる。

『つれないですね、もしかしてフレア以外にお友達はいないでしょう、アルカード?』
(うるせぇ……)

フレアの軽口を聞き流しながら、アルカードはコーラルの濁流によって齎された激しい頭痛と倦怠感に苛まれていた。

「クソが……」
『どうやら大分体にダメージが残っているようですね、まぁ無理もないでしょう。あれだけ高濃度のコーラルを浴びたのですから』
「うるせぇ、頭が割れそうなんだよ……」
『今はゆっくり休んでください、アルカード
「‥‥そいつはどういうっこた…」

なんとかそこまで言い切ったが、疲労感と安ど感、そして高濃度コーラル被ばくの影響か、それきりアルカードの意識は電源が落ちるようにプツリと途切れた。
後に残ったのはフレアによって自動操縦モードに切り替えられてウォッチポイントλから離れるACバーゲストの駆動音であった。
最終更新:2024年05月18日 02:33