ジェヴォーダンの獣

登録日:2016/07/13 Wed 18:04:57
更新日:2025/04/21 Mon 19:56:14
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概要

ジェヴォーダンの獣とは、18世紀フランスに現れた生物である。
出現場所がジェヴォーダン地方(現ロゼール県)であったことから、「ジェヴォーダンの獣」と呼ばれている。
当時の人々には「ベート(獣)」と呼ばれていた。
獣の特徴については、

  • に似ている
  • 子牛ぐらいの大きさ
  • 体に見合わない程大きな口
  • 角の様に真っすぐ尖った耳
  • 鋭い鉤爪
  • 赤い毛
  • 尻尾は長くふさふさでよく動く
  • 歩いているときは鈍重そうで、獲物にはのように柔軟に近づき、のように足が速い
  • に向かって飛び掛かり、押し倒す程力がある
  • を恐れない
  • 背中に黒くて長い一筋の縞模様がある

という証言が残っている。


※一部凄惨な内容が記されています。閲覧には注意してください。


襲撃

1764年6月
牛飼いの女性が謎の獣に襲われる。女性は鋭い鉤爪で体中に傷を負ったものの、雄牛が守ってくれた為命は助かった。
彼女は自分を襲った獣について「狼のようだが、頭は長く、口は大きく、尾はふさふさで、背中に一筋の縞模様があった」と証言している。
数日後、この襲撃場所から離れたレウバック教区で14歳の少女ジャンヌ・ブルが行方不明になる。
翌朝発見されたジャンヌの遺体は肝臓や心臓など柔らかい内臓が食べられており、これがジェヴォーダンの獣による最初の死者とされている。


これを境にジェヴォーダンの獣は人々を襲い始る。
獣の手口は非常に残酷で、喉に牙を突き立てて血を吸ったり、頭の皮を剥がして殺すなどした。
母親から抵抗を受けても、子供たちを執拗に攻撃して連れ去ったこともある。
領主は猟師を派遣したが事態はまるで収まらず、三か月の間に二十人を超える死者が出た。
しかも犠牲者のほとんどは狙いすましたかのように、力の弱い女性と子供ばかりでまた特徴として家畜がいても人を襲い、顔を狙うことが多かったとされる。


ある日の記録では一日に二件、それも50kmも離れた場所で被害の報告がある。
山狩りをしていた猟師が銃弾を命中させたものの取り逃がし、数日後には再び被害が出始めたという話もある。
複数の個体がいるのか、はたまた不死身なのか。まさに正体不明の怪物である。


この事件はやがてパリ、そしてヨーロッパ中に伝わることとなり、フランス国王ルイ15世は1764年11月、フレンス軍精鋭部隊「竜騎兵(ドラゴン)」を送り込んだ。
派遣された竜騎兵は五十五人で馬に乗り、マスケット銃を構えていた。
が、軍人に狩りをさせるのは無茶というものでまるで成果を出せなかった。
二万人が参加するほどの山狩りも何度か行ったがそれでも獣は狩れなかった。
一度は獣を発見し追い詰めたものの、竜騎兵は馬から降りようとしなかったせいで山の奥まで入れなかったという。
加えて彼らの行いも悪く、農民に食料をたかったり、乱闘騒ぎも起こしてしまう。
打つ手が無くなった竜騎兵は女装して待ち伏せ作戦も行ったようだが、それを見抜いたのか今度は離れた地域で被害報告が挙がるという始末だった。
ゴツいおっさんじゃなくてブリジッ



竜騎兵が手こずる中、人々は宗教にも頼った。
しかし当時のフランス国内はプロテスタントとカトリックによる内戦があったばかりで、
ジェヴォーダン地方は二つの宗派が入り乱れた複雑な地域だった。
そういう背景もあり、司教は
「獣はが人々を罰する為に送った特別な獣であり、これは天罰だ」
として取り合ってくれなかった。


こうなれば自分達の身は自分達で守るしかないのだが、
領主は「銃の所持を許可すれば反乱が起きるかもしれない」として領民に槍などの簡単な武器しか所持を許さなかった。


被害者だけが増え続けた。
襲われるのはやはり女性と子供ばかりで、命が助かった例もあるが助からなかった例がほとんどである。
何度かは獣に傷を負わせたものの、仕留めるには及ばなかった。
教会は教会で生還者かつ獣を撃退した「マリ=ジャンヌ・ヴァレ」をジャンヌ・ダルクになぞらえて称えて大規模なミサを行ったりもしたが、
その最中にも犠牲者が出た。



仕留められたオオカミ

1765年9月21日、新たに派遣されたボーテルン(ボーテルヌとも)が獣を仕留めたと発表される。
仕留められたオオカミは通称シャズの獣と呼ばれ、体長1.7m、体重65kgという記録が残っている。
平均的なオオカミは体長1.3m、体重40kgのため、これは間違いなく大物だった。
このオオカミは剥製にされてヴェルサイユへ送られ、ボーテルンは名誉と賞金を手にした。

しかし…








その剥製の背中には縞模様がなかった









襲撃再開

1765年12月2日、二人の少年が獣に襲撃を受ける。
少年の一人は死亡し、生き残ったもう一人の少年は「背中に一筋の縞模様があった」と証言した。
ジェヴォーダンの獣は生きていた。


ではボーテルンの件は何だったのかということになるが、
彼は適当なオオカミを仕留めて捏造を行ったという意見がある。
当時ボーテルンの周りで被害者が出ていたのに、そのオオカミは遠く離れた場所で、40km離れた所から来た遠征隊に仕留められた事になっている。
現場サント=マリ=デ=シャッズの街道は整備されておらず、霜が降り始める季節で、夜間の移動や狩りは考えらないと指摘される場所なのだが、
ボーテルンはそこで夜を過ごそうとして出発したと述べている。
また、彼はこの後も疑わしい行動を何度か取っている。


当然この報告はルイ15世の耳にも届くが、
「もはや事件は解決している」
として無視した。
事件を解決したものとした手前、これを認めれば権威に傷が付くという判断だったのだろう。


獣の被害者の中には、「四肢が切断される」、「頭部が川を挟んだ反対岸に置いてある」、「食い荒らされた遺体の頭部に帽子が被せられている」など、尋常ではない死体も見つかり始める。
元々の宗教的対立により不信の渦巻いていた人々の間では、
「獣ではなく人間の犯行ではないか?」「獣を操っている人間がいるのではないか?」
という声まで出始める。
1767年にはもう犠牲者があまりに多く、死者や負傷者が出ても報告すらされない事もあるという有様だった。


1767年6月19日、
地元の猟師ジャン・シャステルが巨大な獣を仕留め、これ以降獣の襲撃は無くなった。
獣の死骸は王の元に届けられたが、防腐処理が完璧ではなかったので腐敗していて、突き返されたが解剖報告書は記録されておりその特徴はハイブリッドウルフのものであった。
しかし事件解決後ルイ15世は死骸を直ちに埋めるよう命じたとされ、死骸の行方は分かっていない。


「シャステルが獣を撃つ前に祈りを捧げると、獣が現れて祈りを終えるまでじっと待ち、聖別された弾丸を受けて死んだ」という話があり、
そこから「シャステルが獣を飼いならしていた犯人ではないか?」とする説もあるが、祈りの話は後付けの捏造とされる。
「宗教家とシャステルがグルで、自分達の権威を高めるためにやったのでは?」と勘繰る人もおり、事実、シャステルの息子アントワーヌ・シャステルはプロテスタントと懇意であり、シマハイエナを飼育していたという噂もある。


負傷者の数だけでも相当だが、
ある記録では88人、別の記録では123人もの死者を記録したこの惨劇はこうして幕を下ろした。



正体

今なお不明。
オオカミ説、ハイエナ説、オオカミとイヌのハイブリッド説、フクロオオカミ説、ナマケグマ説、人間説や狼男説など様々存在するが、肝心の死骸が残ってないため検証が不可能となっている。
ここでは様々な説を紹介する。


  • オオカミ説
ヨーロッパでは戦争が起こるたびにその死体を食べてオオカミが増え、問題となっていた。
15世紀のフランスでも、オオカミの群れがパリを占拠し40人が犠牲になったという記録が残っている。(いわゆる狼王クルトーの話)
2012年には、カナダで体長2.2m、体重72kgというとんでもないサイズのオオカミも発見されている。
正体がオオカミかはさておき、オオカミの増加は「男手が減って山が荒れ、女子供が家畜の番をしなければいけなかった」という事件の背景にも繋がっている。
現代のオオカミは積極的に人を襲うことは少ないことからオオカミ説が否定されることもあるが、当時のオオカミは現代よりも攻撃的であったとする説もある。
これは上述のように戦死した人間の味を覚えた個体が多かったことや、害獣駆除と軍事訓練の一面から積極的に狩猟され、その結果、生き残った個体の子孫が現代では人を避けるようになったとする説である。


  • ハイエナ説
当時の富裕層が取り寄せていたハイエナが逃げ出したとする説。
背中の縞模様や人を襲う場合は顔に噛みつくなど証言と一致する部分も多い。
しかしその一方、目撃者が証言したような子牛ほどの大きさや跳躍力がないなど合わない部分もある。
パリの自然史博物館にはシャステルに撃たれたシマハイエナの剥製が展示されていた事を根拠に「あれがジェヴォーダンの獣だった」とハイエナ説を推す人もいるが、
ルイ15世は死骸を埋めるよう命令し、そもそも展示期間が1766年から1819年となっているので1767年に殺された獣だとしたら辻褄が合わないことになるが、当時仕留められた獣がシマハイエナだという記録が残っていた為、それを見た博物館の職員が別のシマハイエナの剥製を獣の代わりとして展示したとも考えられる。


  • ハイブリッド説
イヌとオオカミの雑種、ハイブリッドウルフであるとする説。
親の種類に影響はされるものの、大きな体や高い跳躍力を発揮する個体も記録されている。因みに、アントワーヌ・シャステルは猟犬としてマスチフ犬を飼育していたという。
なお2016年には当時の解剖所見記録を元に獣の復元模型が作られており、その見た目がほぼイヌだったことから現状最有力説。品種改良の過程で誕生した凶暴種ではないかと推察されている。


  • フクロオオカミ説
大きさ以外は獣と身体的特徴が一致するが、ヨーロッパには生息しておらず、当時は未発見。
生息地であるタスマニア島は当時オランダ人が上陸した記録はあるものの、ヨーロッパ人の入植は始まっていない。


  • ナマケグマ説
鉤爪があり外見もオオカミに酷似している。
ヨーロッパには生息していないが、富裕層がペットとして飼育していたものが逃げ出した可能性はある。
ただし、クマなので尻尾がないのが外見上の大きな差異となる。


  • その他の動物説
当時の貴族達の間では、ライオンなど海外の珍しい動物をペットとするのが自慢の種となっていた。
上記のハイエナ説やフクロオオカミ説、ナマケグマ説もこのひとつである。
こうした動物が逃げ出し人を襲っていたのではないかとする説が当時から報じられている。


  • 人間説
オオカミ等動物の毛皮を着た殺人鬼や変質者、強盗による犯行説。
深夜、就寝していた12歳の少女が自宅から姿を消し住民総出で捜索した所、森外れの空き地で全裸の遺体となって発見された他、首が切断されていた遺体や帽子をかけられた遺体などがあったことから変質者による犯行もあったとのこと。
当時、殺害された女性の遺体はレイプされたかどうかの検視は行われていなかった。
また、同地には山賊も跋扈していた為。


  • 絶滅動物説
戦乱で森が破壊され隠れ住んでいた絶滅動物の一団が村に現れた説。
ダイアウルフ*1説やアンドリューサルクス*2説などが代表的。
しかし、これらも生息域の違いがあるし、アンドリューサルクスはいくら何でも時代が離れすぎだろうと言われている。
他にはパキクロクタ*3説やサーベルタイガー説などもある。


そもそも既知の動物ではなかったという説。
本格的に発見される前に絶滅してしまった、あるいは個体数が少ないため今なお発見されていないという説などいろいろ。
異次元から迷い込んだ、神罰として現れた、魔女に召喚された魔物といった荒唐無稽な説も。
狼男説もこの一つか。


余談

実在した(とされる)人食いの怪物としては抜群の知名度を誇るため、後世では度々創作の題材、モチーフとして扱われる。
近年の作品で事件そのものを描いたものとして有名なのは2001年に公開された同名のフランス映画だろうか。
対して、「しをちゃんとぼく」では吹雪の中しをちゃんの中身を、普通に食していた(原文まま)が、重要な味の成分をも失ってしまっていた(原文まま)ことをしをちゃんに自覚させた。言葉を交わさずともなんとなくわかった(原文まま)……申し訳なさそうに首を横にふるふるしたから。

「獣」の正体などの詳細は割愛するが、アニヲタwiki的には作品全体の雰囲気がゲームBloodborne」に、
衣装などのヴィジュアル面が漫画「武装錬金」にそれぞれ大きな影響を与えているのは特筆すべきだろう。
あとガリアンソード




ある人が言った「人を恐怖させる物の条件」は三つ。
ジェヴォーダンの獣はその内の二つ、「人語を介さない」、「正体不明」の条件を満たしている。
これでもし「不死身」だったなら――――いや待て、もしジェヴォーダンの獣が、成体でなかったとしたら……?


追記修正はジェヴォーダンの獣を仕留めてからお願いします。

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最終更新:2025年04月21日 19:56

*1 約1万年前まで北米に生息していたオオカミに似た生物。遺伝子的にはオオカミよりもジャッカルに近いとされっる。

*2 約3600万年前に内モンゴルに生息していたとされる、クジラの祖先に禁煙の大型哺乳類

*3 約260万年前までユーラシア大陸に広く生息していた大型のハイエナ