空中元彌チョップ

登録日:2024/03/26 (火) 23:23:58
更新日:2025/03/29 Sat 15:33:40
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空中元彌(くうちゅうもとや)チョップ」とは、時代の徒花たる狂言師・和泉元彌の必殺技である。


【まず狂言師って何?】

狂言師(きょうげんし)とは日本の伝統芸能の一つであり、ユネスコの無形文化遺産でもある「狂言」の演者を指す言葉である。
同じく伝統芸能の「能」との違いは、「能」が長編のシリアスストーリーであるのに対し「狂言」は短編コメディであるといった感じ。
基本的に「能」と「狂言」は同じ舞台で上演される。映画の同時上映みたいなものと思えばいいだろう。
「狂言」には動植物を擬人化したキャラクターが登場するなど、今の感覚で言うならコントに近いかもしれない。

国語の教科書にも代表的な演目『附子』『棒縛り』などが載っている為、学校の授業でカセットテープやCDで音声を聞いたり、ビデオを見たり実際に能楽堂で鑑賞したりしたことがある人もいるだろう。普段聞くことのない声色で演劇しているから思わず笑っちゃったなんて人もいるかもね。
他には、「さてもさても うまいことじゃ」なんて言葉をテレビのCMなんかで聞いたことある人もいるのではないだろうか?


和泉(いずみ)元彌(もとや)って誰?】

氏がメディアに多く露出していたのは2000~2002年頃なので、氏を知らない、あるいは忘れているという人も今では多いことと思う。
狂言師の流派の一つである「和泉流」の自称(●●)二十世宗家、それが和泉元彌である。
2000年にNHK紅白歌合戦の司会や翌2001年にNHK大河ドラマ『北条時宗』の主演を務めて以降、本業だけでなくテレビ番組やCMにも引く手あまたとなり、瞬く間に時代の寵児となっていった。
この絶頂期に、主演舞台『ロミオとジュリエット』で相手役だった女優の羽野晶紀と結婚している。

アニヲタwiki的には『ウルトラマンオーブ THE ORIGIN SAGA』でサイキを演じた人物と言えばピンと来る人もいるだろうか。あとチョコレートプラネット長田がモノマネしている人。
更に大河ドラマの影響で『Civilization Ⅵ』の日本文明の指導者(北条時宗)のデザイン元ネタになってもいる。


【なんでそんな人が必殺技なんか持ってるの?】

前述した通り、和泉流二十世宗家を自称していたのが全ての始まりと言えるだろう。
まず和泉流宗家は一度断絶しており、同じ和泉流に属する三宅家出身で元彌氏の父親・元秀氏が6歳の時に十九世宗家に就いている。
ただ元秀氏の三宅家もやはり和泉流の野村家が復興させた名跡で、この襲名は野村家とかなり揉めていたらしい。また元秀氏も実家の三宅家の名跡「三宅藤九郎」を巡っても*1騒動を起こしたりとトラブルメーカー気味で、和泉流の御家事情は不安定であった。
そしてその父親が危篤状態になった際、諸々の手続きを一切踏まず独断で元彌氏の二十世宗家襲名公演が敢行されてしまったのである。
対立していた野村家のトップである野村萬(『陰陽師』の安倍晴明役などで知られる二世野村萬斎の伯父)らが断固抗議するも、和泉家はあろうことか二十世宗家を商標登録するという暴挙に出て、最終的に能楽協会からの退会処分を受けてしまう。

この一件は氏が干されるようになったきっかけの一つに過ぎず、それ以前からマスコミや世間にはお騒がせキャラとして認識されていた。

上述の通りあまりの人気故に過密スケジュールを組まざるを得なかった元彌氏は、現場への遅刻が非常に目立つようになっていた。
それだけならまだしも仕事のドタキャンや、別々の仕事の時間帯が被るダブルブッキングまで度々やらかしてしまったのである。
特に有名となったのが2002年7月に起きたダブルブッキング。
岐阜県可児市から東京都新宿区までの間を3時間以内に移動しなければ間に合わないという物理的に無理ゲーなスケジュールが組まれてしまったのだ。参考までに言うと、新幹線を利用しても最短で3時間25分かかる距離である。
このスケジュールが判明した際、流石に多方面から非難の声が上がったわけだが、元彌氏の実母で実質的に氏のマネージャー兼スポークスマンつまり一連の騒動の元凶*2でもある和泉節子(母方の先祖はなんとあの軍師・竹中半兵衛!)は大胆な策を実行に移す。
陸路が駄目ならと空路を使ったのだ。
チャーターしたヘリで名古屋空港へと飛び、そこから更にチャーターした小型ジェット機で羽田空港まで飛び、最終的には30人近くのマスコミを引き連れた状態で首都高をハイヤーでかっ飛ばし僅か2時間で次の現場に到着している。

こういった負のイメージの積み重なりもあって仕事が徐々に減ってきた元彌サイドには迷走が見られるようになる。
そんな最中の2005年、元彌氏がプロレス「ハッスル・マニア」にてリングデビューを果たすという衝撃の一報が届くこととなった。
元彌氏曰く「平成に生まれたエンターテインメントから600年前の室町時代のエンターテインメントに挑戦状を叩き付けられているんではないか!」というのが参戦理由らしい。要はオファーがあったということ。
「空中元彌チョップ」は、そのために元彌氏が編み出したフィニッシュ・ホールドなのだ。


【試合内容はどんな感じだったの?】

2005年11月、横浜アリーナにて開催された「ハッスル・マニア2005」の第3試合。
相手はエンタメの本場であるアメリカの団体・WWEに参戦していた経歴を持つ鈴木健想*3。一方の元彌氏は『仮面ライダークウガ』のズ・ザイン・ダ役で特ヲタに知られるAKIRAをトレーナーに迎え特訓を行っている*4
オープニングの時点で元彌氏はまだ控室に姿を現しておらず、節子氏とレポーターの間で「またダブルブッキングか?」という茶番やり取りが繰り広げられている。

実際の試合ではヘリの音とともに会場の天井から縄梯子に掴まった元彌氏が登場し、「遅刻もダブルブッキングもござらん」と盛大に自虐ネタをかましている。リングコスチュームは青地で装飾を施した和装。その下に金色のスーツを着用している。
体格差もあり当初は苦戦を強いられていた元彌氏だったが、乱入してきた健想選手のセコンド・鈴木浩子*5のパウダー攻撃が誤爆したことで流れが変わる。
目をやられた健想選手の攻撃が浩子夫人に炸裂してしまい、その隙にコーナーポストに上った元彌氏が健想選手の肩に飛び乗ると伝家の宝刀・空中元彌チョップをお見舞いしたのである。これをまともに受けてダウンした健想選手にすぐさま片エビ固めを仕掛け、見事元彌氏が勝利したのであった。試合時間は8分54秒。

ちなみにこの試合、実際に観た人々からは意外と評判が良かったりする。エンタメに特化したハッスルの興行と、狂言という魅せる動きに特化したコンテンツが上手いこと嚙み合っていたのだ。実質大掛かりなコントみてーなもんだし。
体幹がしっかりしている元彌氏のキレのある所作の数々も見どころの一つ。
立ち上げから日の浅いハッスルが、格闘技に興味のない一般人からも大きく注目されるようになったという意味でも成功だったと言えるのではないだろうか。
ただしワイドショー等ではことごとく失笑を買っていたが。


【結局どういう技なの?】

コーナートップから相手の肩に飛び乗り、左手で相手の頭部をロックし、脳天目掛けて連続で右チョップを叩き込むという荒技。
どう見ても威力の欠片も無さそうなチョップなのだが、僅か4発で身長190㎝超えの巨体を誇る健想選手をダウンさせている。その理由は元彌氏自身の解説によると人間のツボを刺激してダメージを与えているからとのこと。北斗神拳かな?
技を放つ前に精神集中と共に「弓矢八幡討って捨て申す」八幡神への祈りを唱えることで、攻撃力上昇のバフが掛かるらしい。
映像では実況の声が大きく音を拾いきれていなかったが、きっとコーナーポストに上った時に唱えていたのだろう。
空中と謳ってはいるが、地上でも威力に問題はないとやはり元彌氏自身の口から説明されている。

なお、映像をよく見ると打撃の際に「ぺし、ぺし」と自ら効果音を叫んでいる。ただしこれは狂言ではよくあることである。


【余談】

実はこの技、本来は「フライング元彌チョップ」という技名だったらしいのだが、元彌氏が記者会見の席でうっかり言い間違えた結果この技名になったという経緯がある。
尤もこのネーミングだったからこそ今なお多くの人の記憶に残っているのだろうが。

技を放つ前に大見得は切るが技名は叫んでいない。
おそらく記者会見の際に狂言の口調で技名を口にしたのが、試合中に技名を叫んだものと勘違いされているのだろう。

当日の会場には元彌氏のセコンドとして、和泉家の女性による応援団「セッチー鬼瓦軍団」が付いていた。*6
会場では「セッチー鬼瓦煎餅」なる商品が売られており好評だった模様。
物販の中には、「空中元彌チョップTシャツ」なる非常に気になる名前の商品もあったらしい。検索して当時の画像を見てみたところ、シャツの色はだった。じゃないんかい!

当時の現場責任者だったプロレスラーの安生洋二はこの試合での元彌氏の立ち振る舞いに感動したほか、浩子夫人のディーバとしての手腕を高く評価している。健三は特に何もないとは言ってはいけない。
後にハッスル入りする健三選手の元同僚だったTAJIRIは、当時のWWEでも評判が良かったと語っている。流石はヨシヒコに唸った団体である。

なんだかんだで世間に強いインパクトを与えた影響だろうか、何を血迷ったのか、この年のプロレス大賞最優秀試合賞(ベストバウト)にもノミネートされた。

元彌氏がハッスルのオファーを受けるに至った要因の一つは、橋本真也との出会いだったと氏は語っている。
渦中の人だった頃、たまたま飛行機で一緒になった際に激励を受けたことで精神的に救われており、亡くなった橋本氏への恩義という意味合いもあったようだ。

かつてニコニコ動画で有志が制作したRPGツクールゲームで、『レッツゴー!陰陽師』の坊主ダンサーズの一人がこの技を使用するように設定されていた。高威力の単体攻撃技。
これは2007年に元彌氏が格闘技イベント「RING6」の会場にてコスプレをして『レッツゴー!陰陽師』を踊ったことが由来となっている。

2024年3月、健想選手が自身のSNSに「和解」と称して元彌氏、健想選手、浩子夫人の3ショット写真を掲載し、当時のファンの間で話題になっていた。


伝統を守り、家を守ることが 日本人の心である

人に何をされようとも、自分を見失うことなく 己を信じて 「生き切る」ことが 全てを守ることである

五百六十七年の 歴史を信じて生きていく

「狂言 和泉流宗家は永遠に不滅です」

和泉流二十世宗家 和泉元彌


追記・修正は空中元彌チョップの直撃を耐えきってからお願い奉りまする。

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最終更新:2025年03月29日 15:33

*1 現在は元彌氏の姉が襲名。

*2 実際には節子氏を含め複数人のエージェントがいたとのこと。

*3 現在のリングネームはKENSO。

*4 AKIRA選手は当日のセコンドも務めており、リングにも上がっている。

*5 健想選手の嫁で彼女もWWEの元ディーヴァ。現在は地方議員。

*6 「セッチー」とは節子氏が当時のマスコミに付けられたあだ名。「鬼瓦」は家族愛を描いた狂言の演目名から取られている。