形式主義・創造主義論争(理:asvielm fon durxeen celavera ad lojera)とは、リパラオネ文学批評における論争の一つ。


概要

 形式主義・創造主義論争は17世紀復興運動のうちに端を発する論争であり、現代ユエスレオネの文壇においても議論され続けているものである。
 文学の形式自体が言語を芸術化することで文学的価値を生み出していった形式主義と形式は文学者の表現力や感情、伝達の内に最適化されたものであるとして創造的価値を重視する創造主義の対立が論争の中心であるが、20世紀になるとイェスカ主義詩学の成立によってこれらの対立が否定されるに至った。しかしながら、イェスカ主義的世界観解釈を支持しない立場からは対立は以前現実のものであるとして議論を続けている者も居る。

歴史

17世紀

 形式主義・創造主義論争は、元々はクローマ詩学における問題であった。17世紀復興運動において、クローマの諸学派がこの論争のそれぞれを支持したことによって統合されていくことになった。
 スキュリオーティエ叙事詩の文章を引用して、詩やスニーオーヴェイノを作ることを中心として活動した引用派やスキュリオーティエ叙事詩を至上のものと見なし、それを手本とはするものの引用や改作、模写をすることをタブーとした形式派は形式主義を支持し、スキュリオーティエ叙事詩の物語の筋に焦点を当て模写を重要視した素描派は創造主義を支持した。
 形式主義の勢力は大きかったが、創造主義もアレーナ・デーリエなどの作家が散文文学運動を展開して対抗した。創造主義散文文学は詩文学の特権性を否定し、散文自身が価値を生み出すために詩的な文章の伝統を取り除く前衛的な文学になっていった。

18~20世紀

 18世紀になると形式主義文学は文学自体に形式美を求める「純文学」を、一方で創造主義文学は伝統から距離を置きながらも大衆に受け入れられ楽しまれた「大衆文学」を成立させた。革新チャショーテ系は「純文学」=形式主義文学を支持し、逆にスカートゥ主義者は「大衆文学」=創造主義文学を支持した。特に言語権の提唱で有名なレクタール・ド・シャーシュは詩は言語表現に形式を課すことによって言語表現が修辞的表現を得て更に文学的な価値を得て前進するという見方を支持しており、その先にその価値を利用して散文が生み出されるとする「詩の唯物史観」を提唱している。
 19世紀になると、イェスカ主義が出現する。イェスカ主義の主体的統一の概念は形式主義と創造主義を対象として、それを統一することを企図した。これによって成立したイェスカ主義詩学では形式と文章は相互に影響を与えあっているとして形式主義や創造主義という区分自体がナンセンスだと切り捨てることになった。
 以降、20世紀は基本的に論争は鳴りを潜めた。

21世紀以降

 21世紀に入ると、新イェスカ主義の成立や民主化の中で興隆したサラリス系言語思想団体の活動によって、それまでのイェスカ主義詩学の主張に対する反論が高まってくる。
 特筆すべきは、クローディア・デーリエ・クローリッドやフィリン・エス・ラーシアルスらによる新イェスカ主義的批評理論である。これは論争の答えとして「筆物」「有時間的筆物行為」という概念を提示した。一方で、保守的な立場からは2008年のサラリス会がxelkene'd rerの推進を目指すなどしている。
 これら新たな動きに特徴づけられるのは、イェスカ主義詩学が論争自体を否定したのに対して、実際に創造主義と形式主義の重ね合わせを実現することを目指している点である。

影響

 「純文学」と「大衆文学」はこれら形式主義・創造主義論争によって生まれた概念である。それゆえ、現世におけるそれとは違う意味かつ変わった経緯を持っていることに気をつけなければならない。
最終更新:2021年12月05日 22:39