概要
現世における「人権」に当たる概念であると解説される事が多い。主体的存在に基本的に保証されるべきものという認識は共有されているが、現世のように「戦って勝ち取るべき権利」というよりも「保証しなければ重大な仕返しを受けることになる」といったような概念であると解されている。
リパライン語のヴァスプラード(vasprard)はヴェフィス語のヴァプラード(vespradé)に由来し、これは古典リパライン語のウェエスプラタフト(weesprataht)に由来する。これはヴェルテールによる造語であり、エスプラタエド(esprataed、欲する、望まんとする)の最上級形ウェエスプラタエフド(weesprataehd、最も望む)に由来する。
概念
ヴェルテール哲学
最高尊厳は本来
ヴェルテール・シュテック・レヴァーニが創始した
ヴェルテール哲学において無限戦争(nodelm)を解決するために間主体性の統御を目的として作られる国家という装置が十全に働くためにあるべき四つの基礎のうちの一つであり、基礎的な間主体性の保障を指すとされている。つまり、現世で分かりやすいように説明するなら「基本的人権の保証」という程度の概念であった。
イェスカ主義
ヴェルテール哲学を間接的に継承した
イェスカ主義において、最高尊厳はより具体化された形で定義されている。特にイェスカ主義の具体的な憲章たるファールリューディア宣言に基づいて、
ユエスレオネ連邦憲法で定義される
生存権、経済的正義、文化権、自由信仰権、言語権、平等権、表現の自由、教育権、刑事上人権保障、思想権、発信の自由、労働者尊厳権、死刑を受けない権利、自由恋愛権、自由ウェールフープ権が、連邦法における最高尊厳と見做されている。
「人権」との関係
最高尊厳と類似の概念として
人権(lartonirfe、もしくはより具体的にはmemylo)という概念がリパラオネ思想上には存在する。これは
人間(larta)の不可侵の権利を指すものであり、
レシェール・ヴェンタフによる法哲学の時代において普遍主義の観点から批判の対象となった。
このため、
ユエスレオネ連邦では人権に当たる単語を利用すると人形
ラーデミン(ラッテンメ人)や
ドヴァシュカのようなコミュニケーション能力のある
シェメン・ヴュコットに対する差別として見做される場合がある。
なお、"lartonirfe"は人間に限定しない「権利」を指すことが多く、一般的には差別的意図がない単語として用いられることが多い。
「包括的人間主義」と「非人間可能性主義」
人権と最高尊厳の対立は、
第三政変時代頃から再度話題に上がった。
新イェスカ主義の影響によって、それまでの最高尊厳概念にも見直しがされるようになったのである。
依然、最高尊厳を支持する派閥は非人間可能性主義(neflartasykolera)を称し、人権を支持する新しい派閥は包括的人間主義(cierjustelen lartera)を称した。
ファルトクノア共和国での
刻印主義は、この二項対立に対して
イェスカ哲学的な主体的統一を施した主張であると見なされている。
最終更新:2025年03月09日 23:19