「jexi'ert, mi es lerxne zu es irxe Xeparfebikaxto.」
眼の前に立つ厚着の男は恭しく挨拶をする。どうやら、名前は
レーシュネというようだ。
重々しい黒の上着、首に
奇妙な柄の帯を巻く、その姿はおそらく
連邦の正装なのだろう。髪は白髪で、長老とまでは言わないが大人の余裕を感じさせる。
ラムノイは、そんな彼の前でも普段通りと言わんばかりに手を服の中に忍ばせながら、首を傾げた。
「metista, co fontleson virot moler klana?」
「niv! cun, mi xel niss fal zexi'ostan.」
彼らの言葉に耳を澄ませるも、連邦の言葉は分かりそうで、分からないものだった。
俺は、少し不満を抱きながら、気づかれないように彼女の裾を柔く引いた。
「ときに、ラムノイ殿。そちらの方は何と?」
「ラムノイ殿って……」
彼女は呆れたように肩を竦めた。
「どうせ言葉は通じないんだから、もっと軽く喋らない?」
「……ともかく、内容を」
「まあ、挨拶っていうか」
言い淀む彼女の言い方に少し不信感を覚えたが、流石に追求はしなかった。平民よりも上の階級にある者は、互いに尊意を示し合わせなければならない。そうでなければ、行く先は無益な戦争。
ゼマフェロスの民が苦しんでいる今、そんなくだらない争いに足を突っ込む余裕はなかった。
故に、俺は厚着の男に礼を尽くした。
「初めてお目にかかります。私はスローヴェ家のアシュタフィテスという者です。連邦の名声は昨今クラナにおいて聞くところです」
ラムノイは流暢に俺の言葉を通訳して、彼に伝える。レーシュネがそれを咀嚼した上で、俺は次の言葉を呟いた。
「汝らはどの勢力に付くつもりですか?」
ラムノイは俺の言葉に驚いたように瞬き、レーシュネはそれを訝しんだ。状況は少しばかり拗れていたが、これは戦略としては好都合であった。彼女は少しずつ、俺の意図を翻訳し始める。
しかし、俺は好機を逃さず、連邦の大使たるレーシュネに迫った。
「レーシュネさん、我々には連邦の目的を果たす準備があります」
「急ぎすぎ」
ぷはぁ、というため息と共にラムノイは飲料を飲む管から口を離す。「ストロー」と呼ばれるらしいその器具は、我々ゼマフェロスの民から見れば妙なものだ。飲み物を飲みたいなら、杯から直接飲めば良いというものだが。
俺たちは先程の食事場に戻っていた。喫茶店というらしいが、例の黒い飲み物を想起させる名でどうにも好きではない。
「急ぎすぎとは、どういうことだ」
「私、言ったよね。君の言葉は君らの言葉、槍となるってさ」
「言ったな」
気怠そうな言い草の彼女は、俺の返答を聞いて軽くため息を付いた。
「物事には順番ってのがあるわけ。今の君は連邦にとっては何処の馬の骨とも知らない現地人の一人に過ぎない。私の言ってること、分かる?」
「そうは言っても事態は急を要するんだ! 民の暴動の責任でどれだけの貴族が詰め腹を切らされたと思う? 次は身内か、はたまた俺かって状況で正気で居られるか!!」
「あーもう興奮しないでよ。分かってるから」
知らぬ間に机を叩きつけ、立ち上がっていたのに気づく。冷静なラムノイ、周囲の怪訝そうな視線に恥ずかしさを感じて、すごすごと席に戻る。
「……済まなかった。にしても、それなら疑問があるんだが」
ラムノイは、それを聞いて首を傾げる。
「疑問って?」
「君が俺を助けるのは何故だ? あのレーシュネという役人にとって、俺がそこら辺の一般人なら、君にとってもそうだろう。何故、手を差し伸べる?」
俺の問を受けて、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。ややあって、彼女は不自然に目線を巡らせながら、言葉を発し始めた。
「そ、それは、初めて聞いた言葉の……響きが……す、好きっていうか」
「言葉が……何だって?」
良く聞こえなかったので聞き返す。同時にラムノイの顔は高熱に掛かったかのように真っ赤になる。
「……っ! ば、バカ! そんなこと聞く必要ないでしょ!! このバカっ!」
「なっ!? どうしてそうなるっ!? このチンチクリンが!」
売り言葉に買い言葉。出てしまった言葉は取り戻せない。
ラムノイは俺の言葉を聞いて、キッと俺を睨みつける。
「連邦が何かも分かんなかった癖して、ナマイキ!」
「そっちだって、ゼマフェロスが何か知らないだろ!」
お互いに立ち上がって言葉の応酬になる。
喧嘩に発展しかけた瞬間、それは起こったのだった。
けたたましく、耳障りな音がその場に響く。周りに居た人々も何事かと周囲を見回す。すぐにその耳障りな音とともに拡張されたような人の声――しかし、その言葉はやはり分からない――が聞こえた。
『cexener voles! cexener voles! tydiest niv eski celaium cun elminal ferles! miss mefidi......』
具体的な状況を把握することは出来なかった。しかし、人々の反応から、これは普通ではないということは理解できたのだった。