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コルディアン帝国
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滅亡篇 5章までのネタバレを含みます。
コルディアン帝国
コルディアン帝国とは、神聖暦321年までにスラダ大陸中央南部に存在した国家。
概要
コルディアン帝国は、神聖暦300年代におけるスラダ大陸の主要国家の一つである。
しかし、神聖暦320年に勃発した終焉戦争において魔神教陣営の一国として参戦した結果、スバロキア大帝国および大帝国同盟圏との交戦の末に滅亡した。
歴史
タマハミ事件
神聖暦320年にスバロキア大帝国が復活を宣言したことに端を発した終焉戦争の最中、神聖グリニアが開発した実験的生物兵器タマハミが暴走した。タマハミは制御を失い、周辺のいくつかの小国を壊滅させながらコルディアン帝国領へと進行した。
神聖暦321年2月16日、覚醒魔装士エータ・コールベルトの指揮のもと、帝国軍はこれを迎撃し、封印に成功した。
その後、タマハミは鹵獲され、ベルフリートに移送されて研究対象となる。この研究の目的には、神聖グリニアの支配から脱却するための戦略的意図のほか、当代皇帝が求めていた不老不死の研究への応用を図る狙いがあった。
| + | 魔族篇 4章のネタバレを含みます |
終焉戦争への参戦
スバロキア大帝国の復活に対し、歴史的背景と教義的対立から開戦した神聖グリニアとは異なり、コルディアン帝国は大陸に新勢力が台頭することへの警戒、そして自国以外に皇帝の称号を許さないという政治的理念から終焉戦争に参戦した。
帝国は将来の大規模戦争を見据え、鉱物資源の確保を目的として神聖暦321年3月10日、エリス共和国に宣戦布告した。モール王国を含むエリス=モール連合と交戦するが、従来の帝国陸軍および神聖グリニアから供与された殲滅兵をもってしても、スバロキア大帝国の黒竜には苦戦を強いられた。
情報戦にも敗北し、コルキス要塞で黒竜を迎え撃つ作戦は失敗し、最大戦力であったエータ・コールベルトの喪失や、国家インフラの中枢である都市バーメントも消滅を招いた。さらに帝都への大規模空爆により国土の中枢機能が麻痺し、帝国は東部へ撤退して徹底抗戦の構えを取ったが、その戦力の多くは神聖グリニアの軍事支援に依存することとなった。
一時は戦力を再編して反攻作戦を実施し、アルペンディエス奪還などの戦果を挙げたものの、冥王アークライトの襲来によって帝国首脳部ごと都市が消滅。統帥機構を失った軍は瓦解し、神聖暦321年9月10日、コルディアン帝国は滅亡した。
政治
神聖暦321年当時の皇帝はロンド・コールベルト八世であり、強い皇権主導のもとに運営されていた。国家の基本方針や戦争指導は御前会議によって決定されたが、実際には皇帝の発言力が圧倒的であり、最終判断は常に皇帝の意志に委ねられた。
大臣職はハリベス、アインザッツ、ヴァルキュリアなどの有力貴族家によって世襲的に占められ、各家は軍務・内政・技術などの分野を分担していた。
地理
コルディアン帝国は、スラダ大陸中央南部に位置した国家である。
北方ではバロム共和国およびラムザ王国と、西方ではモール王国およびエリス共和国と国境を接していた。また、バロム共和国との国境地帯には、魔神教が管轄する独立監獄都市シェイルアートが所在する。
国土は平原が多く、大小の河川が縦横に流れていたため、交通の要衝として橋梁の建設と維持が重視された。
主要都市
- 帝都 - 帝国の政治の中心であり、皇宮などが所在し、最盛期には人口百万人を超えた。
- ベルフリート - 鹵獲された生物兵器タマハミの研究施設が設置された都市。
- バーメント - 帝国東部に位置し、神聖グリニアから輸入した永久機関の魔力を国内へ供給するための中継拠点を有した。
- アルペンディエス - 沿岸部に築かれた港湾都市で、国内における貿易と漁業の中心地。
- ノルンクリフ - 主要街道と河川が交差する交通の要衝。
- バーメヤン - 港と内陸都市を結ぶ運河を有する。
軍事
コルディアン帝国の軍事力は、当時としては神聖グリニアに次ぐ規模と水準を誇った。
陸軍は機甲部隊を保有し、兵士には銃器のほか、軍用ソーサラーリングや術符などの魔術兵装が支給された。
陸軍は機甲部隊を保有し、兵士には銃器のほか、軍用ソーサラーリングや術符などの魔術兵装が支給された。
帝国は神聖グリニアと同盟関係を結び、終焉戦争の際には殲滅兵や水壺などの兵器が供与されている。
また、覚醒魔装士エータ・コールベルトが軍属しており、個人ながら国家最大級の戦力として運用された。
また、覚醒魔装士エータ・コールベルトが軍属しており、個人ながら国家最大級の戦力として運用された。
経済
コルディアン帝国の経済は、国内最大手の企業体ヴァルキュリア・グループを中心に発展した。同グループは電子機器・化学製品・飲料・衣料・建築など、幅広い分野に事業を展開し、帝国経済の中枢を担っていた。
創業当初はハデス財閥の資本支援を受けて成長したが、神聖暦320年頃に自社資本を回復し、独立を果たした。