パットン「絶望的。とはこういうものを言うのだな」

モンティ「絶望……ふん、地獄の方がまだ生温いだろうよ」

従兵「閣下、本部より入電です」

モンティ「……その要件は会議中だと伝えてくれ」

従兵「はっ」


パットンが吐いた紫煙が夜の空気に冷やされ、白く、刷いたようなあとを空に描く。
おどろおどろしく揺らぐ紫煙にアフリカの未来が映る様で、モントゴメリーは手元の紅茶に視線を落とした。

紅い液体に映る男の顔は苦い笑みを浮かべ、瞳は疲労に濁っている。
みっともない、司令官がこんな顔でどうするのだ。
モントゴメリーはせせら笑うだけで、その紅を口に運ぶ事は無かった。



先の作戦で掴み取った勝利がネウロイ側の大反攻の布石と知り
指令部は急ぎ上層部へと作戦再始動の要請を提出。
しかし、帰って来たものは無情なものであった。

長ったらしい定型文を除けば“死守せよ”しか残らない。

エル・アラメイン奪還の為の大規模作戦でアフリカの戦力は大きく削られた。
これでしばらくは小康状態が続く。人類側はネウロイ側の物量を完全に舐めていた。


パットン「現時点で戦力差約3倍。観測の予想では襲撃は一週間後……どうする?」

モンティ「死守、するしかあるまい」


声色に疲れを込めてモントゴメリーは嗤う。仕方がないではないか。
鋼を相手に素手で戦えと言われた様なものなのだから。
太陽は笑わなかった。時期に深くなるであろう夜に大気は沈み、
段々と黒く砂漠を塗り潰して行く。
ランプだけの明かりの中、目の前の男はにやにやと笑う。


パットン「補給は9割以上が東部行き。アフリカに残ったのは美女と野郎だけ……最高だとは思わんかね?」

モンティ「遂に気が狂ったか…兵力と気力のみでどう戦えと?必要なのは兵器だ!」


椅子を蹴倒す。目の前に掛けるパットンの考えている事が手に取る様に分かる。
だが、モントゴメリーの表情は変わらない。怪訝そうにパットンを睨んだ後、冷え切った紅茶に目線を落とした。


パットン「賭けてみんか?彼等にアフリカを、人類を」

モンティ「戦は、博打ではない…!」

パットン「百も承知だ。だが、今はそれしか無い」

モンティ「東部が優先されるのも、作戦的に重要なのも分かっている!だが、機動防御すらまともに出来ぬ今、どうすれば……!」


そう言ってモントゴメリーはまた窓に目を向けた。
外の砂漠は月光に照らされ、まるで月面のようだった。何も無い、命の無い世界。

兵力は充分、水、食料も充分。ただ足りないのは兵器と休養。
圧倒的な1――23人の魔女、1人の虎――が居る。今までそのお陰でこの戦線は維持されていた。


モンティ「こんな死にぞこないが、若者の未来を潰して何になる」


老いた皮膚に爪が食い込み、乾いた木のテーブルが震えた。
掠れた笑いを零す度に、空気はいそいそとその声を凍らせていく。

動けば割れてしまいそうなほど凍った空間に思わず身震いをする。
扉の向こうで何かが動く。途端、蝶番が吹き飛んだ。



「ようモントゴメリー!なーにぐちゃぐちゃ悩んでやがる」


モンティ「…ここは立ち入り禁止だ。早速死にたいのか?」


銃殺刑は何時でもできる。
銃を抜き、照準を合わせるが、目の前の獲物はまったく無視して扉の向こうに吼えている。
いつものように笑う虎が、ずるずると何かを引っ張り出す。


「この馬鹿虎!タイミングってもんを考えなさいよ!」

「何してくれちゃってんの?ちょっ、わ、私は話を聞いてただけですからね!?」

「やめろ俺!自分は無実です閣下!許して!」

俺「オラオラお前等も道連れだァ!出てきやがれ!」


指令室にぽいっと数名が引っ張り出される。
座っていたパットンは立ち上がり、芝居がかった仕草で俺に銃を突きつけた。


パットン「盗み聞きとはいい度胸じゃあないか、俺少尉。そして加東少佐、マイルズ少佐、整備班長。こんな夜更けに何の用だね?」


ランプが揺れる。頭に合わせられた照準を気にも留めず
俺は含み笑いを一つしてから口を開いた。


俺「俺達は、将軍方にはもっと良い場所にいて欲しいのさ」

パットン「若いな。良い兵は考えないものだ」

加東「……何を仰るのです」

パットン「褒めているのだよ。君達のそういうところが好きで、儂等はここにいるんだ」


なあ、マルセイユ中尉。
そう言って扉の向こう、少し左の辺りに銃を向ける。


俺「ハッハ、バレてるみてぇだぜ?ハンナ」

マルセイユ「…何時からお分かりで?」


口元辺りまで上げていたマフラーを取ってマルセイユが部屋に入る。
扉が閉まった風で再びランプが揺れた。


パットン「従兵が報告に来た時…いや、儂が葉巻を飲み終わった辺りだな」

モンティ「…全部ではないか」

マイルズ「そうなります」

整備班長「話は全部聴かせて貰いましたよ。将軍殿」


やけっぱちのようにそう言って、乱入者達がパットン達の前に並ぶ。
モントゴメリーは放心したように固まっていた。無理も無い。
最重要クラスの情報が一番漏れてはいけない輩に知れてしまったのだから。


パットン「この悪ガキ共め…」

マルセイユ「大胆不敵であれ。と言ったのは閣下です」


吐き捨てられた言葉にマルセイユは目を細める。
反省なんてこれっぽっちもしていない。そのまんま悪ガキのように笑う彼等に溜息が出た。


加東「…閣下、罰は重んじて受けます。ですが一つ、言わせて下さい」

モンティ「何だね?」


加東「私達を誰だと御思いで?」




兵士b「そうですよ閣下!俺達は負けません!」

兵士a「加東少佐の言った通り!ここには最高の魔女様達がいるんですよ!?」

将校「馬鹿!隠れ…ええい、心配せずともここの男達で何とかしてみせます!」


加東の啖呵にやんややんやと野次が飛びだす。
パットンが辺りを見渡すと、窓やら扉の向こうから、わんさと将兵が顔を出していた。


マルセイユ「何だ、みんな付いて来たのか?」

俺「ハッハッハ!来るだろうたぁ思ったぜ!」

マイルズ「そうよケイ!一発ブチかましてやんなさい!」

加東「ええい、うるさい!ちょっとは静かにしなさい!」


睨みをきかせる加東に皆、口を塞ぐ。
それでもその視線は、どこかたまらないと言った風に加東へと注がれる。


加東「パットン将軍、モントゴメリー将軍、しっかり聴いてください」

モンティ「あ、ああ」

加東「激戦なんていつもじゃないですか」


そうだそうだと野次が飛ぶ。今度は俺がばきりと拳を鳴らす。全員ばっと口を塞ぎ、頷きで返事を返した。


加東「それでも私達は進むしかない。立ち止まって考える暇はないんです」

加東「私達の事ならお気になさらず。そんな生半可な覚悟でここに立っている者はありません」


昼間の熱が息を吹き返した様な熱気がじりじりと肌を焼く。
曇った目をした者はなく、腰が引ける者もいない。今度こそ無言で、全員が加東を見守る。


加東「全戦全勝のアフリカ軍団。ここで止まるは無しですよ」




パットン「まったく…」


暑さ極まる静寂の中、パットンが帽子を取って銃をしまう。


パットン「お前達は……最高だ」

モンティ「お、おい!血迷ったかパットン!今回は激戦だ!今までに無く全てを巻き込む!…死守命令を無視したっていい!」


滲みでたような言葉に、マイルズはふっと頬を緩め、やや間をおいてから口を開いた。


マイルズ「お言葉ですが閣下。我々はそんなに軟な鍛え方はしていません」

整備班長「ご安心を将軍殿。ここの魔女様の強さを舐めちゃあいけませんよ」


脚は舐めたいですけど。
マイルズの肘打ちは整備班長の懐を捕え、窓際に飛ばす。ちらりと見えた耳は蜃気楼では無かった。


俺「無理して戦ってるワケじゃねえ。やりてえからやってんだ」

マルセイユ「…私達は、ウィッチはその為にいる」

モンティ「…話は、全て聴いていたのだろう?」

俺「ハッ、俺達、アフリカ全員の力で全てを変えてやるよ。てめえらはどっしり構えて待ってりゃいい」


整備班長「兵器の事も御安心ください。無いものは作ればいいんです。我等整備班にお任せを」

パットン「…だそうだ。どうする、逃げ道を塞がれてしまったぞ?」


くつくつと笑いを堪えながらパットンがモントゴメリーの肩を叩く。
絶望の淵に追い込まれて尚輝きを失わない。星屑達に、空に果ては無いのだから。

随分とロマンチストになったものだと、モントゴメリーは口元に微笑を浮かべた。


モンティ「はっはっは…本当に、馬鹿には勝てんよ」


帽子を鷲掴み、卓に置いて立つ。幾多の星屑が己を照らすのを肌に感じる。
今は夜だ。補給を切られ、敵の大規模反撃を耐えねばならない。
東部であればそれは絶望の泥土に塗れた夜。だがここは世界の果て、アフリカだ。


そうだ。星は何時輝く。


モンティ「ついて来てくれるか、諸君」

『――おう!!』





俺「―――作戦成功、逃げるぜお前等!!」


突然俺が吼える。
おうと共鳴するように男達が声を張り上げたと思った途端、口々に喜びを囁いて走り出す。


パットン「な、何処へ行く貴様等!!?」

俺「ああ?何言ってやがる。逃げるんだよ」


腰に巻いていたマントを羽織りながら俺が答える。


パットン・モンティ「……は?」


加東「えーと……罰は受けたくありませんので!帰ります!!」


ビシリと綺麗な敬礼を決めた加東はきちんと扉を閉めて逃げる。
理解が追いつかない。アフリカ軍団を勝利に導いて来た二人は固まり
すたこらさっさと逃げる将兵達を見送っていた。


モントゴメリー「待たんか貴様等!ええい、待て!」

マイルズ「私達がどれだけ軍規を違反してると思ってるんですか!確実に重営倉か銃殺ですよ!」

整備班長「はっはっは!自分達まだ死にたくありませんので!それに、罰なんか食らってたら戦ができませんよ!」


ワハハと笑って整備班長が窓から脱出する。マイルズもすでに窓から。
急いで扉を跳ね飛ばすと外にはトラック、バイクにキューベル。転がる様に逃げる兵達の逃走準備はバッチリだった。


整備班長「整備班集合!他の班でも来い!…オールナイトでやっちまうぞ!!」

整備班『イエァァアアアアア!!!』

モンティ「おのれこういう時ばかり!!」

パットン「――やっぱりお前達は最高だ!…いいのか!?地獄について来てもらうぞ!!」

俺「ハッハッハ!そうだ、死にたくねえ奴ァここに残れ!地獄の釜を開けに行く奴は逃げちまえ!!」


パットンの声を咆哮で掻き消す。
朗々と響くその咆哮は夜を湧かし、戦士の魂を震わせる。
兵士達は足を止めず、任せろだの舐めんな、などを叫んで浮き浮きと逃げていく。


マルセイユ「では将軍、いい作戦を頼みます」

パットン「……頼もしい限りだよ、お前達は」

俺「だろ?…あばよ、パットン、モントゴメリー。ロンメルによろしくな!」


マフラーを巻き終えたマルセイユが外にでる。
続いて出た俺が彼女を肩に座らせ、加東の運転するキューベルに飛び出していく。


モンティ「覚悟しておけ!この大馬鹿者共が!」

マルセイユ「覚悟なんてとっくにできてる」

俺「ハァッハー!そういうこった!俺達を信じて作戦でも立ててな!!」

パットン「…このガキが……!」


銃を引き抜き、パットンが発砲する。
着弾よりも速くキューベルに辿り着いた俺が絶妙なハンドル操作で全てを避けていく。


加東「降りろ馬鹿虎!やめろ、やめて!」

マルセイユ「ははは!俺が降りたら誰が運転するんだ!」

マイルズ「あぶっ、轢く!安全運転しなさいよ!」

俺「直線で逃げたら当たるだろうが!さっさと逃げるぞ!」

整備班長「俺も乗せ…ひいッ当たるぅう!!」

俺「女の子専用だァ!野郎は走りやがれ!!」




ぎゃんぎゃんと騒ぎたてながら高熱の嵐が引いて行く。
火照った空気に身を沈めながら、パットンが葉巻に火をつける。


パットン「…まったく、儂の下に来る者は馬鹿ばっかりだ」

モンティ「いい部下を持ったと、喜ぶところだろうに」

パットン「くく、そうだったな……」


燃える静寂が心地よい。外の風すら熱気を孕み、少しも身体を冷やしちゃくれない。


モンティ「信じる…なんてな。司令官が一番頼りにしてはいけない言葉だ」

パットン「何とかなりそうな気がするだろ?…あの馬鹿共ほど頼もしい奴はいないさ」


傷だらけの虎と砂まみれの魔女の座すこのアフリカを渡さない。司令官の腕が鳴る。
抑えきれない笑いを口元に残し、パットンがモントゴメリーを睨みつける。


パットン「最高の作戦を立てるぞ。モンティ」

モンティ「当然だ」



従兵「将軍、再び本部より……」

モンティ「こんなに何度も…まあいい。今行く」

パットン「どれ、儂も行こう」


従兵の言うままに通信機を取る。
本部への文句なら選り取り見取り、もう我々は進むしかないのだ。


モンティ「こちらモントゴメリー、何の用だね?」

≪ほう、5時間もほったらかしてそれか≫

パットン「まさか……!」


一瞬通信機を取りこぼしそうになる。ばくばくと心臓の鼓動が加速して行くのが分かる。




≪…まあいい。朗報だぞ、諸君≫







最終更新:2013年02月02日 13:02