天に満月、風は明朗、砂も大人しい。どこをとっても美しい砂漠の情景。
 あんなものが来なければ、月見酒と洒落込んでいたかもしれない。
 目の前で銃を突きつけ合う二人と共に。


マルセイユ「動くなよ。楽に死なせてやる」

俺「百発百中の魔女サマが、そう易々と外してくれるのかよ」

マルセイユ「ふざけた笑いも引っ込めろ。お前だけは、死んでも…!」


 交差する射線に迷いは無かった。
 己の道を塞ぐものは何であろうとブッ飛ばすと、確かに俺は言った。
 俺が約束を破るなんてありえないし、己の意地を曲げる方がおかしいのだ。


加東「やめな――――!!」

パットン「待て」


 駆けだした途端、腕を掴まれる。


加東「ッ将軍?っく、離せ!」

パットン「少佐、アイツは、あの馬鹿野郎は―――」


 そして口を開きかけた瞬間、一発の銃声が響く。
 空薬莢の落ちる音。金属の落ちる音。
 加東は地面にへたり込んだ。


加東「……そんな」

                         ◇◇ ◇


マルセイユ「……なん、で」

俺「はっは、…言わなかったか?」


 自身を閉じ込める腕の中で、マルセイユは呟く。
 俺の手から落ちた銃は鈍く月の光をかえしている。


俺「銃使うのは…趣味じゃあ、ねぇ」

マルセイユ「だからって、どうしてこんな―――」

俺「言うな」


 爪を立てるように抱きしめられて息が苦しい。
 男の背中に回した少女の手には、生温かい血が触れる。


マルセイユ「これ、私が……」

俺「お前は虎を撃っただけだ」


 ただ止めたかっただけなのに。弾丸は狂い無く俺の心臓へ撃ち込まれた。
 死んでほしく無かったから銃を取って、止めるだけしか自分は考えていなかった。
 強迫観念に似たそれを忠実に実行し、虎を撃ちとってせしめた少女は純粋で、軍人だった。


マルセイユ「嫌だ…やだよ、俺」

俺「うるせえ、キスすんぞ」

マルセイユ「……いいよ。俺がそれで――――」

俺「…ハッ、それを言うのは、もっと大きくなってからだ」


 腕が緩められ、額が合う。
 俺は開きかけた少女の唇を指で封じ、そのまま撫ぜる。


俺「ここは、もっと大事な奴の為にとっておけ」

マルセイユ「俺、」

俺「俺に出来ない事は何も無い」


 虎は眉間をつめて笑った。


俺「ごめんな、ハンナ」

マルセイユ「お、れ―――ッ?」

俺「止めてくれてありがとよ」


 さよならだ。
 手刀を少女の首裏に。途端、糸が切れたように膝が崩れる。
 意識を手放した少女を抱きとめると、俺の体はぐらりと傾く。
 それを影から伸びた影が受けとめて、その影は口を開いた。


「何をしている」


 正面からマルセイユを挟んで支えられる。
 こんな細腕に大男が支えられるのは何とも妙だが、その声は有無を言わせぬ響きがあった。


俺「マティルダ……?」


 荒く短い呼吸と引かない汗。
 金色の目が正面のマティルダを捉えるが、瞳孔は揺れ、焦点は定まっていない。


マティルダ「これでいいのか」


 死んだっておかしく無い位の賭けに出て、守って来たものを突き離して。
 ―こんな勝手な別れがあるか。
 信頼しているからこそ、マティルダはそれだけを聞いた。


俺「ああ、これが俺の魂だ」


 虎の足に力がこもると、胸の銃痕からどろりと血が溢れる。


マティルダ「…お前が決めたのなら、何も言うまい」

俺「ありがとよ。こいつを、ハンナを頼む」

マティルダ「……解った」


 俺は自力で立ち、腕に抱いたマルセイユをマティルダに任せる。
 姫抱きにされた彼女の目尻を拭い、笑みを浮かべた。


俺「さァて―――整備班長!」


 良く通る声で吼える。
 整備班長は奥にいた。積み荷の準備を終わらせ、明日の為に全てを整えた後だった。 


整備班長「何だ」

俺「ありったけの火薬を詰めろ。重量は考えなくていい……ああ、燃料は片道分でいい。その分火薬を詰めてくれ」


 親指でタイガーバウムを指し、俺は奥の加東の元へと歩く。
 何も言わない整備班長の横を過ぎた。


整備班長「……けんな」


 ぐいと、俺の胸倉が掴まれる。


俺「あ?」


 べっとりと血が付くが、無視する。


整備班長「てめぇ、ふざけてんじゃねえぞ!」


 怒声と共に振るわれた拳が俺を打つ。
 微塵も揺るがず視線だけを動かした俺に整備班長はさらに叫ぶ。


整備班長「何がブッ飛ばすだ!女の子一人泣かせて……そこまでしてやることかよ!…答えろよ、俺ェ!」

俺「…その女一人の願いも叶えられない野郎が、粋がってんじゃねえぞ!」

整備班長「何を―――ぐぁっ!?」


 整備班長の襟首を鷲掴み、俺は無理矢理に目を合わせる。
 唸り声と濃い血の臭い。誰が見ても立っていられる怪我では無い事は明らかだった。


整備班長「っ、もう止まれ!誰もお前を―――――」

俺「手前がどう思うかなんざ知るかよ。俺はあいつの故郷を、欧州を、全部取り返す」

整備班長「無茶だ。勝てる相手じゃない、それにどうなるかだって分かんねえ!だったら今は逃げて、それから取り戻せばいい!」

俺「そいつは聞けねえ相談だ」


 きっぱりと一言で切り伏せてられる。
 その答えに整備班長は声を張り上げた。早速、限界だった。
 この男の自由過ぎるところも、自己犠牲で全て解決しようとするところも、それに憧れる自分にも。


整備班長「……ここまで来て駄々捏ねて、あの子を見捨てて…!てめえはぁあ!!」


 噛みつくように俺に向かってがなる。喉が千切れるんじゃないかと思うくらいに。
 途端、額に鈍痛が走る。
 痛みに閉じた目をこじ開けると、射抜くような金色に体が竦む。


俺「惚れた女が泣いてんだ――――それ以外に、理由がいるかよ」


 咆哮と共にタイガーバウムへと放られる。
 頼むぞ、と微かに聞こえた声を頼りに、整備班長は声を絞り出す。


整備班長「…整備班、集合ッ!!」


 頬に流れる熱い何かを、彼は乱暴に拭った。

                          ◇◇ ◇◇



パットン「はん、らしい最期じゃないか。最期の最期まで大馬鹿野郎」

俺「そんな作ってもらった逃げ場に逃げるんなら、俺は戦うぜ。―――ここは譲らねえ。ここはハンナの空だ」

パットン「………」

俺「虎一匹で飛び込んで、クジラの御手並み拝見と行こうじゃねえか」


 かかと笑いながら片手を上げる。


パットン「――こんな時まで守るか」

俺「だってよォパットン、俺は男でアイツは女。それだけさ」


 廃材に腰かけ、着々と進む作業を遠目に俺は、横に立つパットンを目に捕えた。
 しかしそれも一瞬だけ。すぐに整備班達に目を映す。
 肩で息をする俺を視界に入れないように、パットンも忙しく動き回る整備班達を見やった。


ロンメル「貴様が死んだら本にでも残してやるさ。その馬鹿天井知らずってな」

俺「はっは、虎は死して皮を残すって奴か?いいねぇ最高だ」

加東「何が最高よ、そうやって自分勝手で…!」


 加東は俺の隣に陣取ると、いつもより弱めに俺を小突いた。
 あまりにも泣きそうな声が出たものだから、それ以上、口が開けなかった。


俺「俺がいなくなると寂しいってか?そう言う事はもっと前に―――」

ペットゲン「うるさい!どんな気持ちかも解ってないくせに、ばかとらぁ!」

俺「あーあー泣くなライーサ。心配すんなよ」


 大丈夫だって言ってんだ。
 そう言って頭を撫でる大きな手。
 これから無くなってしまう温かさは、自分の幼さばかりをさらけ出す。


ペットゲン「どうなるかなんて分かってるよ、でも、俺がいなくなるのはもっといや!」

俺「俺がいなくてもやっていけるだろうが」

ペットゲン「誰がティナを支えるのよ、ティナは俺を信じてたのに、俺はティナを信じて無いの?ねえ、答えてよ…俺」

俺「お前がハンナを支えるんだ」

ペットゲン「無理だよ、ティナは、だってティナは俺の隣を飛んでたんだよ?私はそんなに高く飛べない!」

俺「ライーサ」


 本心だ。自分は追い掛けるだけで、高くなんて飛べない。
 俺が憎い。友を裏切った俺が、こんな簡単に覚悟を決められる俺が。


俺「なに弱気になってやがる。お前はハンナの列機だろうが」


 わしゃわしゃと撫でる手が止まり、俺はそれに、と続ける。


俺「俺の代わりなんざいる訳ねえだろ?俺は俺で、誰も俺じゃねえんだから」

ペットゲン「っ、知ってるよ」

俺「信じろよライーサ」


 そう言って立ち上がると、俺はライーサの額をこつんとはじいた。


俺「お前を、な」


 にぃっと笑って俺は彼女に背を向けた。


シャーロット「カッコつけるな!」


 横っ腹にポクリと衝撃。俺はふらりと体制を崩す。


俺「シャーロットォ…カッコ位付けさせてくれよ」

シャーロット「逃げるだけだよ俺は!卑怯者、根性無し!」

俺「これしかねえんだ、俺には」


 飛び付いたシャーロットの肩に手を置く。
 小さすぎる肩は震えていた。きっと抑えられなくて、自分でもどうにもできないのだ。
 慣れた光景。所詮遊んで生きてきた人生だ。
 受け流し方だって、諦めさせる方法も手慣れた物。
 だがライーサも、シャーロットも、後ろで黙って唇を噛むマイルズも、もう守るだけの女の子では無くなった。
 俺は彼女たちを信じて、彼女たちも俺を信じてる。強いんだ、彼女たちは。
 いつかあの少女は己を超え、更なる高みを飛ぶ。俺の役目は終わった。
 不安なんてこれっぽっちも感じない、心から信じてる。だからこそ――――――


シャーロット「治療だってしてないのに…どうなるかなんて、分かってるのに…!」

俺「――こんなに女の子を泣かしちまうたぁ、俺も良い男になったモンだ」

シャーロット「はぐらかさないでよ!」

俺「わりぃな嬢ちゃん。ここは退いてくれ」


 ここには長く居過ぎたと、俺は小さく笑った。


シャーロット「俺は臆病者だ、カッコつけて、それがカッコイイと思って――――」

稲垣「……シャーロット」


 涙を流すシャーロットの隣に立ち、少女の手を握る。
 マミ、と掠れる声で呟いたシャーロットに少しだけ笑いかけ、稲垣は俺を仰ぎ見た。
 ぐっと歯を合わせてから、口を開く。


稲垣「俺さん。俺さんは、力があるから行くんですか」

俺「当たり前だろ」

稲垣「それだけ、ですか」

俺「俺は全てを取り戻す。これじゃ駄目か?」

稲垣「俺さん……」


 初めて戦う心を教えてもらった時と同じ目で、俺は言った。
 ―好き勝手やってるようで、結局この人は守るために飛ぶんだ。
 後悔したくないから、自分に正直にまっすぐ進んで――――誰よりも失う事を恐れてる。


整備班長「俺、完了したぞ………乗れ」


 俺の肩に手を置き、整備班長は呟く。


俺「おう」


 稲垣とシャーロットの頭を撫でて、今度こそ全てに背を向ける。
 ゴーグルを額に当て、がつりと軍靴を鳴らしてタイガーバウムへと歩く。


加東「俺少尉!」


 加東は立ち上がり、俺の背中に声を飛ばした。
 首だけ動かして振り返る。ぼうと、俺の瞳に金の炎が灯る。


加東「…死んだっていい、勝て!」

俺「―――ハッ、りょーかいだ。カトー」


 ぴっとサインを送って、俺はにっと笑った。



 すでに担当整備員の手によって、暖機、試運転は完了していた。

 ブースト、筒熱、熱圧、油圧、回転計等の動力計器を確かめ、「出発準備良し」の手先信号を整備班長に送る。
 それを見届け、班長は他班員達に「準備良し」の信号を出す。
 誘導員は滑走路の安全を確かめると「チョーク払え」と吼える。
 タイガーバウムは静かに離陸位置についた。

 エンジンが吼えると、機全体にほの明るい金色が纏わりつく。
 魔法力でエンジンの馬力を滅茶苦茶に上げて、重量過多の鉄の虎は緩やかに陸を離れると、星の海へと飛び込んだ。


                                      ◇◇◇ ◇


観測班2「タイガーバウム、アンノウン”黒鯨”コンタクト」

観測班「タイガーバウム、目標まで距離67000」


 レーダーに映る輝点から目をそらさずに観測班員は口を開いた。


≪こちらティグレ。視界良好、クジラはまだ見えねえな≫

加東「―――いい?勝負は一度きりよ」

≪はっ、一騎討ちたァ乙なモンじゃねえか≫

加東「そうね」

≪ああ。俺は好きだぜ?≫

加東「…お喋りはそこまでよ」

≪んーん、釣れねぇ女だ≫

加東「少尉」

≪…ハッ、わかってるよ≫


 俺の向かった空の果てを睨み、祈るように唇を噛み締める。

 了解と言った俺は笑っていた。
 自分は階級で呼んだのにあの男は最後まで「カトー」で通してきた。
 千羊は独虎にあたわず。所詮羊は千人もいた所で、一人の虎には敵わない。
 解っているのに胸が焼ける、オトナに片足を突っ込んだ自分はひどくあいまいな答えしか返せない。
 自分の責任なんて無いのに放った言葉に、あの虎は騙されない。
 あいつはとししたなのに、自分は守られているに過ぎない女の子。

 超視力の先に映る淡い金を見ながら、加東は少し前――出撃の寸前――を思い出す。


                                 ◇◇◇ ◇◇



『カトー。俺のワガママ、聞いてくれるか』


 操縦席まで一足で飛んでそこに立ち、俺はすっと背筋を伸ばして月を見上げる。
 満月。外は明かりもいらない位に明るく、今が深夜と誰が思うだろうか。


『何よ、かしこまって』

『ベッドサイドチェストの一番上、そこに入ってるやつをハンナに渡して欲しい』

『っそんなこと――――』

『言ったろ?ワガママだってな。いいんだぜ、聞かなくたって』


 ワガママを聞くのは男の仕事だ。
 マントが風で翻る。飛ぶのにはもってこいの良い風だった。


『あなたは子供ね。いつまでも子供で、どこまでも男だわ』

『良い男だろ?…だが遅かったな、俺はハンナに命を懸ける』

『ええ、承知の上よ』


 即答に近い形で出た言葉に加東は苦笑した。
 びっくりしたように金色の目がこちらを向いたので、笑いは留めておいた。


『覚悟、したもの』

『…我ながら良い姉を持ったな』

『…なによ、まだ覚えてたの?』

『当然だろ?』


 信頼を改めたあの夜につい口走ってしまった弟宣言。
 強くて勝手で無茶で馬鹿。しかしそれに似合わず、あまりに広く周りを見ていた頼れる仲間。


『お前等はすぐに港に行くんだ。俺は捨て行け』

『…承知した。だが、どうするつもりだ?』


 ウィッチですら生きていられない程の瘴気濃度。
 あの強固な外皮は崩せたとしても、どうやって帰るというのだ。


『勝っても負けても俺の罪は消えない。お前等は俺に全部被せて逃げちまえ』

『成程、死人に口なし、か』

『っ閣下、何を仰るのです!』

『本作戦に置いて我々、アフリカ軍団は何の手出しもしていない
 上官暴行脅迫及び傷害、上官侮辱に軍用物略奪を働いた俺少尉は変異型怪異に突撃して行方知れず……ふむ、手間が省けたな』


 顎を擦りながらロンメルはにやりと笑う。
 誰にも責任は無い。黒鯨を放置した上層部、アフリカ軍団、人類には何の責任も及ばない。
 全ては選択をした俺にある。自由とはそういうものだ。


『お前等は生きろ。俺は一足先に、イかせてもらうぜ』


 たんと機体を蹴り、操縦席に飛びこむ。
 風防を閉め、インカムのスイッチを叩く。


『グッドラック、俺』


 加東はインカムに囁く。


『そして』


 秘宝の庭園は唸りを上げる。
 不合理で固められた虎は天を目指し、生命を黄金色に燃やして高きに向かう。


『――――死ね』








最終更新:2013年02月02日 13:04