―第501統合戦闘航空団ブリタニア基地 俺自室―
「ふふ…」
俺とペリーヌが想いを告げあった翌日の夜。ペリーヌは上機嫌で俺のベッドの上に転がっていた。
「しかし、やっぱり強いな、あの二人は…」
「大尉と中尉はカールスラントのトップエースですもの。手強くて当然ですわ」
昼間、ペリーヌのストライカーの新調に伴い、訓練の一環として
模擬戦が行われた。
その時、ペリーヌが俺とロッテを組む事を坂本とミーナに進言。二人には大分驚かれたものの申請は罷り通り、晴れて俺とペリーヌはロッテを組むことになった。
その後、俺とペリーヌはハルトマンとバルクホルンという世界レベルのトップエース二人を相手に、二対二の模擬戦を行った。
結果は俺たちの辛勝。相手の油断もあったのかもしれないが、それでも俺とペリーヌは急造のコンビネーションで、あの二人と渡り合ったのだ。
「えへへ…俺さんの二番機…」
俺の枕をぎゅっと抱きしめ、うつぶせのまま幸せそうな顔で足をぱたぱたさせるペリーヌ。
(…畜生、可愛いじゃないか…)
そんな、数日前までは予想も出来なかったペリーヌの様子を見ながら、俺は手元の紙にペンを走らせる。
「…さっきから、何を書いていますの?」
ペリーヌが枕を抱いたまま上半身を起こし、俺の様子を見て言う。
「手紙だよ。昔の友人にな」
「友人…?」
「ああ。ハイデマリー・W・シュナウファー。名前くらいは聞いたことあるんじゃないか?」
そう聞いて、ペリーヌは自身の人物図鑑の中からその名を探す。そして、数秒もしない間に発見した。
カールスラント最高のナイトウィッチ。俺がそんな人物と関わりがあったことを驚くと同時に、ペリーヌの眦が吊り上る。
そんな様子に俺が気付き、
「ペリーヌ? どうした?」
と声をかけるが、ペリーヌは不機嫌な様子のまま口を尖らせ、ふいと横を向いてしまう。
「…何でもありませんわ」
不機嫌のまま、それでも枕は放さないペリーヌに俺は苦笑し、ペンを置いてベッドに向かう。
ペリーヌの正面に来た俺は、未だ横を向いている彼女の頭に手を置いて、優しく撫でる。
「ほら、機嫌直してくれよ」
頭を撫でられたペリーヌは、顔を真っ赤にして、しかし不機嫌な顔のまま目だけで俺の方を見て、
「…足りませんわ」
未だむすっとするペリーヌに俺は苦笑すると、一旦頭から手を離して彼女の横に腰を下ろし、肩を抱き寄せる。俺の肩に頭を乗せ、ぽつりとペリーヌは言う。
「…醜い独占欲、というのは分かっていますわ…」
でも、と続けようとしたペリーヌを、俺がさえぎる。
「大丈夫だよ」
そう言って、より強くペリーヌの肩を抱く俺。ペリーヌは、されるがままに俺に身を任せる。
そのまま、穏やかな沈黙が流れる。決して不愉快ではない、幸せさえ感じるような静寂。
しばらくそうしている内に、ペリーヌが小さく欠伸をした。
「…そろそろ休むか。明日もネウロイの襲撃は無いらしいけどな」
俺はペリーヌから手を離し、立ち上がって言う。ペリーヌが残念そうな顔をしたのには、俺は気付かなかった。
「あ…。…そうですわね」
俺がテーブルの上の手紙を片付けて振り返ると、俺のベッドに一人分のスペースを空けて、完全に寝る体勢に入ったペリーヌと目が合った。
「…ペリーヌ?」
「はい?」
「…自分の部屋には?」
「帰りませんわよ?」
さらっと答えるペリーヌに、俺は一瞬硬直した。
(いや、まあ、確かに一人で寝る分にはベッドは広いが…いやいやいや!! 何考えてんだ俺は!?)
頭を抱えて苦悶する俺。不意に不安げな顔をするペリーヌ。
「…駄目、ですの?」
「駄目じゃない」
即答するあたり、もう俺は駄目だな、と俺は内心諦めの苦笑を浮かべた。
「…狭くないか?」
電気を消した部屋で、俺とペリーヌは同じベッドに寝そべっていた。
「ええ、大丈夫ですわ」
上機嫌で、俺の胸に擦り寄るペリーヌ。
そんなことを考えながら、俺はペリーヌの髪を撫でる。蕩けた顔のまま、ペリーヌは猫のように俺の胸に額を押し付ける。
「…安心して寝付けそうですわ…おやすみなさい、俺さん…」
「ああ、おやすみ。ペリーヌ」
そのままペリーヌの髪を撫で続けていると、ほどなくペリーヌは眠りについたようだ。ペリーヌの頭から手を離し、俺は思案する。
(飛ぶ理由…か。そんなもの、こんなに近くにあったじゃないか…)
『俺は、そこでなら飛ぶ理由が見つかるでしょうか?』
ここに来る前、俺が沢原少将にぶつけようとした言葉だ。
(…この子を護る。もう、二番機を失わない。そして…この子の望みを叶えよう)
孤独では無くなったワタリガラスが、そっと目を閉じる。今までに無い、満ち足りた気分に包まれながら。
二人はまだ知らなかった。翌日、ふとしたことからとんでもないトラブルに巻き込まれることになることを…
―同隊同基地 廊下―
翌朝。起床のラッパが基地に鳴り響き、基地内が慌しくなる。
「ねぼうしちゃった…」
そんな中、宮藤が寝ぼけたまま枕を抱えて自室の扉を開ける。寝ぼけ眼の彼女の耳に、慌しく扉が開く音が入る。
「遅刻、遅刻!」
宮藤の眼前を、ペリーヌが慌しく駆けて行く。が、途中で急停止し、
「眼鏡眼鏡…」
再び宮藤の前を通って部屋に入る。それをぼんやりと目で追っていた宮藤は、首を傾げた。
(…あれ? あそこって、俺さんの部屋じゃなかったっけ…?)
ふぁ、と欠伸を浮かべると、まあいいかと部屋に戻る宮藤。
「ちょ、ペリーヌ! そんなに急がなくても…」
「遅刻ですわよ! 俺さんも早く!」
「待て待て、眼鏡眼鏡…」
「貴方もですの!?」
もう少し宮藤がはっきりした意識でそこに留まっていれば、そんなやりとりが同じ部屋から聞こえたのが分かっただろう。
バタバタとした物音の中、もう一度宮藤は大きく欠伸をして、のろのろと着替え始めた。
―同隊同基地 海岸付近―
「せい! やっ!」
「せい! やぁっ!」
潮風を浴びながら、坂本と宮藤が木刀を振るっている。朝の訓練だ。
坂本が素振りを止め、宮藤の指導に入る。
「腰が入ってない!」
「はい!」
「引き手の力が足りてない!」
「はい!」
坂本の激が飛び、その度に宮藤が返事をしつつ木刀を振る。
「剣禅一如だ! この剣は敵を倒す剣ではないぞ! 分かるか宮藤?」
「せいっ! やっ! 分かりません!」
「そうか。素振りあと100本だ!」
「はいっ!」
そんな漫才のような掛け合いを、木の陰からこっそり覗く影が二つ。
「うー…少佐ぁ…どうしてそこにいるのが私ではありませんの…?」
羨ましそうに呟くペリーヌと、その後ろで欠伸をする俺。
(ペリーヌの方が優秀だからじゃないのか…?)
欠伸をしながら俺がそんなことを考えていると、二人の目の前に逆さまの人影が降ってきた。
「よっ、何見てんのーペリーヌ?」
「ふぇ!? あ、きゃぁっ!?」
「お?」
突然降ってきたのはルッキーニだ。その登場の仕方に、ペリーヌのみならず俺も驚く。ペリーヌの悲鳴に、訓練していた二人も気付いたようで、何事かとこちらを向く。
「あ、ペリーヌさん、俺さん、ルッキーニちゃん! どうしたの?」
宮藤が笑顔で聞く。ルッキーニは逆さまのまま器用に上半身だけ振り返ると、
「今日はここで寝てたんだよ!」
と答える。ルッキーニが意地の悪い目でペリーヌを見やると、ペリーヌはもじもじするのみ。俺はお決まりの苦笑を浮かべている。
「…宮藤。手が止まっているぞ」
「あ、はい」
こちらを見はしたものの、宮藤の手が止まっていることを先に咎める坂本。
「あの! 私も!」
その様子を見かねたように、ペリーヌが声を張り上げる。その声に、坂本が嬉しそうに振り返る。
「お! 訓練か? よし、いい心がけだ!」
ルッキーニが一度木の上に身を戻すと、そのまま体勢を戻して綺麗に着地する。そんなルッキーニと、横にいた俺にも坂本の声がかかる。
「ルッキーニ! 俺! お前らも来い!」
「えー!?」
「マジですか…」
露骨に嫌がるルッキーニと、苦笑を深める俺。そんな俺を見て、ペリーヌが微笑む。
(…まあ、ペリーヌもいるなら悪くないか…)
色々な意味で手遅れな思考のまま、俺は坂本に駆け寄るペリーヌを追った。
―同隊同基地 ハルトマン自室―
「あれー? …うーん…」
相変わらず足の踏み場も無いほどのハルトマンの自室。そのなかで、衣類ゴミ類その他諸々に囲まれ、ハルトマンはベッドの下を覗き込んでいた。
探しものをしている、というのは誰が見ても分かる。この部屋ならば、物の一つや二つ無くなるのはある意味当然だろう。
だが、今ハルトマンが探しているものは、
「やっぱり、ズボン無い…」
そう。ハルトマンはズボンを履いていなかった。何故、と言う外無い。
元々乱雑だった部屋を、さらに引っ掻き回して探し回ったが、ズボンは一向に見つからない。バルクホルンに起こされてから、かれこれずっと探しているが、何故か見つからないのだ。
「…ま、いっか」
いい訳が無い。
バルクホルンがこの場にいれば、全力でハルトマンを止めただろう。しかし、彼女はこの場にはいない。
扉が閉まる音と共に、事態はゆっくりと悪化の一途へと転がり込んでいった。
―同隊同基地 大浴場―
「にひー! おふろおっふろー!」
「わーい! お風呂ー!」
ルッキーニと宮藤が我先にと浴場に駆け込み、湯船に飛び込む。坂本もその後に続き、そんな二人の様子に豪快に笑う。
「はっはっは! お前ら! 石鹸踏んで滑るなよ?」
「はーい! そんなことしませんよー!」
宮藤が元気に返事をし、ルッキーニとシャワーに向かう。そうかそうか、と坂本は再び笑う。
かけ湯をしてから湯船に浸かり、湯気で隠れたその奥に目をやる坂本。
「やはり、訓練の後は風呂だな! そう思わんか、俺?」
「…はい、そうですね」
そう力無く答えたのは、坂本の手によって強引に浴場に放り込まれた俺だ。
遡る事数十分前、訓練を終えた四人は、そのまま風呂に向かう運びとなった。当然の如く俺は拒否。一人で食堂にでも行こうとしたが、坂本に首根っこを掴まれ、
「俺! 汗臭い男は嫌われるぞ! はっはっは!」
とか何とか言われ、ズルズルと大浴場まで引きずられてきたわけだ。無論俺も無抵抗だったわけではない。宮藤とルッキーニを味方に付けようとするも、
「わ、私はその…別に…」
「おれー! 背中流してあげるー!」
思わず頭を抱えた俺に、ペリーヌが止めを刺した。
「…汗臭い殿方は嫌ですわね」
俺に、逃げ場は無かった。
そんなわけで、俺はなるべく彼女達の方を向かないように反対側を向いて縮こまっている訳だ。
(…早く出たい…)
俺の頭はただそれのみだった。だが、坂本はそんなことお構いなしに俺に話しかけてくる。
「しかし、俺が近接戦闘はからっきしだったとはな。射撃の腕は文句無しなんだが。天は二物を与えず、か」
そう言って、坂本はまた豪快に笑う。そんな坂本に、俺は苦笑しつつ答える。
「…あのクソ上官にも何度も言われましたよ、それ…」
俺の射撃技術はともかく近接戦闘については、かつて俺を鍛え上げた沢原も、
『俺君は格闘はからっきしですねぇ…ここまでくると、才能が無いという次元じゃないですね。あっはっはー』
と丸投げしたものだ。それを思い出して、俺の胸中を殺意が駆け巡った。
俺が再び物騒なことを考え始めたその時、脱衣所からペリーヌが駆け込んできた。
(俺さんと坂本少佐は…あ、あれ? 眼鏡が曇って…)
と、その時、体を洗っていた宮藤の手から、図ったとしか思えないタイミングで石鹸が飛び出した。
石鹸は着地すると、勢いをそのままにペリーヌの予想進路に重なる位置に滑っていく。
そして、ペリーヌは足元が見えていない。
「曇って…前が、見えぇぇぇええ!? きゃぁぁあぁぁ!!」
お約束とばかりにペリーヌの足が石鹸を思いっきり踏み、そのまま前方に滑っていく。さらに、浴場に駆け込んできていた事がペリーヌにとっての最大の不運だったと言えよう。
湯船の付近まで滑ったペリーヌは、付いた勢いをそのままに前に…湯船に投げ出される。綺麗に宙を舞ったペリーヌが派手に着水し、お湯が撒き散らされる。
「だ、誰なんですの!? 石鹸を床に置くなん…て…?」
ペリーヌが文句を言おうと顔にかかったお湯を振り払った時、自分を見つめる視線に気付く。
宮藤は顔を真っ赤にして、ルッキーニはニヤニヤしながら。坂本は、何やら驚いた表情でペリーヌを見ている。
(何なんですのその顔は…ってあれ? 私、誰かに抱えられて…?)
自分に向けられた視線に噛み付く前に、まず現状把握に努めようとするペリーヌ。
気付けば、自分は湯船に沈んでなかった。それと、誰かの温もりを感じる。そこから導き出された答えは、
「…大丈夫か?」
ペリーヌは、俺の腕の中にいた。悲鳴に気付いて不意にそちらを向いた俺の前に飛び出してきたペリーヌを、俺が慌ててキャッチしたのだ。
「え…あっ…え!?」
俺はやや上を向いてペリーヌを視界に入れまいとする。俺の顔は真っ赤になっている。
何故だろうと考えた瞬間、ペリーヌは自身がタオルを巻いていないことに気付く。気付いた瞬間、ペリーヌの顔が真っ赤になった。
早く離れたい。でも、まだ俺の腕の中に抱かれていたい。そんな二律背反の葛藤の後にペリーヌが導き出した答えは、
「き、きゃぁあああぁあぁぁああ!!」
「お、おい! いきなり暴れるなっ…うわっ!?」
突如悲鳴を上げ、横に転がり落ちるペリーヌ。俺もその動きに巻き込まれ、一緒になってお湯に沈む。
「げほっ、大丈夫かペリー…ヌ…」
「うう、ありがとうございますわ、俺さ…ん…」
一足先に立ち上がった俺が、ペリーヌに手を伸ばす。その手を掴んで立ち上がるペリーヌ。
…二人揃って、立ち上がってしまった。
「え…」
「あ…」
向かい合った二人の視線が、それぞれ下に降りる。互いに、一糸も纏わぬ体へ。
次の瞬間。今度は二人分の悲鳴が、大浴場に木霊した。
―同隊同基地 廊下―
「…はぁ…」
溜息を吐きながら、俺は廊下を歩いていた。
先の大浴場での出来事は、俺には少々刺激が強すぎたらしく、未だにこめかみに手を当てている。
「…? やば、弾倉忘れたか?」
体の感覚が軽い、と思った俺が懐に手を入れると、予想通り銃の弾倉が一つ足りなかった。恐らく、慌てて服を着たときに落としたのだろう。
ふむ、と考える俺。別に今回収しなかったところで暴発するわけでもないが、万が一ということもある。
「危険物には変わりないか。やれやれ…」
自分の迂闊さに呆れながら、俺は来た道を逆戻りする。
(…入った瞬間着替えに鉢合わせとか勘弁だな…)
まあ、外から一回声をかければいいか、と俺が考えている内に、脱衣所の入り口が見えた。
と、その瞬間。誰かがそこから勢いよく飛び出してきた。
(…なんだ?)
その影は、俺に気付かずにそのまま正面に踊るように駆けて行った。
俺が何気なくそちらに顔を出して様子を窺うと、どうやらその正体はハルトマンのようだった。が、その後姿に違和感を覚える俺。
(…エーリカって、あんなズボン履いてたか?)
まあいいか、と俺は思い直して、脱衣所に誰もいないことを確認してから入る。
自分が使っていた籠を引っ張り出し、予想通りそこにあった弾倉を見てほっと一息吐く俺。
(…湿ってないよな?)
銃弾の様子を気にしながら、そそくさと脱衣所を後にする俺。これ以上のトラブルは御免だった。
もっとも、俺のその望みは残念ながら叶わないのだが、彼はその事実をまだ知らない。
―同隊同基地 食堂―
おそらく今日は使わないだろう、と俺は判断して自室に戻って弾倉を置きに行き、その後食堂に入った。
「…何だ、この空気」
開口一番、俺は呟いた。俺がそう呟くほど、食堂はカオスは雰囲気を呈していた。
まず俺の視界に入ったのは、上着の裾を押さえて妙にもじもじしているペリーヌと宮藤。
そして、作戦前のような緊張感を漂わせている坂本とバルクホルン。その後ろで、面白そうな雰囲気を察知してかニヤニヤしている
シャーリー。
やけにギクシャクとした動きで芋を食っているルッキーニ。その向かいに、いつもと変わらぬ様子で同じく芋を口に運ぶハルトマン。
「…バルクホルン?」
俺が状況の説明を求めようと、バルクホルンに声をかける。返ってきたのは、鋭い視線。
「…俺。これは、事件だ」
何のことやら、と俺の頭に疑問符が浮かぶ。そんな俺に、シャーリーがテーブルの一点を指差した。
そこに視線を移すと、紺色の服が綺麗に畳まれていた。
再度俺が宮藤に視線を向けると、さらに裾を押さえて縮こまる宮藤。俺は思わず視線を逸らし、頭を抱えた。
「あの…私の服を…」
宮藤が赤面しながらおずおずと告げる。
「いや。これは、証拠物件だ」
「え!? でも…」
そんな宮藤の様子に、バルクホルンも事態に気付いたようで、
「? 何も付けてないのか。では、私のを貸してやろう」
何を考えたのか、バルクホルンが自らのズボンに手を掛けた。その様子に、俺が今度は顔だけでなく全身で反対側を向く。
「えー!? 待ってくださいぃ!!」
「遠慮するな」
「ししし、しますぅー!!」
俺は反対側を向いたまま、痛烈な頭痛に襲われる。
(俺は、男だと認知されていないのか…?)
そんな中、宮藤と、間接的に俺に救いの手が差し伸べられた。
「まあ待て。しばらくこれで我慢しろ」
坂本がその様子を見かねて、宮藤に自身の上着をかけたのだ。
「…坂本さん…ありがとうございます!」
その様子にバルクホルンが怪訝な顔をすると、
「? 何を遠慮することがあるか…変な奴だ」
パチン、とよく響く音がしたと同時に、安全が保障されたことを確認した俺がゆっくりと振り返る。
宮藤の問題は当面だが解決した。が、ペリーヌの方はそうはいかない。俺はコートを脱ぐと、それをペリーヌにかけた。
「ほら、ペリーヌ」
「あ、ありがとうございますわ…」
赤面しつつも俺のコートに袖を通すペリーヌ。その顔が幸せそうに緩む。
「では、捜査に入る。そもそも何故、ペリーヌのズボンが無くなったかだ」
バルクホルンが声を上げ、その場の空気を仕切り直す。
「元々履いて無かったとか?」
「そんなわけありませんでしょう!」
茶化すように言うシャーリーに、ペリーヌが真っ向から噛み付く。
「ということは、誰かが盗んだという可能性が高いわけだ」
その言葉に、一同は周りの人間の顔を見回す。
「さて、そこでだ。クロステルマン中尉の前に更衣室にいた人物は?」
ペリーヌが暫し考え込み、やがて思い出す。そして、俺の顔にその視線が向かう。
「…あ」
「…む」
宮藤と坂本の視線も同様に、俺へと向かう。
「…俺大尉?」
バルクホルンが驚愕を隠せずに俺を見る。シャーリーも、これには驚いたようだ。その表情から笑みが消えている。
「…いやいやいや!? ちょっと待て! 俺じゃない!!」
「その前に、俺大尉…宮藤達と共に入浴していたということか…?」
バルクホルンの目付きがすっと細くなり、ゆっくりと俺に近づく。
「ちょっ…いや、そうだが…でも、それは俺じゃ」
「黙れ」
あまりのバルクホルンの迫力に、俺も思わず口を噤む。
「貴様…女が入っている浴場に乗り込むとは…失望したぞ」
バルクホルンに、耳と尻尾が生える。そして、そのまま静かに構えを取る。
「しばらく、眠るか?」
(あんたが本気出したら眠るじゃすまないだろ!?)
俺が咄嗟に防御姿勢に移ろうとした時、流石に危険だと考えた坂本がバルクホルンの制止に入る。
「待て、バルクホルン。俺は私達が無理やり連れ込んだのだ。それに、浴場でも何も無かった。それは、私が保証する」
その言葉に、バルクホルンは構えを解かずに俺を睨んだまま、
「…事実か? 大尉」
「…事実だ」
なるべくバルクホルンを刺激しないように、簡素に必要なことだけを告げる俺。
確かに多少のアクシデントはあったが、それを言及することは俺の命を縮めることにしかならないので黙っておく。
その言葉を聞いたバルクホルンは一瞬坂本と俺を見比べると、不満気だが耳と尻尾を仕舞い構えを解いた。
「…だが、貴様がクロステルマン中尉の前に脱衣所にいたことには変わりは無い。よって、その身を検めさせてもらう!」
言うが早いが、気を緩めた俺に一気に近づき、俺のベルトに手を掛けるバルクホルン。
「なんっ、おい! バルクホルン! いきなり何をする!?」
当然、必死に抵抗する俺。しかし、バルクホルンの力は緩まない。全力で俺のズボンを下ろそうとする。
「貴様がっ、その下にクロステルマン中尉のズボンを履いているかもしれないだろう!!」
「ねーよっ!! そんな邪な感情をペリーヌに抱いたことはないっ!!」
とんだ濡れ衣もいいところだと、全力で抵抗する俺。だが、バルクホルンも一歩も引かない。そのまま、妙な膠着状態に陥る二人。
「邪な感情を抱いたことはない…ねぇ? それなら、清純な感情はどうなのかな?」
シャーリーがそんな惨状を横目に、ニヤニヤしながらペリーヌをからかうように言う。
そんなシャーリーにペリーヌは何かを言い返そうとしたが、そのまま俺のコートをぎゅっと掴み、赤面して黙ってしまう。
(おいおい、マジなのかよ…)
シャーリーが絶句している横で、二人の妙な格闘はさらにヒートアップしていく。
「ええい! 埒が明かん!」
そう言うと、再びバルクホルンが固有魔法を発動させる。
「おい、待て! 服が破れるっ!」
たまらず悲鳴を上げる俺に、バルクホルンは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「破られたくなければ、大人しく脱げっ!!」
「絶対にっ、お断りだっ!…ああ!!」
一瞬の俺の隙を突いて、鋭く腕を動かすバルクホルン。そのまま勢いよく引いた手には、俺のベルトが掴まれていた。
「さぁ、観念しろ俺!!」
ベルトを放り投げ、止めの一撃に移るバルクホルン。
「うわっ、やめっ…~~!?」
俺の断末魔のような声にならないような悲鳴が、食堂どころか基地中に響いた。
数分後、俺は憔悴し切った様子でがっくりと両手両膝を床に付いていた。
(…魔法があるとはいえ、女の子に取っ組み合いで負けた…)
「そ、その…なんだ。すまない、俺」
バルクホルンがすまなそうに謝る。なんとかパンツだけは死守したが、俺の心には深い傷が残った。
「…さて、俺大尉が犯人ではないとすると…」
気を取り直したバルクホルンが再び考え込む。俺はふらふらと立ち上がると、椅子に腰掛けてフォークを手に取る。
(なんかもう、この一件には関わっちゃいけない気がする…)
無言で芋を食らい出す俺。その様子を見て、ハルトマンがにしし、と笑う。
「俺大尉の後に更衣室にいた人物が犯人、ということか?」
バルクホルンの考察に、俺とハルトマンを除く全員が思案し始める。その時、一人のウィッチが不自然に震えだした。
「…フランチェスカ・ルッキーニ少尉…?」
バルクホルンを始め、全員の視線が一斉にルッキーニに集中する。と、次の瞬間。芋を刺したままのフォークを放り出し、脱兎の如く駆け出すルッキーニ。
「あ、逃げた!」
「待て!」
走り出したルッキーニを、バルクホルンとシャーリーが追う。ルッキーニが椅子から腰を上げたことで、彼女のズボンが露になった。
「! 私のですわ!」
それを見たペリーヌが声を上げる。ルッキーニが履いていたのは、紛れも無くペリーヌのズボンだった。
宮藤とペリーヌも追跡に加わり、ルッキーニは溜まらずテーブルを一周して反対側へ逃げる。
が、走っている途中で姿勢を崩し、テーブルに手を付いてしまうルッキーニ。その手の下にあった物は、
「あ! 私の!」
「ふぇー…え? うわわ!?」
宮藤の服を手にしたルッキーニは、何故かそのままそれを手に持ったまま逃走を再開する。
「お待ちなさーい!」
「ごめんなさーい!!」
「待ってルッキーニちゃん!」
「待てー!」
「止まれー!!」
「罪を重ねるのかー!?」
食堂から飛び出していくルッキーニ。それを追う四人。芋を食いながらそれを見送る俺。
事態は、加速度的に悪化へと突き進んでいる。それを俺はひしひしと感じ、思わず苦笑する。
「…ん?」
芋を口に運びつつ、俺の中で一つの疑問が渦巻く。
(…そもそも、何故ルッキーニはペリーヌのズボンを? …様子から見て、からかう為じゃなかった様だが…?)
フォークを動かす手を止めて、俺はパズルのピースを埋めるように思考を整理していく。
(…まさか、ルッキーニも被害者? でも、誰の…っ!?)
最後のピースが綺麗にはまるように、俺は真相に触れた。目だけを動かして、今も平然と芋を食うハルトマンを見る。
(そうだ、あの時感じた違和感…! おいおい、冗談だろ…?)
俺は自身が辿り着いた思考の結果に、内心絶句した。
「あ…おいしー」
笑顔で芋を食い続けるハルトマン。ふと、彼女が俺に視線を向けた。
「俺は行かなくていいの?」
「…ああ。まあ……仕方ないな」
フォークを置き、立ち上がる俺。そのまま出口付近まで向かい、そこで振り返る。
「…まあ。真犯人は意外と目の前にいるかもしれないが」
俺の言葉にも、ハルトマンは特に表情の変化を見せない。俺はダメ押しとばかりに、
「見慣れないズボンだな、エーリカ?」
そう告げた瞬間、一瞬だけハルトマンの表情が変わったのを、俺は見逃さなかった。
「…気付いてたの?」
「見えてしまった、と言った方が正しいな」
にゃはは、と笑うエーリカと、やや苦笑する俺。
「…どうするの?」
「どうも?」
即答する俺に、言葉を失うハルトマン。
「まあ、別にいいさ。たまのイベントだと思って楽しむとするか」
そう言ってもう一つ苦笑してみせると、食堂を出る俺。ハルトマンはその背中が消えた空間を暫く見つめ続けて、やがてまた芋を口に運び始めた。
「…にしし」
―同隊同基地 中庭―
(飛び出したはいいものの、さてどうしたものか…)
とりあえず、右の方に行くかとそちらを向く俺。が、数歩も進まない内に足を止めた。
見慣れたコートと、それを現在着ている少女が地面に横たわっているのが見えたからだ。
「ペリーヌっ!!」
瞬間、ペリーヌの傍に駆け出す俺。
「ペリーヌ、どうした!?」
冷静さを失いかけるが、ペリーヌが上半身をゆっくり起こしたのを見て、ひとまず冷静になる俺。
「はぁ……はぁ…おれ、さん…?」
赤く染まった頬に、潤んだ瞳、荒い息遣い。やや扇情的な姿のペリーヌに一瞬俺は戸惑う。が、すぐに額に手を当てる。
(…熱は無い…か。急な発熱とかではないんだな…)
とりあえず、ほっと一安心する俺。ペリーヌの肩に手を回し、支えながらゆっくり質問する。
「どうしたんだ? 倒れてたから心配したんだぞ?」
「す、すみません…あの、その…す、擦れて…」
擦れた? と首を傾げる俺。するとペリーヌはさらに顔を赤くして、俯く。その視線を追って自身の視線も下ろした俺は、その意味を理解してしまった。
「あー…その…ごめん」
俺までも赤面して明後日の方を向く。そんな俺の胸をペリーヌは力なく叩く。
「…ばか…」
そのまま、なんとも言えない沈黙が二人の間に降りる。
その沈黙を破ったのは、遠くから響いてきた宮藤の悲鳴と、バルクホルン達の怒声だった。
「あの…泥棒猫…!」
ペリーヌが立ち上がろうとするが、まだ足に力が入らないらしく、ふらついてしまう。とっさに支える俺。
「ほら、無理すんな。…よっと」
そう言って、俺はペリーヌの膝下に左手を入れて、右手を背中に添えたまま持ち上げる。所謂、お姫様抱っこだ。
「え!? お、俺さん! お、下ろしてくださいっ! 一人で走れますからっ!」
さらに真っ赤になったペリーヌが思わず反論するが、俺は平然と微笑むと、
「背負うより楽だからな。大丈夫だ、俺は気にしないから」
「私が気にするんですのよー!!」
ペリーヌが思いっきり叫んだ瞬間、俺はペリーヌを抱えたまま走り出した。
「あー…でも、裾はしっかり押さえといてくれ」
俺の一言に、ペリーヌは上着の裾をしっかり押さえ、その上からコートで覆い隠す。
(うー…ばかぁ…)
恥ずかしい。物凄く恥ずかしい。が、俺に抱えられている状態は、そんなに悪い気はしない。むしろ、嬉しくもある。
そんな複雑な心境のペリーヌを抱えたまま、俺は再び基地内に駆け込んだ。
―同隊同基地 廊下―
「あ、俺さん! …ペリーヌさん?」
俺がペリーヌを抱えたまま廊下を走っていると、同じく廊下を走っていた宮藤と合流した。
「う…あ、あんまり見ないでくださいまし…」
ペリーヌが俺の胸に顔を押し付けるようにして宮藤から顔を逸らす。俺は黙って苦笑する。
「ルッキーニは?」
俺が聞くと、宮藤は困りきった顔で、
「見失っちゃいました…多分、外にはいないと思うんですけど…」
と、その時。三人の横に伸びる廊下の窓から、白い影が滑り込んだ。
「じゃじゃーん!」
それは、今まさに見失っていたルッキーニだった。首に今までは無かった何かを巻いている。
「いたぞ!」
「返せ、ゴラァ!」
俺達と反対側の曲がり角からは、バルクホルンとシャーリー。いつ合流したのか、エイラの姿もある。
「行くぞ!」
「逃がしませんわよ、泥棒猫!」
俺と宮藤も走り出した。挟み撃ちだ。ルッキーニは慌てたそぶりを見せた後、正面に伸びる廊下に駆け込んだ。
「泥棒じゃないよ~!!」
(まあ、泥棒っちゃ泥棒だけど、なぁ…)
俺がそう内心で若干ルッキーニに同情しつつも、彼女が逃げ込んだ廊下に飛び出す。
そこは、中庭に繋がる道だった。我先にと駆け出していく五人。が、最後尾にいた俺は急停止すると、脇にある暗がりの扉へと目をやった。
「何をしてますの!?」
ペリーヌが俺を急かす。考えすぎだな、と俺も中庭に飛び出した。
先に中庭に出た四人に追いつくと、全員ルッキーニを見失った様子で、立ち止まって辺りを見回している。
と、その時。けたたましい警報が、基地中に鳴り響いた。
「警報!?」
「敵襲ですの!?」
宮藤とペリーヌが色めき立つ。
「出撃準備だ!」
「了解!」
バルクホルンの指示に従い、全員がハンガーへ駆け出した。俺はこの警報自体にもルッキーニが関わっている気がしたが、
(ま、流石にそれは無いよな…)
と、その考えを捨て去り、すぐさま四人の後を追った。未だに、ペリーヌは腕に抱えたまま。
―同隊同基地 ハンガー―
すでにハンガーにいた坂本と、ルッキーニを追っていた五人が合流し、それぞれ自身のストライカーへと飛び込んでいく。
ハルトマンは、まだ姿を現していなかった。
「ほら、ペリーヌ」
ペリーヌのストライカーの前まで来ると、俺はゆっくりとペリーヌを下ろす。
「ありがとうございますわ…」
やや残念そうに俺から離れるペリーヌ。が、気を引き締め直すと、ストライカーに飛び込んだ。
それを見届けた俺も自身のストライカーを装着し、魔導エンジンを起動させる。
(久しぶりの実戦だな…)
二丁のMG42をラックから取り出し、安全装置を解除する俺。その間にも、全員が出撃準備を着々と整えていく。
「やっぱり、何かいつもと違うナァ…」
エイラが何故か自分のズボンを凝視し、呟く。その顔は、いくらか赤らんでいるようにも見える。
「さ、坂本さん、私、履いてません…」
「私も、ちょっとスケスケで…」
宮藤とペリーヌが坂本にそんなことを言う。が、坂本は豪快に笑うと、
「あっはっはっはっ! 問題ない! 任務だ任務! 空では誰も見ていない!!」
と一蹴する。えー!? と宮藤とペリーヌの悲鳴が上がる。その様子に、俺はつい噴出しそうになる。
「私も行きます…」
と、ストライカーのエンジン音に紛れてか細い声が届く。
「うわっ、さ、サーニャ…」
何故かエイラがギクリとした様子で振り向く。
その視線の先には、いつもとは少し違う様子の、いかにも寝起きなサーニャ。
「あれ、エイラ。それ私のズボン…」
「え…」
全員の視線が、エイラに集中した。確かに、エイラはいつものとは違ったズボンを履いていた。
つかつかとエイラに歩み寄ると、エイラのズボンを掴むサーニャ。
「エイラ…脱いで…」
流石に脱がされるのは承服できないのか、慌てて抵抗するエイラ。
「脱げって、ひどいじゃないカー!」
「だって私のだから…」
エイラとサーニャが引っ張り合いを始めた横で、宮藤が改めて自身の服装に目を落とし、
「坂本さん、スースーします!」
「我慢だ宮藤!」
「は、はいぃ…」
そんな緊張感の無い面々に、バルクホルンの顔が引きつる。
「何をやってるんだこいつら…出撃だ! 全機続け!」
「りょーかーい」
真っ先に出撃しようとするバルクホルンと、やる気無さそうに後に続くシャーリー。
(…もう、どうにでもなれ…)
最早投げやり気味に内心呟く俺。そんなどうしようもない混乱の最中に、
「皆待って!!」
物資受領のため外出していたミーナの声が響く。その傍には、道案内のために付き添っていたリーネの姿もある。
「ミーナ中佐!」
「中佐! 敵が!」
「敵はいません! 警報は間違いです」
「えー!?」
ミーナのその一言に、出撃しようとしていた面々の悲鳴が上がる。
「出てきなさい?」
ミーナがハンガーの外に目をやると、ハルトマンに連れられたルッキーニが現れた。
「あの警報は、ルッキーニちゃんが誤って押したみたいで…」
再び、一同の間から悲鳴が上がる。
(おいおい、本当にルッキーニの仕業だったのか…)
自分の予想が的中したことに、思わず溜息を吐く俺。
「それと、これも没収しました」
そう言ったミーナの手には、ルッキーニが持ち去った衣服があった。
「流石だな、ミーナ中佐!」
「いえ、今回のお手柄は私じゃありません」
坂本の賞賛に、そう断ってミーナはハルトマンを振り返る。
「この混乱の中、素晴らしい冷静さでした。ハルトマン中尉」
「どうもどうも」
ミーナの賞賛に、頭を下げるハルトマン。それに続いて、一斉にハルトマンを賞賛する声が上がる。
が、真実を知っている俺はただ苦笑するのみ。そんな俺の様子に気付かずに、ミーナが高らかに宣言する。
「さぁ、今から表彰を始めましょう!」
―同隊同基地 滑走路―
「エーリカ・ハルトマン中尉の受勲を執り行います」
滑走路に設置された壇上で、ミーナが厳かに言う。
「ハルトマン中尉、壇上へ」
「了解」
「うー…すーすーしゅるぅ…」
壇上へ上がるハルトマンへ拍手が送られる中、バケツを両手に持たされたルッキーニが不満げに無実を訴えていた。
「元々、お風呂で私のズボンが無くなったから、ペリーヌのズボン借りたんだよ?」
その言葉に、宮藤とリーネか首を傾げる。
「じゃあ、他に誰か持って行った人がいるの?」
「いるわけありませんでしょう?」
リーネの疑問に、ペリーヌがやれやれといった様子で否定する。
(いるんだなー…それが…)
唯一事実を知る俺は、隣のペリーヌ達の様子にただ苦笑する。
まさか、ここまで事態が大きくなるとは微塵も思っていなかった俺。
(やれやれ…これは、エーリカに対する認識を改めないといけないかな?)
俺がハルトマンへの見方を少し変えようかと思案し始めた時、宮藤が短く声を上げた。
見ると、他の面々も拍手を止めて呆然としている。
理由は一つ。不意に吹いた風によって、ハルトマンの履いているズボンが露になったからだ。
見まごうこと無い、ルッキーニのズボンが。
事態を把握してない壇上の二人は、他全員のその様子を、ハルトマンを祝福するものだと勘違いし、ハルトマンに勲章と共に賞賛の言葉を送る。
「おめでとう、ハルトマン中尉!」
「はい、ありがとうございます」
そのまま、綺麗に敬礼してみせる。ふと、壇の下の俺とハルトマンの目が合う。
苦笑する俺に、ハルトマンは笑顔でウィンクをしてみせる。それはまさに、天使のような笑顔だった。
最終更新:2013年02月02日 13:38